見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「あぁもうしてやられた!ちっくしょう!」
言葉に似合わぬ清々しさすら感じる声を上げながら、シオンはコックピットを模したシミュレーター機器から降りた。イグアスに完璧に近い迎撃をされ、ものの見事に撃墜されてしまったのである。見れば、殆ど同時にレッドも撃墜されたらしい。同じく機器から降りてきた彼と目が合う。
「お疲れ様です、レッドさん。イグアスさん強いっすね、見事にやられちゃいましたよ」
「うむ、お疲れ。こちらもまるで歯が立たなかった。やはり、ヴェスパーきっての実力者とよばれるだけはある。しかし・・・・・・」
シミュレーター室に備え付けのモニターには、ラスティとイグアスの戦いが表示されている。シオンとレッドを墜とした二人は、そのまま接敵し戦闘を開始。建造物や地形を利用し距離を保とうとするイグアスと、攻撃の殆どを回避しながら接近しようとするラスティという構図だ。
「二人ともお疲れ様。これ、どうぞ」
最初から観戦していたアーシルが、シオンとレッドの元にタオル及び水を持ってくる。ありがたく受け取りながら、レッドはシオンに言葉をかけた。
「あぁ、ありがとうございます。・・・・・・それで、シオンと言ったか。君はどちらが勝つと思う?」
「うぃ、ありがとアーシル。うーん・・・・・・ちーっと難しいな。勝ってほしいのは、俺を墜としたイグアスさんだけど」
「俺としても、イグアス先輩に是非とも勝利してもらいたいな。ラスティが強いのはこの身で味わったが、先輩も負けてはいない。上手く近接戦闘を捌ければ十分に勝機はあるはずだ」
「だなぁ。レーザースライサーさえ凌げればスティールヘイズの火力は高くない。あーでも、アサルトアーマーもあるか。なんにせよ接近戦がキモですね、こいつは」
言葉を交わしつつモニターを注視する傍ら、レッドは横のシオンをチラリと見やる。まだ幼い少女は十分以上の戦術眼を有しているようだ。自身の妹や弟よりも年若いはずなのに、何故最新世代の強化手術を受け戦場に立つことになったのか。生来の優しさから、レッドはシオンのことが気になっていた。と、
「ほぅ、先に始めていたのか。血気盛んなことだ」
後方から男性の声。二人が振り向くと、大き目の車椅子に乗った少女と、口の端を吊り上げた老齢の男がシミュレーター室の入り口に立っていた。その姿を見たシオンは目を見開く。少女の方に見覚えがあったからだ。いや、見覚えというよりも・・・・・・。
「お、俺?」
そう。酷く肉付きが悪いことを除けば、車椅子に乗った少女はシオンと瓜二つの容姿をしていた。まるで一卵性の双子のように、あまりにも似すぎている。純粋な驚きで言葉を失っていると、少女は車椅子に備えられた人工音声の機能で語りかけてきた。
『初めまして、二人とも。私はウォルターの猟犬。みんなからは、レイヴンって呼ばれてる』
「クソが、鬱陶しい動きしやがって・・・・・・!」
『それはそちらも同じだろう、G5イグアス。君が守勢に回るとここまで強固だとはね』
「うるせぇ!」
噛みつくような声と共にイグアスが撃ち込んだリニアライフルは、クイックブーストで容易くかわされた。同じ距離の詰め方でもラスティとシオンでは何もかも違う。その性質も、練度も。気を抜けば一瞬で撃墜されてしまうだろう。
負けるつもりはさらさら無い。イグアスにとって、ラスティは敵対組織のAC乗りでしかなかった。その信念も裏切りの事実もどうでもいい。ぶちのめす。荒れ狂う焔のような感情はしかし、手堅い立ち回りとは似つかわしくない。
それは、レッドガンに入隊してから骨身に叩き込まれたミシガン仕込みの操縦技術。7年間磨き続けてきたものは、激昂の最中でも失われることは無かった。だからこそラスティの攻勢を凌げていると言える。
───だが。それはラスティも同じだ。ヴェスパー入りする以前から、帥淑フラットウェルの元でに鍛え上げられてきた。イグアスが7年ならば、ラスティはその人生の殆どを戦士としての鍛錬に捧げてきたのだ。全ては、ルビコンの未来を拓く為に。
