見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
ヴェスパー部隊のトップであるV.Ⅰが、瀕死のV.Ⅱを連れて失踪した。真偽も定かではない荒唐無稽な情報に、G5イグアスは露骨に眉をひそめた。細かく読むこともせず携帯用のタブレットを放り投げ、荒々しい足取りで自室を後にする。
先の戦いで多大な戦果を上げた彼は、しかし非常に苛立っていた。理由は一つ。621によってほぼ無理矢理「話し合い」に乱入させられたからである。
【私は、コミュニケーションが下手みたいだから。お願い、イグアス。代わりに、皆に伝えてほしい】
馬鹿げた話だ。従う理由は何一つ無い。大体、イグアス自身コミュニケーションが上手いというわけでもないのだ。AC戦ならばいくらでも噛みつける。単なる口喧嘩ならば折れることも無い。しかし、相手を納得させる対話など到底出来はしなかった。
なのに、何故。自分は621と共に乱入してしまったのだろう。幼げな態度に絆されたのか。それとも、頼られたことで気を良くしたのか。いや、いいや。どちらも違う。イグアスは単に見ていられなかっただけだ。621が無様を晒す姿を。
売られてもいない喧嘩を買うが如く、イグアスは621とエアを引き連れ「話し合い」へとなだれ込んだ。いつものように口調を荒げ、馬鹿馬鹿しい真実を喚き散らす。コーラルに意思があり、今ここに存在していると。当然信じられる訳も無い。エアの声が聞こえるイグアスですら、何も納得出来ていないのだから。
しかし、エアがその卓越した能力を見せると状況は一変。そもそも、イグアスと621が「話し合い」の通信上に現れたこと自体が異常だったのだ。エアが示したデータを見て、レッドガン総長ミシガンと副長ナイルが黙り込む。まさか、本当に信じるのか?
こんな馬鹿げたものが真実ならば、自分が狂っている方がマシだ。そう思っても状況は変えられない。人知れず苦悩するイグアスに、ミシガンが問いかけてくる。いつもとは違う、落ち着いた冷静な声。
『G5イグアス。貴様が言ったことは、全て真実か?』
「あぁ、そうだよ。俺が喚いたのは真実だ。頭の中で響く幻聴が、本当にいるってんならな」
『G13の願いを聞き届け、ここに来た。その上の発言だな』
「一々うるせえよクソ親父。さっき話した通りだ、処分するなり病室にぶち込むなり好きにしやがれ」
投げやりに言い返し、G1からの沙汰を待つ。ミシガンは普段苛烈ではあるが常識を持ち合わせた人間だ。当然、こんな言い分が通るはずも無い。除隊か、あるいは精神の異常を疑われ軟禁か。あぁ、何故自分はこのようなことをしてしまったのだろう。621に目を眩まされたのだろうか。と、
『・・・・・・いいだろう、G5。ハンドラー・ウォルター、聞いていたな。貴様達の提案を受け入れる、話を先に進めてくれ』
あっさりと言い切ったミシガンに、イグアスは声こそ上げないものの驚愕の表情を浮かべた。まさか、本当に信じたというのか?声すら出せぬ少女と、コーラルを多量に浴びた反抗的な部下の戯言を?
