見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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76.猟犬の身の上話

レッドガン、臨時拠点の一室。比較的広いスペースが確保されているそこに、先程の一同が集結していた。

 

まずは元ヴェスパー部隊のラスティ。今回の件の発起人であり、621の願いを聞き陣営の垣根を超えたメンバーを集めてもいる。にこやかな笑みの裏に何を隠しているのだろうか。

 

レッドガンからはG5イグアス。先ほどの模擬戦勝利の余韻はどこへやら、機嫌の悪さを隠そうともせずソファにどっかりと座っている。誰にでも噛みつく狂犬のような彼は、その視線を621に注いでいた。

 

そして、シオンとその護衛であるアーシル。シオンは621が直々に指名したらしいが、その理由は彼女以外に分からない。当のシオンも不安なようで、周囲に視線を走らせながらコーヒーに口を付けている。

 

最後に、現状の元凶とも言える621。スッラという男を伴いやってきた少女は、貧相な体躯に似合わない存在感を放っていた。感情表現の乏しさにも構わず、機械音声による発言は最も多い。どこか浮かれているようにも感じられる。

 

【私は食べられないけど、みんなは気にせず食べてね。スッラも、私の分まで食べていいよ】

 

「犬からの施しとはな。まぁいい、あのレッドガンが茶菓子でもてなそうと言うのだ。有難く頂くとしよう」

 

周囲の雰囲気に気付きながらも、スッラは飄々と言う。言葉の通り、並べられた茶菓子に手を伸ばし口に含んだ。温かいコーヒーで飲み下し、ほぅと息を吐く。彼の味覚は機能していなかったが、毒などが入っていないことを確認したようだ。

 

「けっ、いらねえ気を回しやがって。いいからとっとと本題に入れよ、野良犬に蝙蝠野郎。わざわざ呼びつけた理由はなんだ、えぇ?」

 

【うん。ここにいるみんなに情報を共有しておきたくて。信じてもらえるかは、分からないけど】

 

そう機械音声で言い、621は緩慢な動きで部屋を見渡した。面には出ていないものの、内心では酷く緊張している。本来ならば到底信じられない、世迷い事をいまから話そうとしているのだ。ここにいる内の何人に信じてもらえるだろうか。誰一人信じてくれないかもしれない。それでも、彼女は伝えることを決意していた。それが、この先の未来を切り開くことになると信じて。

 

【私は、ずっと繰り返してきたんだ。ルビコンでの戦いを。何度も、何度も】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

621が全てを話すのを、エアは固唾を呑んで見守っていた。621が経験してきたことは、まるで娯楽小説のように荒唐無稽だ。自分は彼女を疑ってはいないが、まともな人間ならば妄想や狂言の類だと受け取るだろう。

 

イグアスからの苛立ち混じりな疑いの視線。ラスティは笑みを消して何かを考え込んでいるようだ。シオンは目を白黒させて驚愕し、アーシルは眉間に皴を寄せている。そんな中、唯一態度が変わらない人物がいた。護衛としてついてきたスッラだ。

 

彼の口元から笑みが失われることは無い。まさか、621の境遇を知っていたのだろうか。彼女自身の説得により味方に引き入れたはずのこの老人は、未だに底が知れなかった。オールマインドに与していた時に情報を掴んだ?いや、621は今以外で事情を話した相手はウォルターとエアだけだ。情報の漏洩はあり得ないはず。

 

まさか、スッラ自身も「繰り返して」いるのだろうか。621が出力する機械音声が室内に響く中、エアの疑問は徐々に大きくなっていった。一度問い質す必要があるかもしれない。

 

元々スッラがついてくる予定は無かった。621自身は彼に話してもいいと判断したが、それは彼女が純真だからだろう。エアは己に言い聞かせる。もしスッラが我々を裏切るのなら、事前に阻止するのが自分の役目だ。

 

しかし、それは今ではない。重要なのは、ここにいる者達が621の話を信じてくれるかどうかだ。信じてくれることを信じるしかない。まっすぐに、全てを伝える。それが今出来る最善である。

 

【これで全部話したと思う。私が、ここに来るまでの道のりを】

 

そして。621の話が終わり、室内は静寂に包まれた。聞いたことを呑み込めていないのか、声を発する者は誰もいない。しかし、面と向かって否定する者もいなかった。イグアスさえもしかめっ面で黙り込んでいる。各々が、621の話について考え込んでいるようだ。

 

【何か、聞きたいことはある?】

 

焦れたのか、あるいは沈黙に耐えかねたのか621が発言する。彼女は駆け引きが出来ない。繰り返しの中、磨かれたのは操縦技術だけだ。心はまだ未熟に過ぎる。表情には出ないものの、不安そうな雰囲気は全員に伝わっていた。