『ならば、押し通るとしよう・・・・・・!』
スティールヘイズを駆り、イグアスのヘッドブリンガーへと一気に迫る。マシンガンとリニアライフルが火を吹くが、既にイグアスの癖をある程度見切っていたラスティは絶妙のタイミングでクイックブースト、弾幕をすり抜けるように肉薄した。
「舐めるな蝙蝠野郎!」
即座にパルスシールドを展開し、近接攻撃に備えるイグアス。スティールヘイズのレーザースライサーは多段攻撃な為、イニシャルガードは望めない。だが、今のAPとACS負荷ならば安全に受けきれるはずだ。イグアスの判断は正しかったが、それはラスティも織り込み済みだった。
スティールヘイズのコア、その背部が展開し眩い光を纏い始める。アサルトアーマーの予兆に、イグアスは咄嗟に後方へとクイックブーストを吹かした。だが、遅い。パルスの奔流が周囲に炸裂しヘッドブリンガーを包み込んだ。スタッガーを示すアラートと共に、ラスティがレーザスライサーを構え突撃してくる。
全てラスティの狙い通りなのだろう。近接兵装に目を向かせ、アサルトアーマーへの対応を遅らせられた。腹が立つ。何よりも、こんな単純な策に嵌まってしまった自分に。
「がああああっ!!」
獣染みた咆哮を上げ、イグアスはパルスアーマーを起動する。アイスワーム戦からウォッチポイント・アルファ争奪戦の間、ヘッドブリンガーはG1ミシガンの指示により細かな調整が行われていた。コア拡張機能の搭載もその一つである。イグアス自身はアサルトアーマーを希望したが、生存性に重きを置くミシガンは要望を却下。押し問答の末パルスアーマーの搭載を渋々了承したのだ。
パルスアーマーの展開と同時に、副産物としてスタッガー状態から回復。レーザースライサーを防壁で受けつつ、イグアスはアサルトブーストでラスティを押し込んだ。連撃の合間にキックをねじ込み、強制的に距離を作る。
『っ・・・・・・!仕切り直し、か』
「うるせぇこのまま死んどけ!」
機を逃した。そう判断したラスティはイグアスの射撃をいなしつつ自ら距離を取った。互いに隠し玉は尽きた、ここからは純粋な力戦となる。ラスティがそう思い直すと同時、イグアスは突撃を敢行。スティールヘイズのクイックブーストにも食らいつき、再びキックを叩き込んだ。
絶対に逃がさない。激情に近い意思がラスティの肌を刺す。G5イグアスとはこれ程の男だったのか。ヴェスパー時代に知り得たデータからは想像もつかない見事な戦いぶりに、ラスティは思わず笑みを漏らした。このような強敵を乗り越えてこそ、真にルビコンの解放者となれる。彼は、イグアスを成長の為の糧になると認識した。
出力の弱まったパルスアーマーを銃撃で引き剥がし、ラスティからも距離を詰める。吐いた息が互いにかかる程の超接近戦は、近接兵装を持たないイグアスが不利か。しかし、そんなことはどうでもいいとばかりにリニアライフルを撃ち込んだ。チャージされたそれの弾速は凄まじく、この距離ではさしものラスティも避けることが出来ない。
「おおおおおぉっ!」
『全く、骨が折れる!』
マシンガンとミサイルによる追撃を試みるイグアスだったが、ラスティの対応は速かった。レーザースライサーを展開し、パルスシールドで守り切れない左腕部に斬撃を見舞う。マシンガンを放ちながらも切り落とされた左腕にも構わず、イグアスはもう一度アサルトブーストを起動。近接兵装の無い不利をブーストキックで補おうとした。
特攻に近いイグアスの肉弾攻撃を辛うじてかわすラスティ。レーザースライサーは放熱中で使えず、一度距離を取るべきだがそう簡単に振り切れる相手でもない。この至近距離でイグアスの攻め手を捌きつつ、頃合いを見て一気に押し切るべきか。数瞬の間に無限にも思える思考を重ね、ラスティは最善の選択を捜していく。
イグアスは違った。彼の思考は激情に染まり、この戦いにおける全ての選択を感覚に委ねている。その身に刻み込まれたレッドガンの戦闘技術も合わさり、イグアスはラスティと互角に渡り合っていた。それは、思考の果てに至るものに比べて酷く不安定である。だが、だからこそ全てを呑み込もうとする勢いがあった。
