見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
時は少し遡る。砲弾の雨に晒され手酷いダメージを受けていたトラルテクトリは、しかし辛うじて撃墜を免れていた。理由は一つ。スネイルを撃破した直後、砲撃の密度が急激に薄くなったからである。
「凌いだ、か・・・・・・?」
コックピットの中、滝のような汗を流しながらシオンが呟く。今も砲弾は降ってくるが、この程度の数ならば回避も容易だ。念のため砲撃の範囲内から離れ、ようやく一息ついた。次いで通信回線を開きラスティに繋ぐ。スティールヘイズも砲撃範囲外に離脱しているが、シオンとは別方向故それなりに距離があった。
「ラスティさん、そっちは無事か?」
『あぁ、健在だ。先ほどは助かった。礼を言おう、シオン』
「いやまぁ、俺じゃV.Ⅱには歯が立たないからさ。ここはお互い様ってことで」
ラスティ・・・・・・企業を裏切って解放戦線側についた彼の事情を、シオンは知る由もない。だが、共に死線を潜った間柄だ。変に疑わずともいいだろう。何より、戦いはまだ終わっていないのだから。と、
『・・・・・・ビコン・・・・・・ベイラ・・・・・・ガンに・・・・・・』
途切れ途切れの音を通信が拾い上げた。雑音の多いそれはフラットウェルの声に思える。酷く苦しげな口調は妨害電波によって途切れ途切れで、細かい内容を確認することは出来ない。何かがあったことは明白だ。
「こちらシオン、何があったんだフラットウェルさん?」
問いかけに返事は無い。そもそも、こちらの通信が届いているかも分からなかった。このような状況でスネイルは各砲台を掌握していたのか。シオンは戦慄を覚えつつ、心の中で不安が膨れ上がっていくのを感じていた。
『シオン、君は帥淑フラットウェルの元へ向かってくれ。最後に確認出来た位置はここのようだ』
シオンの不安を感じ取ったのか、唐突にラスティが提案する。送られてきたマーカー情報は前線からやや離れた位置を示していた。
「え、いや、ラスティさんはどうするんだ?」
『恐らく、アーキバスは撤退の準備を進めている。退路を断つのは私が受け持とう。機体の消耗からいって、君にこれ以上の戦闘は難しい』
「む、ぐ」
ラスティの言う通りだ。トラルテクトリは酷く損傷しており、稼働限界が近い。ACどころかMTや汎用兵器を相手するのも苦しいだろう。しかし、それはラスティも同じこと。スティールヘイズは一見して健在に見えるが、リペアキットは枯渇しているはずだ。
「・・・・・・分かった。死なないでくれよ、あんたには聞いてみたいことが沢山ある」
『あぁ。その時は、お手柔らかに頼むよ』
そう言うや否や、ラスティは軽快な動きで飛び立った。同時にスキャンを行いオープンフェイスの残骸を調べるが、生体反応は検出されない。とどめを刺す必要は無さそうだ。念の為コア部分にライフルを撃ち込もうかと考えるも、度重なる戦闘により残弾は少ない。ここから退路を潰さなければならない以上、一発でも無駄にしたくなかった。
結局、ラスティはそのまま無数の砲弾によって凄惨な状態となっている戦場を後にする。退路と思わしき場所にはある程度当たりを付けていた。部隊の布陣と解放戦線の圧力。そして、レッドガンの存在。状況と戦略を噛み合わせれば、おおよその推測は可能である。
「っし、俺も急がないと」
飛び立ったスティールヘイズを数瞬眺めた後、シオンは気合を入れ直しマーカーが示す地点へと進み始めた。出来るだけ急ぎたいが、損傷によってブースタが不調、アサルトブーストは行えない。トラルテクトリはのろのろと、地面を這うように前進する。焦れる気持ちを抑えながら、シオンは周囲への警戒と解放戦線本部への通信を試みた。
「・・・・・・駄目か」
やはり、距離が離れているのもあって通信は繋がらない。妨害を行っている者は相当な手練れなのだろう。砲撃の影響もあってか、周囲に動く機影も無い。が、マーカー地点の方向からは戦闘音が検出されている。接敵は避けられないようだ。
「ふー・・・・・・よし、行くか」
