見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
シオンに出撃の命令が下った。目標はアーキバスの前線拠点、ベイラムに攻勢をかけている後背を突く形になる。解放戦線が掴んでいる情報では、ヴェスパー部隊は攻勢に加わっていない。つまり、迎撃に出てくる可能性が非常に高いということだ。
「・・・・・・さて、と」
コックピットでひとりごち、シオンはトラルテクトリのメインシステムを起動する。こちらの動きは見破られていないのか、今の所アーキバス側が迎撃態勢を整えている様子は無い。解放戦線の戦力はウォッチポイント・アルファ付近からやや離れた場所に布陣していたのもあり、輸送ヘリで大きく回り込むことが出来ていた。
詳細は分からないが、ベイラムはレッドガンに裏切られ二正面戦闘を強いられているらしい。ここで解放戦線がアーキバスを叩けば、二大企業に莫大な損害を与えることが出来るはずだ。奴らをルビコンから追い出すというのも現実的になる。
投下ポイントが近付く中、シオンはふと考えた。レッドガンがベイラムから離脱したのならば、解放戦線と共闘関係を結ぶことは出来ないか。多重ダムに汚染市街での戦闘や漁り続けた戦闘ログで、レッドガンの精強さは身に染みている。味方として引き込めれば心強い。
実際には難しいだろう。ルビコニアンにとってレッドガンとは、数々の同胞を手にかけてきた仇敵だ。今更和解の道があるとは考え辛い。だが、可能性は残っているかもしれない。一時的にとはいえ、汚染市街では共闘することが出来たのだ。
「俺は、ルビコニアンじゃないからな」
シオンは、長年に渡って積もり積もった恨みや憎しみを知らない。本当の意味で解放戦線の人間では無いのだ。居場所を奪われ蹂躙される苦しみは、この身で味わっていない者に理解は出来ないだろう。だからこそ、自分のような人間が和解の道を模索するべきではないのか。何かが閃きそうになった所でフラットウェルから通信が入る。
『各機、投下ポイントに到着。作戦を開始する』
「よっし、了解!」
今回の奇襲に参加するACは三機。サム・ドルマヤンのアストヒク及びミドル・フラットウェルのツバサ。そしてシオンのトラルテクトリだ。リング・フレディのキャンドルリングは、遊撃役として後方に待機している。中央氷原の解放戦線が現在投入し得るAC戦力、その最大である。
作戦は単純だ。ACによる奇襲を仕掛け、敵が対応している間にMT部隊と航空戦力が前進、敵拠点を制圧する。戦況が酷く混乱している為、複雑な作戦は危険であるというフラットウェルの判断だ。
『往くぞ、戦士達よ。灰かぶりて、我らあり』
重々しいドルマヤンの言葉と共にACが輸送ヘリから投下される。三機のACは、それぞれの方向から敵拠点へと襲い掛かった。
「っしゃあ!行くぜぇぇぇぇぇっっ!!!」
己を鼓舞する咆哮を上げ、シオンはMT部隊によって構築された防衛線へと突っ込む。実力を鑑み、彼の突入場所は比較的戦力の薄い場所だ。それでもかなりの数がいるが、その殆どはこちらの動きに即応出来ていない。
『AC!?レッドガンはベイラムから離反したはずじゃ・・・・・・!?』
『待て、こちらにもACが・・・・・・なんだこの動きは!?』
『機体情報の分析を本部に要請!っ、解放戦線か!』
迎撃の準備が整っていない今がチャンスだ。シオンはアサルトブーストの加速のままに近くのMTを蹴り飛ばし、チェーンソーを展開する。こちらに銃口を向けられる前に別のMTへと突撃、回転する刃で抉り切り裂いた。瞬く間に二機のMTを撃破し、オープン回線で周囲へと告げる。
「さぁ、俺達とも遊んでもらおうか!」
「落ち着きなさい。一時後退を許可します、迎撃の態勢を整えるのです」
