見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
フロイトが作戦領域から離脱し、アイスワームが討ち果たされたのと同時刻。封鎖機構が制圧していたはずのとある拠点に、複数のACが集結していた。
『こちらキング、防衛勢力の殲滅を確認した。依頼主の情報は正しかったようだ』
『こっちも周辺の確認が終わったよ。企業勢力の一転攻勢で、封鎖機構はかなり混乱してる。増援が来る前に侵入出来そう』
キングにシャルトルーズ。独立傭兵としてはトップランクの二人に加え、更に二機のACが存在しているようだ。両者共に中量の二脚タイプだが、趣は随分と異なっている。
『ありがとう、二人とも。こちらで障壁のロックを解除します。通信障害が発生する可能性もあります、どうか武運を』
その片方は、独立傭兵レイヴンが駆るナイトフォール。彼のオペレーターがシステムの制御を奪い操作すると、大地に設置された巨大な障壁が開いていく。どこまでも下に続いていそうな、大きく深い穴が現れた。
───ここはウォッチポイント・アルファ。惑星封鎖機構がルビコンに介入してきた原因である、重要な秘密が眠っている拠点である。そこに何故、ブランチのメンバーが集結しているのだろうか。と、第三者が通信に割り込んできた。ルビコンで活動するAC乗りならば、誰もが聞いたことのある声。
『初期の障害となり得るのは封鎖機構の自立防衛兵器。及び、降下先に備え付けられた複合エネルギー砲台 「ネペンテス」でしょう。スペックデータは送った通りです。完璧な遂行を期待しています、ブランチ』
オールマインド。傭兵支援システムである彼女は、どうやらブランチに協力しているようだ。本来ならば特定の勢力や個人に肩入れすることはありえないはず。無機質ながら粘質なその声に、シャルトルーズが疑わしげに言い返す。
『依頼を受けたからにはやるけどさ、本当にこの先にコーラルが集積してるの?こっちの情報網には何も引っかからなかったんだけど』
『間違いありません。ここは星外からは認識出来ない観測不能領域・・・・・・それを利用し惑星封鎖機構が造り上げたもの。奥深くにあるルビコン技研都市、及びバスキュラープラント。そこにコーラルが集積しているという事実はお伝えした通りです』
『だからこそ、我々を雇った訳か。企業と封鎖機構が全面衝突をしているこの機に、随分と豪胆なことだ。まぁいい、ブランチとして仕事は果たしてみせるさ。それよりも、そちらから派遣された僚機だが・・・・・・』
キングがちらりと確認した先には、件の中量二脚ACが佇んでいる。コックピットに搭乗しているであろうパイロットは、レイヴンと同じく今まで一言も発していなかった。が、視線に気付いたのかようやく通信から声が聞こえてくる。
『・・・・・・私のことは気にするな。お前達が翻意することが無いよう、オールマインドから送り込まれた目付け役のようなものだ』
『C1-249スッラ、貴方が会話を行う必要はありません。こちらのオペレートに従って頂きます』
『ほぅ・・・・・・第1世代の生き残りがいたとはな。手合わせしたい所だがそうも言っていられん。精々後ろから撃たれぬように努めるとしよう』
僅かな発言から相手の背景を推測し、キングはにやりと笑った。C1、即ち第1世代の強化人間。それがこのスッラという男なのだろう。
『スッラ、か。アイビスの火より前から活動してる、標的を狩ることだけを請け負う独立傭兵・・・・・・どうしてオールマインドに雇われてるのか知らないけど、とんだヴィンテージね』
次いでシャルトルーズが声を上げる。ブランチは元々ハッキングを得手とするハクティビスト集団であり、アリーナに登録されている程度の情報ならば即座に調べ上げることが出来る。シャルトルーズが言った情報に対し、オールマインドが返事をすることは無かった。どこか気まずい沈黙が流れる中、気を取り直すようにレイヴンのオペレーターが発言する。
『障壁の完全開放が確認されました。突入をお願いします』
その言葉に、ブランチとスッラのが動き出した。互いに程良い距離を取りつつ、緩くブースターを吹かしながら降下していく。オールマインドの指示の元、四機のACはウォッチポイント・アルファへの侵攻を開始した。
