見せてもらいましょう、借り物の体でどこまで飛べるか 作:てぬてぬ@TSF
「隊列を崩すなオールバニー!僚機が位置に着くまではフジツボのように張り付いていろ!サンガとセージアは前進、ケネベック班を援護!ここからだ、気合を入れろ役立たずども!」
苛烈な激を飛ばし部隊を指揮するのは、レッドガン総長であるG1、ミシガン。彼とレッドガン直属のMT部隊は、十数倍の戦力を誇る兵器群と相対していた。
『南南西より複数の四脚MTが接近中!ブレード持ちが一機、シールドとバズーカ持ちが二機です!』
「よく気付いたサマーラ!後退し誘引、囲んで叩け!ブレード持ちもシールド持ちも背部の装甲は薄い、ケツを蹴り上げてやれ!」
戦況は最悪に近い。拠点を包囲され防衛網は崩壊、設置型の砲台やミサイルといった援護も存在していなかった。ほぼ全方向から攻勢をかけられている中、ミシガンはMT部隊の状況を完璧に把握し指示を飛ばす。そのどれもが明瞭かつ的確だ。
だが。圧倒的な物量差に、レッドガンの戦力はじわじわと数を減らしていく。隊員の実力やミシガンの指揮に問題があったわけではない。単純に、十数倍の戦力を相手するのは不可能に近いのだ。ミシガン本人が戦場に出ているならまだしも、MT部隊だけでは凌ぎきれない。
そして十数分後。MT部隊は全滅し、戦闘シミュレーターは終了した。
「予想通りの有様だな。やはり、あれだけの数を相手には出来ないか」
ミシガンの傍らで戦闘を注視していたG2ナイルが、眉間に皴を寄せながら呟く。その言葉に頷きつつ立ち上がり、ミシガンは隊員達のいるシミュレーター室へと向かった。
「この結果は当然だ。今回のシミュレーターはこちらの全滅を前提に調整してある。想定した時間より二分半は長く持ちこたえたが」
横を歩くナイルに言い、ミシガンは年齢に見合わない力強い足取りで進んでいく。既にかなりの高齢だが気力体力共に些かの衰えも見られない。レッドガン部隊員の忠誠を一身に受ける男は、深い思慮と気迫に満ち溢れていた。
「ならばどうする。ベイラムの政治家共は第三艦隊を主軸に据えたと聞く。それを加味すれば、今回のシミュレーターの戦力は優しいくらいだぞ」
「だろうな。あそこの長官とは顔馴染みだ。油断や慢心をするような男ではない。つけ込む隙は、上層部が下手を打たなければ生まれん」
ブランチとエアが掴んだ企業の動静は、既に各組織のトップに伝えられている。ベイラムが第三艦隊をルビコンへ派遣すると決断し、アーキバスはベイラムを矢面に立たせて利を得ようとしている、と。
第三艦隊。ベイラムグループ内で最も強大、かつ経験豊富な精鋭である。本来ならばルビコン星系のような辺境に派遣されることはあり得ない。惑星封鎖機構の上部組織、宇宙政府軍とすらやり合える程の戦力なのだ。
レッドガンも精鋭とはいえ、規模の次元が違う。まともにやってはすり潰されるだけだ。必然の敗北を避ける為、ミシガンは色々と手を回しているが・・・・・・今はMT部隊を鍛えるのが先決だ。彼らはルビコンに来てから、戦力的に劣勢である解放戦線の相手に慣れてしまっている。このままでは話にならない。最低限、劣勢側の戦い方が出来るよう適応させなければ。
「上層部の思惑を誘引出来ればいいが・・・・・・既にパイプは途切れてしまっている、寝技には持ち込めない。いっそ解放戦線に助力を請うか?ミドル・フラットウェルは中々の食わせ物だ。こちらの知らない伝手を持っているかもしれんぞ」
「そちらは既に五花海が動いている。義体の件を鑑みれば奴が適任だ。無論、名は隠しているようだがな。ナイル、貴様には別のことを頼みたい」
ミシガンの視線を受け、ナイルは軽く頷いた。例えどのような頼みだとしても、この男からのものならば全霊で遂行してみせる。G1。歩く地獄。ミシガンという男に、彼は惚れこんでいるのだ。
「言ってくれ」
覚悟とは裏腹にあっさりとした返答のナイル。長い仲である二人の間に、無駄な言葉は不要だった。
「そうか。ならば・・・・・・かつてのV.Ⅰであるフロイト。及び連れ去られたV.Ⅱスネイル。未だルビコンから脱出していないだろう二名の身柄を追ってくれ。奴らがどこに潜伏しているか、把握しておく必要がある」
「・・・・・・暇だな。おいスネイル、何か面白いことは無いのか」
「黙っていなさい極潰し。お前と違いこちらは暇ではないのです」
いくつもの画面からの光で照らされている部屋の中。椅子に座りつつつまらなげに問いかけてくるフロイトに、スネイルは苛立ちを隠そうともせず言い返した。細くしなやかな指が絶え間なくコンソールを操作しているが、愛らしい顔立ちは不機嫌そうに歪んでいる。
「大体、全てはお前が原因だ。何故私がこのような・・・・・・」
「嫌ならあの時撃ち殺せばよかったんだ。ここにいる以上、お前の選択だろスネイル」
「チッ・・・・・・」
露骨な舌打ち。だが、フロイトの言葉にも一理あった。あの時。フロイトに向けて引き金を引く直前、スネイルは反射的に銃口を逸らしてしまった。何故そうしたのか、未だに自己分析出来ていない。
状況は最悪だ。企業からは逃亡犯として扱われ、設備の乏しい臨時拠点に籠る日々。元凶であるフロイトは呑気にワガママを宣い、挙句自身は少女の義体へと押し込められている。これを最悪と呼ばずしてなんと呼ぶのか。
