釘崎野薔薇の頭の中には自称堕天使がいる 作:明月
『あのケーキ良くね?やっぱ今の季節はモンブランでしょ』
『今は夏だろ』
ケーキ屋のウィンドウの前で一人佇む少女がいた、名前を釘崎野薔薇という。
当然ながら店内では彼女は静かにしていて、会話自体はしているものの音を発する事はない。
そう、彼女は頭の中に住み着く何かと会話をしているのだ。
『まぁ季節云々はどうでもいいけどさ……。店員の肩のアレ、蝿頭だよね?早く払おうよ』
頭の中の声に言われずとも釘崎にはそれが見えていた、低級呪霊である蝿頭が。
だが彼女はモロモロの理由によりすぐに呪霊退治を行わなかった。
『私は客だぞ?いきなり店内で金槌出したら不審者どころか通報物だろ』
『じゃあどうするの?』
『ケーキ買った後帰り際に払う、そしたらすぐさま逃げればいい。我ながら完璧な作戦ね』
当然蝿頭を払うには店員の肩の上に金槌を振り抜かなかればならない、そうなれば店のブラックリスト入りは確実だろう。
だが釘崎にとってこの店は二度三度来る場所じゃない、東京へ向かう途中に偶然通りがかった駅内のケーキ屋なのだ、今後二度と店の人間と会う事はないだろう。
更に幸いな事に店内に客はいない、運が良ければ『なんだったんだあの人』で終わり通報されることはない筈だ。
『確かにいいアイデアだけどさ、金槌使う必要ある?蝿頭くらい素手でも払えるでしょ』
『あ』
そういえばそうだった相手は雑魚の中の雑魚、低級の中の低級である蝿頭なのだ、別に全力で攻撃を加える必要などはない。
いつも素手では払えない程強い呪霊を相手にしてきた釘崎の思考は、自然と『呪霊への攻撃には武器を使う』といった風になっていた、先入観である。
『えぇ……まぁ今気づいたんならいいけどさ。それにどっちにしろ会計済ませてからじゃないと払えないしやる事は変わらない、腕ブンブン振るのも変だしね。それで、ケーキどれにする?』
それから釘崎は頭の中の声と相談して、一つのケーキを選び出した。
それはシンプルな苺のショートケーキだった、最後までモンブランを食べたがってた頭の中の声は無視した。
駅の休憩スペースへ移動し、ケーキを頬張る釘崎。
『これ食べたら電車乗って……そしたらようやく東京!ザギンでシースー!スキヤキざんまいよ!』
『言葉のチョイスが古いよ現代女子高生。それで、実際は』
『ディズニー行きたい』
『それは千葉』
といった調子でいつもの如く仲のいい友達とするような会話をしながらショートケーキを食べていると、釘崎は幼い頃の事を思い出した。
『そういえばさ、オマエが最初私に話しかけた時のこと覚えてる?』
『あー懐かしいね。パニックになっておばあちゃんのところに行ったんだっけ』
『そう、誰かに呪われたのかと思って。でも結局オマエは呪術も何も関係ないただの声、堕天使を名乗る厨二病』
釘崎野薔薇のおばあちゃんは呪術師であり、釘崎野薔薇に呪術を教えた張本人でもある。
彼女から見て釘崎は全くの正常で、呪術による影響など微塵も見られず、つまり声の原因は釘崎の精神状況にある事を示していた。
その後釘崎は病院に連れて行かれたが、驚くべき事にそこでは二重人格の判定が出て、それ以来釘崎は他者に声の存在を話したことがない。
『別に厨二病じゃないんだけどなぁ……』
『堕天使が厨二病じゃなかったらなんなのよ』
『それは確かに、でもなんで今そんな昔の話を?』
『田舎にでかい病院なんてなくてバスで町まで行っただろ?町には村にはない店も建物もいっぱいあって、そこで買ったケーキの味に似てて……懐かしいわぁ』
釘崎の住んでいた場所は田舎である、だけど山の奥にあるとかではなくバス一本で町まで行ける程度の田舎だ。
町にだって時々出る、だけどそれは中学に上がってからの話。
当時小学生だった釘崎にとって、町というのはランドセルを買った時以来の場所であり、全てが新鮮に写ったのだった。
『ショートケーキの味なんてどこでも同じでは?』
東京という新しい場所に向かうテンションと、かつて街という目新しいものしかなかった場所に出たテンションが、偶然重なりあって生クリームの味をシンクロさせた。
若干一名空気の読めない自称堕天使がいたが、釘崎は気にせず思い出に浸っていた。
『……野薔薇、今すぐ走って逃げて』
『何よ』
『後方十メートルに呪霊の気配、しかも相当強い』
いつになく深刻な声に言われて後ろを見ると、そこには確かに呪霊がいた。
今までに見たことのない程悍ましい気配、だが釘崎は怯まなかった。
金槌を取り出し釘を持つ。
『何やってるの野薔薇!アレはカクが違う!見ただけでわかる!勝てない相手だ!』
「おい、そこのツギハギ」
一定の距離をとりつつ此方へ視線を向けてくる人型呪霊に声をかける。
『落ち着けよ堕天使、アイツずっと私を見てる。恐らく狙いは私、理由はわからないけどとにかく私。だったら逃げても追ってくるに違いないし、もし私じゃなかったら駅の人間が死ぬ』
『でも……!』
釘崎は思考する。
確かに見ただけでわかるほどに相手は呪力量も気配も凄まじい。
だがそれならば逃げても当然追いつかれるだろう、追いかけてこなかったとしても、その結果駅の人が殺されたのなら大惨事だ。
つまり、釘崎は話しかけるしかないのだ。
選択肢はそれしか残されていない。
「へぇ、俺が見えるんだ」
「なんだよ白々しい。明らかに私の事知ってる素振りしやがって」
「いやいや、俺が知ってるのは君だけど君じゃないよ」
ツギハギ面の人型呪霊と、釘崎野薔薇は向き合った。
「君さぁ、堕天使って知ってる?」