混乱の極みに陥ったアーキバスの拠点本部。苛立たしげにコンソールを叩きながらも、V.Ⅱスネイルは努めて冷静に指示を出していた。
レッドガンが離反し、ベイラムの歩調は完全に崩壊している。そして、それに乗じようとしたアーキバスは解放戦線の襲撃を受けていた。何か、スネイル自身が掴んでいない策謀が巡らされているのか。あるいはただの偶然か。どちらにせよ、企業にとって窮地であることに変わりは無い。
「こちら本部、V.ⅢとV.Ⅳは後方の現場に急行。ACを撃破し解放戦線の猿どもを黙らせなさい。V.Ⅵは後退してきた部隊の再編成を。V.Ⅷは待機を継続」
矢次早に指示を出しつつ、逐一送られてくる戦況のデータを確認する。現在、兵站の管理と防衛を行っているV.Ⅴとベリウス地方にいるV.Ⅶ以外の全ヴェスパーが集結していた。しかし、ベイラムへの攻撃には彼らを出撃させていない。一連の動乱がどうにもきな臭かったからである。
そして、スネイルの予感は的中した。ベイラム勢力が総崩れになるギリギリのタイミングで解放戦線からの襲撃。最悪のタイミングだが、まだ対応は可能である。スネイルは総指揮を執っている故の自信と傲慢さを以てそう判断した。と、
『おい、スネイル。俺を出撃させろ』
「・・・・・・フロイト、少しは頭を使いなさい。貴方は切り札です、これ以上予測されていない事象が起こった時の為」
『このままだと負けるぞ』
スネイルの声を遮り、フロイトは世間話のような気軽さで断言する。こういったことは今まで何度もあった。そして、その全てでフロイトの言葉は正しかったのだ。
「・・・・・・。分かりました。V.Ⅰフロイト、出撃を許可します。ただし、こちらの指示には従うように。いつものような独断専行は厳に慎んでください」
『あぁ、分かってるさスネイル。それじゃあ、いつものように指揮は頼んだ』
そう告げると、既にロックスミスのコックピットで待機していたフロイトはあっという間に出撃していった。スネイルが指示した進行先には、サム・ドルマヤンの乗機であるアストヒクが暴れ回っている。いかにトップランカーのフロイトと言えど、ドルマヤンを単騎で相手するのは危険過ぎた。勝利を疑うことは無いがリスクが大き過ぎる。
・・・・・・スネイルは己の感覚を信じている。きな臭さを感じてヴェスパー隊長達を待機させていた判断も、先程の采配も間違ってはいないのだと。しかし、それ以上にフロイトの判断を信用していた。時折、世の中には常識や努力だけでは判断出来ない存在が現れる。それがV.Ⅰ、フロイトなのだ。
何かにつけて生意気で、しかしACの操縦技術においては他の追随を許さない青年。瞬く間にヴェスパー第一隊長の地位を攫っていったフロイトのことを、スネイルはそう評価していた。夥しい数の犠牲者を元に強化手術を重ね、不断の努力を続けている己よりも強い存在がいる。それがスネイルにとっては我慢がならない。
どれだけ手を伸ばしても届かない背中は、いずれ彼の中で歪な尊敬へと変わっていった。フロイトを超えることが出来れば己の正しさを証明出来る。今までの努力が全て報われる。そう、思い続けてきた。
「V.Ⅲと待機中のV.Ⅷはフロイトを支援しなさい。フラットウェル及びシオンの撃破は後に回し、ドルマヤンへの対処を最優先に行うのです」
スネイルは、V.Ⅰであるフロイトに憧れを抱いている。強化手術を受けることも無く、ACの操縦を楽しみ続ける天才に対して、心から憧れていた。理性では否定しようの無い感情に、彼の精神は苛まれ続けている。
「V.Ⅵ、再編成が済んだ後はフロイトの増援に向かいなさい。まずは猿どもが崇める旗頭を落とす。それまでは、各方面での損害は許容しましょう」
