見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「・・・・・・今の話を、信じろってのか?」
【うん。信じられないかもしれないけど、全部本当のことだから】
頭に響く声は、酷く幼い少女のもの。カプセル内で眠りについているはずのイグアスは、精神世界とも言える場所で誰かと言葉を交わしていた。
『レイヴンが語ったことは真実です。私は実体を持たない存在・・・・・・コーラルに生じた波形であり、コーラルに被爆した貴方達に交信を行っている。この場も、交信を応用して用意しました』
補足するようにのたまうのは、先日の幻聴と同じ女性の声だ。馬鹿馬鹿しい状況に、馬鹿馬鹿しい説明。コーラルが意思を持っているなど、到底信じられる話ではない。そして、幼げな声の正体が野良犬・・・・・・レイヴンだということも。イグアスには、とても納得出来なかった。
「夢の中にまで幻聴がしゃしゃり出てくるんじゃねえよ。あほくせぇ・・・・・・」
【でも、イグアス。ここまで、ちゃんと話を聞いてくれた。ありがとう】
「馬鹿にしてんのか、あぁ?」
トンチンカンな返事に苛立ちながら、イグアスは頭を掻き毟ろうとする。しかし、ここは現実では無い精神世界。肉体というものは存在せず、ただ意識が虚空に漂っているかのようだ。それが、さらに彼を苛立たせる。
「いいからとっとと解放しろ、殺すぞ」
『待ってください。私達は、貴方に協力してほしいことが・・・・・・!』
【エア、いいよ。イグアスに話せた。それだけで十分だから】
エアと名乗っていた幻聴を宥めるように、少女の声が響く。あぁ、苛立たしい。彼女がレイヴンだとするのならば、何故ここまで幼く、純真な雰囲気を漂わせているのだろう?戦場での絶対的な強さからはまるで想像出来ない。
「おい、ガキ。てめぇが本当にあのいけすかねぇ野良犬だって言うんなら、実力で証明しろよ。俺とヴォルタを潰し、「壁」を超えて、アイスワームを殺した。てめぇみたいなガキが騙れるような奴じゃねえんだ!」
鬱憤をぶちまけるように怒鳴るイグアス。621へ抱く羨望や嫉妬、憧憬や敵意がぐちゃぐちゃに入り混じった感情は、彼自身でも制御出来ないものだ。
「畜生が、ふざけるんじゃねえぞ・・・・・・!あぁ、クソ!」
【ごめんね、イグアス。私のせいで怒らせちゃって。君が元気になったら、ちゃんとメッセージを送るから。それで信じてもらえるかは分からないけど】
「うるせぇ!」
荒れ狂い、幼い声をはね除ける。二つの気配は徐々に遠のいて、イグアスの精神に静寂が戻ってきた。それでも彼の心は晴れない。幻聴ならば己がおかしくなっているということであり、おかしくなっていないとしたらより異常である。彼女達が語ったことに信ぴょう性が出てきてしまうのだ。
「クソが・・・・・・」
何度目かの悪態を吐くと、周囲が明るくなっていくのを感じる。どうやら目が覚めようとしているようだ。やはり、これはただの夢だったのだろう。そう自分に言い聞かせながら、イグアスは消えることの無い苛立ちを抱えたまま意識を浮上させた。
「G5の様子はどうですか?先日は錯乱していたと聞きましたが」
「今は落ち着いています。ただ、断続的にバイタルが乱れることがありまして・・・・・・復帰まではまだ時間がかかりそうです」
ベイラムの拠点。先の封鎖機構との一大決戦を機にG3の地位へと舞い戻った五花海は、未だ治療を受け続けているイグアスの元を訪れていた。
「ふむ。まぁ、大量のコーラルを人体に浴びてしまったのです。何があっても不思議ではない、か。面会は可能ですか?」
「短時間なら。ただ、やはり精神的に不安定なようです。どうかご配慮を」
医師の言葉に頷いて、病室へと入っていく五花海。病室の中央にはカプセル式の医療設備が鎮座しており、中にイグアスが収容されているようだ。足音を立てぬよう近付き、カプセルの中を覗き込む。強化ガラス越しに見えるイグアスはどうやら眠っているようだ。普段よりも幼げな印象を覚える顔付きに、思わず苦笑を浮かべて呟く。
「やれやれ。こうして見れば、素直に見えるんですがね」
