見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「レイヴンさん!?」
凄まじい動きで迫る621。先ほどまでとは明らかに違う様子に、シオンは戸惑いの混じった声を上げた。スッラのエンタングルは手酷い損傷を受けているものの健在、ここは振り切って突撃するよりも確実に撃破する方を優先するべきである。そのことを621が知らぬはずも無い。
【大丈夫、もう誰も死なせないから】
「いやこれ模擬戦、っ!?」
トラルテクトリにぶつかるギリギリの距離で飛び込み、スティールヘイズに向けてパルスブレードを一閃する621。すれ違った際の隙間は1mも無かっただろう。信じられない機体制御だが、あまりにも危険過ぎる動きだ。
『いつになく猛っているようだな、戦友。ならば、このラスティが鎮めよう!』
ラスティも621の異常に気付いていたが、模擬戦を止めるという考えは無かった。これが621の本気だとすれば、乗り越え打倒するのはこのラスティだ。彼女がルビコンを守る為に戦ってくれるのは感謝の念に堪えず、命を預けられる戦友とも思っている。しかし、それとこれとは話が別だ。ラスティは純粋に、目の前のAC乗りに負けたくないだけなのである。
「あぁもうっ!しゃあないこうなったら・・・・・・!」
想定外の状況に、シオンは二人から離れスッラの方に向かった。ここにいても足手まといだ。それなら、621が墜とさなかったスッラにトドメを刺すべきだろう。エンタングルは頭部と左腕部を切り落とされているが、ブーストを吹かしこちらに向かってきていた。
センサー類を殆ど失い機体の姿勢制御も乱れているというのに、スッラは実に愉しそうな笑みを浮かべつつエンタングルを前進させる。まさか、ウォルターの猟犬があのような牙を隠していたとは。あれはいい。ともすれば、飼い主の首さえも噛み千切れる鋭さだ。
やはりこの犬は危険だ。無垢で、純粋で、何をしでかすか分からない。挙句とんでもない強さを有している。故に、繰り返しの中で飼い主を破滅させ続けてきたのだろう。自身が飼い主に与える影響など、考えたことも無いに違いない。
しかし、だからこそ。だからこそ、621はここまで来ることが出来た。既存の存在からかけ離れたイレギュラーで無ければ、あの鉄の如き男を救えはしない。他ならぬスッラでも無理だったのだ。
『くくく・・・・・・』
トラルテクトリが接近してくる。特殊バズーカを放つも、単発の為呆気無く避けられてしまった。迫るチェーンソーの駆動音を聞きながら、スッラはその先で躍動する621の気配を噛み締める。そのままどこまでも往くがいい。己のハンドラーを救いたいのならば、愚劣な選択も時には必要だろう。
「っ」
動きを止めたエンタングルに、シオンは僅かな躊躇の後チェーンソーを叩きつける。既に限界近かったフレームが千切れ、弾け飛んでいった。撃破判定と共に機体は跡形も無くなっていく。
「なんだったんだ・・・・・・?」
シオンは困惑していた。まるで撃破してくださいと言わんばかりの隙を晒したスッラに。が、そんな暇はありはしない。すぐに621の救援に戻らなければ。足手まといだとしても、何か出来ることがあるはず。
すぐさまトラルテクトリを反転させたシオンが目にしたのは、爆散するスティールヘイズ。そして、フレディ目掛けて突撃する621の背中だった。
【ごめんなさい。チームワークを磨く為の模擬戦なのに、滅茶苦茶にしちゃった】
無表情ながら申し訳無さそうに頭を下げる621に対して、シオン達は何も言えなかった。彼女はエンタングルを半壊に追い込んだ後僅かな時間でスティールヘイズを撃墜、そしてキャンドルリングも瞬殺し瞬く間に模擬戦を終わらせてしまったのだ。連携も何もあったものではない。
621は強い。そんなことはここにいる誰もが知っていた。だが、まさかこれ程とは。スッラ、ラスティ、フレディ。三者三様の実力者を赤子の手を捻るように撃破する腕前は、最早人間の範疇を逸脱している。
621の謝罪に皆が言葉に窮する中、スッラだけがくつくつと喉を鳴らしていた。異常な状況で真っ先に声を上げたのは、G5イグアスである。