「確か、この辺りのはずだけど・・・・・・」
どこまでも広がる氷原を、一機のACが疾駆している。所々塗装の剥げ落ちた、旧式パーツをベースとしたAC・・・・・・トラルテクトリはシオンを乗せ、ルビコン解放戦線の拠点を探し回っていた。
「っと」
軽いめまいを覚え、シオンは少しだけ速度を落とす。ヴェスパーAC二機との連戦に、長時間の操縦。長い時間戦闘シミュレーターで鍛錬を積んできたとはいえ、流石に体に堪えているようだ。眉間を軽く揉みながら、自然と乱れていた息を整える。
元々、ACは長時間の稼働を想定した負荷をしていない。機動力を活かし、短時間で任務を終わらせることを前提にしているのだ。かつて定義されたコア理論。近接戦重視の方向性は、即ち速戦を推奨していた。今でこそ様々なパーツが各企業から売り出されているが、昔はアセンブルの選択肢に乏しく戦術の幅が狭かった影響もある。
つまり、シオンは心身共に極度の疲労状態にあった。彼が無理を押してでもトラルテクトリを進ませ続けているのは、一度でも休息を取ってしまえば暫くは動けなくなりそうだからだ。確実に安全だと言える場所に辿り着くまで、気を張り続けなければならない。そう自身を戒めつつ、周囲をスキャンし反応を確かめる。と、
「熱源反応・・・・・・?これ、近付いてきてるのか!?」
ACのシステムを戦闘モードに切り替え、迎撃の準備を始めるシオン。しかし、友軍信号と共にオープン回線から声が聞こえてきた。酷く懐かしい、戦友の声。
『シオン!シオンなのか!?』
「アーシル!?」
『良かった、生きていて・・・・・・!リング・フレディをそちらに向かわせている、そこで待っていてくれ』
アーシルの言葉通り、近付いてくる熱源反応はACのものだった。軽量のタンク型脚部を備えた、フレディが駆るキャンドルリング。氷原を滑るように機動し、目の前までやってくる。
『・・・・・・近場の拠点まで護衛しよう。ついてこい』
「フレディさん、久しぶり。正直助かるよ、かなり消耗してるし弾薬も殆ど残ってなかったんだ」
『・・・・・・ふん』
フレディは不機嫌そうに鼻を鳴らし、しかしトラルテクトリの速度に合わせつつ先行し始める。彼には負い目があった。あの時、まんまとブルートゥにやられシオンを連れ去られてしまった。スッラにやられた時も、あの時も、全ては自分の未熟さが招いたこと。そのせいでシオンは生死不明の状況に追い込まれたのだ。
だからこそ、シオンらしきACが目撃されたとの情報が入った時、真っ先に現場に向かうことをドルマヤンに申し出た。ドルマヤンは静かに頷き、こうしてフレディが現場に急行したのである。
『何があったかは分からないけれど、本当に無事でよかった。秘匿化された解放戦線の拠点がすぐ傍にある、今の速度ならば10分とかからない。もう少しだけ頑張ってくれ』
「おぅ。正直、二人の声を聞けたせいか安心しちゃってな。疲れが噴き出しそうなんだ。拠点が近場でよかったよ、ほんと」
そう言いながら、シオンは急激に緊張の糸が緩むのを感じていた。ここはまだ危険な可能性があり、封鎖機構や企業の追っ手が来ないとも限らない。分かっていても、どうしても安堵が溢れてくる。彼にとって、ルビコン解放戦線は帰るべき場所となっていた。
その後、会敵することも無く無事拠点まで辿り着いたシオンは、トラルテクトリをガレージに収めコックピットを降りた。極度の疲労にふらつきながらもなんとか床を踏み締め、両手を上に上げ全身を伸ばす。と、気付けばルビコニアン達がずらりと並んでこちらを見ていた。全員が安堵と尊敬を浮かべ、シオンを見ている。中には知った顔もいくつか確認出来た。
「・・・・・・はは」
以前と違い、そこまで違和感は覚えない。思えば確かに、今回は中々の大立ち回りだった。まだまだ噂されている自分には追い付いていないだろうが、多少は誇ってもいいのかもしれない。のんびりと思いながら、シオンはルビコニアン達の元に歩いていく。その表情は、いつもよりもずっと晴れやかだった。
「っぐ・・・・・・」
