見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「いや、なんか・・・・・・凄いことになっちまったなぁ・・・・・・」
レッドガン拠点からの帰り道。アーシルが運転する小型ヘリに揺られつつ、シオンは首に手をやりながら呟いた。心身共に疲弊した状態だが仮眠を取る気になれない。それだけさっきの出来事は強烈だった。
「そうだね・・・・・・。でも、悪いことではないと思う。ルビコンで共に生きていく為に、少しでも互いのことを知るべきだ。まさか、こんなことになるとは予想出来なかったけど」
苦笑を浮かべるアーシルは、手慣れた動作でヘリを解放戦線の拠点へと導いていく。二人して思い返すのは先ほどのこと。突如として現れたレッドガン総長、G1ミシガンの宣言だ。
「解放戦線及びハンドラー・ウォルターとは話を付けた!貴様らが共に鍛錬を積むというのならば、レッドガンの拠点設備は好きに使って構わん!G5はこれに参加を義務とする!」
「は、はぁ!?おい、ふざけんじゃねえぞミシガン・・・・・・!」
躊躇無く胸倉を掴み上げるイグアスに、ミシガンは節くれ立った拳を脳天に落とす。反応出来ない程の速度だ。この一撃にイグアスが頭を押さえ、ふらつきながら数歩下がる。立て続けにミシガンの雷鳴のような声が響いた。
「ふざけているのは貴様だG5!元はと言えば誰が原因か、そのスカスカな脳みそで考えてみろ!」
「んだっ、とぉ・・・・・・!」
目尻に涙を浮かべ、殺気に満ちた視線をミシガンに送るイグアス。それを意にも介さず、レッドガンの総長は621の方に顔を向けた。表情の変わらない彼女に声量を落とさないまま告げる。
「G13!やるべきことは分かっているな?他メンバーやウォルターと協議し、次の日取りを決定しろ!シミュレーター室は空けておく!」
【分かった。ありがとう、ミシガン。どうすればお礼出来る?】
「それならば、そこで呻いている役立たずを徹底的にいじめ抜け!この程度で折れるような腰抜けではない!G5、聞いていたな?我を通したいのならばそれに見合う実力を身に付けろ!」
「こんの、クソ親父・・・・・・!!好き勝手言ってんじゃねえぞ!」
「まずはその喚く口を縫い付けられたいか!いずれにせよ貴様は教訓を得る必要がある!一度の勝利で浮かれる余裕があるのか、よく考えることだ!」
イグアスを一喝し、ミシガンは去っていく。一部始終を呆然と眺めていたシオンは、次いで聞こえてきたラスティの声に目を向けた。喉の奥に押し隠すような笑い声が聞こえる。シオンの視線に気付いたのか、彼は口元を手で押さえた。
「いや、失礼。歩く地獄とも直接対面するのは初めてだったが、頭に思い描いていた通りの人物だったものだから。少し面白くなってしまったんだ」
「あー・・・・・・まぁ、そうっすね。いかにも鬼軍曹って感じで。俺は殆ど関わり無かったから、ミシガンさんのことはよく知らないけど」
「ははは。まぁ、これからも交流はあるだろう。さて、シオン。それに戦友。ミシガン総長の言う通り、次の日取りを決めようじゃないか」
【そうしよう。ウォルターに確認してみるね】
とんとん拍子に話が進んでいく様に、頭を押さえたままのイグアスは三人を睨みつけた。何故こんなことになった。ミシガンから直々に命じられた以上、首根っこを掴まれて参加させられるのは確定である。
イグアスとしても模擬戦をすることに異論は無い。全員まとめてぶっ飛ばし、己の力を誇示するだけだ。しかし、あの三人の間に流れる和やかというか緩い空気はなんだ。納得いかない。いかないが、今の自分ではどうしようもない。
「あぁ、クソッ!」
誰に向けるべきか分からない怒りを、天井に向けて悪態をつくことで発散しようとするイグアス。拳骨を落とされた頭頂部はいつも通りジンジンと痛み、さらに苛立ちを加速させるのだった。
「随分とキレてたけど、イグアスさんは大丈夫なんかね・・・・・・それともあれが平常運転なのか」
