おしゃべりしよう   作:渋音符

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クルースと 2

 

 クロスボウの弦の音。それを聞いた瞬間、咄嗟(とっさ)にその場を離れようと地面を蹴った。それがいけなかった。翻る視界の中で二射目の(やじり)が見えた。

 それが、あの時のものと重なって見えた。私が気をつけていれば生まれなかった傷。それを仲間に刻んでしまったあの時の矢が、今度は私を貫こうとしていた。

 

(これで、ようやく)

 

 ようやく、何なのか。

 あの子への贖罪か。それとも自分への罰か。あるいは、罪悪感からの解放か。馬鹿な感情で、感傷だ。こんなことで赦される訳がないのに。自分が同じようなことになって、あの子がどう考えるかくらい、少し考えれば分かるはずだった。でも、きっとそれから私は目を逸らしていた。

 太矢が迫る。もう躱すことは出来ない。死の恐怖が背筋を撫でた。その時だった。

 どん、と、空間を震わせるような音が光と共に私の目の前を灼いた。放たれた太矢が消し飛び、地面が焦げつくほどの熱量。それは空気を膨らませ、私の身体を後方へ吹き飛ばす。

 身体を丸め、受け身を取る。衝撃を殺して、地面を転がっていく。何が起こったのか確認しようと顔を上げると、声が聞こえた。

 

「クルース、大丈夫だったか?」

 

 見ると、トゥオーノさんが立っていた。手に持った剣はひび割れ、その隙間からさっき私が見た光が零れている。あの光は彼の剣によるものだったのだろうか。けれど、今はそれどころではない。

 

「トゥオーノさん、敵は!?」

「大丈夫だ」

 

 立ち上がりながら、見る。彼が手にした剣には、血はついていない。先程まで射撃手が構えていた場所には溶け落ちたクロスボウと、胴体が大きく引き裂かれた死体があった。

 

「助けてくれたのぉ……?」

「……ああ」

 

 彼は私から離れた場所にいた。にもかかわらず、おそらく彼は一瞬で私に放たれた矢を防ぎ、射撃手を斬った。アーツを使ったのだろうと推測できた。

 申し訳ないと感じた。彼が感染者であることは知っていた。だから、そんな彼に下手をすると源石融合率を上げかねないアーツを使わせたことが申し訳なかった。

 

「ありがとう、トゥオーノさん」

「どういたしまして」

 

 感謝を受けとる彼の表情は、不思議で言い表せなかった。

 

 

  ◇

 

 

 医療班と、共に入ってきた処理班に捉えた連中や死体の処理を任せ、俺とクルースは一足先にロドスに戻るために車両に乗り込んだ。

 助手席に剣を立て掛け、後部座席でクルースが一息ついたのを見てからエンジンをかける。車両全体が震え、わずかな熱を持つような感覚。これが意外と好きだった。

 

「じゃあ、帰るか。他の任務に行くなら送っていくが」

「ん~ん。次の任務はまだだから、一緒にロドスに帰るのでいいよ~」

「分かった」

 

 アクセルを踏み込む。荒地にも対応したタイヤは細かな瓦礫などを難なく乗り越え、走り出す。ロドス本艦の数日の予測座標は事前に貰っているから、焦らずに走らせる。急がずとも数日で辿り着けるはずだった。

 バックミラー越しに、後部座席のクルースの姿が見える。窓に頭を載せて、外の景色を眺めながら車両の振動を感じているように見える。閉じた目は何かを見ているのか、見ていないのか。

 ぼーっとそれを眺めていて、ふと、彼女の目の下に微かな隈が見えた。何かで隠していたのだろうが、戦闘中に取れてしまったのだろう。

 

「隈があるが、眠れてないのか?」

「ん~?なんのこと~?」

「隠さなくてもいい。言いふらしたりはしない」

「……」

 

 返答はなかった。無言は肯定と同義だった。

 荒野の風が窓に吹きつけ、静かな車内にがたがたという音が聞こえた。古い車種だから仕方がないが、もう少し新型の導入も打診した方が良いかもしれない。

 

「眠れないんだぁ」

「それは今もクロスボウを手放してないのに関係があるのか?」

「まあねぇ。いろいろあってさ、物音が気になっちゃって」

「矢を射られた時の表情も、それが理由か」

「……」

 

 クルースは矢を見て、安堵したような、自分を責めるような、そんな表情を浮かべていた。見覚えのある表情だった。戦場で長年の仲間を失った傭兵が陥る、自罰的な感情。それに近かった。

 

「まあ、お前が何を考えているかは分からないし、もしかしたら気の所為(せい)かもしれないけどさ」

「……そこまで気づいてて、助けてくれたのぁ?」

「人が死ぬのは、気分が悪い」

「そっかぁ」

 

 呟くような声音だが、そこまで広くない車内では十分に聞こえる。クルースも何か納得したのか、それ以降は何も言わなかった。俺も何も言わずに、暫くハンドルと目の前だけに集中していた。





もう一話続きそうです。
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