見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか   作:てぬてぬ@TSF

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97.迷妄と信仰

厳めしい顔付きを崩さないまま、ハンドラー・ウォルターは拠点に降下してくるヘリを確認した。予定通りの時間だが、彼の顔色は冴えない。理由は一つ、621の状況である。

 

ヘリから降りてきた621は、スッラに車椅子を押されながらも満足気に見えた。無表情であっても気付く程度には彼女のことは理解している。つまり、今回の「交流会」は実りのある成果だったのだろう。

 

レッドガンの総長であるミシガンとの通話及び映像共有で、何があったのかは知っていた。4vs1、圧倒的不利な状況の模擬戦でも621は凄まじい力を示した。彼女曰く、「完全制御」という技術らしい。

 

脳深部に埋め込まれたコーラル管理デバイスを用いACの操縦を全てマニュアル入力で行う。言葉にすれば簡単だが、人間業ではあり得ない。一体621にどれ程の負担がかかっているのか、ウォルターには想像もつかなかった。

 

「帰還したぞ、ハンドラー・ウォルター」

 

彼が思案に暮れている内に、621とスッラは拠点内まで戻ってきたようだ。いつも通りの笑みを浮かべたまま、スッラが煽る様に言う。

 

「その顔色・・・・・・成程、状況は把握しているようだな。実際に見てどう思った?この犬の牙を。あるいは、愚かしい捨て身を」

 

【ただいま、ウォルター。ごめんなさい、少し無理をしちゃった】

 

次いで聞こえる621の言葉に、ウォルターは眉間の皴を深くした。彼女には無理をしているという自覚がある。その上であの振る舞いならば、多少厳しく接しなければならない。

 

「・・・・・・621。お前の実力を見誤っていたようだ。まさか、あれ程の切り札を隠しているとは」

 

【えっと、うん。前にも説明したけど、完全制御って言って】

 

「だが」

 

621の声を遮り、意識して低い声を出す。例え彼女がウォルターを救う為に奔走していようと、無理を通す理由にはならないのだ。管理出来ない力は予測不能な事態を招きかねない。情緒の育っていない621なら、猶更。

 

「負担を省みず無理を通した。それを、俺は許すことが出来ない。シミュレーターでない本当の戦場では命取りになりかねん」

 

感情的になっている。そう自覚しながらも、ウォルターは言葉を続けていく。既に使命は見る影も無く、友人達の遺志は果たせそうにない。彼には何も残っていないのだ。何故か。621が、全てを破壊してしまったからである。

 

自分が生きている理由をウォルターという男は見失っている。今縋れるものは、彼が621の飼い主であるということ。そして、彼女から生存を望まれていること。それだけだ。

 

「可能な限り危険は冒すな、621。少なくとも、俺が許可するまでは「完全制御」の使用を禁ずる」

 

【・・・・・・うん、分かった。ごめんなさい、ウォルター。それにありがとう、心配してくれて】

 

「・・・・・・」

 

621の素直な謝罪と感謝に何も言い返せず、ウォルターは踵を返した。621はどこまでも信じ慕ってくれている。だが、それは無知故だ。ウォルターが過去何をしていたかを知れば失望させてしまうに違いない。彼はずっと、そう思いこんでいた。

 

【待って、ウォルター】

 

機械音声に引き留められ首だけで振り返る。621の真っすぐで無垢な視線に晒され、彼は思わず逃げ出したくなった。自分には相応しくない。ここまでの信頼を、敬愛を向けられるに値する人間では無いのだ。

 

【私ね。今日、とても楽しかった。みんなが、私に向かってきてくれて。私が変で、他の人と違うのは分かってるんだ。だけど、みんなは手を伸ばしてくれた。それがとても嬉しくて、はしゃいじゃったのかもしれない】

 

「・・・・・・そう、か」

 

無邪気な621は、きっと今回の模擬戦で救われたのだろう。強さは時に孤独を招く。同じAC乗り達が己を打倒しようと尽力したのは、彼女にとっていい結果だ。そう冷静に分析しつつ、ウォルターは眩しそうに目を細める。

 

いずれ。いずれ、彼女が自身の元を離れる時は来る。ルビコンの争乱が鎮まった後か、あるいはそれ以前か・・・・・・どちらにしろ、このままではいられないのだ。621が手に入れるであろう普通の人生に、自分のような存在は必要無い。いや、いてはいけない。

 

だからこそ、今の報告は喜ばしかった。621を支えてくれる存在は他にもいる。きっと助けになってくれるはずだ。少なくとも、使命という灯火を捨て暗闇に迷っている自分よりは。

 

「事ここに来て、お前は相変わらずだな。ハンドラー・ウォルター。一人で抱え込み、全てを呑み込む。悪手であると気付いているだろうに」

 

「・・・・・・何が言いたい、スッラ」

 

後ろ向きな思考に囚われているウォルターに、スッラはいつもの調子で宣った。絡み付くような視線がウォルターの目を捉え、一切逸れないまま言葉が続く。

 

「この犬を最も信頼していないのはお前だ。ハンドラーの名が聞いて呆れる。用いることは出来ても、頼ることは出来ないとは。あの頃からまるで成長していないらしい」

 

「・・・・・・」

 

嫌味ったらしい粘ついた声は、しかし的を射ていた。ウォルターは621を信じ用いてきたが、頼れてはいない。頼るということは、己が背負い続けてきた重荷を621にも背負わせるということ。責任は全て自分にあるのだ、そんなことは許されない。

 

【スッラ。あまり、ウォルターに酷いことを言わないで】

 

「だが、事実だ。幼い犬には分からんだろうがな、お前の飼い主は自分で自分を縛るのがお好きなようだ。お前の意志を知りながら、残酷な話だと思わないか?」

 

