伏黒メグミがビナーに勝利したと同時刻にアビドス高校の一室で小鳥遊ホシノは目が覚める。
「…何時間寝たんですかね。」
自分が目につけていたアイマスクを取ると、枕元に置いておいた時計を見る。
既に自分が寝てからかなりの時間が経過しており、その事実がホシノに言いようもない鬱屈感を与える。
ふと、いい匂いがしてベッドの横に備えてある机に目を向けるとそこには手紙とちょっとした料理が置いてあった。
「『小鳥遊へ』…これ作ったの伏黒ですか。」
(意外と料理できるんですよねアイツ。というか手紙ってそんな原始的な…。)
そんなことを思いつつ、折りたたまれていた手紙を開き内容を確認する。
「『少しユメ先輩の提案で砂漠の旧オアシス方面へ行ってくる。』」
「『帰りが遅くなるかもしれない。アビドスにヘルメット団やらが攻めてくる可能性があるから』」
「『あとは、頼む。』、そう言われても私寝てたんですが。」
特に何か来た痕跡もありませんし、とあくびをしながら窓の外を見つめる。
そこにはいつも通りの砂まみれのプールや校舎があり、誰かが来たという痕跡は一切見当たらなかった。
だが、何か違和感を感じる。
(砂の量が…少ない?特に砂嵐が起こった様子もないのに。)
何かが起きている。そうホシノに予感させるには充分だった。
そして、早くもその予感は的中することとなる。
「なんですか、あれ?」
アビドス高校の敷地から遥か遠くから凄まじい速度でこちらへ向かってくる黒い点があった。
徐々に黒い点が輪郭を持ち、シルエットへと変わる。それの体格は人間のそれではなく、巨大な犬のようであった。その犬、玉犬は
何かはホシノにとって見慣れた姿であって、普段の彼女とは違いボロボロの死に体だった。
「…は?」
その姿を見たホシノは、困惑の声を漏らす。
ありえない、なぜ、といった考えがぐるぐると彼女の脳内を廻る。
玉犬が伏黒の命令を果たし、アビドスへ到着すると同時にホシノは駆け出す。
教室を飛び出し、廊下を抜けて、昇降口から外に出ると、そこには
「…ユメ先輩。」
玉犬には目もくれず、ホシノは彼女の手を握る。
だが、既にユメの手は氷のように冷たくなっており、ヘイローは消えていた。
それは生徒たちにとって確かな死を意味しており…。
それは、明確に疲労した彼女の心を苦痛に喘がせるには充分だった。
「…ぉぇ」
それと、同時刻。
ビナーとの決戦にて砂漠に倒れた伏黒を見つめるドローンが一機空中をホバリングしていた。
『クックック…!!素晴らしい!!実に素晴らしいですよ伏黒メグミ!!』
そのドローンから送られてくる映像を見て伏黒に対して惜しみない賞賛を送る異形が一人。
その異形の姿はいつかの水族館で伏黒と会ったスーツの男と同じものであった。
彼が所属している集団の名は『ゲマトリア』。生徒たちが持つ神秘などを研究し、来るべき決戦の日に備えている秘密組織だ。
そして、その中で彼は『黒服』と呼ばれている。
『やはり、彼とビナーを引き合わせたのは正解でした。ここまでの力を見せてくれるとは。』
一度、冷静になった彼は伏黒とビナーの戦闘を分析する。
映像を巻き戻し、繰り返し繰り返し見続け、分析・研究し、彼自身の起こしたこの一戦を眺め続ける。
その光景は研究者のそれであり、異常な好奇心が彼を突き動かしていた。
『ここですね。死にかけた彼は能力を大きく向上させている。』
『やはり、神秘とは逆の恐怖に近い力だから?あぁ!!インスピレーションが止まらない!!』
『なぜ?このような動物たちを使役している?なぜ?このように影を操れる?』
『なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?』
壊れた機械のように何度も繰り返し映像を見続け、彼の思考が一周した時、ついに次の行動へ移る。
あらかじめ、彼に施しておいた『マーキング』を利用して。