しかし。それでも、フロイトはヴェスパー部隊の要だ。その感性も能力も、ヴェスパーの第1隊長に相応しい。アイランド・フォーの動乱におけるフロイトの卓越した戦いぶりは、未だにスネイルの脳裏に焼き付いている。だからこそ利用する。その圧倒的な実力を、企業の為に振り絞らせるのが己の仕事なのだと、今は定義していた。
「V.Ⅳ、貴方は攻勢をかけてくる敵の攪乱に留め損耗を抑えるように。反撃はあくまでサム・ドルマヤンを落としてからです」
脳が熱を持つような感覚を覚えながら、スネイルは個人で指揮するには多過ぎる部隊を的確に操っていく。その瞳は、酷く冷徹に画面を射抜いていた。
「・・・・・・さて」
スネイルから下された指示を受け、V.Ⅳラスティは静かに呟いた。無機質さすら感じるその表情は、普段浮かべている人懐っこい笑みとは程遠い。ゆっくりと長い息を吐いて、操縦桿に手を伸ばす。
「始めよう。V.Ⅳラスティ、スティールヘイズ出撃する」
ブースターの噴射音と共に、軽快な動きでスティールヘイズが空を舞う。ラスティがヴェスパー部隊に配属され、ルビコンで活動を始めてからの戦果はあのフロイトにも引けを取らない。だからこそ、彼が増援として駆け付けるという連絡に前線の部隊は湧き立った。敵は想像以上に多いが、これならば凌ぎ切ることが出来ると。
「・・・・・・」
ヴェスパー部隊の隊員達は気付いていない。ラスティが、解放戦線のスパイだということを。スネイル辺りは勘づいているかもしれないが、この状況で彼を使い惜しみすることは無いだろう。実際に最前線への出撃を命じられたのだ。
これは、絶好の機会である。元より解放戦線側のラスティにとって混沌とした戦場は願ったりだ。ここでアーキバスを裏切り致命的なダメージを与え、レッドガンが離脱したことで瀕死のベイラムにもとどめを刺す。二大企業を星外に追い落とし、自由を手に入れる為に。
問題は裏切るタイミング。可能であるならば、裏切った直後にV.ⅠかV.Ⅱのどちらかは殺しておきたい。しかし、フロイトとは別の前線へ赴くように命じられ、スネイルは厳重な防備が施された本部にいる。どちらも容易く殺せはしないだろう。
ラスティは高速で進みながら思考を回す。ドルマヤンと共にフロイトを討つべきか。あるいは出撃地点まで戻り、スネイルがいる本部に襲撃をかけるべきか。両者のことは一旦放置し、前線を内側から突き崩すことで解放戦線の侵攻を助けるべきか。僅かな思案の後、彼はスティールヘイズの進行方向を決定した。
ヴェスパー上位の二人を甘く見てはいけない。それがラスティの判断である。いくら乱戦中と言えど、フロイトとスネイルはそう簡単には殺せない。無防備な隙を晒しているのならまだしも、スネイルは持ち前の警戒心からラスティを信用し切ってはおらず、フロイトに至っては直感的にこちらの裏切りを察知してくるかもしれないのだ。
フロイトの脅威が及ばぬ別の前線で、スネイルの指揮では覆せない程の損害を与える。その為には迅速かつ効率的な動きが不可欠だ。神経を研ぎ澄まし、時を見定めるラスティ。躊躇いも、逡巡もその心には存在しない。ただ意志だけがある。ルビコンの夜明けを拓くという、燃え盛るような意志が。
前線のMT部隊、その上空に差し掛かった辺りで一気に高度を落とした。何か反応されるよりも早くアサルトアーマーを起動。パルス爆発がアーキバスのMT部隊を呑み込み、機体が次々に爆散していく。
『第四隊長、何をっ!?』
『暴発!?いや、これは・・・・・・』
混乱する声に返事を返すこと無く、生き残ったMTに向けて射撃。瞬く間に前線を崩壊させながら、ラスティは灼けた空の下を舞う。翼を力強く羽ばたかせる鳥のように。あるいは、獲物をひたすらに追い続ける狼のように。
ラスティ、表返り。複数の戦局が同時に進み混迷を極めてきました。