「はっ。てめえが化け物だってのは前々から知ってんだよ。俺らが野良犬より弱ぇのが悪いんだ。そこの土着をぶち抜けてりゃあ、てめえが突っ込んでくることも無かった。頭を上げやがれ、虫唾が走る」
苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨て、ぎょろりと周囲を睨みつけた。同調するようにラスティが口を開く。
「あぁ、その通りだ。全ては食い止められなかったこちらに責任がある。単独でも君を墜とせると、己の力を過信し過ぎた。情けない話だ」
本当に落ち込んでいるのか、珍しくしょげた顔で俯くラスティ。621が強いのは重々理解していた。しかし、まさかここまで差があるとは。普段のように本心を取り繕う余裕も無く、がっくりと肩を落としている。
【ごめんなさい、私のせいで】
「謝らないでくれ、戦友。流石に惨めな気持ちになってしまう」
地獄のような空気が流れ、再び沈黙が訪れた。話を聞いていたシオンは、この重苦しい雰囲気をどうにかしようととりあえず声を上げる。
「えーっと・・・・・・レイヴンさん。さっきのヤバ過ぎる動きってさ、実際の戦場でやったことあるのか?何度か助けてもらった時もあそこまでの動きじゃなかった。もしかして切り札的なアレだったりするんじゃないかと考えたんだけど」
【うん。凄く疲れるから、いつもは使わないんだ。長くは持たないし。シミュレーターだと、思ったより全然疲れなかったけど】
「そっか・・・・・・だったら、ちょっと提案があるんだ。レイヴンさんの負担が少ないんなら、模擬戦にハンデを付けるとかどうだ?あれだけの強さは俺も初めてだったし、経験しとくに越したことは無いはず。人数差を付けて模擬戦をすれば、皆の成長に繋がると思うんだけど・・・・・・」
プライドを傷つける発言と自覚しつつも、周囲に視線を走らせつつシオンは言う。自分よりも強い者はいくらでもいると思っている彼にとって、621のような存在は畏敬と共に学びの糧とする相手である。己の実力を低く見積もっているからこそ、この提案をしてみたのだが・・・・・・。
「「「・・・・・・」」」
誰も、何も発しない。いつもならば誰にでも噛みつくはずのイグアスすら黙り込み、鋭い視線で621を睨みつけている。ラスティは己への落胆か口を噤み続け、それはフレディも同様なようだ。ただスッラだけが、粘性の笑みを浮かべどのような顛末になるか伺っている。
【・・・・・・ごめんなさい。今日は、ここまでにしよう。私達は帰るね】
「ほう。いいのか、犬?お前の望みからは離れる選択だろうに」
【いいから。それじゃあみんな、またね】
もう一度頭を下げ、621はスッラと共に去っていく。引き留めようとしたシオンだが、場の空気に呑まれたのか声を上げることが出来ず俯いてしまう。621が去ってから数十秒。沈黙を破ったのは、またしてもイグアスだった。
ガァンッ!
イグアスが壁を蹴りつけ、凄まじい音が響く。集まった視線全てを睨み返し、腹の底から響くような声で言い放った。
「おい、蝙蝠野郎・・・・・・それに土着とガキもだ。手を貸せ、次は野良犬をぶちのめすぞ」
予想外の提案に、シオンはまじまじとイグアスの顔を見た。粗暴で誰にでも噛みつくような雰囲気を崩さないまま、イグアスは言葉を続ける。
「てめえらも分かってんだろ。単独じゃ野良犬の野郎を墜とせねえ。業腹だが、協力する必要がある」
「・・・・・・驚いたな。宗旨替えか、G5?まさか君からそのような提案がされるとは」
「喧嘩売ってんのか蝙蝠野郎。俺はただ、あの澄ました面を叩き潰したいだけだ。自分に勝てる奴は誰もいないと思い込んでる、勘違いを拗らせた野良犬の面をな」
ざっくばらんに告げ、イグアスはシオン達の顔を見渡した。あれ程の実力差を見せつけられたというのに、その瞳は爛々と光り戦意に満ちている。一体、彼の心の中でどのような変化があったのか。
