見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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93.悪魔の施し

「・・・・・・」

 

薄暗い部屋の中。満足に照明用の電力も使えない状況で、オキーフはコンソールを叩き続けていた。目の下には濃い隈が浮かんでおり、疲れ切った雰囲気を全身に纏っている。

 

ウォッチポイント・アルファでの大敗から数か月が経過した。アーキバス残存部隊は決死の思いで戦線を再構築、臨時拠点の要塞化を進めている。幸いにも解放戦線が攻めてくることは一度も無かった。しかし、窮状には変わらない。物資がとにかく足りていないのだ。

 

兵器の修理用機材に諸々のライフライン。弾薬に食料、果ては衣服まで。徹底的に切り詰めなければ持たない所まで追い詰められている。このままでは、星外に脱出する目途が立つ前に部隊が自壊しかねない。

 

脱出用の大型ロケットはなんとか形にはなっていた。ただ一つ、それを動かす大規模ジェネレータを除いて。ACや他の兵器から流用しようにも出力が足りない。複数積もうにも重量は既にギリギリで、根本的な解決にはならないのだ。

 

やってられない。そう思いながらも、オキーフは手を休めない。各セクションを管理し、死にかけている組織の延命を図っていた。こういう仕事は性に合わないが、他にやれる者もいない。せめてスネイルがいてくれれば。フロイトに連れ去られた後、居場所も分からない嫌味な上司の顔が頭をよぎった。

 

そもそも、何故フロイトは逃走したのか。あのAC狂いの考えることは何も分からない。もしあの二人が今もいたならば、状況は僅かにマシになっていたはずだ。それだけ、ヴェスパーのツートップは優秀だった。

 

「たらればを考えるとは。贅沢だな、どうにも」

 

そう呟いて無駄な思考を打ち切る。代わりにコンソールの横に手を伸ばし、すっかり冷めきったフィーカ・・・・・・コーヒーに口を付けた。苦く、不味い。眠気を覚ます為にひたすら濃く淹れたのだ、当然だろう。

 

目下、一番の問題は食糧事情だ。飯が無ければ人間は活動出来ない。辛うじて繋ぎ止めてきた部隊の規律が崩壊してしまう。ただでさえ極限まで切り詰めている状況だ、隊員達のストレスは既に限界のはず。

 

だが、既に食糧物資は底を尽きかけていた。もって後2、3週間。それまでに大規模ジェネレータを確保出来る見込みは無い。前にも後ろにも道が存在しない、どん詰まりだ。と、緊急の通信を告げる音が鳴った。相手は周辺の警戒を受け持っているV.Ⅷペイター。何か動きがあったのか。

 

「こちらV.Ⅲオキーフ。何があった」

 

『防衛線より報告、無人と思われる大型ドローンがこちらに向かっていることを確認しました。砲台の射程よりも手前で高度を下げ、着陸態勢に入っているようです。撃墜しますか?』

 

「いや、待て。映像を確認したい」

 

『了解、繋げます』

 

即座に送られてきた映像を確認すると、確かにペイターの言った通り大型のドローンのようだ。積載量と航続距離には優れるが、戦闘用ではないタイプのものか。分析する内にも、複数のドローンが次々と姿を現し着陸していく。そして、なんらかの荷物を分離させた後飛び立っていった。

 

『敵対行動のようには見えませんが・・・・・・解放戦線のエンブレムは視認出来ました。なんのつもりでしょうか?』

 

「・・・・・・」

 

嫌な予感が脳裏をよぎる。現状を鑑みて、解放戦線が打ってくる最悪の一手が思い浮かんだ。いや、しかしリスクは相応に高いはず。なんにせよ確かめなければならない。

 

「・・・・・・無人の作業用MTを向かわせろ。置いていった物体を確認する。ただし、映像を見るのは私とお前だけだ」

 

『了解しました。では、遠隔操縦は私が行います』

 