理解した上で、それでもシオンは最短距離のルートを選択した。先ほど辛うじて拾えた通信の内容は不明だが、酷く苦しそうに聞こえた。もしかすると負傷しているのかもしれない。ならば、危険を冒してでも急がなければ。ミドル・フラットウェルが戦死したとなれば解放戦線にとって多大な損失だ。それに、個人的な恩も深く感じている。助けられるものならば助けたい。
「あれは・・・・・・」
カメラアイが捉えたのは、マシンガンと盾を構えた5機のMT。フラットウェルの通信を傍受したのか、真っすぐにマーカー地点へと向かっているようだ。肩部に刻まれたエンブレムからヴェスパー部隊の所属であることが伺える。撃破は必須だ。
「・・・・・・やれるか?こっちがバレてないなら、奇襲で一機潰してそのまま・・・・・・」
ボロボロの状態でも撃破出来るような戦術を組み立てるシオン。幸い、MTが装備しているマシンガンは瞬間火力に乏しい。盾が厄介だが、チェーンソーやキックで弾き飛ばせばいいだろうか。大型艦の残骸を遮蔽としながら、僅かな時間で最適解を模索していく。と、MT達が動きを止めた。好機。思わず飛び出そうとしたシオンだったが、ある考えがよぎりどうにか踏み止まる。
「っ、ふぅ・・・・・・」
しばらく動きを止めていたMT達は方向を変えて進み始めた。何か、酷く急いでいるようにも見える。隊列を乱しながらも離れていく影を見送り、シオンは少しだけ目を閉じた。目元を指で押さえた後、前を向いて前進を再開する。
恐らく、あのMT達はなんらかの命令を受けたのだろう。傍受出来なかったので内容は不明でも、進行方向から離れてくれたのは僥倖だ。気付かれて戻ってこないよう、シオンは速度を落としながらも進んでいく。焦れる気持ちを堪えながら。
そして、他に妨害も無くあっさりとマーカー地点まで辿り着いた。ここは特に残骸が多い。殆どはアーキバスの兵器だが、解放戦線のものも少数ながらあるようだ。生体反応は無し。胸の内から湧き上がる感情を呑み込んで、シオンはフラットウェルを捜し始めた。
あちこちから立ち上る黒煙に目を凝らしつつ、エルカノ製のパーツで固められたAC、ツバサのシルエットを捜す。汎用MTに比べて特徴的な形状なので、比較的見つけやすいはずなのだが・・・・・・。
「あれ、か?」
それらしきものを発見し、残骸を避けながら近付く。煙を吹いている輸送ヘリの向こう側にACが横たわっていた。レーザーブレードによるものだろうか、コアパーツが酷く融解している。内部が露出しかかっており、いつ爆散してもおかしくない状況だ。
「フラットウェルさん!」
スキャンによれば、生体反応こそあるもののかなり弱々しい。死の危機に瀕しているのは間違いないだろう。シオンはツバサの残骸まで接近したものの、どうすればいいか分からない。緊急脱出装置は外部から起動することが出来ず、そしてフラットウェルの意識は無いようだ。
「えぇっと、これはどうすりゃいい・・・・・・!?」
早急に救出しなければならない。しかし、どうやって?乗り込み用のハッチは損傷により歪み、開けられなくなっている。他に方法は無いのか。何か、何か・・・・・・考え続けるシオンの脳裏に、ある出来事がよぎった。
それは、「今の自分」が解放戦線に救出された時のこと。ジャンク同然のACコアに乗せられていた自分を、インデックス・ダナムがACのマニピュレーターを用いて救出したらしい。装甲を引き剥がし、慎重に内部を露出させたのだと。自身にその記憶は無いが、いつかの食事中にアーシルが話してくれたので覚えていた。
「それしかない、よな」
今回の場合、乗り込み用のハッチは圧縮され押し潰される形になっている。ここをこじ開けるのは無理筋だ。しかし、コアパーツの前面にある損傷。融解しているここならば、こじ開けることが出来るかもしれない。
「ふうぅぅぅ・・・・・・!」
息を吐き、極限まで意識を集中させながら腕部マニピュレーターを損傷部位に近付けていく。大豊製の腕部パーツは堅牢だが、細かい作業には向いていない。慎重に慎重を期さなければ、この手でフラットウェルを殺してしまうかもしれなかった。
シオンは瞬きも忘れ、トラルテクトリの指先を動かす。この肉体はパイロット適性が高く、また最新世代の強化手術も受けているのだ。やれる、やれるはず。己に言い聞かせながら、太い指先で融解した装甲に触れた。