『さて、次は彼に恐怖の力を流し込んでみますか。』
『本来、キヴォトス最高の神秘である小鳥遊ホシノを利用してこの実験を進めるはずでしたが、まぁいいでしょう。』
『遠隔で注ぎ込めるような装置をゴルコンダからいただいてきて正解でした。』
ゴルコンダと呼ばれるゲマトリアの同志からもらった装置を使用して、遠隔で恐怖の力を注ぎ込む。
伏黒の体につけられたマーキングが光り輝き、彼に恐怖の力がゆっくりとしかし確実に注ぎ込まれていった。
「…。」
だが、彼は一切の変化を見せず、いまだ気絶した状態のまま動かなかった。
その様子に、黒服は少し訝しむ。ゴルコンダからもらったこの装置を使うのは今回が初めての試みだったため、失敗したか?と考えた。しかし、計器は確かに注ぎ込まれているということを示している。
『やはり、意識があったほうが実験しやすかったですかね?』
『それでは、カイザー辺りにでも彼を確保して連れてきてもらいますか。』
ポケットに収められていた携帯電話を手に取ってカイザーPMCへ電話をかけようと思った瞬間。
世界が、一変した。
『!?』
ゾクリとまるで氷のような冷たい空気が映像を見ていただけの彼の背中をなでる。
まさかと思い、コントローラーを操作してドローンのカメラを上に向けた。
空が黒く変色してそこには、形容し難い何かが
『色彩…!?なぜここに…?』
名を色彩。
ゲマトリアと同じくキヴォトスの外に属する存在であり、彼らの本来かつ最大の敵。これに対抗するためにゲマトリアたちは準備を進めていた。しかし。
『この到来は予想外ですね…!!…いや、まさか!!』
黒服には理解できた。この唐突な到来の理由が。
伏黒メグミだ。彼を求めてアレは到来したのだと。
色彩は、接触すれば神秘を恐怖へと反転させるとされ、見たものすら反転されるほどその力は強い。
アレが扱う力は伏黒と同様の
すなわち、強い
『アレがやろうとしていることはおそらく、伏黒メグミを新たな『嚮導者』として迎え入れること。』
『恐怖の力を扱う者。まさに嚮導者にうってつけの人物だ…!!』
『しかし、こんな状況ですら好奇心が刺激される自分に心底腹が立ちます…!!』
色彩が伏黒に接触する。すると、徐々に彼の体が変貌していった。
両目の目元に一つずつ新たな眼球が生み出され、全身に嚮導者の証として黒い印が刻まれる。
そして、嚮導者として変貌しつつある彼の周りに白いローブを着た司祭『無名の司祭』たちが現れる。
「本来、違う者を崇高として迎え入れるつもりであったが──────。」
「ここに色彩を導くことによって我々は『忘れられた神々』をこの世界から追放できるようになった。」
「ようやく、彼らは我々と同じ運命を辿る。」
「司祭は神を崇めるゆえに、崇高を手に入れることできる。」
「ここに、新たな崇高を迎える────。」
「貴様は『堕天』だ。すべての神々を『天から堕とす』のだ。」
司祭たちがそう呟いた後、色彩の力が伏黒に完全に馴染んだ。
そして、彼は堕天として司祭たちの傀儡となる──────。
その、時だった。
『ガコンッ』と何かが廻る音が鳴った。
──────それは、ずっと『適応』していた。
色彩が伏黒メグミに目を付けていたその時からずっと。
自分を害するものすべてに対してその方陣を廻し、適応し続けていた。
そして、六回目の適応でついに色彩に対して完全なる適応を完了する。
『式神』の名は八握剣異戒神将魔虚羅。
十種影法術最強の式神である。
「?」
謎の音にその場にいた無名の司祭、それを見ていた黒服が困惑する。
しかし、関係ないとばかりに司祭たちは傀儡となるはずの伏黒を見ると、未だ彼は気絶したままピクリとも動いていなかった。
その様子に司祭の一人が怪訝そうな仕草で伏黒に近づき彼の首に手をかけ持ち上げる。
「既にこと切れたか?起きろ堕天。」
そう司祭が言おうと一切の反応を示さない。