ヘリの中。寒々とした外の景色を眺めつつ、先程までのことを思い返していたシオンは呟く。自分達が拠点を後にするまで、イグアスは怒り狂いっ放しだった。良くも悪くも凄い精神力である。疲れたりしないのだろうか。
「先の戦いにも彼は参加しているけど、命令違反や独断専行は無かったようだ。少なくとも、実際の戦場では正常な判断力を持っているはず。伊達にレッドガンの五番手ではないのかな」
「ふーむ・・・・・・俺としては仲良くしたい所だけど・・・・・・時間かかるだろうなぁ、あの調子だと」
アーシルに言葉を返し、シオンはコキコキと首を鳴らした。621やラスティはあちらから歩み寄ってくれている。友人になれるかは分からないが、交流は深められるだろう。彼らは百戦錬磨のAC乗り達だ。何か、盗める技術があるかもしれない。
何より、シオン自身は皆と仲良くしたかった。技術を盗むことや同盟強化の足がかりになるとか、打算的な思いは勿論あるが、共に戦い抜いた間柄だ。出来ることなら、色々と言葉を交わしてみたい。
そしてもう一つ。621が語った繰り返しのことだ。繰り返しの中に自分がいなかったというのは、もしかすると自分が少女の体を乗っ取ってしまっていることと関係しているのかもしれない。いずれ少女に体を返したいシオンにとって、621が経験している空想的な事象は重要だった。
「・・・・・・ま、なるようになるか」
複雑化し始めた思考を打ち切り、シオンはゆっくりと目を閉じる。ようやく心身の緊張が抜けてきたのか、眠気が湧いてきたのだ。アーシルの操縦は安定しており、緩やかな揺れは微睡みをもたらしていく。少し休んで、また考えればいいだろう。シオンは眠気に身を任せ、静かな寝息を立て始めた。
「む、む・・・・・・」
『はははっ!こいつはまた、随分と笑える状況になってきたじゃないか。あんたが選択した結果・・・・・・と言うには、流石に酷かね』
シオン達が一堂に会した日の夜。秘匿回線でカーラと通信しているウォルターは、いつも以上に気難しい表情を浮かべていた。原因は一つ、621からされた提案である。
「ミシガンめ、余計な気を回してくれた。621にとっても悪くない計画だが・・・・・・やはり、危険は拭えない。各勢力の意図がまだ読めん」
『ま、心配なのは分かるよ。同盟が結ばれているとしても、裏切られる可能性は0じゃない。ここまで随分と上手くいったけど、綺麗事で世の中は回らないもんさ』
「・・・・・・カーラ。そちらの情報網に、レッドガンと解放戦線の不穏な情報は上がっていないか?」
悩みに満ちた声色で、ウォルターはカーラに訊ねる。しかし、返事は無情なものだった。
『今は時間と人手が足りなくてね。ザイレムに人員を、それも秘密裡に送り込むのに難儀してるんだ。生憎、味方陣営の情報収集まで手が回ってない。最低限はチャティに任せているが、気になる報告は今の所無いよ』
「そう、か」
呟いて黙り込む。どうするべきか。レッドガンと解放戦線、そしてハンドラー・ウォルター及びブランチ。複数の勢力間で結ばれた同盟は酷く不安定だ。少なくとも、ウォルターはそう思い込んでいる。
アーキバスの残党はまだ処理出来ておらず、壊滅したベイラムも星外から何か手出しをしてくるかもしれない。レッドガンと解放戦線は協調路線に同意しているが、コーラルが絡んでいるのだ。何が起こってもおかしくはない。
それに、コーラル輸送の問題もまだ解決してはいなかった。現有の輸送力ではその場凌ぎにしかなっていない。相変異を引き起こさない密度を保っていても、コーラルは自然と集まってきているのだ。どの段階で破綻が発生するのか、見極めることは難しかった。
「ザイレムの起動まで、あとどれ程かかる?」
『どれだけ短く見積もっても一、二ヶ月。現実的には半年近くかかる可能性だってある。浮上さえ出来ればコーラルの輸送も手伝えるんだけどねぇ。まさか、ここまで急転直下に物事が進むとは想定してなかった。いっそレッドガンや解放戦線に協力を募りたい気分だよ』
