見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
621の元にイグアスから通信要請が届いた。彼から連絡を取ってくるのは珍しいことだ。許可すると、いつもの威圧するようながなり声が響く。
『おい、野良犬。エアっていう奴はいるか?あの幽霊もどきに用がある』
【いるけど・・・・・・どうしたの、イグアス?何か理由があるなら、聞きたいけど】
『・・・・・・・・・・・・。てめえにゃ関係ねえ。それとも、俺に構ってる暇があるのかよ』
【うん。イグアスは大事な仲間だから。エアも、そう思ってるよね?】
『はい。久しぶりですね、イグアス。私に用があるという話ですが・・・・・・』
621の人工音声、次いでエアの声が聞こえてきた。このルビコンで、たった二人にしか聞こえない「交信」。それは通信回線を介してのものではない。直接頭の中に響くような言葉に、イグアスは顔をしかめ舌打ちをした。
『ちっ。あぁそうだ、てめえにやってほしいことがある。ハッキングやらなんやらお手の物なんだろ?つまりは依頼だ、依頼』
『私に、依頼ですか?』
どこか不安そうな様子のエア。それも当然だ。つい先日まで、彼女は621以外とコミュニケーションを取ったことが無かった。今でこそ人工音声を用いてハンドラー・ウォルター等と会話を行っているが、他者との意思疎通にはまだ慣れていないのである。
『野良犬とてめえには散々付き合ってやったんだ、借りを返してもらうぜ』
『いえ、協力するのは構わないのですが・・・・・・具体的には、どのような内容でしょう?』
『はっ。簡単だ、ルビコンのどこかに逃げ隠れてるクソ爺を見つけろ。コールドコールと名乗ってる独立傭兵だ』
その名前に、621が僅かに身じろぎした。彼女はその独立傭兵を知っている。繰り返しの中、ウォッチポイント・アルファの探索時に幾度も戦った老齢の男だ。相当な実力者と認識しているが、今回の繰り返しでは出会っていない。
【イグアス。彼を見つけたら、どうするつもりなの】
『決まってんだろ、コキ使ってやるのさ。この状況だ、格安で雇える。散々に使い潰してやろうってな』
悪意のある言い方をするイグアスは、しかし見方を変えればコールドコールを保護しようともしていた。最早ルビコン内は解放戦線の勢力がほぼ掌握しており、ベイラムを主として企業の依頼を受けてきたコールドコールの居場所は存在しない。如何に彼が独立傭兵とて、解放戦線は看過出来ないだろう。
その前にレッドガンで雇う。それがイグアスが考えている策だ。まだミシガンには伝えておらず、彼の独断専行である。
『少し時間を貰えるなら、場所の特定は可能と思われます。ですが・・・・・・』
【いいよ、エア。大丈夫。イグアスはきっと、コールドコールを守りたいだけだから】
『相変わらずお優しい考え方しか出来ねえんだな、野良犬。まぁいい。何か分かったらすぐに連絡しろ。ちんたらするんじゃねえぞ』
621に図星を突かれるも、イグアスは動揺すること無く言い返し通信を切った。調べられれば、通信内容はミシガンに筒抜けだろう。それでも構わない。わざわざ隠そうともしないのは五花海のやり方と同じだ。止めたいならば好きにすればいいと、行動で総長に示していた。
『レイヴン。イグアスは本当に、コールドコールを守ろうとしているのでしょうか?』
一方、エアは不安そうな様子のまま621に訊ねた。何か、新たな火種になりはしないかと心配しているようだ。彼女ならば通信が切れた後もイグアスと交信出来るのだが、機嫌を損ねかねないと躊躇していた。
【大丈夫だよ。イグアスは仲間想いだから。だから、私からもお願い。コールドコールを見つけてあげて】
『・・・・・・分かりました。二人がそう言うのなら、私も全力を尽くすだけです。では、レイヴン。早速依頼に取り掛かりますね』
【うん。よろしくね】
エアが離れていくのをなんとなく感じながら、621は考える。イグアスがコールドコールを頼るのは、繰り返しの中で幾度もあったことだ。かの老兵が621を殺そうとしていたのは、彼が依頼したからだと推測出来ている。