否。変化ではない。イグアスはただ本心を自覚しただけだ。621の動きは、イグアス自身が思い描く理想のAC乗りのようだった。どんな相手でも圧倒的な実力で打ち倒し、誰もが見上げ崇めるような絶対的存在。そんな彼女に焦がれるような思いで手を伸ばす。人はそれを、憧れと言う。
いつもいつも上を行く、己と同じ旧世代型。一体何が違う。レッドガンで地獄のようなしごきを受けている自分と、自立歩行もままならない野良犬の、何が決定的に違うのか。分からないのならば、食らいつくしか無いのだ。
「それとも、やられっ放しで引き下がるってのか。尻尾を巻いて負け犬みてえによ」
模擬戦前のラスティの言葉を借りて煽るイグアス。彼には、まだ自覚していない想いがある。621に対する憧れだけならば、彼女の頼みを引き受けはしなかった。その想いがなんなのか気付かぬままに、シオン達に対して吐き捨てる。
「俺は構わねえがな。一人だろうが、野良犬をぶっ潰せるまで挑み続けりゃいいだけの話だ。その気も無いなら二度と俺の前に顔見せんじゃねえ。腰抜け共が」
イグアスが足取り荒く立ち去った後。シオンはラスティとフレディの表情を交互に伺った。恐らく、この中で一番の格下は自分である。だから、621がどれ程強くてもイグアスにどれ程煽られても気にはしない。自己評価の低さ故、この場で平常心を保ち続けていた。
「俺は、イグアスさんの言う通りだと思う。そりゃ言い方は過激だったけどさ。なんというか、このままじゃレイヴンさんを一人にしちまうような気がするんだ」
「・・・・・・あぁ、分かっている。分かっているさ。すまないな、醜い姿を晒してしまった。いや、謝るなら戦友とイグアスにか。全くどうにも、最近の私は気が抜けているようだ」
ラスティにとって、己の弱さを受け止めるのはそう簡単なものでは無かった。強くなければならなかったのだ。素性を隠して敵対企業に潜入、本心を隠し続け、同胞を虐殺してまで立場を守り続けた。目的はただ一つ。ルビコンを解放する為に。
だからこそ、ルビコン解放が手が届く範囲まで近付いたことで意志が緩んでしまったのかもしれない。それは、戦士としてあるまじき振る舞いだ。強敵が道を遮るならば打ち砕くのみ。たとえ621が相手だとしても、牙を突き立てねばならない。
「対策を立てようか。仮に数の有利を以て挑んだとしても、戦友はそう簡単には墜とせないだろう。むしろ蹂躙されかねない」
「うん、そうしよう。フレディさんも構わないか?」
「・・・・・・あそこまで言われたら黙っていられない。全く、ルビコンは広いな。考えられない程の強者が当然のように存在している。だからこそ、ここで屈してはいられない」
スッラに続いて621の強さを目の当たりにしたフレディも、シオンに頷き拳を握り締めた。強くなる為に余計な拘りは捨てると決めたのだ。己の弱さを呑み込み、前に進むと。621の化け物染みた強さも、糧に出来るのならば好都合である。
「よし。では、イグアスを呼び戻してこよう。連携や対策は最初から共有しておいた方が都合がいい。私が強引にでも引きずってくるから、君達はここで待っていてくれ」
「だ、大丈夫かそれ?イグアスさん、絶対暴れると思うんだけど」
「心配はいらないさ。では、行ってくる」
言うが早いか、ラスティは颯爽と部屋を出ていってしまった。その背を不安げに見送りつつも、シオンは緊張を吐き出すように深呼吸した。さっきはどうなることかと思ったが、なんとか交流会は続けられそうだ。
シオンはこの場を利用して強くなりたかった。それに、621達と交友を深めたいという理由もある。打算的にも心情的にも、交流会は出来る限り存続してほしい。それが彼の偽らざる想いだった。
「フレディさん、ラスティさん達が戻ってくるまでにスッラさんとの戦いの分析を再開しようぜ。ただ待ってるだけってのも芸が無いしさ」
「そうだな。時間を無駄にする贅沢は、後にとっておこう」
二人は顔を突き合わせ、分析及び協議を進める。621の実力によって一度冷めた場の空気は、再び熱を帯び始めた。
イレギュラーは孤独です。だからこそ、他の人が手を伸ばさなくてはいけないんだ。・・・・・・アーマードコアシリーズの思想を否定してる気がするけど二次創作なのでヨシ!