既に死んでしまったかと、司祭たちは少し残念そうにその場を去ろうとしたその時。
彼を掴んでいた司祭の腕が切られた。
「一秒やる。どけ。」
「!?」
全員が驚愕と共に恐怖を覚えた。先の伏黒メグミとは圧倒的に違う『何か』。
互いの一挙手一投足がすべて死因になり得る圧倒的な恐怖。
映像で見ている黒服ですら今自分が息をしているのかわからないほどの恐怖。
まさに災厄が目の前にいた。
髪をかき上げ顔面の印を見せつけるかのようにすると、その口が開いた。
「少々、頭が高いな。」
その言葉に、声に司祭たちは恐怖する。ゾクリと氷柱を背中に入れられたような感覚が彼らの全身を駆け巡り、全員がその場にひれ伏す。
頭上を『斬撃』が通り、近くの砂漠の丘へ斬られたような跡を付けた。
そして、自分の頭上を取る色彩に対して心底不快そうに顔を挙げると、彼の影から斬撃が飛ぶ。
「ほう?」
影から飛ばされた斬撃に彼の興味が惹かれると共に、色彩が切断された。
それと同時に色彩によって変色していた周囲の空が元に戻り、青い空が帰ってくる。
彼はその斬撃に対しておおよそのあたりを付けた。
「魔虚羅か。なるほど、適応していたな?」
自身が調伏していなくとも適応していたことに対して興味が湧くも、それを彼は後回しにし、目の前にひれ伏す愚か者に罰を与えるべく口を開く。
「さて、何か申し開きはあるか?」
「ッ…!!」
もはや色彩が切断された今、逃げることすらも叶わない司祭たちは傀儡となるはずだった男にいいようにされていることへ殺意が湧く。
彼らの顔面についている白い仮面の下でギリ…!!と歯を食いしばって怒る。
「お、驕るな──────!!」
「…。」
「理解できぬ──────!!なぜ貴様は嚮導者へ変貌しない!!?」
「…。」
「驕るな──────!!」
一通り司祭たちの怒りの声を聴き、ウザ、と断じると近くをホバリングしている黒服のドローンに斬撃を飛ばし、破壊する。
『ッ…、クックック!!素晴らしい!!流石です伏黒メグミ!!まさか色彩を退けるとは!!』
しかし、破壊されたとて黒服はまたも惜しみない賞賛を彼へ送るのだった。
一瞬、視線を外された司祭たちは即座に自分たちの傀儡の一つである『無名の守護者』を千体以上起動しそのすべてをこの場に召喚する。
「千体の名もなき守護者!!」
「いくら強かろうとその体ではこの数すべてを破壊することは不可能!!」
「貴様は、我々に敵対した選択を未来永劫後悔するだろう──────!!」
「はぁ、まぁいい。かかってこい、せいぜいこの俺を楽しませろ。」
無名の守護者の軍勢が彼へ襲い掛かる。しかし、彼はこの状況に対して喜悦の笑みを浮かべていた。
場面が切り替わる。
「…すみません、ユメ先輩。今はこんなベッドしかありませんでした。」
玉犬から『ヘイローが消えた』ユメを受け取って、ホシノは先ほど自分が眠っていたベッドへユメを寝かせる。玉犬は既に影になって溶けて消えており、この場にはユメとホシノの二人だけ。その二人の横に並ぶはずだった伏黒の姿はなく、静寂がホシノを包んでいた。
ヘイローが消えた彼女の姿をホシノは直視できず、目を逸らす。逸らした先の机にはついさっき食べた食事と紙が一枚。
それは、限界だった小鳥遊ホシノの心に一筋の希望を与えるのには充分すぎた。
それを読んだホシノは、弾かれたように駆け出す。
(そうだ!!まだ伏黒がいる!!)
駆ける。
(伏黒に、ちゃんと事情を聞いて…!!)
駆ける。
(それで、あの時の事を…謝って!!)
駆ける。
(やり直すんだ!!二人でも!!)
それが、既に意味がないとも知らずに。
「あれから二年の月日がたった。」
「私にも、後輩ができた。」
「いろんなことがあったんだ。」
「それを二人にも知ってほしいと思う。」
「次回、『WE R SPECIALZ』」
「ユメ先輩。伏黒。私はちゃんと先輩できてるのかなぁ?」