あのミシガンに限って、そんなことはあり得ないはずだ。しかし、議論はとんとん拍子に進んでいく。議題の多くは高度な知識が必要なもので、無学であるイグアスに詳細は分からない。だが、イグアスが伝えた情報を元に話し合っていることはぼんやりと理解出来た。
『・・・・・・イグアス、ありがとうございます。立場を省みず、私のことを伝えて下さって』
【うん。本当にありがとう。もしイグアスがいなかったら、私達だけじゃ駄目だったかもしれない】
「黙れよ」
二人の言葉とメッセージに、言葉少なに返したイグアスは通信回線から離脱した。もう、ここにいる理由も無い。何より、何も考えたくはなかったのだ。
これから先、未来がどうなっていくのか。そんなことは彼にとってどうでもいいことだ。思い返した不快な記憶を振り払うように、イグアスは首を振りながら通路を歩いていく。行き先は決めていない。アーキバスのものを接収した臨時拠点の構造を、まだ把握し切っているわけでもない。ただ、じっとしているのが嫌だった。
一番気に食わないのは。エアという女の声が聞こえ始めてから、頭痛も耳鳴りもぴたりと収まったことだ。それなのに湧き上がる苛立ちは以前よりも強く、イグアスの心をかき乱していく。と、
「イグアス先輩!探しましたよ」
「あぁ?って、レッドか。どうしたよ慌てやがって。俺は機嫌が悪いんだ、用なら後に・・・・・・」
「連絡を見ていないんですか?先輩に客人です、しかもその相手が・・・・・・」
レッドから告げられた名前に、イグアスは目を見開いた。どうして自分を訪ねてきたのか。分からないままに、レッドに先導されて拠点の一室へとたどり着く。そこにいたのは───
「やぁ、G5イグアス。アイスワームの時に共闘はしたが、直接会うのは初めてだな」
───ラスティ。かつてのV.Ⅳにしてルビコン解放戦線の戦士が、爽やかな笑みを浮かべ佇んでいた。
「ラスティさんからの誘いで一緒にレッドガンの拠点に行ってほしい・・・・・・って、え、俺が?」
「あぁ。勿論、シオンが嫌なら無理強いはしないと言っているけど・・・・・・」
想定外の提案に、シオンは困惑を顔に浮かべて訊ねる。確かにラスティとはスネイルを共に撃破した仲だが、それが何故レッドガンに向かうことになるのだろう?理由が分からずアーシルを見つめると、彼の顔にも困惑が浮かんでいた。詳しい事情は知らないようだ。
「うーん・・・・・・レッドガンとは同盟関係になったとはいえ、元はバチバチにやり合ってた仲だしなぁ・・・・・・。取って喰われたりしそうだけど」
「それは大丈夫・・・・・・だと思う。いくらレッドガンが精鋭でも、ベイラムを離脱した時点で総兵力は多くない。それに、わざわざ解放戦線の拠点に囲まれているような場所を拠点にしているんだ。今更シオンをどうこうする危険は少ないはず」
そう話すアーシルだが、やはり不安は拭えないらしい。シオンと暫く見つめ合った後、首を振って俯いた。
「やっぱり危険か。ラスティには申し訳ないけど、こちらで断っておくよ」
「い、いや!行かないとは言ってない。ただ、理由は知りてえな。ラスティさんが何を考えてるのか聞いてるか?」
「いや。でも、一応連絡先は預かっている。タブレットからアクセス出来るけど、気を付けて」
「ありがとよ、それじゃ早速・・・・・・って、何を?」
アーシルから連絡先を受け取り、タブレットに入力しようとした手が止まる。気を付ける・・・・・・?シオンが浮かべた疑問を察し、アーシルは苦笑した。まぁ、当然の反応だろう。だが、ラスティという人物は、シオンにとっては劇薬になるかもしれないのだ。
「彼は、なんというか・・・・・・とても人当たりがいいんだ。そう振る舞っているだけかもしれないけど」
「人当たりねぇ・・・・・・っていうか、アーシルはラスティさんと知り合いなのか?確か、あの人もルビコニアンだったんだよな」
「そう、だね。子供の頃はツィイーと一緒によく遊んでもらったよ。でも、気付かなかった。彼が企業にスパイとして潜り込み、V.Ⅳになっているのは、知らなかったんだ」
複雑な感情が混じった声。あの頃、彼は「ラスティ」と名乗っていなかった。解放戦線に帰ってきた今も、本当の名を名乗っていない。強者であるラスティの名を使い続けることで、戦闘やその他でも有利に働くという判断なのだろうか。間違っていないと思うものの、なんとなく寂しい。
分かっている。ラスティは、ともすれば解放戦線の誰よりも優れた戦士だ。己の素性を隠し、仇敵である企業の尖兵として同胞すら欺いてきた。それは、帥父たるドルマヤンにも成し得ないことである。そして、完璧なタイミングでの離反によって趨勢は大きく傾いた。ルビコンの解放、その未来が拓けたのだ。
だが、それでも。アーシルのあの頃の彼が忘れられない。屈託なく笑う、やんちゃな青年だった頃の彼のことが。感傷か、弱さか。それとも両方か。迷っているアーシルは、未だにラスティと交わした言葉は少なかった。と、
