ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年9月(1)

 1954年9月

 

「行ってきます」

 敷島は松葉杖を左脇に抱えながら、玄関で見送る典子に告げた。

「お気をつけて」

 典子は微笑して、やっと退院して歩けるようになった敷島と、赤いランドセルを背負う明子を見送った。学校は夏休みが終わり、新学期に入っている。

 一人になった典子は、夫と兼用している部屋に入り、文机に向かった。その机は明子専用で、姿見の鏡も備えられており、化粧台を兼ねていた。

 引き出しを開けて一冊のノートを卓上に置いた。特に表題はないが、中身はすでに半分近く文字で埋まっていた。今まで見た悪夢の内容を、思い出せる限り書き留めておいたものだ。特に他意はなく、典子は夢日記を書き始めた。今までの夢は、全て暗く冷たい場所から始まる。あれはやはり深海だ、そうとしか考えられない。不気味な魚もたくさん見てきた。巨大なイカが前を通り過ぎたこともあった。そして耳障りな唸り声の後、心を見透かすような謎の声が聞こえだす。地獄の使者のようなおぞましい声。その声が語りかける時、いつも決まって人が死ぬ光景を見せられる。踏みつぶされる人、瓦礫と共に吹き飛ばされる人、そしてこの前見たのは、沈む船の中で脱出しようともがく男性を食い殺す場面。

 この悪夢はいつまで続くのだろう。せめて治療に活かせられないか、その思いも典子が夢日記を書く動機になった。だがまだ、この日記を他人には見せていない。夫の敷島にも。

「……はぁ」

 息をついた後、典子はノートを開いて万年筆を手に取り、先日見た夢のことを思い出して書き始めた。それは燃え盛る異国の町や、多くの軍艦に囲まれる光景。空中をパラシュートで移動中の外国人男性を食べる場面。そして、抱擁する男女目がけて熱線を吐く場面……万年筆を持つ典子の手は震えていたが、書き終えると少しだけ、ほんの少しだけだが気が紛れる。書き終えたノートを引き出しにしまうと、封印をした気分になれる。

 典子は黙々と、ペンを取り続けた。

 

 護衛艦「はるかぜ」は、相模湾沖を軸にして警戒監視活動を行っていた。

 ガイガーブイは東京湾、相模湾からと随時再設置と追加設置が行われ、首都防衛線の様相を呈していた。

 ハワイ襲撃以来、ゴジラの目撃情報はない。アメリカ海軍も血眼(ちまなこ)になって捜索をしていたが、レーダーに巨影が映ったと見るやすかさず艦砲射撃と魚雷を撃ち込み、倒したかと思われたそれは体長30メートルほどのシロナガスクジラだったという珍事もあった。それぐらいアメリカは神経質になり、ゴジラを追っていた。太平洋の楽園たるハワイを地獄に変えた怒り、さらに世界が誇る太平洋艦隊司令部を再建不能にまで陥れた怪物を、アメリカ国民は断じて赦さなかった。ホワイトハウスでは、ゴジラ討伐のために原子爆弾の使用を認める法案が提出され、賛否両論を巻き起こしている。たとえ否決となっても、最終的に大統領が命令すれば使用は可能となる。第三の原爆はゴジラに落とすのか、そういった見出しを載せた新聞は日米ともに飛ぶように売れた。アメリカ国民はそれを支持したが、日本国民は複雑だった。

「……もしゴジラが、また東京に来たら、アメリカはそれでも原爆を落とすつもりなんでしょうか」

 艦橋で監視活動を行っていた水島は、側にいた艦長の堀田にそう訊ねた。

「わからん。だが、可能性がないとも言えん。昨日の日米合同防衛会議でも、アメリカ側は全員怒りに満ちていた。どんな手段を使ってでもゴジラを倒そうと躍起になっている。たとえ他国の首都に出現しようと、彼らは爆弾のスイッチを押すかもしれんぐらいにな」

「……そうなったら、東京はまた焼け野原ですね」

「そうはさせんよ。東京はやっと、本当に復興したんだ。もうこれ以上、あそこを焦土にするわけにはいかん」

「……はいっ」

 水島は再び双眼鏡を手に取り、広大に広がる海原を見つめた。

 

「……どうです? 何か分かりそうですか?」

 顕微鏡を覗き込む植物学教授の佐々(さっさ)に、野田は進捗を訊いた。

「いやぁ、これは……すごいな」

 六十手前の佐々は、感嘆の声を漏らしながら顕微鏡を覗き続けていた。大戸島から持ち帰ったオニカブトを大学で調査してほしいとジェニスから頼まれた野田は、勇気を振り絞って一度も入ったことのない植物学研究室の扉をノックし、今まで面識のなかった植物学者の佐々にお願いをした。

