見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「あー・・・・・・美味い・・・・・・やっぱり固形物じゃないと食べた気しないんだよな」
数日振りの普通の食事。流動食から解放されたシオンは、まともに食べることが出来るという幸せを文字通り噛み締めていた。ミールワームを柔らかくなるまで煮込み、薄く味付けしただけの料理がこんなにも美味しい。回復しつつある肉体に活力がみなぎってくるようだ。
「流動食は消化にいいけど味気ないからね。それにしてもシオン、貴方の回復力は凄いな。まさか、一週間と経たずここまで良好な経過になるなんて」
シオンの食事風景を微笑ましげに眺めながら、アーシルは尊敬を滲ませた声で言う。未だに安静にしているようにと命じられているものの、シオンの待遇は随分とマシになった。具体的には、タブレットの使用が許可された上に病室内ならば軽く体を動かしても構わない、とのこと。
「まぁ、この体は若いから。あと、最新世代の強化人間ってのも影響してるのかねぇ。そこらへんの知識全然無いから分からんけど」
「うーん、どうだろう・・・・・・制圧したアーキバス拠点のデータベースに、何か記録が残ってるかもしれない。解析チームに確認してみるよ」
「んー、あんまり迷惑はかけたくないけどな。知ったところでどうにかなるわけでもないし。はむっ」
そう言って、大ぶりのミールワームの肉に齧りつくシオン。彼はこの肉体の出自を気にしていた。しかし、知ってどうなるというのか。元よりあり得ない状況だ。死んだはずの自分が、少女を乗っ取っているというのは。
もしも、この肉体を少女本人へと返せるのならば返したい。その方法がアーキバスのデータベースに記されている可能性は・・・・・・おそらく無いだろう。シオンは感覚的に、己の身に起こった事象は企業の技術の範疇に収まらないと思っていた。
「んぐんぐ・・・・・・それよりさ、えーっと、集積したコーラルの方はなんとかなってるのか?輸送用のヘリやら車両やらが大忙しらしいけど」
「あぁ、そちらの方は心配いらない。試算によると、コーラルの急速な増殖は避けられるみたいだ。それにしても、うん。とんでもない話だな、これは」
「俺も情報にざっと目を通しただけで、何がなんやら分からないよ。コーラルの波形?が意思を持ってるとか、コーラルが増殖し過ぎると第二のアイビスの火が起きるとか。まぁでも、同盟に関しては正直ありがたいな。レッドガンもブランチも、当然レイヴンさんも敵に回すと考えただけで肝が冷える」
二人の話題は現状の情勢にシフトしていく。各勢力トップが一堂に会した話し合いの結果、彼らは手を取り合い協力することを承認した。コーラルの危険性を前に争う余裕が無かったのだ。そもそも、ベイラムを離反したレッドガンは解放戦線と敵対する理由が無い。ブランチが何を考えているかは分からないが、今の所は非常に協力的である。
真っ先に行われているのは集積コーラルの輸送。潮位が上がり過ぎることで、自己増殖が加速するのを避ける為の措置だ。ルビコニアンにとってコーラルは恵みであり、主にミールワームの飼料として使われる。現在運ばれているコーラルは微々たる量だが、それでも食糧問題の解決に役立つだろう。
「・・・・・・私としては、この同盟がルビコンの未来に繋がるものだと信じてる。今までの長い長い戦いは無駄じゃなかったって。シオンもありがとう、ルビコニアン達の為に戦ってくれて」
「まぁ・・・・・・先に命を救ってくれたのはそっちだし、何よりもう知らない仲じゃないからな。一緒に生活してる人達に死んでほしくないって思うのは普通のことだろ。あぁいや、こうなる前はそんなこと考えもしなかったか。うーん・・・・・・まぁ、俺が優しいってことで、うん!」
「本当にそう思う。シオン、貴方はとても優しいよ。冗談じゃなく、心から感謝してるんだ」