「・・・・・・よし!ちょっと興味が出てきたな。レッドガンはともかくとして、アーシルの古馴染みがどんな感じかは気になる。とりあえずラスティさんには会おう」
シオンはそう言って勢いよく立ち上がる。タブレットはそのままポケットにしまい、部屋の扉へと歩き出した。アーシルの苦悩を雰囲気から読み取ったからか、足取りに迷いは無い。
「し、シオン・・・・・・?」
「あーでも、一人だと不安だな・・・・・・AC戦ならともかく生身の荒事には向いてねえし。一緒についてきてくれよ、アーシル」
振り返り、にっかりと笑う。不安に苛まれる自分に気を遣ってくれたようだ。流石の洞察力、それよりもこちらを慮る優しさに、アーシルは深く頭を下げた。
「お、おいどうしたよ急に」
「いや、うん・・・・・・ありがとう、シオン」
「感謝されるようなことはしてないけど・・・・・・まぁ、気持ちはありがたく受け取っとくから頭上げてくれって。こそばゆいんだよ、なんか」
照れたのか、笑みを消して頬を赤らめるシオン。数々の戦果を上げてなお初々しい反応に、頭を上げたアーシルは彼女の肩を軽く叩く。細く非力で、若い体。それに似合わない内面。事情を知っていても、シオンの境遇は非常に奇妙である。
だが、恐ろしさも忌避感も感じない。アーシルにとって、シオンは命を預けるに足る戦友なのだから。それ以上でも以下でもないのだ。
「はははっ!相変わらずなんだねシオン。それじゃあ向かおうか。ラスティと一緒に、レッドガンの元へ」
『と、いうことなのですが・・・・・・やはり駄目でしょうか、ウォルター』
「・・・・・・」
機器から流れる機械音声・・・・・・エアの言葉に、ウォルターは口元を押さえながら思考する。この状況で、自分や621はどう動くべきか。果たして、どの選択が正解なのか。いくら考えてもキリが無い。
『確かに一定の危険があるのは分かっています。ですが、相互理解の為には必要だと判断しました。何より、各勢力の協調を示すことにもなると思います』
エアがプログラミングした音声システムは、殆どラグ無くエアの言葉を出力していた。「話し合い」には間に合わなかったが、これにより621やイグアスを介さずに会話することが可能になったのである。
「・・・・・・お前の考えも分かる。621は、俺を信じ過ぎているからな。他の人間と交流を持つのも悪くはない。だが・・・・・・」
あまりにも危険過ぎる。その言葉を呑み込み、画面へと視線を落とした。表示されているのは解放戦線からのメッセージ。差出人は、ラスティ。共に戦った労を労おうと、関係の深いAC乗りに声をかけているらしい。この状況下での不可解な提案。真意が掴めず、ウォルターは許可を出すことに躊躇していた。
そもそも、621は自力歩行が不可能なのだ。普段の移動は機械化された高性能車椅子を使ってもらっていたが、自衛用の武装は施されていない。エアの音声システムを流用し会話こそ可能になったものの、単独で向かわせるのはあり得ない選択だ。
集合場所にレッドガンの仮拠点を指定してきたのも気になる。自身が所属する解放戦線の拠点を指定していないのは、こちらを警戒させない為の配慮か。しかし、解放戦線とレッドガンが結託し621を嵌めようとしている可能性も否定出来ないのでは・・・・・・。と、
「相変わらずだな、ハンドラー・ウォルター。随分と過保護なことだ」
「っ!?」
粘性の声にウォルターが振り返る。部屋の入り口に佇んでいるのは、白髪を無造作に伸ばした細身の老人。酷く年老いたように見える風貌は枯れ木を想起させる。第1世代の強化人間、スッラだ。
先の作戦以来、彼はハンドラー・ウォルターの保有する拠点に身を置いていた。オールマインドを裏切った為、どこにも居場所が無かったのである。621の懇願もあり渋々スッラの滞在を許してはいたが、面と向かっての会話はまだしていなかった。簡単に和解出来るわけもないのだ。長い年月で、積もり積もったものが多過ぎる。
「スッラ、何故ここに来た」
「なに、お前がいつものように心を痛めているようだったからな。思考の袋小路に入る前に、助けに来てやったのさ」
「事情を知っていたとしても、貴様の助けは必要無い。待機していろ」
固い口調で言い放つウォルターに、スッラは心底愉しそうに口角を吊り上げた。異様な雰囲気が室内に満ち、エアが戸惑いの声を上げる。
『ふ、二人とも、どうしたのですか?』
「気にする必要は無い、Cパルス変異波形。長く生き長らえれば様々な縁が生まれるものだ。因縁も、その内の一つだろう」
「・・・・・・ここに来た理由を言え、スッラ」
ねっとりといた言い方に、半ば睨むようにウォルターが訊ねた。果たして何を企んでいるのか。古い馴染みであっても、内心までは読み取れない。そんなウォルターの様子を見て、スッラはより笑みを深くしながら告げる。さらなる表情の変化に、期待を込めて。
「簡単なことだ、ハンドラー・ウォルター。お前の犬、私が警護してやろう」
このスッラとかいう爺、書いてると勝手にしゃしゃり出てくるな・・・・・・。