 

「・・・・・・戦友。君が話した、その、繰り返しのことだが。時が戻っているということなのか?」

 

【それは分からない。時間が戻っているのか、世界が沢山あるのか。私には、どうやって繰り返してるのかも分からないんだ】

 

「成程・・・・・・。私には、君が嘘をついているようには見えない。少なくとも、戦友が経験してきたことは真実なんだろう。私は信じるよ」

 

ラスティは頷き、621をじっと見つめる。彼にとって重要なのは今この時だ。二大企業に痛撃を与え、レッドガンと同盟まで結べている。外敵を追い出しルビコンの惑星封鎖を解くには絶好の機。621が繰り返しの果てにこの機を掴んだというのならば、後は全員で成し遂げるだけだ。

 

「今の話を信じるってのか。頭お花畑かよ」

 

「そう言うな、G5イグアス。君もある程度納得しているんじゃないか?真っ先に否定しなかったということは・・・・・・」

 

「黙れ蝙蝠野郎。呆れて物も言えなかっただけだ。大体、証拠がどこにある?馬鹿みてえな実力か?それとも普通じゃ手に入れられない情報を持ってるからってか。馬鹿馬鹿しい、ガキの妄想に付き合ってられるかよ」

 

口ではそう言うものの、イグアスとて621の話を全否定しているわけではない。全ての話が本当だとしたら、戦場での底知れなさにも納得がいく。積んできた戦闘経験が絶対的に違うのだ。しかし、はいそうですかと頷くことも出来なかった。イグアスにとって621は目の敵だ。そんな彼女から告げられた真実は、苛立ちを募らせている精神には大きすぎる。と、

 

「あーっと、俺からも一ついいか?レイヴンさんは、どうしてこのことを俺達に伝えたんだ?疑われるかもしれないってのは予想してたんだろ?」

 

わざわざ手を上げてシオンが質問した。内容は、話を聞いた誰もが気になっていたこと。何故自分達に伝えたのか。ともすれば、気が狂っていると思われても仕方が無い。それなのに、何故?

 

【───それは。それは、私のことを、みんなに知ってほしかったから。私は弱くて、でも、もう挫けたくない。やっと見つけた道なんだ。だからきっと、仲間が欲しいんだと思う。真実を知っていても、一緒に戦ってくれる仲間が】

 

その返答に、シオンをごくりとつばを飲み込む。そうだ。621の話が真実なら、彼女はずっと一人で戦い続けてきたことになる。誰にも理解されない境遇で、永遠に続くかもしれない繰り返しに挑み続けてきた。それがどれほどの苦難か、シオンには分からない。きっとラスティにも、イグアスにも分からないだろう。

 

しかし、そうすると別の疑問が思い浮かぶ。何故自分なのか。イグアスやラスティとは、繰り返しの中で強い繋がりがあったようだ。だが、自分は違う。621の話の中で、自分のことは語られなかった。だというのに、何故自分はこの場に呼ばれているのだろうか。シオンの疑問を察してか、621は言葉を続ける。

 

【イグアスも、ラスティも、繰り返しの中で何度も助け合ったり殺し合ったりしてきた。だから、二人には伝えたかったんだ。それと、シオン。貴方とは、私の繰り返しの中で一度も会わなかった】

 

「え・・・・・・?」

 

【貴方を知ったのは、今回が初めて。だから、今回は違う展開になるって期待してた。そして、その通りになったんだ】

 

そう言われるも、シオンにはいまいち理解出来なかった。自分が繰り返しの中にいなかったという事実が何を意味するのか。何も分からない。

 

【だから、ありがとう。変化の無い繰り返しを超えられたのは、きっとシオンのお陰だと思う。本当にありがとう】

 

「い、いやぁ・・・・・・感謝されてもなぁ。別に俺がレイヴンさんを助けようと動いてたわけじゃないし。偶然じゃないのか?」

 

【それでも、ウォルターが生きているのは事実だから。ラスティも、イグアスも一緒に味方で、企業は弱体化して。私にとっては、夢みたいな結果なんだよ】

 

「お、おぅ・・・・・・」

 

621の表情は一切綻んでいない。しかし、心からの感謝を向けてくれているという実感があった。何が何やら分からないままだが、どうやら彼女の運命を動かしたのは自分らしい。シオンは釈然としないまま、誤魔化すように頬をかく。と、しばらく黙って聞いていたイグアスが再び声を上げた。

 

「別にてめえらのことなんざどうでもいい。おい野良犬、その妄想が仮に真実だとして、これからどうするつもりだよ?俺のことを仲間とかほざいてやがったが、これ以上ガキのお守りはごめんだぜ」

