見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
『スッラ。報告を読んだが、これはどういうことだ』
「どういうことも何も、書いた通りさ。お前の犬は更なる牙を隠し持っていた。それを使わずここまで来たのには驚嘆するがな」
ウォルターからの突然の通信にも動じず、スッラはあてがわれた自室で粘性の笑みを浮かべていた。協力者となった今でも、彼はかつての飼い主を煽り続けている。魂に染みついた癖のようなものだ。たとえ関係性が悪化するとしても、止める気は一切無い。
『・・・・・・そうか。映像を確認する限りこれは・・・・・・いや、しかし・・・・・・』
621が交流会に参加することをウォルターは心配しており、護衛の名目で同行しているスッラに毎回報告書を義務付けていた。過保護にも程がある。嘲笑を隠しもせず、スッラは通信越しに告げる。
「哀れなことだ、飼い犬の実力も把握出来ていないとは。あの頃から成長していないのか、ハンドラ・ウォルター?」
『・・・・・・』
無言。反論出来ないのか、する気が無いのか。あるいはその余裕すら無いのか。どれにしても、ウォルターの眉間には皴が寄っているだろう。スッラにとっては見慣れた顔だ。思えば幼少の頃から、この男は苦悩に満ちた表情ばかり浮かべていた。
「まぁ、いい。問題はあれの制御だ。今回は戦闘シミュレーターだから消耗も少なかったが、実戦ではそうもいかん。犬自身が早計な判断を下し消耗すれば、次の展開まで持たん可能性が高くなる。お前ならば、既に理解しているだろう」
『・・・・・・あぁ。621には俺から話しておく。ご苦労だった、スッラ』
「はっ。この程度、苦労の内にも入らんよ。過去の地獄に比べればな」
そう言い捨てて、返事も待たずに通信を切る。椅子の背もたれへとゆっくり体を預けながら、スッラは照明が消えている天井を眺めた。口元には未だに笑みが浮かんでいる。
状況は悪くない。彼はそう判断していた。企業は最早虫の息であり、オールマインドの息の根は止まっている。現状さえ維持出来れば、レッドガンや解放戦線が敵に回ることは無いだろう。星外からの侵略は再び起こるだろうが、各組織が協調すれば勝率は低くないはずだ。
「仲良しこよし、か。くく、存外に狂犬の言うことも馬鹿にならん」
ふと、周囲に噛みつき続ける狂犬・・・・・・G5、イグアスの言葉が脳裏をよぎる。再び訪れるであろうルビコンの窮地に対して、各組織は打算を捨てて協力し合えるのか。つまりは政治の領域だ。何が起こってもおかしくはない。
しかし、自分には関係の無い話だ。スッラは天井を眺め続けながら、ルビコンの未来についての思索を打ち切った。今の彼には隠し事も企みも存在しない。ただ、621からの依頼を果たすだけである。
上機嫌な様子で立ち上がり、ふらりと部屋を出るスッラ。次の交流会では面白いことが起きるだろう。調整は万全にしておかなければ。ただでさえ、体のあちこちにガタがきているのだ。猶予はそう長くない。
「さて、間に合うといいが」
他人事のように呟いて、歴戦の老兵はガレージへと向かう。相も変わらず、ねっとりとした笑みを顔に浮かべながら。
医療設備の整った清潔な病室で、二人の男が顔を合わせていた。一人はラスティ。かつてのV.Ⅳであり、ルビコン解放の為に同胞すら殺してきた裏切者。そして、もう一人は。
『久しぶりだな、「■■■」。いや、今はラスティと呼んだ方がいいか。随分と精悍になったもんだ』
メッサム。拷問の傷を乗り越えて舞い戻った戦士は、かつての友に親しげな声を掛けた。ポッド内のマイクが音を拾い、スピーカーによってラスティの耳まで届く。
「それはこちらの台詞さ。名誉の負傷は戦士の誉だろう」
『そんな大したものじゃない。捕えられ、拷問を受けただけだ。まぁ、生き延びることが出来ただけマシだな』
「情報を漏らさず帰還したんだ、名誉の負傷と変わらない。・・・・・・本当に久しぶりだ、メッサム」
しみじみとした口調で話しつつ、ラスティはポッド内のメッサムを見つめた。顔に浮かぶ笑みは、いつもの人好きのするそれとは雰囲気が違う。どこかやんちゃさを感じさせるような笑み。それは、ラスティと名乗る前の彼がよく浮かべていたものだ。
『あぁ。互いに色々あったみたいだが、今は再会を祝おうじゃないか。生憎、祝杯なんて大層なもんは用意出来ないが』
