見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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89.偶像天使

「よーし、よしよし。いい感じだぞこれ」

 

ウォッチポイント・アルファからやや離れた氷原で、トラルテクトリが躍動している。コックピット内のシオンは実に嬉しそうな表情を可愛らしい顔立ちに浮かべ、換装したパーツの使い心地を確かめていた。

 

ミドル・フラットウェルの伝手によりパーツは迅速に入手出来た。曰く、アーキバス系列企業の隠し倉庫を制圧したらしいのだが・・・・・・シオンはその言い分を全て信じているわけではない。しかし、追及する気も無かった。フラットウェルが自身の為に力を尽くしてくれたのは事実なのだから。

 

「機動力は想定通り・・・・・・ジェネレータの出力も見たいし、振り回してみるか。整備の人達に怒られない程度にしないと」

 

シミュレーターを使わずにトラルテクトリで出撃しているのは、新品のパーツが正しく駆動するかの検査と慣熟の為である。AC乗り達は卸したてのパーツはどこか固く、使いづらいと口を揃えて言う。感覚的なものだが、シオンもその例に漏れず新規のパーツはある程度使い込みたいタイプだ。故に、フラットウェルから許可を貰いこうして氷原を疾駆しているのである。

 

「加速力、いいなぁこれっ・・・・・・!」

 

アサルトブーストを起動し限界まで飛び続けるトラルテクトリ。大容量ジェネレータである三台は、そのとてつもない重量に見合うだけの性能をしているようだ。ブースタであるBUERZELも、アサルトブーストに特化しているだけあって良好な機動性を獲得出来ていた。

 

大きく立ち回りを変えぬまま純粋にACの性能を強化する。シオンの目論見は成功したようだ。氷原を思うままに駆け回り、その感覚とコックピットに伝わる振動、圧力を心身に叩き込んでいく。この辺りはシミュレーターで再現し切れない所だ。今の内に経験し、実戦に向けて落とし込んでおく必要がある。

 

ただ、その分消耗も激しい。疲労の蓄積を自覚したシオンは、拠点に連絡しそのまま帰還した。ガレージにトラルテクトリを収容した後、汗だくになった体をタオルで拭いながらコックピットを出る。

 

「お疲れ様でした。新規のジェネレータとブースタの調子はどうですか?」

 

「いやぁ、予想以上に良好だよ!フラットウェルさんに感謝しなきゃな」

 

整備士に満面の笑みを受け、力強く頷くシオン。と、別の整備士がドリンクのボトルを持って駆け寄ってくる。

 

「こちら、よければどうぞ!」

 

「お、おぅ。ありがとう」

 

尊敬の眼差しと共に差し出され、とりあえず受け取り水分を補給した。ここ最近、周囲のルビコニアン達はやけにシオンをおだててくる。正確には、ウォッチポイント・アルファの決戦を生き延びた辺りからだ。

 

事情を知らないルビコニアン達にとって、シオンはある種の偶像として受け止められている。前から似たようなことはあったが、最近は特に顕著だ。アーシルによると噂に尾ひれがついてとんでもないことになっているらしい。

 

が、シオン自身にそれを止める術は無い。口頭で否定しても謙遜と取られかねず、実際に多少の戦果は挙げているのだ。真実が混ざっている以上、尾ひれのついた噂を否定し切れなかった。ただ、一部からはまるで守護天使のように思われているというのには嫌な感じがしている。

 

この少女の肉体故というのもあるだろう。愛らしい見た目の上実力があり、ルビコンの為健気に戦い続けているとなれば人気が出るのも頷ける。しかし、それは偽りだ。シオンの中身は男である。だからこそ、周囲に語られる己とのギャップを激しく感じていた。

 

実力が評価されるのは正直に言って嬉しい。それに、シオンにとって解放戦線は最早帰るべき場所である。守る為に戦うのは当然のことだ。しかし、少女扱いされるのには未だに慣れなかった。具体的には居心地の悪さを覚えてしまっている。

 

何故か集まってきた整備士達に見送られ、ガレージを後にする。今日の予定は他に無し、ひとまずシャワーでも浴びようと通路を歩いていると、今のシオン以上に幼い少女が駆け寄ってきた。頬を紅潮させ、目をキラキラさせながら口を開く。

 

「あ、あの!シオン様、ですよね!」

 

「えっと、まぁ、そうだけど」

 

様付けに戸惑いながら返事をすると、少女は嬉しそうにはにかんだ。なんとなく罪悪感を覚えながらもひとまず話を聞いてみる。

 