しかし、今回は状況が違う。エアに捜索を依頼したということは、コールドコールとは連絡が取れないのだろう。ウォッチポイント・アルファを巡って各勢力が激突したことで、621の記憶には無い事象が起こり続けている。それ自体は好ましいが、繰り返しで培ってきた経験を活かし辛いのも事実だ。
それでも、彼女はウォルターを救う為に戦い抜くと決めている。その為には味方は少しでも多い方がいい。コールドコールは熟達のAC乗りだ、戦力として信用出来る。621は無垢に思考した。裏切りや離反を考えないままに。
彼女はイグアスの動きやコールドコールの存在を警戒しない。絶対に裏切らないと盲信しているのではなく、そもそも疑うことを知らないのだ。繰り返しという闘争の螺旋の中、実力や感性は極限まで磨き上げられている。しかし、戦場以外の駆け引きは赤子の如く疎かった。
真摯に向き合えばきっと分かり合える。全てをさらけ出せば信じてくれる。621の考え方は、致命的に危うい。それは、彼女の周囲の人物達が優しかった故だろう。特にハンドラー・ウォルターの存在が大きい。彼が他者の悪意を遮断しようと努めていた為、621は無垢なままここまで来た。来てしまった。
大きな弱点になり得る無防備な精神。悪意ある者が付け入れば、致命的な破綻を招きかねない。その危険性に、621以外の殆どの人間が気付いていた。絶対的な実力と未熟な精神のギャップが、蟻の一穴になりかねないと。
自身の事柄に無頓着な621は、気付かぬままに思案を続ける。エアはコールドコールを見つけられるだろうか。イグアスはコールドコールを雇えるだろうか。複雑に渦巻く環境の中心にいると言っても過言では無い少女の思考は、呆れる程に単純なものだった。
「さて、さて。どうやら俺も焼きが回ったようだな。あの時に続き、再び引き際を見誤るとは。どうしたものかね」
ルビコン各地に用意しておいた隠れ家の一つで、コールドコールは独り呟く。辛うじて愛機であるデッドスレッドは隠れ家に持ち込めたものの、状況は甚だ悪かった。よもや、突発的に起きた一度の決戦でここまで情勢が動くとは。星外に脱出する手筈も整っておらず、今は隠れ潜むしか選択肢が無い。
もしも解放戦線に居場所がバレれば、なんらかの私刑は免れないだろう。企業の暗部に付け込み、数々の人間を粛清してきた。その中には当然ルビコニアンも含まれる。恨みは相当積もっているはずだ。
あるいは、先の戦いでルビコニアン側に付いていれば・・・・・・いや、依頼も受けていない状況でそれは悪手である。いずれにせよ、この状況は己の蒙昧さが招いたものだ。かつて企業のルビコン進駐計画を事前に掴み、取り引きによって密航を果たした頃のコールドコールならば、このような失態を晒すことは無かったのかもしれない。
「老いたのだろうな。やれやれ、時の流れには逆らえんか」
つばの広い帽子を指先で弄びながら呟く。当然のこととはいえ、一抹の寂しさは拭えなかった。ただ、裏社会の稼業から足を洗うつもりはさらさら無い。ルビコンでは随分と甘い汁を啜らせてもらい一財産築けた。隠居してもいい頃合いだが、薄汚れた生き方を変えられるとは思っていないのだ。
これも引き際を誤っているのだろうか。ぼんやりと考えるコールドコールは、指先で弄んでいた帽子を被り直した。目の前のコンソールを操作し、得られた情報を精査していく。と言っても、細かい情報は殆ど集まっていない。やはり個人では限界があった。
ベイラムは壊滅。アーキバスは辛うじて部隊が残存しているが、戦闘の継続は困難。二大企業の傘下は、それぞれが支社や工場ごと降伏。精々がこの程度の情報だ。解放戦線の動向は中々掴めていない。
ふと、古馴染みの皮肉げな顔が頭に浮かぶ。奴は上手く立ち回ったようだ。ハンドラー・ウォルターに取り入り、今では勝者の側にいるらしい。世渡りの上手い奴ではなかったはずだが・・・・・・。
「ふむ・・・・・・これも時の流れというやつか。奴が考えを変えるとも思えんが」
奴・・・・・・スッラは、コールドコールと似通った独立傭兵だ。共に老齢であり、コールドコールは粛清、スッラは狩りを専門としている。粛清や狩り・・・・・・即ち、個人や組織に対する完全な殺害である。それ故に、依頼のバッティングも度々あった。そのまま殺し合いに発展することも両手では数えきれない程あったが、互いに悪感情は抱いていない。