「・・・・・・リスクが高い。それに、レッドガンと解放戦線の技術体系では大した役に立たないはずだ。技研に通ずる者達でなければ・・・・・・」
『分かっている、ただの冗談さ。さて、それでどうするんだいウォルター。あんたのとこの猟犬は、随分とやる気に満ち溢れているみたいだけど?』
愉しげなカーラの口調。恐らく、単純に面白がっているだけではない。彼女の性分もあるだろうが、そこまで心配することじゃないと暗にウォルターへ示しているのか。実際、客観的に考えれば621に危害が及ぶ可能性は少ない。同盟を破棄してまで手を出してくるのは愚行である。
その上、スッラは次回以降も621の護衛を努めるつもりのようだ。曰く、「興が乗った。萎びた老人には似合いの役目だろうさ」とのことだが・・・・・・何を考えているかはともかく、生身の戦いでもスッラは頼りになるはずだ。過去に、ウォルターはそれを見てきたのだから。
「・・・・・・」
眉間に人差し指を当て、画面に資料を表示させながらリスクとリターンを天秤にかける。621の情緒が育まれ、いずれ一人立ち出来るようになるのは喜ばしいことだ。その為にも、彼女の提案を許可するべきだとも思っている。ミシガンからも言付けられている以上、レッドガンが裏切るのは考えにくい。問題は解放戦線だが・・・・・・。と、不意に参加者の一人に目が留まる。
シオン。そう名乗っている解放戦線のAC乗りは、621とそっくりな見た目をしていた。情報としては既に知っていたが、直接目にすると本当に瓜二つである。621の方は病的に華奢だが、それが無ければ見分けがつかない程だ。
一体、これが何を意味するのか。621によれば、シオンとは今回の繰り返しで初めて出会ったらしい。変化をもたらしてくれた存在とも言っていた。ただ姿形が似ているだけではないのだろう。問題は、彼女がもたらす変化が621に危害を及ぼすかどうかである。
ガリア多重ダムにボナ・デア砂丘。そこで、621とシオンは共闘の経験があった。ボナ・デア砂丘の方は621が直々にウォルターへ頼み込み、依頼を受ける前から近場で待機していたのだ。その結果シオンは生存、武装採掘艦ストライダーも撃破を免れている。アレは、繰り返しに変化を求める為だったのか。
『なぁ、ウォルター。少し休みな。ゆで上がった頭で考えてもロクなアイデアは出てこないよ』
「お前がそれを言うか、カーラ。まぁいい、そうさせてもらおう。何か兆候を掴んだらすぐに連絡してくれ」
そう言って、ウォルターはカーラとの通信を切る。彼女に指摘された通り、酷く疲労が溜まっていた。肉体というよりは心労の類だろう。友人達の「使命」を裏切っている罪悪感と、621を取り巻く環境の変化。どれだけ思考を重ねてもキリが無い。
簡素な寝室に向かう前に、621の様子を確認する。ウォルターのものよりも高級なベッドに寝ている彼女は、規則正しい寝息を吐きながら眠っている。レッドガンの拠点に向かい、複数の人物と交流したことから消耗を心配していたが・・・・・・どうやら問題は無いようだ。
僅かに安堵し、重い足取りで寝室まで歩いていく。恐らく、ウォルターが621に向けている感情は猟犬へのそれではないのだろう。あるいは、娘に対するものなのだろうか。妻子を持ったことの無いウォルターには分からない。621を娘扱いすることは許されないとも思っていた。
いずれ621が送るだろう普通の生活に、自分のような存在がいてはならない。621自身からどれだけ慕われていたとしても、ウォルターの想いは変わっていなかった。長い、長い道のりで歪み削れた彼の自尊心は決して元に戻らない。アイビスの火が起きたあの日に、己の幸福は焼き尽くされてしまったのだから。
これでは駄目だ。ウォルターは意図的に思考を遮り、着の身着のままベッドに横たわる。泥のような微睡みに包まれていくのを感じながら、誰に向けたのかも分からない贖罪を呟いた。
「すまない・・・・・・全ては、俺が・・・・・・」
ごすずんは幸せになっていいんだよ。猟犬が決めた、今決めた。