「わ、わたし、シオン様を尊敬していて!いつかシオン様みたいに、ルビコンを守る為に戦いたいんです!」

 

その言葉に、シオンは目を見開いた。言っている意味は分かるが納得は出来ない。自分達が戦っている意味の一つは、彼女達のような次世代のルビコニアンが戦わなくてもいい世界を取り戻すことだからだ。熱狂すら感じる視線を受けながら、ゆっくりと口を開く。

 

「そう、か。それは嬉しいけど・・・・・・。えーっと、お嬢ちゃん、名前は?」

 

「は、はい、ミシェラと言います!」

 

「うん。ミシェラ、俺達がこうして戦っているのは、ミシェラや他のルビコニアンが戦わなくても生きていけるような世界にする為なんだ。それにさ、戦場で戦っているから俺が目立ってるだけで、他のルビコニアン達も戦っているんだぜ」

 

シオンの言葉を真剣に聞く少女・・・・・・ミシェラは、小首を傾げているようだ。年若い彼女には難しい話かもしれない。それでも、シオンは思っていること全てを伝えることにした。

 

「兵器の整備をする人や、料理を作る人、ミールワームを育てている人。ミシェラ達に物書きを教える人に、必要なものを必要な場所に運ぶ人。皆、俺と同じで戦ってるんだよ。そこに優劣・・・・・・えーっと、どれが一番偉いとかは無いんだ」

 

「で、でも、みんなはシオン様が凄いって・・・・・・」

 

「そんなこたぁ無い。俺は他のルビコニアンと同じで、懸命にやってるだけさ。例えば、そうだな。ミシェラ、何か得意なことはあるか?」

 

「え?えっと・・・・・・あ、編み物が好きで、お母さんに褒められたりはしてるけど・・・・・・」

 

おずおずと言うミシェラ。シオンはその返事ににっこりと笑って彼女の頭を撫でる。優しく、慈しむように指先が髪を梳いた。

 

「凄いじゃないか。俺はそういうことはさっぱりでなぁ。ミシェラは既に、俺には出来ないことが出来てるんだよ」

 

「でも、私は戦えないです。この星を守る為には、戦わないといけないって知ってます」

 

「そうだな。それは確かにそうだ。だけど、戦うだけじゃ人は生きていけない。ミシェラみたいな人もいないと、営みってのは続けられないから」

 

それは、シオンが解放戦線に拾われてから気付いたことだった。木っ端の独立傭兵として生きていた頃は、まるで理解していなかった真実。人は一人では生きられない。特に、戦乱と過酷な環境が渦巻くルビコンでは。

 

「例えば、今俺達が住んでる場所は昔のルビコニアン達が建設したんだ。住む場所が無いと俺達は死んじまう。ミールワームの飼育や兵器の整備もこれと同じでさ、えーっと・・・・・・つまり、俺達は支え合って生きてるんだよ。戦う奴が偉いなら、拠点を作る奴だって料理する奴だって偉い。その辺り、俺は平等だと思ってる」

 

「・・・・・・でも、私は強くなりたいんです。お父さんは戦って、死んじゃって。それからずっとお母さんは悲しそうで。だから、私が強くなれば、きっとお母さんも・・・・・・」

 

そう呟くミシェラの瞳は深い悲しみに満ちていた。幼さに似合わぬ表情に、シオンは言葉に詰まってしまう。自分程度の説得では彼女の悲しみを払うことは出来ないだろう。シオンはルビコニアンでは無く、戦場で家族の命が失われた痛みも知らない故に。

 

「そ、っか。だったら、うん・・・・・・とりあえず、もう少し大きくなるまでは一旦戦うことは忘れた方が良い。せめて俺くらいの歳にならないとな」

 

「・・・・・・」

 

縋るような視線がシオンを真っすぐに貫く。それは、今の彼には背負いきれないものだ。命を賭けて戦うよりも難しいかもしれない。他人の、それも幼子の人生を左右するのは。だが、ミシェラは答えを求めていた。直近の戦いの英雄であり、麗しい偶像であるシオンに、救いを求めているのだ。

 

「よし、分かった。もしミシェラが成長して、それでも考えが変わっていなかったら。その時は俺がミシェラの訓練をするよ。だから、それまで待っていてくれ。な?」

 

精一杯の笑顔を浮かべてミシェラの頭を再び撫でる。こんなのは欺瞞だと、シオンは当然理解していた。その場凌ぎの誤魔化しであると。それでも、彼にはこれしか思いつかなかった。目の前の少女をどうしたら救えるのか。そんな力は自分には無い。様々な感情を覆い隠し、シオンは微笑む。その顔はまるで天使のようだ。