「お、おぅ・・・・・・」
茶化そうと思った所にまっすぐな感情をぶつけられ、シオンは食事の手を止めてもごもごと口ごもる。解放戦線に拾われてから随分と経つが、やはり慣れはしない。ただ、嫌ではなかった。自分はここにいていいと、認められている気がして。
「あーっと、それで戦闘シミュレーターの解禁はいつになるんだ?もう大分回復したし、明日辺りから訓練を再開したいんだけど」
照れているのか、強引に話を変えるシオン。その態度にアーシルは苦笑を浮かべつつも、明確に首を横に振った。
「それは駄目。最低でも後三日、回復に努めてもらうよう医師からのお達しがある。表面上は回復していても、奥底の部分にはまだ疲労が溜まっているだろうからね。企業の残党に動きが無い以上、今の内にリフレッシュしてもらわないと」
「えー・・・・・・。まぁ、しょうがないか。自分でもかなり無茶した自覚はあるし。無茶と言えば、フラットウェルさんは意識が戻ったんだよな。大丈夫そうか?」
「うん、帥淑の怪我も経過は良好だ。もう少し救助が遅れていたら助からなかったかもしれない。シオンが事前にコアブロックを開けていなかったらと思うと、ぞっとするよ」
そう言われて、シオンはあの時のことを思い返す。トラルテクトリのマニピュレーターを、まるで自分の手そのもののように動かした感覚。あれ程精密な動作を成功させたのは初めてだった。もしかすると、もう二度と出来ないかもしれないレベルの神業である。
「あれは、多分偶然上手くいっただけだと思う。もう一度やれって言われても厳しいぜ。だけど・・・・・・フラットウェルさんを助けられたのは、嬉しいよ」
そんな思考をあえて忘れ、てらいの無い笑みを浮かべた。もう一度出来ないとしても、最初の一度でフラットウェルを救えたのだ。シオンにとって、それが何より喜ぶべきことである。
一番最初。自分の意識が少女の肉体に宿っているのか定かですらない時に、大気圏突入用ポッドの中から救い出してくれたのは、ACに乗ったダナムとそれを指揮するフラットウェルだったと聞く。つまりは命の恩人だ。
シオンは思う。自分は、少しでも恩を返せただろうか。命だけでは無く、居場所も与えてくれたフラットウェルに。無論善意だけで助けてくれたわけではないことには気付いている。それでも、今の自分はここにいる。寄る辺の無かった独立傭兵は、帰るべき場所を見つけられたのだ。
「っと、そういや思い出したんだけどさ。あの時、なんでヘリを飛ばしてこれたんだ?フラットウェルさんの通信は本部に届いてなかったはずなのに。救難信号も出ていなかったよな、確か」
「いや、救難信号ではないけど暗号化された通信は本部に届いていたんだ。通信妨害をすり抜けたのは、帥淑が用意した秘匿回線が強固だったから、だと思う」
「わーお、マジか。用意周到だな、まったく。敵じゃなくて良かったよ」
軽口を叩きつつも、シオンは生還した実感がようやく湧き上がってくるのを感じていた。すぐにでも、再び死地へと向かわなければならないかもしれない。それでも今だけは、緊張の糸を緩めリラックスする。巣穴に戻り、羽根を休める鳥のように。
全身を覆う違和感。どこかぼんやりとした掴みどころの無いような感覚に、スネイルは意識を覚醒させた。
ここはどこだ。声を上げようにも声帯は動かず、また視界も暗い。ゼリー状の液体の中に浮いているような浮遊感と圧迫感は、今までに感じたことのないものだ。自身が生きているかどうかの確信も持てず、スネイルは苛立ちを覚える。何がどうなっている。いや、それよりも戦局は。ラスティに撃墜された所まで記憶しているが・・・・・・。
「お、目が覚めたか」
聞き慣れた、癇に障る声。V.Ⅰフロイトのものだ。状況を確認しようにも声が出ない。
「まぁ、落ち着けよ。今のお前は散々な有様だ。まともに生きちゃいない」
どういう意味か。こちらの思考を読んだのか、フロイトはくつくつと笑いながら言葉を続ける。
