見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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59.動き出した歯車

「話は聞いているぞ、G3。貴様の選択は、それでいいんだな」

 

「えぇ、総長。隊則を明確に違反しているのは理解していますよ。とはいえ、貴方にしては随分と動くのが遅かったですね。さて、煮るなり焼くなりどうぞご自由に」

 

ベイラムの一拠点、ミシガンの私室。レッドガンを束ねる総長の部屋にしては酷く簡素な部屋の中で、二人の男が向かい合って座っていた。一人は小柄ながら年齢に見合わぬたくましい体格の、気力を漲らせた老齢の男性。レッドガンの総長、G1ミシガンその人だ。そして、もう一人はその部下であるG3五花海である。紙袋を手に提げ、胡散臭く微笑んでいる。

 

「アーキバスとの個人的取り引きに続き、ベイラムに反抗するよう隊員達を扇動・・・・・・本来ならば、処断する以外の道は無いが・・・・・・」

 

いつもならば物事を即断するミシガンが言い淀む。その様子を、五花海は胡散臭い笑みを浮かべたまま眺めていた。ミシガンは悩んでいるのだろう。五花海が苦心して造り上げた策謀の網は、彼の心を確かに絡め取っているようだ。

 

「そうなれば、私の扇動に乗ったレッドガン隊員達にもなんらかの罰が必要でしょう。───つまり、G1とG2を除いた全ての隊員達に、ということになりますねぇ。いやはや、コーラルに到達するか否かという重要な局面でこの有様とは、心中お察しします」

 

煽るように言いながら、五花海は紙袋から紙の束を取り出す。深く考え込んでいる様子のミシガンに差し出すと、更に言葉を重ねていった。

 

「こちら、レッドガン隊員達のサインです。古風に言うならば血判状、という奴ですね。くっくっく、やはり貴方は慕われている。一人たりとも欠ける事無く名を連ねて頂けました。さて、どうしますかG1?歩く地獄の名の通り、全てを地獄に巻き込みますか?それとも」

 

「G3、貴様の考えは分かっている」

 

朗々と謳い上げる五花海を、落ち着いた口調で遮るミシガン。訓練中の苛烈さとは似ても似つかない、冷静そのものの瞳が真っすぐに五花海を射抜く。

 

「全てはレッドガンの為に動いているのだろう。何か別のことを企んでいるのかとも思ったが、どうやら読みが外れたな。性根が変わったか、五花海」

 

「・・・・・・いえいえ、お優しい総長程ではありませんよ。木星戦争の英雄が、私なぞをここまで泳がせておくとは。戦場で敵に向ける果断さとは程遠い」

 

「誤魔化す必要は無い。貴様の言葉遊びには昔から慣れているからな。・・・・・・どうやら、決断の時か」

 

腕を組み、ミシガンは目を閉じた。彼がベイラムに従っているのは、古い約定が故である。かつてナイルと酒を酌み交わし、ファーロンとベイラムの和解に至ったあの日。レッドガンは、そこから始まったのだ。

 

ナイルが掌握していたベイラムグループ治安維持部隊を下地として、ベイラムグループ専属のAC部隊を作り上げること。それが、ベイラム上層部が提示した和解条件の一つだった。つまるところ、手に負えない難敵であるミシガンを取り込もうという話である。和解の切っ掛けとなったナイルは難色を示したものの、ミシガン自身はそれを承諾。ファーロンとの技術提携を追加の条件に上げ、部隊設立に奔走することになる。

 

そして。続く木星戦争で武名を轟かせたミシガンは、世間からのこぼれ者や食わせ物、厄介者を集めレッドガンを設立。長きに渡る戦い、出会いに別れを味わいつつも今のルビコンに存在しているのである。無論、ベイラム上層部からしてみれば、レッドガンは使い潰しの利く駒という認識だ。ミシガンの卓越した手腕のせいで、想定以上に部隊の規模が広がり苦虫を噛み潰している。

 

だから、今回のようなことが起こった。ベイラム上層部とレッドガンの融和に努めていたG2ナイルを謀殺しようとする動きは、レッドガンを弱体化させルビコンの地で果てさせる為に違いない。しかし、立場上ミシガンは動けなかった。最低限ナイルの死を避ける為に手は回していたが、ベイラム上層部の考えを変えるには至っていない。五花海が謀略を巡らせるのも当然だ。彼もレッドガンの隊員なのだから。

 

「いいだろう、G3。貴様の描いた計画に乗ってやる。仔細を聞こう」

 

「ふむ。よろしいのですか?本心が定かでは無い詐欺師の口車に乗っても」

 

「今の貴様は詐欺師ではない。レッドガンの三番手、G3だ。疑う気は起きん」

 