 佐々は、快く応じてくれ、さらに名前は聞いていたが見たのは初めてというオニカブトにとても歓喜していた。

「何が、すごいんでしょうか」

「……見たこともない構造だ。名前からしてトリカブトとの関係種と思っていたが、どうも違うなこれは」

 やっと双眼鏡から目を離した佐々は、おもむろに立ち上がり、野田が持ち込んだオニカブトの葉を親指と人差し指でほんの少し千切り、研究室の隅に向かった。そこにはケージに入れられたネズミが飼育されていた。もちろん、ペットとしてではなく。

 佐々はケージの扉を開け、餌を入れる皿に野菜と一緒にトリカブトの破片を置いた。

「……さぁ、どうなる」

 二人はケージの中を覗き込んだ。ネズミは、皿に食べ物があると鼻をひくひくさせて感じ取り、佐々の思惑どおりに皿に向かった。そして餌を食べ始めた。一瞬のことだった、突然ネズミがガクンと動きを止め、そのまま動かなくなった。口元を見ると、泡が出ていた。

「おお、凄い……とんでもなく即効性がある毒だなこれは」

「ですね……あの、佐々教授。この毒素を解明することは出来ますか?」

「もちろんだとも。そろそろ定年近しという時に、これはまた、とんでもない偉業を残せるかもしれん。任せたまえ」

 佐々は自信に満ちた顔を見せ、野田は安心した。これでまたひとつ一歩に進めそうだと感じたが、ふとケージの中を見て、白目になって呆気なく死んだネズミに、哀れみを覚えて合掌した。

「すまない。だが、みんなが生き延びるためなんだ。許してくれ」

 

「……これが、オニカブト」

 東京大学医学部附属第三分院長の中島は、来客であるジェニスが持参した植物にしげしげと見入っていた。ジェニスの隣には加代が座っていた。

「ええ。江戸時代に島を襲った呉爾羅(ごじら)は、その植物で倒された。そうよねカヨ?」

「はい……あくまで、伝説ですけど」

 中島は二人の話に聞き耳を立てながら、大戸島固有種の植物をじっくり観察していた。

「ドクター、あなたにお願いがあるの。この植物を使って、あの痣の治療法を考えてくれない?」

「この植物を使ってですか?」

「ええ。あなたは以前、薬学部に在籍してたわよね? その経験を活かしてほしいの」

 中島の経歴は、同じ東京大学に勤務する野田に調べてもらっていた。中島は逡巡した。

「……はたして、効くかどうか」

「ええそうね、そういう反応をするのは分かってた。でも決断するなら早くしてほしいの。またいつゴジラが現れるか分からない今、出来ることは限られている。あいつには通常兵器は効かない、内側から攻撃するしかない。この植物は、数少ない我々の希望よ。それに、ここに収容されている患者たちをどうにかして救いたい想いは、私も共有してる。もしも再びゴジラが上陸して、再び黒い痣を持つ人が増えたら、どうする? もうここの病室は余裕がないと思うけど」

 中島は息をついて、考え込んだ。だがジェニスの真剣な眼差しと、弟を無念の死で失った加代の視線を感じ、覚悟したように呟いた。

「わかりました。大学の友人たちにも頼んで、研究させていただきます」

「ありがとうドクター」

 差し伸べられた手を、中島は快く握手をして応えた。

 

「敷島先生、ちょっとよろしいですか」

 職員室で仕事をしていた敷島に、教頭が声をかけた。

「来客です。あの、斎藤さんのお母様と息子くんが」

 敷島は松葉杖をつきながら、応接室に入った。私服姿の斎藤青年とその母親がソファに座っていたが、敷島が入室するとすぐに立ち上がった。

「先生……体、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。俺はしぶといんだ。お母様も、どうも」

「本当に、申し訳ございませんでした」

 母親は深々と頭を下げ、息子もそれに倣った。敷島は大丈夫ですと連呼して、二人を座らせた。敷島も向かい合って腰を下ろした。

「元気にしてたか? 新学期が始まっても顔を見せてないって聞いたから、心配したぞ」

「すいません……あの、実は引っ越すことになりまして」

 あの集会所での事件の後、斎藤青年の父親は暴行罪で逮捕され、今も警察の管理下にあった。その後、母親は離婚を決意し、先日やっと受理されたという。母親の腕には痣や傷があり、家庭でもあの男は暴力的な性格だったことを示していた。

