クロスボウの弦の音。それを聞いた瞬間、
それが、あの時のものと重なって見えた。私が気をつけていれば生まれなかった傷。それを仲間に刻んでしまったあの時の矢が、今度は私を貫こうとしていた。
(これで、ようやく)
ようやく、何なのか。
あの子への贖罪か。それとも自分への罰か。あるいは、罪悪感からの解放か。馬鹿な感情で、感傷だ。こんなことで赦される訳がないのに。自分が同じようなことになって、あの子がどう考えるかくらい、少し考えれば分かるはずだった。でも、きっとそれから私は目を逸らしていた。
太矢が迫る。もう躱すことは出来ない。死の恐怖が背筋を撫でた。その時だった。
どん、と、空間を震わせるような音が光と共に私の目の前を灼いた。放たれた太矢が消し飛び、地面が焦げつくほどの熱量。それは空気を膨らませ、私の身体を後方へ吹き飛ばす。
身体を丸め、受け身を取る。衝撃を殺して、地面を転がっていく。何が起こったのか確認しようと顔を上げると、声が聞こえた。
「クルース、大丈夫だったか?」
見ると、トゥオーノさんが立っていた。手に持った剣はひび割れ、その隙間からさっき私が見た光が零れている。あの光は彼の剣によるものだったのだろうか。けれど、今はそれどころではない。
「トゥオーノさん、敵は!?」
「大丈夫だ」
立ち上がりながら、見る。彼が手にした剣には、血はついていない。先程まで射撃手が構えていた場所には溶け落ちたクロスボウと、胴体が大きく引き裂かれた死体があった。
「助けてくれたのぉ……?」
「……ああ」
彼は私から離れた場所にいた。にもかかわらず、おそらく彼は一瞬で私に放たれた矢を防ぎ、射撃手を斬った。アーツを使ったのだろうと推測できた。
申し訳ないと感じた。彼が感染者であることは知っていた。だから、そんな彼に下手をすると源石融合率を上げかねないアーツを使わせたことが申し訳なかった。
「ありがとう、トゥオーノさん」
「どういたしまして」
感謝を受けとる彼の表情は、不思議で言い表せなかった。
◇
医療班と、共に入ってきた処理班に捉えた連中や死体の処理を任せ、俺とクルースは一足先にロドスに戻るために車両に乗り込んだ。
助手席に剣を立て掛け、後部座席でクルースが一息ついたのを見てからエンジンをかける。車両全体が震え、わずかな熱を持つような感覚。これが意外と好きだった。
「じゃあ、帰るか。他の任務に行くなら送っていくが」
「ん~ん。次の任務はまだだから、一緒にロドスに帰るのでいいよ~」
「分かった」
アクセルを踏み込む。荒地にも対応したタイヤは細かな瓦礫などを難なく乗り越え、走り出す。ロドス本艦の数日の予測座標は事前に貰っているから、焦らずに走らせる。急がずとも数日で辿り着けるはずだった。
バックミラー越しに、後部座席のクルースの姿が見える。窓に頭を載せて、外の景色を眺めながら車両の振動を感じているように見える。閉じた目は何かを見ているのか、見ていないのか。
ぼーっとそれを眺めていて、ふと、彼女の目の下に微かな隈が見えた。何かで隠していたのだろうが、戦闘中に取れてしまったのだろう。
「隈があるが、眠れてないのか?」
「ん~?なんのこと~?」
「隠さなくてもいい。言いふらしたりはしない」
「……」
返答はなかった。無言は肯定と同義だった。
荒野の風が窓に吹きつけ、静かな車内にがたがたという音が聞こえた。古い車種だから仕方がないが、もう少し新型の導入も打診した方が良いかもしれない。
「眠れないんだぁ」
「それは今もクロスボウを手放してないのに関係があるのか?」
「まあねぇ。いろいろあってさ、物音が気になっちゃって」
「矢を射られた時の表情も、それが理由か」
「……」
クルースは矢を見て、安堵したような、自分を責めるような、そんな表情を浮かべていた。見覚えのある表情だった。戦場で長年の仲間を失った傭兵が陥る、自罰的な感情。それに近かった。
「まあ、お前が何を考えているかは分からないし、もしかしたら気の
「……そこまで気づいてて、助けてくれたのぁ?」
「人が死ぬのは、気分が悪い」
「そっかぁ」
呟くような声音だが、そこまで広くない車内では十分に聞こえる。クルースも何か納得したのか、それ以降は何も言わなかった。俺も何も言わずに、暫くハンドルと目の前だけに集中していた。
もう一話続きそうです。