見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
仏頂面のフレディは、ポッド内にいるメッサムへ前置きも無く訊ねる。その視線は鋭く、僅かに疑念が滲んでいた。
「俺に用だという話だったが。一体なんだ?」
『そう慌てないでくれ、同志フレディ。少し話したいことがあってな。アーシルに頼んで君を呼び出してもらったんだ』
「・・・・・・お前が、俺に?」
フレディとメッサムは面識こそあるものの、取り立てて交友が深いわけでも無い。ほんの何回か作戦で協同した程度だ。何故わざわざ呼ばれたのか、フレディには見当もつかなかった。その雰囲気を感じ取ったのだろう、メッサムは微笑みながら言葉を続ける。
『確かに変かもな、別に俺は君と親しいわけでもないから。ただまぁ、ちゃんとした理由はある。まずは話を聞いちゃくれんか?』
「それは構わないが、簡潔に頼む。無駄に出来る時間は無いからな」
『全くその通りだ。じゃあ、早速本題にしよう。同志フレディ、君は最近焦りを感じているんじゃないか?』
その質問に、フレディは目を細めポッド内を睨んだ。図星ではあるが、何故彼がそれを知っているのか。
『先日の模擬戦を観戦していてな。見事なもんだった。シオンとツィイー、二人に勝ち切るとは』
「何が言いたい」
賞賛を無視して鋭く訊ねる。模擬戦の結果はメッサムの言う通り、狡猾に立ち回ったフレディの勝利で幕を閉じていた。先の模擬戦を見てフレディから焦りを感じ取ったのだろうか。剣呑な雰囲気を前に、メッサムはあくまで穏やかに言葉を紡いでいく。
『いや、俺も同じでな。この有様でリハビリも順調とは言えん。戦場に立てるようになるのはいつになるか、そもそも不可能じゃないかと気を揉む日々だ。まぁ、ようは傷の舐め合いさ。シオンとは親しいらしいが、だからこそ吐けない本音ってのもあるだろう?』
「・・・・・・。余計な世話だ。俺には必要無い」
つまり、この男はこちらを心配しているということか。語った通り、まともに戦えもしない有様で。反射的に怒りが湧き上がるが、目を閉じてそれを吞み込んだ。怒った所でどうにかなる話ではない。
「気持ちだけ受け取ろう。だが、俺のことは気にしないでくれ。メッサム、お前はお前のやるべきことに専心するべきだ」
『そう言うな、心に澱を溜め込むとロクなことにならん。そういう細かい積み重ねが戦場では命取りになる。ストレスから判断ミスをして死んでいく同志達を、嫌って程見てきたからな』
「ならば、現状自体が俺にとってはストレスだ。悪いが失礼させてもらう」
『待った。帥父が新たな弟子を取ったと聞いているが』
背を向けて立ち去ろうとするフレディに、メッサムは彼が反応するであろう話題を振った。心をかき回し、精神を揺さぶる一言を。予想通りフレディの足が止まる。
「・・・・・・それを、俺に聞いてどうするつもりだ?」
『さっき言った通りだ。傷の舐め合いだよ。なぁ、同志フレディ。あんただってここで潰れるのを望んじゃいないだろ?俺を利用すりゃあいい。愚痴のはけ口としちゃあ適当だ。深い仲でもねえしな』
荒っぽい口調に変わったメッサムは話し続けた。こちらの精神を逆撫でしようとしているのか、他の意図があるのか。推し量る前にフレディは振り返り、ポッド越しのニヤついた表情を睨みつける。
「安い挑発に軽口。何故そこまでするんだ、メッサム。俺に対して何を思っていようが構わないが、行動に移す理由が見当たらない。所詮は顔見知り程度の仲だろうに」
『ルビコンの為に戦う同志じゃねえか。それに、俺にとってもメリットはある。今のあんたと俺は、どうやら境遇が似ているからな』