本来の実力で言えば、イグアスはラスティに劣っている。死地を潜り抜けた回数も、精神の安定度合いも、純粋な操縦技術も。それでも彼は臆さない。無鉄砲に、乱暴に、溢れ出る熱を叩きつけるように戦い続ける。熱を内に秘めるラスティとは真逆だ。
『これは・・・・・・!』
今この場に限れば、イグアスとラスティの実力は拮抗している。故に、勝敗はどちらに転んでもおかしくは無かった。決め手になったのは先の戦いでラスティがレッドから受けた一撃。コアを狙ったバズーカの砲弾は、僅かに装甲を歪ませていた。それに気付いたのか、あるいはただの偶然か、イグアスはコスティールヘイズのコア目掛けてリニアライフルをぶっ放す。電磁力によって加速した銃弾が歪みによって脆くなった装甲を穿ち、コアブロックまで到達した。
直後、シミュレーター終了の合図が鳴る。コアブロック破損に伴う戦闘能力の喪失により、ラスティのスティールヘイズに撃墜判定が出たのだ。シミュレーター機器から降りるや否や、イグアスは肉食獣の如き笑みを浮かべながら吼えた。
「見たか!どいつもこいつも、俺の敵じゃねえんだよ!」
【うん、凄かった。イグアス、前よりもずっと強くなったんだね】
平坦な、抑揚の無い機械音声にイグアスの動きが止まる。まさかと思い声のした方を振り向くと、大仰な車椅子に乗った一人の少女と視線が合った。シオンと酷似した見た目に、何を考えているのか分からない無表情を浮かべている。
【まさかラスティに勝つなんて。本当に凄いよ】
「・・・・・・てめぇ、まさか」
直感的に察したイグアスは、先程の高揚が嘘のように声を潜めた。シオンの時のような勘違いではない。この少女は、野良犬だ。
【うん。直接会うのは初めまして。私はウォルターの猟犬。みんなからは、レイヴンって呼ばれてる】
表情筋をピクリとも動かさず、レイヴンと名乗った少女は車椅子を進めイグアスに近付く。気圧されるように後ずさりしようになったイグアスだが、なんとか踏ん張り言い返した。
「てめぇが野良犬だと。はっ、笑えない冗談だ」
【でも、本当のことだから。それと、ラスティ。みんなを集めてくれてありがとう】
レイヴン・・・・・・621は僅かに首を動かし、シミュレーター機器から降りてきたもう一人を見やる。ラスティは顔の汗をタオルで拭きつつ、心からの笑みを浮かべた。イグアスに敗北したという事実にも動じていないようだ。
「容易いことさ、戦友。私としても気になったことがあったからね。さて・・・・・・イグアス。見事な実力だった。君を擁するレッドガンと同盟を結べたことは、素直に喜ばしい」
「負けた癖に上から目線で話してんじゃねえよ、いいから説明しやがれ蝙蝠野郎!」
「勿論。だが、その前に場所を変えようか。シミュレーター室で歓談もいいが、少し風情が無いだろう?」
「けっ、すかしやがって・・・・・・!」
イグアスとラスティが言い合う中、シオンは必死に状況を整理していた。621は自分と同じ見た目であるということ。彼女がわざわざ自分達を呼んだということ。そこにどんな意味があるのか、どれだけ考えても分からない。と、じっとりとした視線を感じたシオンはそちらに振り向いた。621と共にやってきた痩身の老人が、暗い瞳で見つめてきている。
「えーっと。俺に、何か?」
「あぁ、気にするな。情報として知ってはいたが、まさか本当に同じ姿形だとはな。存外に偶然も馬鹿に出来んか」
「・・・・・・レイヴンさんと俺が似てることについて、何か知ってるんですか?」
【それは、私から説明する。とりあえず、話の前に場所を変えよう。ミシガンがお茶を用意してくれたみたいだから】
機械音声で答え、621は車椅子を動かしシミュレーター室の外に向かう。がなるイグアスと受け流すラスティもそれに続き、流れるように全員が退出することになった。
今回はイグアスに軍配が上がりましたが、正味の実力ではラスティの方が上です。乱戦による不確定要素がイグアスに味方してくれました。