「はぁ、はぁ」
装甲の先、微かにコアブロックが見える。破損しているようだ。まずは装甲を剥がさなければならないが、融解した装甲が外気で固まり張り付いてしまっている。突起に指を引っかけ引っ張っても取れる気配は無い。これ以上の力を出すとコアブロックの更なる破損を招くかもしれない。ギリギリの力加減がいる。
片手でコアパーツを押さえ、もう片手で装甲に力を込めていく。シオンはいつしか呼吸も忘れ、トラルテクトリの操縦に没入していた。自分の肉体を動かすような感覚。戦闘時よりも明瞭なそれを、自覚する余裕も無い。
バリバリッ・・・・・・
そして、融解した装甲が少しずつ引き剥がされていく。僅かでもミスをすればコアブロックは砕けてしまっただろう。だが、シオンはやり遂げた。露出したコアブロックの隙間から見えるのは、意識を失ったフラットウェル。応急処置はされているようだが、目を背けたくなる程の有様だ。隙間に指を差し入れ、出入り出来る程度に広げていく。
「っは、んぐ・・・・・・早く、しないと・・・・・・」
僅かな時間で気力と体力を酷く消耗したシオンは、込み上がる吐き気を抑えながらコックピットを降りた。なんとかフラットウェルを運び出し、トラルテクトリのコックピットに乗せなくては。ここではまともな治療も出来ない。解放戦線の仮拠点まで運べれば、最低限の治療設備が整っているはずだ。
ハッチを潜り、展開した簡易式のタラップで地上へと降りる。シオンの足取りはふらつき、全身から膨大な量の汗をかいていた。ツバサのコックピット内までなんとか辿り着き、フラットウェルの惨状を直接目の当たりにする。血と肉の焦げた匂い。息はしているようだが、まだ生きているのが不思議なくらいだ。早く、適切な治療が行える場所に運ばなくては。
しかし。攻勢開始から戦い続け、スネイル相手になんとか生き残り、その上限界を超えた集中力でコアブロックの露出を成し遂げたシオンには、最早余力は残っていなかった。フラットウェルを担ごうとしても筋力が足りず、また踏ん張る力も無い。非力な上に消耗した肉体では連れ出すのは不可能だ。
「く、っそ・・・・・・!」
焦る気持ちとは裏腹に、コアブロックを抜けてタラップにさえも辿り着けない。背負ったフラットウェルの重みに潰されないだけで精一杯だ。このままでは不味いと分かっていても、少女の肉体はとっくに限界を超えている。溺れそうな程の心身の疲労に意識を蝕まれ、この場を切り抜ける方策も浮かんでこなかった。
───だからだろう。シオンは、それが近付いてくる音に気付けない。コアブロックに影が差したことでようやく空を見上げると、そこには中型のヘリが一機、降下し着陸態勢に移っていた。側面には解放戦線のエンブレムが施されている。
「シオン!」
呆然とした様子のシオンに、ヘリから降りた青年が駆け寄ってきた。アーシルだ。彼と共に駆けてきた衛生兵達はコアブロックに乗り込むと、手際よくシオンからフラットウェルを引き剥がしストレッチャーに固定、ヘリへと運んでいく。
「アー、シル・・・・・・なんで、ここに・・・・・・」
「話は後だ、まずはここを離れよう」
ろくに力が入らない肉体をアーシルは軽々と背負い、危なげない足取りでヘリまで運んだ。状況が掴めず放心したような様子のシオンは、されるがままにベッドに横たわる。ヘリはすぐに離陸したようだが、揺れは殆ど感じなかった。あるいは、今のシオンには揺れを感じる力も残っていないのかもしれない。
「・・・・・・」
どうしてここにアーシル達が来たのか。戦場全体の様子はどうなっているのか。聞きたいことは幾らでもあるが、口を開くことすら億劫だ。文字通り指一本動かせない程の消耗。アーシルが何かを問いかけてきても、声を声として認識出来ない。
そして、当然のようにシオンの意識は眠りへと落ちていく。ルビコンの未来を左右する一大決戦、その序盤より奮闘し続けてきた彼の戦いは、ここで一旦終わりを迎えたのである。
シオン、戦線離脱。特筆するべき戦果はV.Ⅱスネイルの共同撃破。及びミドル・フラットウェルの救出でしょうか。