ペイターに命じ、とんとん拍子に状況が進んでいく。作業用MTは鈍重な動きで目的地に向かい、時間をかけつつ解放戦線のドローンが残した荷物まで辿り着いた。カメラアイから送られる映像を見つめるオキーフ。そこには危惧した通りのものが映っている。

 

「・・・・・・やはり。狡猾な手を使うものだ」

 

荷物の外装を慎重に剥がした中に入っていたのは、今アーキバスが喉から手が出る程欲しい食糧品の数々だった。先の大反攻により入手したらしいそれらは、元々は企業側の物資だ。ご丁寧にメッセージデータまで付けられている。その内容は、表面上はこちらを慮るものだ。

 

趨勢が決した今、解放戦線はこれ以上アーキバス残党に危害を加えないこと。戦場ではなく、餓えによる死者が出るのは人道的観点から見て耐え難いこと。その為、接収した一部の物資を返還すること。慇懃な文章でしたためられたそれには、帥淑ミドル・フラットウェルの名が記されていた。

 

解放戦線はこちらの窮状を見抜いているらしい。そして、今までルビコニアン達を散々苦しめてきた企業に救いの手を差し出すと。誰がどう考えても罠だ。それも、オキーフ達にとってもメリットがある罠の可能性が高い。

 

既に解放戦線のドローンがなんらかの荷物を投棄していったことは拠点内に知れ渡っている。当然だ、侵攻の可能性がある以上情報を伝達し戦闘態勢を整えなければならないのだから。そして、その荷物が食糧品だと分かった場合どうなるか。

 

まず浮かぶのは疑念だろう。何故ルビコニアンが我々に施すのか。毒を混ぜてあるかもしれない。そしてその次に、それでも今の飢餓よりはマシだという感情が湧き上がる。飲料水すら限界まで制限されている状況で平静を保てる人間は少ない。

 

最も恐ろしいのは。毒も何も混ざっておらず、隊員達が餓えを満たすことが出来た場合だ。もしかすれば、解放戦線は我らの降伏を受け入れてくれるかもしれない。そこまでいかずとも、士気や戦意は間違い無く鈍る。隊員達の大半は普通の人間なのだから。

 

例えば、今無人MTを遠隔操縦しているペイターならばなんの葛藤も抱かないだろう。食糧品に感謝しつつも、一切の躊躇無くルビコニアンと戦えるに違いない。だが、そんな者は圧倒的少数派だ。訓練に訓練を重ねた兵士と言えど、思想洗脳までは行っていない。それは捕虜にした敵対者に対し、再教育センターがしていた領分だ。

 

つまり、何が起きるか。降伏論の蔓延に戦意の低下、最悪組織としての規律が崩壊してしまう。たちが悪いのは、食糧品によって実際に窮地を脱してしまう点だ。飢餓に苛まれ組織が崩壊するよりも遥かにマシなのである。

 

無論、そうならない未来もある。規律を保ち続け、大型ロケットを完成させ脱出するのも不可能ではない。しかし、脱出してどうなるというのか。敗残の部隊に対するアーキバス上層部の「処罰」は過酷なものになるだろう。それは、末端の隊員に至るまで知っている。上層部はつい先日も、失態を犯したヴェスパーの次席隊長スネイルを処刑しようとしたのだから。

 

それならば、いっそ解放戦線に降ってしまった方が良い。そんな意見が拠点内に蔓延るのは目に見えている。何よりも、オキーフ自身が次善の選択であると判断してしまっているのだ。これを送ってきたミドル・フラットウェルは全て読み切っているのだろうか。あるいは、こちらを試している可能性すらある。

 

『オキーフ長官、内容物に異常は見られません。如何しましょう』

 

「・・・・・・」

 

『長官?』

 

「・・・・・・あぁ。輸送用の車両を回す、回収し精査するぞ。まずはそれからだ」

 