五花海がイグアスの元を訪れたのは、彼に報告があったからだ。先日五花海が仕掛けた企みの一つ。アーキバスからヴォルタ用の義体を手に入れた件についてのことである。
結果として、ヴォルタは義体に適合した。戦線復帰はまだ先になるだろうが、既に日常生活に支障が無い程度には回復の兆しを見せている。折しもアイスワームを撃破した翌日のことであり、治療中のイグアスはまだそのことを伝えられていなかった。それ故、五花海はこの場に足を運んだのだ。
「・・・・・・ふぅむ。起こすわけにもいかず、滞在時間は限られている。叶うならば、例の件も伝えておきたかったのですが」
そして、もう一つ。ヴォルタのこととは別件で、五花海はイグアスに話しておきたい事柄があった。それは即ち、ベイラム上層部によるG2ナイル暗殺計画についてだ。ベイラムの暗部と繋がりが深いコールドコールに依頼を出したという情報は既に掴んでいる。そして、断られたということも。
五花海はレッドガン部隊のことが嫌いではなかった。過酷な訓練や監視には辟易としているが、それでも彼の居場所である。ミシガンも、ナイルも、ヴォルタ達後輩のことも、五花海は気に入っているのだ。
ベイラムなぞはどうでもいい。集積コーラルすら、彼にとって重要ではなかった。大事なのは、レッドガンが部隊として存続すること。その為ならば騙りもペテンも辞さない。結果レッドガンから除籍されるとしても、それはそれだ。ベイラムによるレッドガンメンバーへの粛清は、到底受け入れられることでは無い。
それゆえに、五花海は裏で策動している。ベイラムには情報を漏らさず、ミシガン達にはあえて伝わるように。止めるのならば止めてみろという想いを込めて。元より、ミシガンが頷かなければ五花海の策略はなんの意味も無い。レッドガンを、ベイラムから切り離そうとしているのだから。
ベイラム上層部は、ウォッチポイント・アルファに突入することを強く主張していた。アーキバスに先んじる。それだけに固執しているようだ。五花海は、そんな彼らを愚かだと断じている。むしろアーキバス側が先に動くよう働きかけるべきなのだ。集積コーラルに到達するまでに突入部隊は間違い無く消耗する。ブランチがコーラルを星外に持ち出す術を持っていない以上、先に動いた方が不利である。
その為、五花海は裏側から上層部に働きかけていた。損得で動く人間は扱いやすい。得の部分を飾り立て、そちらだけに目が向くよう仕向ければいいのだから。本来ならばミシガンやナイルに禁じられている行為であるが、事ここに至っては知ったことではない。
ミシガンは優秀な現場指揮官かつ後進を育成することにも長けている指導者だが、一度結んだ約定を反故にするような男でもない。彼からベイラムを見限ることはありえないだろう。例え逃れられない死が待っているとしても、その場で最善を尽くす。それがミシガンだ。
「・・・・・・メッセージだけ残して帰るとしましょう。レッドガンの秘匿回線ならば、ベイラムには見抜けない。しかしまぁ、とんだ無駄骨でした」
だからこそ、五花海は動いている。汚れ仕事はこちらの領分だ。裏切者の汚名を被り、レッドガンの皆から後ろ指を差されたとしても、守り通さなければならないものがある。生まれついての詐欺師であり、人間として破綻しているはずの自分が、比較的真っ当に生きることが出来た場所。例え己が排斥されても、レッドガンが残るのならば構わない。と、
「・・・・・・おや」
「てめぇ、五花海・・・・・・なんでここにいやがる」
気付けば、カプセル内のイグアスの目が開いていた。こちらを見つめる視線には警戒が浮かび、顔は鬱陶しそうに歪められている。寝起きからして随分と機嫌が悪いようだ。五花海はすぐに表情を取り繕い、いつもの胡散臭い笑みを浮かべ口を開いた。
「おはよう、G5イグアス。実は貴方に朗報がありましてね・・・・・・」
詐欺の要諦は内心を悟られぬこと。脳内で渦巻いている策謀と感情を一切面に出す事無く、五花海はイグアスへ状況を話し始めた。
「おい、ラスティ。暇なんだろ?付き合えよ」