きっぱりと言い切ったミシガンは、瞳を開けて五花海に視線を戻す。顔に刻まれた皴の多さに似つかわしくない、強い意志が込められた視線。それを受けて、五花海の表情から笑みが消えた。虚飾の仮面を外したかつての詐欺師は、総長に向けて静かに頭を下げる。暫し続く沈黙の間、二人に言葉はいらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・チッ」

 

リハビリを終え、病室のベッドで安静にすることを命じられているイグアスは、相も変わらず不貞腐れた様子で天井を睨んでいた。

 

彼が不機嫌なのには、大きく分けて二つの理由がある。一つは五花海の企みに参加してしまったということ。そしてもう一つは、621を騙る少女のことである。

 

「どうしろってんだ」

 

奇怪な夢から目を覚まし、五花海からのベイラムを裏切る提案を了承した数日後。自身の携帯端末に、621からのメッセージが届いていた。内容にはあの夢が真実であると記されており、送られてきた回線は間違い無く621のもの。即ち、あの夢で言葉を交わしたのは621本人ということになる。

 

馬鹿馬鹿しい。イグアスはそう思いながらも、精神の動揺を抑え切ることが出来なかった。戦場では鬼神の如き戦いぶりを見せるあの野良犬が、年端もいかぬ少女などと。理解も納得もしたくない。

 

「あぁ、クソ!」

 

更に、どうやら彼女はイグアスに協力してほしいことがあるらしい。一度撃墜されただけでは無く、幾度も力の差を見せつけてきた相手が、わざわざ助けを求めてきているのだ。腹が立つ。何故かは分からないが、無限に苛立ちが湧き上がってくる。まるで、過去に強化手術を受けた直後のようだ。これもコーラルに被曝した影響だろうか。

 

精神が不安定になっているということで、イグアスはリハビリ以外の外出を許可されていない。本当ならば義体を手に入れたらしいヴォルタの様子を見に行きたいが、抜け出すことは不可能だ。この現状も、彼を苛立たせている。

 

と、携帯端末に通信が入った。相手は他ならぬ621。メッセージへの返事が無いことから、直接繋げてきたようだ。端末の画面を睨みつけた後、イグアスは通信を許可する。

 

「・・・・・・なんだよ、おい。こちとらてめぇを庇ったせいで死にかけてんだ、無駄に連絡してくるんじゃねぇ」

 

【ありがとう、ごめんなさい。でも、イグアスには信じてほしかったから。私の話を】

 

夢の中とは違い、無機質な文字が画面に表示される。621は声帯が機能していないようだ。夢の中で会話を交わせたのは、あそこが物理的な空間ではなかったからか。下らない考察が頭に浮かびながらも、イグアスは荒れる内心のまま言葉を叩きつける。

 

「クソが、信じたところで何があるってんだ!?俺にどうしろって言うんだよ!てめぇが本当に野良犬なら、どうとでもなるだろうが!」

 

【それは、違う。私じゃ何も出来なかったんだ。私じゃウォルターを救えない。それに、イグアスは私を庇ってくれた。そうじゃなきゃ、あそこで私は死んでいたから。だから、私はイグアスに助けてほしい。馬鹿な話だとは分かってる。でも、お願いします】

 

ぎしり。奥歯を噛み締めイグアスの言葉が止まった。理解はしていた。しかし、納得は出来ていない。621は凄まじい実力の持ち主だが、決して完璧ではなかった。中身は幼い少女であり、自分が庇ってしまう程の隙を晒すこともある。更には、助けを求めてくることさえも。それが、何故か納得出来ない。

 

ガリア多重ダムで戦った時、イグアスは何が起きたのか殆ど分からなかった。ほんの数十秒の交戦の間、緩急をつけながら叩き込まれた怒涛の攻撃。抗うことすら出来ず撃墜されたのだ。ミシガンやナイルとは違う、煌めく閃光のような戦闘技法。己の至らなさをまざまざと見せつけられたのである。

 

それからも、621は信じられないような戦果を上げ続けた。ヴォルタと自身では果たせなかった「壁超え」に、各勢力を相手取っての大立ち回り。惑星封鎖機構が介入してきてからも、その実力に陰りは無かった。そのはず、だったのだ。

 

分からない。イグアスには、621の弱さが分からない。自由に空を舞い、不都合など何も存在しないように戦場を駆けるあのレイヴンが。何故、自分のような者に助けを求めるのか。

 

「・・・・・・クソが」

 

力無い悪態が口をつき、前髪をかき上げる。例え分からずとも、納得出来ずとも、621が助けを求めているのは事実だ。いつまでも目の前から逃避し続けるわけにもいかない。何より、現実は待ってくれないのだから。

 

「俺に、何をしてほしいんだよ。聞くだけ聞いてやる、野良犬」

 