 

言葉と共に立ち上がり、621へと詰め寄るイグアス。それを遮るようにスッラも立ち上がり、二人の視線が交錯する。激情を隠そうともしないイグアスと、面白げに歪められたスッラの瞳は対照的に見えた。

 

「おい、そこをどけよ爺。殺されてえのか」

 

「そう吠えるな。飼い主の器が知れるぞ」

 

「あぁ!?喧嘩売ってんのか!?」

 

「押し売りしているのはそちらだろう?己の弱さを自覚している犬程、吠え声が煩いものだ」

 

売り言葉に買い言葉。元より喧嘩腰のイグアスに、スッラは実に楽しそうな笑みを浮かべている。いつ手が出てもおかしくない状況に、621が口を挟んだ。

 

【やめて、スッラ。私なら大丈夫だから。ごめんなさい、イグアス。スッラはただ私を心配しているだけ。どうか、許してほしい】

 

多分違うと思う。横から見ているシオンはそう思ったが、余計拗れると思い口には出さない。そもそも、スッラが何者なのかは未だに分かっていなかった。繰り返しの中では621と敵対していたらしいが、詳しいことまでは聞いていない。今までの印象では、場を引っ掻き回すのが好きな老人といった感じだが・・・・・・。

 

「く、っく。いいだろう、お前にそう言われてはな。イグアスと言ったか、非礼は詫びよう。この通りだ」

 

口角を吊り上げたまま、スッラが深々と頭を下げる。謝罪とも言えない謝罪にイグアスは殴りかかろうとするが、すんでの所で拳を止めた。理由は一つ。真っすぐにこちらを射抜く、621の澄んだ視線だ。

 

「・・・・・・ちっ」

 

舌打ちと共に拳を下ろし、621を睨み返す。やり辛い。彼女の前では、何故か思うままに振る舞えないのだ。先日の頼みを聞いた時もそうだ。あれよあれよと言う間に流されてしまい、妄言の片棒を担ぐ羽目になってしまった。らしくないと自覚していても、原因が分からなければどうしようもない。

 

「さて。そうなると、これから先の戦いに向けて連携を磨くのが得策か。組織間を超えて共闘する機会も多いだろう。定期的に今回のような場を持ちたいが、構わないかな?」

 

微妙になった空気を取りなすようにラスティが言い、他の者達を見回す。彼としても交流を深めることに異存は無かった。621の背景は予想だにしないものだったが、彼女が頼りになる戦友であることは変わらない。いや、むしろ信頼は深まったと言える。621は、誰かを守る為に戦う存在だと分かったのだから。

 

そして、イグアスにシオン。彼らとも友好的に接するべきだろう。AC乗りとしての腕が優れていることは勿論、組織間の盟約を強化することにも繋がる。現状こそ解放戦線に有利ではあるが、情勢は未だに不安定だ。味方が多いに越したことは無い。

 

【うん。私も、もっとみんなと仲良くなりたい。今までは、殆どそんなこと無かったから。こうやって戦場以外で、通信じゃなくて生身で話せるのは初めてなんだ】

 

「はっ、俺はごめんだぜ。今更ガキみてえにおてて繋いで仲良しこよしってか?舐めてんじゃねえぞ」

 

621の言葉に噛みつくように言い返し、イグアスは荒々しい足取りで部屋の出口へと向かう。分かってはいた。これから先の未来、彼らと共闘する可能性は高いと。しかし、理解と納得は別である。「仲良くなる」など、真っ平ごめんだった。

 

イグアスは元々、人を人とも思わぬような路地裏で生きてきた。ヴォルタとつるんでいたのも、たまたまひと時だけ気が合ったに過ぎない。ミシガンに喧嘩を吹っ掛けレッドガンに入隊させられてなければ、いずれ喧嘩別れしていただろう。

 

だからこそ、621やラスティの提案に乗れるはずも無かった。彼らの言い分からはぬるま湯のような居心地の悪さを感じている。他者との交流による温かみを、イグアスは理解出来ない。理解したくないのだ。

 

【待って、イグアス】

 

「うるせえ野良犬。てめえは精々友達ごっこでもやってな。ガキのおままごとに付き合う程、俺も暇じゃねえんだ」

 

そう吐き捨てて、イグアスはドアに手をかけ、

 

「ならば命令だ、G5!G13達と共にその捻じ曲がった性根を叩き直せ!」

 

ミシガンによって開かれたドアと大音声により、ものの見事に吹き飛ばされた。




登場人物が・・・・・・登場人物が多い・・・・・・!
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