「これは首席隊長殿、相変わらずで何よりだ。残念だが次席隊長に呼ばれていてね、模擬戦闘には付き合えない」
ウォッチポイント・アルファに程近い、アーキバスの一拠点。ラスティが足早に通路を歩いていると、突如として肩を組んで話しかけてくる男がいた。ヴェスパー部隊のトップにしてアリーナランク1、V.Ⅰフロイトである。
「スネイルと俺なら俺の方が優先度が高いんじゃないか?とにかく付き合え、お前との戦いは面白いんだ」
「ならば、貴方自身から直接スネイル閣下に命令してくれ。指揮系統の混乱は避けたい」
こうしてフロイトが絡んでくるのはいつものことだ。慣れた様子で受け流しつつ、ラスティはフロイトに肩を組まれたまま進んでいく。目当ての場所に到着し、自動ドアをくぐりながら部屋の中へと入っていった。椅子に座りながら素早くデバイスを操作していたスネイルが振り返り、相も変わらず神経質そうな視線をラスティ達に向ける。
「ようやく来ましたか、V.Ⅳラスティ・・・・・・何故フロイトまでいるのです」
「ここに来るまでに捕まってしまったんだ、スネイル閣下。どうやら私と模擬戦を行いたいようなんだが、どちらの指示に従えばいいのかな?」
「・・・・・・やれやれ。フロイト、ラスティとの模擬戦は一昨日実施したばかりでしょう。いつにも増して堪え性の無い・・・・・・」
こめかみを抑えながら、最早ラスティにおぶさっている形のフロイトに溜め息を吐くスネイル。しかしフロイトは一切気にせず、逆に唇を尖らせ言い返した。
「お前はいいよな。アイスワームを相手にしたのは楽しかったんだろ?大規模作戦で貧乏くじを引かされたんだ、少しくらい無茶を言ってもいいじゃないか」
「はぁ・・・・・・フロイト、貴方が制御タワー周辺でドーザー勢力のACと戦闘したことは記録に残っています。随分と楽しげにしていたことも。いい加減、ヴェスパーのトップとしてわきまえなさい」
「なんならお前でもいいぞ、スネイル。オープンフェイスのアセンを弄ったのは知ってる、俺相手に試そうぜ」
スネイルの話を聞いていないかのように好き勝手言うフロイトに、スネイルは青筋を浮かべラスティは苦笑を浮かべている。ウォッチポイント・アルファへの出撃が禁じられている現状は、フロイトにとっては退屈過ぎるようだ。
ウォッチポイント・アルファを巡る争いに、アーキバスはどうしても消極的にならざるを得なかった。封鎖機構の兵器を鹵獲するという目論見は崩れ、ベイラムとの戦力比は拮抗。ウォッチポイント・アルファ内の露払いをさせる為、ベイラムを誘導するという謀略も難航している。このような状況下では、気分が鬱屈するのも仕方が無いのかもしれない。
「まったく・・・・・・仕方無い。明日の午後、ファクトリーから新しい部品が届きます。それらのテストにはラスティを参加させる予定でしたが、そこまで言うなら貴方に参加してもらいましょう、フロイト」
「お、いいじゃないか。最初から俺をアサインしとけばよかったんだ」
苦虫を噛み潰したような表情のスネイルに、上機嫌なフロイト。二人に内心を悟られぬよう苦笑を浮かべたまま、ラスティは熱を持ち始めた心を抑え込んだ。ファクトリー・・・・・・人体をAC操縦の為の部品に加工するおぞましい場所だ。そして、元となる人体の多数は捕虜となったルビコニアンである。
唾棄すべき所業だが、今のラスティには怒りを表に出すことは許されていなかった。あるいは、彼をスパイだと疑っているスネイルはわざとこの任務を振り分けてきたのかもしれない。
「そうなると、私への任務は無しか。戻っても構わないかな、スネイル閣下?」
「いえ、まだです。貴方には別の任務を割り振ります。フロイトのようにはサボらせませんよ」
どうにか誤魔化せたようで、スネイルは別の任務概要を端末へと送ってくる。それを読み込みながら、ラスティは静かに決意を新たにした。ルビコンにおけるコーラルを巡る戦いは既に終盤。いつ、どこで牙を突き立てるべきか。企業の喉元を噛み千切り、夜明けを切り開く為に。穏やかに見える表情の裏で、目の前の二人をいつ排除するのかを見定めていた。
作者は五花海がレッドガンにクソデカ感情持っている説を強く推しています。