いっそ毒物でも発見されてほしい。そう願いつつも、空腹により痛む腹の疼きを抑えることは出来なかった。臨時の指揮官として、オキーフは一般隊員以上に食事を制限している。今日胃に入れたものは、栄養剤である錠剤三粒とコーヒー二杯のみ。そのコーヒーも、誰も飲まないから消費しているに過ぎない。無論、一日分の飲料水から差し引いて。

 

「城を攻めるは下策。心を攻めるは上策、か」

 

通信を切った状態で呟き、オキーフは画面に向き直り再びコンソールを叩き始める。いずれにせよ、判断するのは指揮官である自分の役目だ。とてつもなく重い責任から目を逸らさず、疲れ切った表情の男は務めを果たし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー・・・・・・」

 

輸送ヘリに揺られつつ静かに息を吐く。目的地はレッドガンの拠点、シオンはトラルテクトリのアセンを変更してから初の交流会に赴いていた。今回はアーシルやフレディはおらず、代わりにツィイーが同行している。フレディがついてこないのは意外だった。なんでも外せない用事があるらしいが・・・・・・。

 

「さて、今回は凄いことになりそうだ」

 

タブレットを操作し、先日のメッセージ群を確認する。即ち、対621に関するラスティ達とのやり取りだ。前回の交流会で圧倒的な実力を621をどうやって打倒するか。それが、交流会における目下の課題である。

 

無論、本来の目的は全員の実力向上及び連携の強化だ。それなのにこんな事態になっているのは、621が強過ぎたからである。まず彼女を超える。それが、シオン達の共通認識となっていた。

 

切っ掛けとなったのはイグアスだ。彼が激情と共に発破をかけたからこそ、他の者達の意志も統一された。もしも再びルビコン全土が戦場になるのであれば、621だけでは対処し切れない。彼女は一人なのだから。だからこそ、連携すれば彼女を打ち倒せる程度には強くならなくては。

 

「一応、戦術は立てたけど。こればっかりはやってみないと分からないよな」

 

「そうだね。レイヴンの戦いは映像で確認したけど、凄かった。私一人じゃ絶対に敵わない。企業の連中と協力するのは、癪だけどさ」

 

「すまん。堪えてくれよ、ツィイーさん。確かに、ベイラムに捕えられてたあんたにしたら納得出来ないだろうけど・・・・・・」

 

複雑な表情を浮かべるツィイーに、シオンは心配そうな視線を向ける。生粋のルビコニアンである彼女にとって、企業とはどれだけ憎んでも憎み足りたい仇敵である。それ故、今回の交流会に参加したいと頼まれた時はやや驚いたのだが・・・・・・。

 

「分かってるって。今はもうあいつらも仲間だ。全て水に流すのは無理だけど、それでも共に戦うことは出来るから。実際、レッドガンの離反が無かったらもっと多くのルビコニアンが死んでいたかもしれないし」

 

特に無理をしているような感じは無く、頷きながらツィイーは言う。しかし、シオンにはもう一つ不安の種があった。元V.Ⅳであるラスティのことである。ツィイーとラスティは古い馴染みらしいが、彼が解放戦線に戻ってきてから未だに言葉を交わしていないようだ。

 

シオンに出来ることは多くない。ただ、出来れば不和が起きないようにと願っていた。ツィイーとはもう随分と長い付き合いであり、ラスティも死地で共に戦ったことがある。二人の間にあるものが氷解するなら、それに越したことは無い。

 

「それならいいんだ。よし、それじゃあ到着する前に脳内でシミュレートしておくか。レイヴンさんを墜とすには、何をしてもやり過ぎってことにゃならないだろうしな」

 

「おっけー。えっと、まずは開始地点が・・・・・・」

 

ヘリに揺られつつ、シオンとツィイーは細かい部分まで詰めたシミュレーションを始める。熱の入った会話は、レッドガンの拠点に到着するまで続いた。




ペイターくん、どんな状況でもメンタル崩壊とかしなさそう。人生で一度も胃薬を飲む必要が無いタイプ。
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