「境遇だと?」
『共に歩もうとしていた者達に置いていかれる。そんな焦燥感を、俺達は共有出来るはずだ』
核心を突く言葉に顔をしかめるフレディ。やはり気付かれていたか。
「共有してどうなる。傷の舐め合いで和らぐわけも無い。時間の無駄だ」
『いや、こいつは建設的な提案だぜ。感情を腑分けして分析するって話だ。その為には多角的視点がいる。胸の奥につっかえてるんなら、いっそ腹落ちさせちまえばいい』
腕組みをして睨んでくるフレディに、メッサムは流暢に言葉を紡いでいく。曰く、焦燥感も自己嫌悪もそのままにせず、他者の意見も踏まえて解剖するのだと。納得のいく理由付けをして、理論として飲み込む。そうすれば、感情が戦場で枷になることも無くなるはずだ。
「・・・・・・。言いたいことは分かる。だが、本当に出来ると思っているのか?」
『何事もやってみなけりゃ始まらない。ただでさえ出遅れてるんだ、試せるものは試さなきゃな。それとも、ただがむしゃらに進み続けるか?まぁ言いたい事は全部言った、後はあんたが好きに決めてくれ、フレディ』
彼の語る言葉は本心だろう。直感的に気付いているフレディは、顔をポッドへぐいっと近付けた。強い意志が籠った瞳でメッサムを射抜く。
「成程な。お前は随分な食わせ物らしい。いいだろう、乗ってやる。俺の糧になるかどうか、見極めさせてもらおう」
『はっは、任せろ。これはあんただけじゃない、俺の為でもあるんだからな』
フレディとメッサム。現状に焦りを覚え、それでも尚足掻こうとする者同士の協力関係が成立した。全ては前に進む為。友や師と、轡を並べる為に。
ベイラム第三艦隊。主に企業の勢力圏外へ圧力をかけ、時にはその戦力を以て制圧することも辞さない精鋭部隊だ。数々の紛争や武力衝突を経験してきた彼らは、実戦の経験及び装備面の潤沢さからベイラム最強と称されている。
「我々をルビコンに・・・・・・?」
第三艦隊の司令長官、ルアラバは上層部からの命令に眉を顰めた。ルビコン3での大敗は聞き及んでいる。精鋭AC部隊であるレッドガンが離反したことも。しかし、だからといって虎の子の第三艦隊を出撃させる道理にはならないはずだ。
「その通りだ、ルアラバ長官。ルビコンの現地勢力及びレッドガンを放置したままではベイラムの威信に関わる。今後、企業内での裏切りが頻発しては空中分解の危機すらあり得るのだ」
「お言葉ですが、些か戦力が過剰かと。ルビコン3という僻地まで第三艦隊の全てを派遣させれば、補給の負担は莫大なものになります。さらに、他企業に情報が漏れるのは必至です。間隙を突かれますぞ」
「その辺りは問題無い。補給面はアーキバスが受け持つそうだ。既に、企業内外への発表準備もしている。ここで奴らが約定を果たさなければ全宇宙の信用を失うだろう。裏切りの心配は無い」
楽観的に過ぎる。目の前でふんぞり返っている上層部の男に失望を覚えつつ、いつものことだと思い直すルアラバ。こちらでアーキバスに探りを入れればいい。ベイラム上層部に、彼はなんの期待もしていなかった。
「であるならば、少々準備の期間を頂きたく。これ程の長期航行、及び大規模な出撃は10年来のことです。細部に至るまで万全を尽くさねば足元を掬われかねない」
「うむ。よしなに任せる。だが、そう案ずるな。所詮ルビコンの勢力は我々に比べて小規模だ。惑星封鎖機構の力が弱まり、本来の兵力を展開出来る我々が敗北するはずも無い」
立ち去る上層部の男を敬礼で見送り、彼が車に乗り立ち去った後でルアラバは微かに溜め息を吐いた。直近で敗北しているというのに、その自信はどこから来るのか。企業内政治に耽っている者の思考は理解出来ない。