「気にするなよ、俺達の仲だ。それよりも聞かせてくれ。お前やツィイー、アーシルがどんな道を歩んできたかを」
『・・・・・・そうだな。たっぷり十年以上はある、長くなるぞ』
そして、ラスティはメッサムの話に耳を傾ける。自分が彼らから離れた後、彼らがどのような人生を生きてきたかを。どのように過ごし、戦い、成長してきたかを。それはメッサムの言う通り、到底一日で語り切れる長さではない。
「今日はこれくらいにしておこうか。看護師に目を付けられてしまう。何、これからも時間はある。次の楽しみにとっておくよ」
『俺は問題無いが・・・・・・そうだな。リハビリ以外は基本的に暇だ、いつ来てくれてもいいぞ』
メッサムの疲労も鑑みて、ラスティは早めに話を切り上げた。義体が適合するかは本人の適性によるものが大きい。幸いメッサムに拒否反応は出ていないようだが、十全に義体を動かせるかは半々の確率といった所だろう。義体技術に優れたアーキバスグループに潜入していたからこその知識は、既に医師へと伝えていた。
メッサムに頷いて、ラスティは病室を去る。実の所、彼は安堵していた。かつての友人から罵倒されてもおかしくないことを為してきた。ルビコンの未来の為とはいえ、ラスティは解放戦線の同胞を殺戮していたのだから。
それなのに、メッサムはそれを知った上でかつてと同じように接することを選んでくれた。己の全てを捧げる覚悟を決めているラスティでも、切り捨てられない想いはある。古い過去。少年時代の、淡く暖かな記憶。
「っ、と」
過去の記憶に浸っていたからか、ただの偶然か。通路の先から、記憶に残っているよりも成長した姿の二人が歩いてくるのが見えた。ツィイーにアーシルだ。その横にはシオンもいる。不味い。今の自分では、「ラスティ」を演じられないかもしれない。逃げるように別の通路へと駆けこむ。
「・・・・・・」
ツィイーとアーシルに気付かれただろうか。あるいは、気付いた上でスルーしたのか。足音が追ってくることは無かった。照明の薄い暗がりで、ラスティ・・・・・・いや、「■■■」は自嘲の笑みを浮かべ壁に背をもたれる。
なんとも情けない有様だ。心の中で呟きつつ、何故ここまで仮面が剥がれているのか疑問に思う。メッサムと話したから?いや、それは切っ掛けであって原因ではない。元を辿れば、恐らくは。
「戦友、か」
621の圧倒的な実力は、「■■■」の心に深い影を落としていた。牙を突き立て食い破るのみ。そう意気込みシオン達と対策を立てているものの、己の弱さを未だ呑み込めていないのだ。普段周囲に弱気を見せない彼は、通路に立ち尽くしながら手のひらで両目を覆う。数度、深呼吸を繰り返した。
何故、イグアスやシオンは臆することが無いのか。無知というわけではないだろう。ならば、彼らと自分は何が違う。どうして自分は、621に届かない己の実力を受け入れることが出来ないのか。ツィイー達の気配が無くなったことを確認し、そろりと元の通路に戻った彼は思考の末に答えへと行き着いた。
フラットウェルからの教育とアーキバスグループ内での修練の結果、彼の技量は限界まで高められている。つまり、これ以上の成長はほぼ望めない。伸びしろという点ではイグアス達の方が上である。交流会で様々な経験を得たとしても、自身の上積みは僅かだ。
自分は天才ではない。ただ、懸命に努力し続けただけだと「■■■」自身は思っている。それはきっと621も同じはずだ。無限の繰り返しの中で積み上げ続けてきたからこそ、今の彼女がある。どうすれば追いつけるのか。努力だけでは足りない。経験を積んだとしても621には届かない。時間が無いのだ。
「ふぅ・・・・・・」
よろめきそうな足取りで通路を進む。習熟し、洗練されているからこその絶望は、確実に彼の心を苛んでいた。頭打ちの現状では621に勝利することは難しい。味方のままならまだいいが、もしも621が敵に回ったとしたら・・・・・・。可能性は0ではない。彼女の信念は、ハンドラー・ウォルターが生き残る為ならばルビコン全土を敵に回しかねなかった。
苦悩が耐えることは無く、気付けば自室近くまで辿り着いていた。部屋の中でゆっくりと考えよう。そう思った「■■■」が曲がり角を曲がると、自室の扉の前に誰かが立っているのが見えた。その老人を彼は知っている。ルビコン解放戦線総司令、「帥父」サム・ドルマヤンだ。
