釘崎野薔薇の頭の中には自称堕天使がいる 作:明月
「堕天使には気をつけた方がいい」
それはとある日の夕暮れ、夏油と話していた時の事だった。
堕天使、西洋チックで呪術らしからぬ言葉に真人は首を傾げる。
「それも高専の術師?」
「いや、高専には所属していないフリーの術師だ。体制側でも呪詛師側でもない一匹狼さ。とは言っても彼はもう既に死んでいる、出会ったのならば最大限の警戒を持って対処に当たるべきだが、五条悟のように普段から気にする必要はない」
「死んでるのに遭遇する?」
「あぁ、そこが彼の最も奇妙で興味深いところだ。通常の場合降霊術などを除き生き返ることが無い死者、だが彼に限っては死後別の肉体に宿り新たな人生を送る可能性がある、可能性としてはごく僅かだけどね」
生まれ変わり、またはそれに準ずる事象を起こす術式を持っているのか?と真人は話を聞きながら推測していた。
或いは死後に魂のみを別の肉体に移す術式なのかもしれない、思考に耽る真人に夏油が声をかける。
「彼との縛りのせいで今言ったことについては詳しく話すわけにはいかない、君が堕天使を名乗る術師と出会ったなら逃げるべきだ」
真人は夏油の事を信用しているわけでは無い、いずれ『五条悟の対処』という利害関係が崩れれば殺し合うことになるだろう。
真人はそう確信していた。
だが、だからといって夏油から得られる情報全てが信用できない訳では無い。
現段階で夏油が此方を陥れる可能性もメリットもほとんどゼロだと言っていいだろう、故に真人は彼の言葉を信じる事にした。
「ま、今は特にリスクを犯す必要もないしね」
その時点での真人は堕天使に対する興味が殆ど無かった、計算高く狡猾な夏油に『自身の情報について詳しく他言しない縛り』を結ばせた存在という意味では多少好奇心を唆られてはいたが、今は自分の術式の深掘りの方が優先事項だったのだ。
少しばかりの日にちは流れた後。真人はとある駅で信じられない存在を見つけた。
一つの体に二つの魂、見たこともない存在。
片方は普通の、もう片方はドス黒い呪力を纏っている。
その時、夏油に言われた言葉が思い出された。
もしや堕天使とは他者の体に魂ごと寄生する存在ではないか?単に乗っ取るだけでなく共生する事ができるのではないか?と。
魂を扱う術式を持つ真人にとって、その女の存在は非常に興味深いものであった。
だから、見ていた。
「おい、そこのツギハギ」
少し経つと女は立ち上がって真人に対して悪い目付きで話しかけてきた。
「へぇ、俺が見えるんだ」
魂にばかり気を取られていたが、よく見てみれば女自身も呪力を纏っている、どう見ても自分に勝てるレベルではないがこの女も術師なのかと認識を改めた。
そしてさらに観察してみれば女の服は呪術高専の制服だった、これで女が体制側の術師と確定した。
真人は思考する。
堕天使は体制側ではない。だがこの女は体制側、様々な可能性が彼の脳をよぎる。
仮に寄生しているのであれば女はもう一つの魂の存在を知らない?俺を前にしてドス黒く大量の呪力を表に出さないという事は完全な共生ではないのか?