「ラスティに墜とされたんだってな。その時の怪我で、お前の肉体は七割近くが使い物にならなくなった。凄いよな、強化人間ってのは。半分以上無くなっても生き長らえるなんて」
つまり、自分は死にかけているということか。ラスティの裏切りを思い出し、スネイルは憤怒の感情が湧き上がってくるのを感じた。企業を裏切り歯向かう害獣め、次は必ず駆除してやる。そんな思惑を知ってか知らずか、フロイトは楽しげに話し続ける。
「で、だ。ついさっき、アーキバスの上層部から連絡があった。大敗北を引き起こし、あまつさえ裏切り者に墜とされ戦闘能力を失ったお前はヴェスパーの次席隊長を解任。ファクトリー送りだそうだ。笑っちまうよ、あいつらが足を引っ張らなければ俺達はもっと楽しく戦えただろうに」
解任。その言葉の意味を咀嚼し、ラスティに対するものとは別の怒りを覚えるスネイル。ファクトリーに送られるのは仕方ない。戦えない以上、「部品」として役立たせるのは道理だろう。だが、ヴェスパー部隊を最も効率的に率いれるのは自分だ。フロイトは他者を率いるということに根本的に向いていない。ヴェスパーを破滅させる気か。
「まぁ、ファクトリー送りも無理なんだけどな。解放戦線がルビコン各地のアーキバスの拠点を占拠してるらしい。下手に輸送しようとしても途中で撃墜されるのがオチだ。上層部もそのことは分かってるから、略式ということでスネイルを処分しろって言ってきた」
どうやら、戦局は自身が想定していたより悪いようだ。ならば猶更すぐに復帰しなければ。損害を正確に把握した上で部隊を再構成、強固な防衛線を構築。ウォッチポイント・アルファ周辺は防衛に向かない地形だったが、適切な場所に布陣すればそう簡単に崩されることは無い。
だが、そうはならないようだ。如何にフロイトがふざけた人間とはいえ、この状況で冗談は言わないだろう。スネイルは企業から見限られたのだ。思考にノイズが混ざり、脳が凍っていくような悍ましい感覚が走る。
「なぁ、スネイル。酷いもんだよなぁ、アーキバスは。馬車馬みたいに使い潰しておいて、用済みになったらこれだ。あぁいや、酷いのは俺やお前も同じか。それじゃあ因果応報ってことか?」
呑気なフロイトの言葉が響く。声を遮ることも出来ず、どうすればいいかも分からない。ルビコンに訪れてから初めての感情を前に、スネイルは呆然としていた。これで、終わりなのか。
「だけど知ったこっちゃない。俺はただACに乗りたいだけだ。おいスネイル、お前がいなくなったら誰が俺の分の書類仕事をするんだよ。首席隊長の権限で処分は中止、逃げるぞ」
逃げる?一体どこに・・・・・・。
「よく考えたら、別にヴェスパーじゃなくてもACには乗れるしな。面倒事も大量に出てくるだろうが、全部お前に任せればいい。あと、お前用の義体も用意しておいた。アーキバスの役員が私用で保管していた奴だが、急場凌ぎには十分だろ。上手くいけば五体満足に戻れるんじゃないか」
先程と変わらぬ調子で、とんでもないことを宣うフロイト。その言葉の意味を半分も理解出来ぬまま、スネイルは微かな振動を感じた。
「義体への換装手術はそれなりに時間がかかるらしいからな、早速始めるぞ。安心しろ、医者やスタッフはしっかり脅してある。手を抜くことは無いさ・・・・・・多分」
不穏な言葉に、しかし今のスネイルは何一つ意志を示せない。このままでは大変なことになってしまう。この馬鹿を止める手段は。凍り付くような悍ましさはどこへやら、スネイルの脳内はフロイトに対する鬱憤と説教で満たされていった。
「それじゃ、またなスネイル。出来るだけ早く起きろよ」
自分勝手に告げて、フロイトの気配は遠ざかっていく。そして、まるで電源を落とされるようにスネイルの意識は遮断された。
フロイト、満身創痍のスネイルを連れてアーキバスを離脱。何考えてるんだこの自由人は。