腐れ縁の古馴染み。それがスッラに対するコールドコールの評価だ。長く裏社会で生き延びてきた彼にとって、どこか親近感を覚える相手。ルビコン3近辺の星系で、互いに酒を酌み交わしたことさえある。だからこそ、奴の人となりは知っていると思っていたが・・・・・・あの粘質を纏う男にも、何か変化があったのかもしれない。と、
「・・・・・・ほぅ?」
画面に表示されたメッセージに、コールドコールは面白げな様子で吐息を漏らした。そこには予想外の人物の名が映し出されている。この隠れ家に連絡してくるということは、居場所を特定されたに等しい。絶体絶命の危機と言っていい状況に、しかしコールドコールは笑みを浮かべた。数奇な縁だ。どれもこれも、自分には勿体ない程の。
「まさか、お前から連絡が来るとはな。随分と成長したようだ、イグアス坊や」
『相変わらず舐めた口聞いてんな、爺。状況も分からねえ程耄碌したのか、えぇ?』
通信に出ると、先日レッドガンの拠点内で再会した時と同じ喧嘩腰の声が聞こえてくる。通信の相手はG5イグアス。かつてコールドコールが気紛れに連れ歩いた旧世代型の強化人間にして、精鋭部隊レッドガンの5番手だ。
「くく、確かにそうかもしれん。逃げ時を見失い、こうして坊やに見つかるとは。老いたと言われても文句は言えんな」
『はっ、思ってもねえことをよくほざく。おい爺、よく聞け』
真剣さを滲ませるイグアスに、コールドコールはやや疑念を覚えた。粗暴で喧嘩腰なのは相変わらずだが、今までと雰囲気が違うような。あぁ、そうか。今の彼からは捨て鉢な雰囲気が感じられないのだ。
『単刀直入に言う。レッドガンに来い、コールドコール。老い先短い命、使い潰してやる』
「・・・・・・それは、それは。ありがたいお誘いだがね、イグアス坊や。レッドガンの総意ではないだろう?一人で暴走するのはお前の悪い癖だ」
『構わねぇよ。ミシガンのクソ親父は俺が説得する。金だって心配いらねえ、レッドガンからの給金に手を付ける暇も無かったからな。あるだけ払ってやるよ』
とんでもない言い分。そこまでして引き込む価値が、今の自分にあるだろうか。何より、何故イグアスはここまでしようとしている?理解出来ないコールドコールは、暫しの沈黙の後口を開いた。
「こちらも、単刀直入に訊ねようか。俺を雇う意図は?ただの戦力増強にしては少々無理筋だ。坊や、何を考えている?」
『死ぬなら見える所で死ね。俺から言えるのはそれだけだ』
即座に答え、イグアスからの通信は切れた。次いで送られてくるのは、正式な依頼内容のメッセージ。ご丁寧なことに時刻と合流地点まで明記されている。
「ふむ」
イグアスに告げられた言葉を反芻しながら、コールドコールはメッセージを細部まで確認する。罠の可能性はあるが、隠れ家の場所を把握しているのであればもっと方法はあったはずだ。このような回りくどいやり方、イグアスが企むとは思えない。
死ぬなら見える所で死ね。その言葉に偽りは無いのだろう。つまりこれは、イグアスの情けということか。窮地に陥ったかつての知り合いに手を差し伸べる。粗野な彼にしては確かに情け深い。
「育ったか、坊や。あるいは誰かに唆されたか。まぁいい、折角の厚意に与るとしよう」
このまま隠れ家で縮こまっているよりは、例え罠であってもイグアスの提案に乗る方が良さそうだ。居場所が把握されている以上、動くしかないのだから。
「しかし、あの歩く地獄を説得出来るものかね。くく、坊やの手並みを拝見させてもらおうか」
呟きながら立ち上がったコールドコールは、節々の関節を解した後歩き出す。デッドスレッドの整備は終わっているが、細かい調整をしなくては。最悪の場合を想定しつつ、老練の殺し屋は静かに行動を開始した。
621は戦場においては鋭い冴えを見せますが、それ以外は純朴なおこちゃまです。ごすずん、情操教育してあげて。
そして、作中で書き切れませんでしたがイグアスの行動はヴォルタと再会した故のものです。ヴォルタがいるとイグアスの精神はかなり安定するので、状況を俯瞰した一手を実行できています。