「っ!?」
「来たか、気高き狼よ」
しわがれながらも気力に満ちた声。何故、彼がここに。驚愕と混乱が思考を染める中、ドルマヤンの視線はずっと「■■■」を捉え続けていた。
「お茶の一つも出せず、申し訳ありません」
「構わん」
ひとまずドルマヤンを部屋へと招き入れ、「■■■」はベッドを椅子代わりに彼と向き合って座る。机の椅子に座り込んでいる帥父は、先程と変わらず視線を逸らさない。混乱を飲み込み、直截に訊ねた。
「では、よろしいですか。何故私の部屋に?」
「戦士を導くのも先達の務めだろう。気高き狼よ、迷いを内に宿しているな?」
内心をずばりと暴かれ、「■■■」は僅かな時間瞑目した。全てお見通しということか。しかし、このタイミングでやってくるとは。やはりただ者ではない。
「その前に、一つ確認を。私が何故解放戦線に寝返ったか、仔細をご存じですか?」
「全て、フラットウェルから聞いている。案ずるな」
その言葉に、ゆっくりと頭を下げる「■■■」。彼とフラットウェルが為してきたのは戦術の非道だ。だからこそ、ドルマヤンの許可を得ぬままに実行したのである。全てが終わった時、罰されることも覚悟の上で。
だが、ドルマヤンは受け入れた。何を考えているのかは分からないが、罰する気は無いようだ。感謝と謝罪を込めてこうべを垂れていると、心そのものに染み入るような声が響く。
「頭を上げよ。過去を省みる必要は無い。今は、未来に目を向けねばならぬ。迷いを宿したまま生き残れる程、この先の戦いは甘くはない」
「・・・・・・はっ」
「交流会の話も知っている。レイヴン・・・・・・ルビコンの脅威となりうる者の力に、臆しているということもな」
帥父には全てお見通しのようだ。「■■■」は頭を上げ、力強い視線に向き直る。その眼力は彼が幼い頃に見たものと同じだ。即ち、ドルマヤンが気力を失う以前・・・・・・最前線で戦い続けていた頃のもの。気力を取り戻したと情報では知っていたが、実際に目の当たりにすると凄まじい圧を感じてしまう。
「仰る通りです。彼女の圧倒的な実力を前にして、私は臆してしまった。届かない、敵わないと思ってしまった。迷いが生まれてしまっているのです。私では、彼女の横に並び立てないと」
「戦闘映像は確認した。レイヴンの操縦技術には私も覚えがある。ACを己が肉体と同一とし、四肢の末端に至るまで十全に操る術。コーラルを介している故、お前には難しいだろう」
「■■■」・・・・・・ラスティは、第8世代の強化人間だ。フラットウェルの指示により、アーキバスグループに潜り込む前に強化手術を受けた。その段階で受けられる最新鋭の強化手術が第8世代だったのである。
621の完全制御は、脳深部コーラル管理デバイスによって行われている。旧世代型の強化人間にのみ埋め込まれているデバイスであり、ラスティには完全制御を真似しようが無い。ドルマヤンはその事実を既に知っているようだ。
「そう、ですか。同じ境地に至れればあるいは、と思っていたのですが」
「気を落とすな。戦い方は無数にある。私の知っている全てを、お前に伝えよう」
「帥父が、直々に・・・・・・?」
予想外の言葉に、「■■■」の端正な顔立ちが疑問に歪む。ドルマヤンの戦闘力は最早伝説だ。しかし、その薫陶を受けたルビコニアンは殆どいない。長きに渡る戦いの末、多くが戦死してしまっていた。
そして、気力を失ってからは後進の育成も投げ捨て、呆けた老人の如く隠遁生活を送っていたのだが・・・・・・ルビコン興亡の瀬戸際に全盛期の気力を取り戻した彼は、燃えるような瞳で「■■■」を穿つ。先の言葉に嘘は無いようだ。
「・・・・・・。分かりました。帥父の全て、どうか私にご教授願いたい」
ドルマヤンの提案を受け、再び頭を下げる。彼が何故、自分に薫陶を授けようとしたのかは分からない。ただ単純に、これから先の戦いに向けて少しでも戦力増強をしたいだけかもしれない。
しかし、「■■■」は感じていた。ドルマヤンの燃え盛るような意志を。自身の全てを継承しようという、魂の熱を。ならば、自分はそれに従うだけだ。ただでさえ願ったりの提案なのだから。
若き狼と老いた狼。彼らは一時の師弟関係を結んだ。互いの思惑を、あえて推し量らないままに。
一人称俺のラスティは正直アリだと思う。