「私だ。チャンベジ参謀長を長官室に呼んでくれ。至急の要件だ」
通信で配下に告げ、彼自身も長官室に向かう。長年の経験から、今回の作戦は面倒なことになると直感していた。何より、レッドガンを相手にしなければならないのだ。規模こそ違うものの、精強さでは第三艦隊とも引けを取らないあの荒くれ者共と。
レッドガンの離反は、ある意味ルアラバの想像通りだった。過酷な戦場に投入され続けている点は第三艦隊と同じだが、境遇が絶対的に違う。第三艦隊は新型の装備も積極的に回され、ベイラム本社からの評価も高い。対してレッドガンは、成り立ちの影響もあり上層部から明確に使い潰そうとされていた。
だが、まさかあの男が裏切るとは。G1ミシガン。木星戦争の英雄にして「歩く地獄」の異名を持つ男を、ルアラバは嫌いではなかった。むしろ好ましく思っている。同じ軍人として、実力も人柄も高く評価していた。
だからこそ、彼が裏切ったという事実には驚愕している。例え死地のど真ん中にいようとも裏切るような男ではないのだ。一体どのような理由があったのか。例によって上層部からの説明は無い。これも、作戦前に探らなければならないだろう。
そして、純粋にレッドガンの実力も脅威だ。こちらは艦隊、あちらはACとMTを主とした部隊の為単純な比較は出来ないが・・・・・・正面から物量任せに押し潰せる程甘い相手ではない。戦略を練り上げ、現場で死力を尽くす必要がある。と、
「お呼びですか、ルアラバ長官」
「あぁ、チャンベジ参謀長。丁度いいタイミングだ」
長官室の前、凛とした雰囲気を纏う女性と鉢合わせした。彼女こそが第三艦隊の参謀長、チャンベジである。その若さに似合わぬ役職はルアラバが直々に抜擢した故だ。才を持ちながら性別と年齢で冷遇されていた彼女を、司令長官の強権を以て拾い上げたのである。
「中で話すとしよう。今回は随分と骨が折れそうだ」
「毎回言っていますよ、長官。ともあれ、多少の事情は聞きかじっていますが」
ルアラバとチャンベジ。親と子程歳の離れた二人のことを、周囲は男女の仲ではないかと噂していた。無論あり得ない話だ。しかし、事実を切り取るとそう思われても仕方ない所はある。ルアラバはそれを承知でチャンベジを参謀長に据えている。彼女の優秀さは、そうするだけに値すると信じているからだ。
「さて。我ら第三艦隊に新たな任務が告げられた。目的はルビコン星系におけるルビコン3の制圧。エネルギー資源であるコーラルを確保し、裏切者であるレッドガンを殲滅せよとのことだ」
長官室の鍵を閉めたルアラバは、直立不動のチャンベジへと語りかける。彼女は微かに目を見開いた後肩をすくめた。
「変わりませんね、ベイラムは。絶対的な資本力に胡坐をかいている。旧態依然な体制が全ての癌だと、前々から分かり切っているというのに」
「そう言うな。上層部への批判はやめておけ。ここは完全防音だが、どこに耳があるか分からん。表向きは従順に振る舞えば余計な敵が増えることは無い」
直截な物言いに苦笑しつつたしなめる。チャンベジは物怖じしない性格で、己が正しいと思ったことは誰が相手でも貫き通す根性もある。だからこそ周囲との衝突も多いが、それくらいが第三艦隊の参謀長には相応しい。
「了解しました。それでは、詳しい内容をお聞かせください。長官の推測も込みでお願いします」
「あぁ。では、まず・・・・・・」
情報を共有し、二人は作戦の大枠を定めていく。そこにはベイラム上層部のような傲慢さや気の緩みは無い。現実を見据え、一切の妥協を排した軍人の姿があった。
戦いは数だよ。数に勝っている側が最適な戦術を採れば殆どは覆せません。まぁ、それでも覆すのがイレギュラーなんですが。