「・・・・・・二人とも、下がれ。十分な休息を取るように」

 

逃げるように言い捨てて背を向ける。スッラの言葉は正しく、何も反論できない。自己嫌悪に精神を蝕まれながら、彼は逃げるように足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、凄い戦いだったみたいだね」

 

「いや、しんどかった。全員の力を使い果たしてようやく、って感じだったな」

 

解放戦線拠点、食堂。アーシルに労われたシオンは、言葉とは裏腹に爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

「ほんと凄かったよ、シオン。真っ先にやられちゃった私とは大違いだ」

 

「待った、ツィイーさん。あの時間稼ぎが無かったら最後の一手は届いてなかった。あそこでツィイーさんが囮になってくれたから、621さんを倒せたんだ。だからそんなこと言わないでくれよ」

 

自身と比べてやや顔色が暗いツィイーに向けて、シオンは力強く言う。実際彼はそう信じていた。全員が全力を出し尽くした結果、最後の一撃に繋がったのだと。

 

「チェーンソーが届くかどうかは本当にギリギリだった。届く確信も無かった。それでも届いたのは、ツィイーさんのお陰でもあるだろ。強引に距離を詰めてくれたからこそ、次のイグアスさん達に繋がったんだからさ」

 

「そう、だね。うん、その通りだ。私凄い!でも、もっと強くなりたいって気持ちには嘘つけないな。明日、時間ある時にシミュレーター付き合ってくれる?」

 

「勿論!こっちから頼もうかと思ってたくらいだ!まだまだ、今のトラルテクトリを100%乗りこなせてる気もしないし」

 

「二人とも、程々にね。ただでさえ激戦だったんだから、まずは疲労を抜いてからだ。せめてシミュレーターは明後日からにしてほしい」

 

アーシルがたしなめると、二人はややバツが悪そうに笑う。事実、シオンとツィイーは心身共にかなり消耗していた。621を相手取るのはそれ程の負担なのである。

 

「おーけー、おーけー。まずはちゃんと休むさ。実際かなり疲れたしな。言われた通り、シミュレーターは明後日からにするか」

 

「まぁ、うん。アーシルを心配させたくないしそうしよう。今日と明日はしっかり休むから、そんな怖い顔しないでよ」

 

「そ、そんな顔したつもりは無いんだけど・・・・・・」

 

そんなやり取りをしながらも、三人の間に流れる雰囲気は和やかだ。シオンが解放戦線に拾われてから相応の時間が経過したが、アーシル達とは良好な関係を維持出来ている。安らげる時間を他人と過ごせるのは得難いものだ。この肉体になる前を思い返し、孤独でない現状に笑みを零した。と、

 

「おっと、そろそろかな。ツィイーとシオンは座っていてくれ。二人の分も私が取ってくるよ」

 

配膳が始まり、食堂の一角に人が群がり始める。食糧事情は比較的安定してきた一方で、メニューを選べる程の余裕はまだ無い。日替わりの定食をルビコニアン全員が享受していた。

 

今日のメニューはミールワームと乾燥野菜の炒め物に、人工乳のクリームスープである。ミールワームはルビコン原生の生物だが、コーラルによって生育された個体は完全栄養食とされる程栄養価のバランスがいい。通常の調理の他、乾燥させ粉末状に加工した保存食もルビコニアンを支えてきた。

 

食堂に集うルビコニアン達の表情は明るい。企業に対する勝利は勿論喜ばしいが、何よりも餓えることが無いという事実は心にゆとりをもたらしていた。老若男女問わず十分な食事量を用意出来るのは、解放戦線にとって数十年振りの快挙なのである。

 

「さ、どうぞ。大盛りにしてもらってきたよ」

 

「ありがとう、アーシルさん」

 

三枚のプレートを器用に運んできたアーシルにお礼を言い、シオンは手を合わせたあと早速食べ始める。解放戦線に拾われてからずっと味わってきた慣れ親しんだ味。ミールワーム自体は決して美味しいとは言えないが、ルビコニアン達は乏しい調味料で可能な限り美味に仕上げるレシピを作り上げてきた。

 

「うん、やっぱ美味いな」

 

シオンはミールワーム料理を気に入っている。物理的にも心理的にも温かみを感じるからだ。正直、栄養補給用のエネルギーバーよりもミールワームの方が好みな程に。ルビコニアンが生きてきた歴史を己が糧にしているようにも思っていた。

 

食事をしながらも三人の団欒は続く。その様子を周囲のルビコニアン達は微笑ましそうに、あるいは敬愛を込めた表情で見つめていた。若き三人は次代のルビコンを率いていく存在だ。それに何より、シオンは偶像としての信仰を高め続けている。

 

元々解放戦線の戦士達の妹分だったツィイー、そして若いながらオペレートを含む後方支援に長けるアーシル。この二人は以前から可愛がられていた。しかし、シオンはツィイー達とは異なる。出自すら曖昧な愛らしい戦士のカリスマは、最早実情を無視して肥大化しているのだ。

 

シオン自身もそのことには気付いてはいる。しかし、その認識は甘かった。もしも彼が一声上げれば、解放戦線内部に新たな一派を作り上げかねない。それ程までに偽りの信仰を集めてしまっている事実を、理解出来ていなかった。

 

三人の楽しげな談笑。そして、周囲のルビコニアン達の秘めたる崇拝。危ういバランスを保ったまま、食事時の平穏は続くのだった。




ルビコン直送、ミールワームの缶詰を販売してほしい。その為には企業を駆逐しないと。頑張れシオン、お前が偶像だ。
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