【本当?ありがとう、ありがとう!本当にありがとうイグアス!】

 

ややあって送られてきた稚拙な文章は、いたいけな喜びに満ちているようにイグアスは感じた。五花海によるレッドガンをベイラムから離反させる策謀に、621からの頼み。何もかも、煩わしいことばかりだ。それでも、イグアスは前に進む覚悟を固めた。苛立ちを捨てられぬまま、しかし確かな足取りで。

 

 

 

 

 

 

 

事態が動いた。ウォッチポイント・アルファに独立傭兵レイヴンが侵入し、それが引き金となり二大企業も戦力を投入し始めているようだ。企業が消耗するのを狙っているルビコン解放戦線において、これは望み通りの展開と言える。

 

後は、いつ突入するか。横合いから殴りつけるタイミングを間違えばそれで終わりだ。拮抗しているとはいえ企業の戦力は未だに強大、解放戦線が参戦してきた場合共闘関係を取り戻す可能性もある。拙速でも巧遅でも無く、最も勝算の高い機を掴み取らねばならない。

 

「ふぅー・・・・・・」

 

そのような緊迫した状況下に、シオンは自室での待機を命じられていた。戦闘シミュレーターは消耗する為控えるよう言われている。こうなるとやることが無い。つまり、シオンは暇を持て余しているのである。

 

「・・・・・・うーん、寝っ転がっていびきをかくのも気が引けるしなぁ。かと言って俺が手伝えることも無いだろうし」

 

状況が状況故、拠点のルビコニアン達は慌ただしく動き続けていた。シオンに出来るのは体調を万全に整え、出撃まで待つことだけ。この肉体となってから趣味と呼べるものは持ってこなかった為、こういう時にやることが思いつかない。

 

「・・・・・・ま、これくらいならいいよな」

 

結局、シオンはデバイスを操作し解放戦線のサーバーに保存されている戦闘映像の鑑賞を始めた。無駄な時間を過ごしたくないのは、一度死んだことによる強迫観念が原因か。あるいは、初めて出来た自分の居場所を守る為なのか。本人にも定かではないままに、シオンは映った映像に視線を走らせる。

 

「やっぱ、ドルマヤンさんの動きおかしいな・・・・・・ハンドミサイルとナパーム弾で相手を追い込むのが上手すぎる。バーストライフルも必中させてるし、何より近距離の機動がなぁ・・・・・・これで旧型ACとか嘘だろ」

 

今映っているのは、封鎖機構のLCに対してドルマヤンのアストヒクが戦闘をしている様子だ。洗練されたドルマヤンの動きにシオンは唸るように呟く。膨大な経験と修練から培われた技量は、死線を超えてきた彼でも舌を巻く程だ。動きの全てに意味がある。最適解、フェイント、そして相手パイロットの思考を見抜いているかのような機動。どれを取っても一級品だ。

 

「・・・・・・凄いねぇ、どうにも」

 

パルスブレードで両断されたLCが爆散するのを見ながら、シオンは感心と諦観が半々な表情を浮かべた。この境地には、自分は決して至れないだろう。時間も才能も、何もかも足りな過ぎる。もしくは、信念すらも。

 

戦場において迷いは命取りになる。しかし、それでもシオンは迷っていた。彼には確固たる信念が無い。死んだと思ったら少女の肉体となり、解放戦線に拾われここまで来た。状況に流されるままに戦い、ここにいる。

 

「んー・・・・・・」

 

シオン自身は気付いていないが、自ら戦場に出て命を賭けて戦うのは十分に立派なことだ。何を思っていようとも、戦えない者達の盾となり身を挺すのは誰にでも出来ることでは無い。それでもシオンの自尊心が低いのは、ひとえに一度死んだ上で他人の肉体となっていることが原因である。

 

以前に気付いた、誰かの人生を乗っ取っている罪悪感。心の奥、根底に流れるその意識がシオンを苛んでいる。どれだけ修練を積み、戦い続けても、拭い去れるものではなかった。普段考えないようにしても、一人部屋にいるとどうしても思い出してしまう。

 

「いつか、返さないとなぁ」

 

もしも、この肉体に少女の精神が残っているとして。ルビコンの動乱を生き抜いた後で肉体を返さなければならない。手段も思いつかないままに、シオンはそう決意していた。どうせ自分は一度死んでいるのだ、これ以上ずうずうしく生き延びようとするのは違うだろう。今まで接してきた他人は、シオンとは彼のことだと思っている。その事実には気付いていないようだ。

 

一人きりの部屋の中、シオンは眠気が来るまで飽きる事無く戦闘映像を眺め続ける。それこそが、自分に出来るただ一つの贖罪のように。




レッドガンルート、開放。
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