 

「・・・・・・はい。分かりました。約束ですよ、シオン様。私を、強くしてください」

 

「おう。その為には、よく食べてよく寝ることだな!それに、勉強もちゃんとすること。頑張るんだぞ、ミシェラ」

 

歯の浮くような台詞に自己嫌悪に陥りながらも、ようやく笑みを見せたミシェラの手前この欺瞞を貫くしかない。彼女と別れるまで、シオンは偶像の仮面を被り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・はぁ」

 

シャワーを浴びた後、自室に戻ったシオンは着替えた後ベッドに寝転がり溜め息を吐く。浮かない顔の理由はさっきの一件だ。ミシェラに対して、浮ついた言葉で誤魔化してしまった。己の本心を隠し、彼女が望むような解答を与えてしまったのだ。

 

「やっぱ、駄目だよなぁ」

 

短期的に見れば悪いことではない。しかし、時を経ればいつか必ず破綻する。何よりも、シオンはミシェラのような幼子を戦場に向かわせたくはなかった。ルビコニアンとしての役目は他にもある。彼女に語った通り、人々の営みは戦士だけでは成り立たないのだから。

 

だとしたら、どうすればよかったのだろう?本音を伝えたとしてもミシェラは納得するはずが無い。結局はこれが最善だったのか。シオンはごろごろと寝返りを繰り返しながら考える。どれだけ考えても仕方の無いことだと理解しながら。

 

「あー・・・・・・それに、やっぱしんどいな。上等な人物として見られるのは」

 

そしてもう一つ。周囲の考えるシオンと実像の乖離は、やはり精神的に苦痛だった。偶像として祀り上げられても、己がそのようになれる訳でもない。無数のルビコニアン達はシオンを絶対的な力を持つ救世主のように語る。いっそそうであればよかったのにと、彼は拳を握り締めた。

 

「誤解はもう解けないだろうし、キッツいねぇ。ドルマヤンさんとかも同じなのかね」

 

ぶつぶつ呟いた後すぐに首を振る。帥父ドルマヤンの実力は直接目の当たりにしてきた。あれは風聞に偽り無しの戦士だ。いや、自分がそう思い込んでいるだけなのかもしれない。シオンが苦悩しているように、ドルマヤンも周囲が語る噂との乖離に苦しんでいるのかも。

 

「そりゃ無いか、って切り捨てると俺が救われないんだよな。あぁいや、そもそも意味が無いか。やめだやめ、アホ臭い」

 

鬱々とした思考を打ち切り、毛布を頭から被るシオン。今日はもう予定は無く、夕飯までは時間がある。ならば、疲労を取る為に寝るのが一番だ。ドロリとした感情に強引に蓋をして、ふて寝を決め込むことにする。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

眠れない。まだ昼下がりなので当然だ。シオンは毛布の中、どうにか薄暗い気分を吹き飛ばそうと新アセンのトラルテクトリを思い浮かべる。

 

実際に操縦した感じは最高だった。我ながら素晴らしいアセンブルである。追い縋れるだけの機動力と、追い続けられるEN容量。徹底的に距離を詰め、スタッガーからのチェーンソーを狙う。この戦い方にトラルテクトリがぴったり適応した感じだ。

 

後は武装か。チェーンソー以外の武装は火力に乏しい代わりに取り回しに優れている。このままでも十分だが、こちらの猪突猛進な戦術は完全に捌かれるとどうしようもない。何か、戦術に変化を付けられる搦め手めいた武装は無いものか。

 

「・・・・・・。うん、駄目だこれ」

 

シオンは眠ることを諦め、毛布から這い出してタブレットを手に取った。すぐにACのパーツカタログを開き、何か面白いものはないかと物色を始める。先ほどのことを忘れようとしているのもあるが、その眼差しは真剣かつ楽しげだ。

 

そして。シオンはタブレットとにらめっこし続け、結局寝落ちしてしまった。夕食に誘いに来たアーシルとツィイーが見たのは、タブレットに突っ伏しながら涎を垂らすシオンの寝顔。だらしないその姿は、ルビコニアンが噂する偶像とはとても思えない。苦笑を浮かべる二人に起こされるまでの間、穏やかな表情でぐうすかと眠り続けた。




621の翼はレイヴンから奪った借り物の翼ですが、シオンの翼は周囲に祀り上げられ空想と願望によって作られた偽りの翼です。蝋で固めた翼のようなものですね。体は借り物だけどね!
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