激しい頭痛と共に、イグアスは薄く目を開けた。視界はぼんやりと赤みがかり、全身の感覚が酷く鈍い。ノイズめいた耳鳴りが頭の中で反響し、吐き気がこみ上げてきた。しかし、生きている。
眼だけを動かしてなんとか周囲を確認すると、どうやらカプセル型に覆われたベッドに入れられているようだ。ベイラム、ひいてはレッドガンでは一般的な治療設備。外科的治療の後、ここで治癒力を活性化させることが多かった。
覚えているのは、アイスワームから放たれる大量のコーラルを浴びながら621を庇ったこと。そして、似合わない激励を口走ったことだ。何故あんなことを。意識を取り戻したイグアスがまず思ったのはそれだった。
「は、ぁ・・・・・・馬鹿か、俺は」
あの時、どうして自分は621を庇ってしまったのか。それは未だに分からない。イグアスにとって、621は実力差を見せつけてくる気に食わない相手に過ぎない。命を賭けて助けるような間柄では無いはずだ。それなのに、どうして。
「ちっ・・・・・・」
赤みがかった視界を煩わしく思い、瞬きを繰り返しながら舌打ちをする。自分が生きているということは、アイスワームは撃破されたのだろう。殊勲は621、次いで超長距離狙撃を幾度と無く成功させたラスティか。結局何も出来なかった。621を庇った事実を棚に上げ、イグアスは己の無力さを悔やむ。頭痛と耳鳴りが精神を蝕み、全身に繋がる管を引き抜いて暴れ出したくなってしまう。と、
『よかった、イグアスもひとまず無事のようですね。レイヴンも安心するでしょう、早く戻らなくては』
頭痛と耳鳴りのせいか、女性の声が脳内に響いた。幻聴だとしても、あまりにもはっきりと聞こえてくる。大量のコーラルを浴びた影響でおかしくなってしまったのだろうか。顔をしかめながら溜め息をつこうとして、ふと気付いた。赤い視界の中、何かが明滅している。
「なんだ・・・・・・?」
一際濃い赤色のそれは、指先程度の大きさに思えた。球状にも見えるが、全体的に揺らいでいる印象を覚える。コーラルが可視化されている?直感的にそう思ったイグアスだが、ここはレッドガンの拠点のはずだ。高濃度のコーラルは人体に有毒であり、ここに漂っているのはあり得ない。ならば、幻覚だろうか。
「俺も焼きが回ったかよ。幻聴に幻覚なんざ、ドーザー連中と同じじゃねえか」
苦々しく呟き、恨めしい視線を赤い光点へと向ける。すると、不思議なことにその光点が動きを止めた。それどころか、こっちをじっと見つめている気配すら感じる。
『・・・・・・まさか。こちらを、認識している?』
「幻聴如きが、俺に話しかけてくるんじゃねえ」
滑稽だ。そう自覚しながらも、イグアスは噛みつくように返事をする。己の現状に苛立って仕方が無い。例え幻聴相手だとしても、吐き出さねばやってられなかった。
『そんな・・・・・・イグアス、貴方には私の交信が届いているのですか?』
「うるせえよ、黙ってやがれ・・・・・・!」
光点から響く女性の声からは困惑と動揺が滲んでいる。何かが妙だ。幻聴にしても、あまりにも明瞭かつリアル過ぎる。身を起こそうにも痛みと麻酔で起こせないまま、イグアスは苛立たしげに瞬きを繰り返した。
『・・・・・・失礼しました、イグアス。まさか、レイヴン以外に交信が届く者がいるなんて。アイスワーム戦で大量のコーラルを浴びた影響でしょうか・・・・・・?』
ブツブツと喋っている光点。ただでさえ体調が最悪だというのに、鬱陶しくて仕方が無い。声を荒げて怒鳴ると、気管に痛みが走り咳き込んでしまう。
「黙ってろって言っただろうが!ッゴホッ、ゲホッ!」
『す、すみません。では、また後で』
後も何も無い。そう思いながら涙が滲む目で睨むと、光点はふわふわを壁をすり抜けて何処かへ行ってしまった。そして、入れ替わるように医師が部屋へと入ってくる。散々一人で喚いたからだろう。
「クソがっ・・・・・・!」
医師の問診を適当に聞き流しながら、イグアスは悪態をつく。あぁ、最悪だ。本当にろくでもない。先ほどの声がなんなのかを理解しないまま、痛みと苛立ちに表情を歪めるのだった。
大量のコーラルに被曝すると幻覚、幻聴の症状が現れることも多いらしいですね。イグアス君には養生してほしい所です。