思考は止まらず答えは出ない、故に思い切って彼は尋ねてみる事にした。
「なんだよ白々しい。明らかに私の事知ってる素振りしやがって」
「いやいや、俺が知ってるのは君だけど君じゃないよ」
聞く事は、一つ。
「君さぁ、堕天使って知ってる?」
途端に、女の呪力が変化した。
弱々しい呪力は鳴りを潜め、もう一つのドス黒い呪力が表へと。
「あのさぁ、これでもずっと野薔薇には内緒にしてたんだよ?僕は呪術なんて知らない単なる人格だって……あぁクソ、一時的な乗っ取りは最終手段だと思ってたんだけどね」
魂が入れ替わった、敢えて表現するとしたらこれが最も適切だろう。
気配、呪力、口調、全てが入れ替わり目の前に気怠げなソレが現れた。
「……君が堕天使?」
「まぁ、YESって言っておこうか。そうだよ僕が堕天使だ、あくまで通称だけどね。それで、なんか用事でもあるの?」
真人はいつになくワクワクしていた。
目の前には堕天使、更に寄生の推測が合っていた場合魂を知覚している存在、実際に会敵してしまった以上興味を惹かれるのも当然と言えるだろう。
「用事?用事かぁ……あれ?」
だが改めて考えてみると、別に今この場で何かやれるというわけでもないのだ。
今はまだ自分の術式がどこまで通用するのかわかっていない状態、改造人間をストックする事を当面の目標にしているが今はまだそれが出来ていない。
その状態で夏油が危険視した術師とヤルのは得策とはとても言えないだろう、相手が魂を知覚している可能性があるとすれば尚更だ。
「特に無い……かな」
「えぇ……わざわざ緊急回避で入れ替わらせといてそれ?僕はヤベーのが野薔薇を殺しに来たと思ったから体の主導権を奪ったんだよ?勝手すぎじゃない?」
「ははっ、呪霊に道理を説くのかよ」
「まぁ、君はなんとなく呪霊の中でも話が通じそうだしね」
会話を重ねるにつれ、少しずつこちらをチラチラ見てくる人間が増えてきた。
普通の人間の目には制服着た女子高生が虚空に話しかけているようにしか映らない、だから今現状人の多い駅では目立ってしまっているわけだ。
これが酔っ払いだったら注目を浴びる事はなかっただろう、だが相手は一見では特に狂っているとも思えない少女なのだ、話しかけてくる気配こそ無いが、遠巻きに眺めてくる人間の数は増している。
いっそのこと何人か改造して武器にするか、そう思った真人だったが術師の前にいる事を自覚し直し自重した。
堕天使は体制側では無いらしいが、かといって目の前で人間を殺されて放置しておく程イイ性格の人間とは限らない。
「ふーん、意外と見る目あるじゃん。根拠とかあんの?」
「君がさっきまで右手に持っていて、今はポケットに仕舞っている詩集。それ、『雲の巨人』だろ?」
「お、もしかして知ってんの?」
「勿論だよ。かの高名な詩人である芥見下々の詩の中でも最高傑作と名高い物ばかりを収録した一冊、僕も野薔薇が寝てる間に読んでるんだよね」
雲の巨人。
それは平安時代の詩人である久保帯人の影響を多大に受けたと公言している詩人、芥見下々による詩が入った一冊だ。
有識者によれば同じく平安時代の詩人である冨樫に似た作風であり、久保帯人の影響はあまり見られないらしい。
「詩を嗜む呪霊なんて久しぶりに見たよ。ねぇ、
「──────!」
真人は驚愕していた、漏瑚や花御と違い自分は何の呪霊かが外見からではわかりにくい。
だと言うのに堕天使はたった数十秒の会話でそれを看破してみせたのだ。
不穏な気配を感じた真人は戦闘体制に入る。
「あー辞めてよね。野薔薇の体じゃ君に勝てるかどうかわからないんだ、できれば戦いたくない」
「そう言われて素直に俺が引くと思ってんの?」
「いやいや、別にそんな事は微塵も思ってないんだけどさ……まぁ同じ雲の巨人ファンって事で一つ」
数秒、思考する。
やりたいようにやるのが自分だと真人は自認している、だが自らの実力を履き違え無謀な行動を起こしてはやりたい事すら出来ない。
今の俺では分が悪い、そう判断した真人は一旦帰る事にした。
「じゃ、帰るよ。貸し一つって事で」
相手にペースを握られっぱなしってのは癪だったので、貸しを押し付けながら真人はそこから立ち去った。
後に残された堕天使は一人佇み、ため息をついた。
「……良かったぁ。特級相応なんて幻獣琥珀抜きプラス野薔薇ボディで勝てるわけないでしょ……適当な鎌掛けのつもりで言った人間の呪霊ってのもマジだったしさぁ……」
安堵の息を吐きながら、堕天使は一つ疑問を口にする。
「でも、誰が僕の事教えたんだろう。僕が堕天使だって知ってるのは羂索と裏梅と万と天使と……でもみんなもう死んじゃってるよなぁ」
堕天使、それ即ち堕天の使い。
平安の世に於いてそれが何を意味するかは、もはや言うまでもない。
雲の巨人は原作オマケページで芥見先生が昔書いていたと言っていた詩集の名前です。