だというのに、スネイルは情報収集及び物資調達の指揮を執り、フロイトが戦える場を整えようとしている。生来のワーカーホリック気質が原因か、何もせず無為に時が流れるのに耐えられなかったのだ。
既にルビコンはほぼ全てが解放戦線の支配下であり、こちらの存在を秘匿したまま動くのは困難を極める。だが、スネイルの能力はフロイトとは別方面に卓越していた。解放戦線の中でも足が付きづらい末端やドーザー勢力と小規模の取り引きを繰り返し、ゆっくりだが着実に物資や装備を収集している。
しかし、今のルビコンでフロイトが駆ける戦場は無い。趨勢は決しているのだ。後は星外に撤退した企業がどう対応するかだが・・・・・・現在の貧弱な情報網では、星外のことを知るのは不可能に近い。つまる所、先のことはまるで分からなかった。
「いいから大人しく戦闘シミュレーターでもしていなさい。それだけの電力は確保してあります」
「つまらんが、それしかないか。いい加減お前も付き合えよ。人が相手じゃないと腕が鈍って仕方ない」
「暇ではないと言ったはずです。アーキバスから逃亡したのは貴方の選択でしょう、フロイト。現状を呑み込みなさい」
先の言葉の意趣返しとばかりに言い放ち、スネイルはまだ文句を垂れているフロイトを無視することに決めた。事実、彼は多忙を極めている。睡眠時間は一日に2時間程。いくら義体による補助があるとはいえ、脳の大部分は生身のままだ。そして何より・・・・・・。
「折角の面が台無しだな。今のお前なら、アーキバスの奴らがスネイルだと信じるだろうさ。何せそっくりだ」
フロイトの言葉を無視しながらコンソールを叩く。実際、今のスネイルの表情は造形と比べて酷く不釣り合いだった。眉間には神経質そうな皴が刻まれ、目の下にはうっすらと隈が浮き上がっている。幼さを感じる義体というのもあり、痛々しさが強調されていた。
「大体、気にならないのか?俺は趣味じゃないが、中々よく出来てる造りじゃないか。フレームパーツを一新したようなものだ、慣熟訓練が必要じゃ・・・・・・」
「黙れと言っている」
鬱陶しく絡み続けてくるフロイトに吐き捨て、指で眉間を揉むスネイル。ストレスの種はまだある。それは今着ている服装だ。機能性を無視した装飾過多なデザインは、義体の所有者であった者の趣味だろう。そんなものを何故着続けているのか。単純な話、他に着る服が無いのである。
スネイルも含め、この秘匿拠点にいる人間は全てが成人だ。フロイトや彼についてきた整備士達の衣服は確保出来ていたが、少女の義体に合う衣服は備え付けの数着のみ。外部から集めようにも、子供服を入手出来るような伝手はどこにも無かった。
幾ら義体だろうと、常に裸体でいるのは体温管理に問題が出る。合理的だが苦渋の決断により、スネイルは人形に着せるような服を身に着けているのである。なんたる屈辱か。しかし、フロイトにはそんな常識も通用しないようだ。全ての認識がACに向かうAC狂いは、何度突き放されてもしつこく絡み続けてくる。
「そう言うなよ。今はまだ無理だが、いずれ自分用のACも組むつもりだろう?その体で扱うオープンフェイスはどんな乗り心地だろうな。その為にも、今の内に慣れとくべきだ。間違ってるか?」
「・・・・・・例えそうだとしても、優先順位というものがあります。フロイト、貴方が情報収集や物資調達を指揮するというなら話は別ですが」
耳元で囁いてくる顔を押しのけ睨みつける。この男は、AC以外のことは何もやる気が無い社会不適合者だ。当然他者の指揮など執れるはずも無い。フロイトが秀でているのはACに関してのみ。巷で言われているような天才ではなく、歪に伸びた異才なのである。
「ちぇっ。相変わらずつまらない奴だな。分かったよ、シミュレーターで我慢してやる。どうせ上の連中が動き出すまでの辛抱だ」
歴戦の直感か、フロイトは星外に追いやられた企業が何かしらの動きを見せるのを予見しているようだ。つくづく闘争に関しては鼻が利く。この男が言うのなら、あながち間違いでは無いだろう。そう判断したスネイルは情報収集の方向性を一部修正、星外の動きに反応しているであろう解放戦線へのハッキングにリソースを割くことにした。
レッドガンは綻びを見せず、ハンドラー・ウォルターの元には情報戦に長けたブランチがいる。ドーザーは全体的に脇が甘いが、シンダー・カーラはハッキングを逆手に取りこちらの居場所を探ってきかねない。その点、解放戦線は規模が大きい故に付け入る隙が大きいのだ。
いつのまにか姿を消したフロイトを気にも留めず、スネイルは精確かつ迅速に情報を取捨選択していく。それに並行し、ドーザーに扮し物資調達に向かっている人員への指揮も欠かさない。少女の義体に押し込められたとしても、かつてのV.Ⅱの力は衰えていないようだ。むしろ、追い詰められた状況を前にさらに磨きがかかっているようにも見える。
愛らしい顔立ちに少女趣味の服装、何より華奢で非力な肉体。それらを物ともせずスネイルは己の役目を全うする。企業から切り捨てられた上、破綻者である上司に振り回され続けているとしても。調整に調整を重ねた肉体を失い、肩書きすらも無くなった男は、それでも膝を折らなかった。
・・・・・・あるいは。目の前のタスクに没頭することで、自身が抱える矛盾や疑問から目をそらしているのかもしれない。真相は、スネイル本人にも分からなかった。
スネイルのTS尊厳破壊なんてなんぼあってもいいですからね。でもこいつ全然へこたれないな。流石企業。