「そうか……先生は、寂しくなるな」

「僕も先生の授業、大好きでした。先生のことも尊敬しています。でも父が、ああいう人だったので、あまり親しくなりすぎるのも怖くて……」

「……どこに引っ越すんだ?」

「北海道の函館です。母の実家があるので、そこに。海の物が美味しいので、いつか送ります」

「おいおい、そんなオヤジくさいこと言うなよ。お前はとにかく、自分の人生を頑張って生きろ。そして、お母さんを守るんだ。いいな?」

「はい。……あの、たまに手紙とか送ってもいいですか?」

「もちろんだよ、楽しみにしてる。必ず返事を書くから」

「ありがとうございます……今まで、ありがとうございました」

 後で知ったことだが、親子は他校への転入届を出すために来校し、可能なら敷島に会えないかと教頭に頼み込んだそうだった。

 校舎の玄関で二人の背中を見送った敷島は、たとえ学校を去ることになってしまっても、一人の学生を立ち直らせたことが出来たことに嬉しさを感じた。

 

 *

 

「おーい、あの小僧見なかったか?」

 港で出港準備をしていた秋津は、他の船の同僚に声をかけた。

「三郎かぁ? さぁ見てねぇなぁ」

「あの野郎、本当に飛びやがったのかぁ? ったく、しょうがねぇ」

 秋津はぼやきながら一人で準備を行い、スロットルを回して港を出た。

 国木田三郎(くにきだ さぶろう)を見習いとして雇ったのはちょうど一年ほど前のことで、海神作戦参加者である秋津を最初はヒーロー視して慕っていたが、月日が経つにつれて融通の利かない頑固親父だと判明した秋津に、段々生意気な口をきくようになった。もちろんその都度、秋津が一喝していたのは言うまでもない。

「……っけ、根性なしの若造がよぅ。こっちからお断りってんだ」

 怒り任せにスロットルを最大船速に上げ、沖合の漁場で一人作業を始めた。こういう時、機雷掃海艇「新生丸」に乗っていたことが恋しく感じられた。軍国少年もどきの水島、頭でっかちの野田、そして元戦闘機乗りの敷島。あの四人で機雷掃海をしていた頃は、危険もあったが楽しかった。

 そのうちあいつらとまた酒を酌み交わす席でも設けよう、そう考えていた時、海中から何かが浮上してくるのに気づいた。海面に浮かび上がったそれは、目玉と胃袋が飛び出しており、体の赤さから深海魚のユメカサゴだと秋津は見破った。漁をしているとたまにこんな姿で獲れたのをよく覚えている。だがこんな風に浮上してくることは、ない。

 ただひとつの事象を除いて。

「……おい、嘘だろ」

 不安は的中した。船の周りには次々と深海魚が浮上し、力なく漂った。その光景を秋津は7年前に小笠原諸島近海で目撃していた。奴が現れる前兆だと、敷島が教えてくれたことも。

 突如無線が鳴り、秋津はレシーバーを慌てて掴んだ。

(せい)さん! たったいま沖に設置してるガイガーブイが反応した!」

「ああ、こっちは船の周りが深海魚だらけだ! おい、役場と警察に知らせて警報鳴らせ!……んっ?」

 秋津は、船の前方600メートルほどの海上に、何かが姿を現したのを認めた。それは(さめ)背鰭(せびれ)、ではなかった。より大きく、黒く、棘のように何本も生えていた。それが「第二新生丸」目がけて近づいて来ている。

「奴だ、奴が現れた! こっちに来る!」

 レシーバーを置いてスロットルを回し、船を反転させて全速力を出した。ちらちらと後方を見ると、黒い背鰭は相変わらず第二新生丸を追いかけていた。秋津は冷や汗をかきながら、生存本能のおもむくままに船首を港に向け続けた。

 やがて港が見えてきたが、このまま奴を上陸させるわけにもいかない。秋津は正気を保っていた。上陸したゴジラが何をしでかすか……せっかく住み慣れた沼津の町を、死の町にするわけにはいかない。漁協の連中ともやっと仲間意識が生まれ、地理にも慣れ、居酒屋で良い感じになりつつある未亡人の女将さんだって出来た。全て無にしてなるものか。

 漁港の入り口手前で、秋津は舵を左に回した。後ろを見ると、背鰭は変わらず第二新生丸の船尾をつけていた。秋津はしめたとばかりにレシーバーを手に取った。

「おい、(やっこ)さんを港から遠ざける。警察でも海保でも自衛隊でもいいから、とにかく奴がまだ海にいて第二新生丸のケツについてるって報せろ!」

「わかった! 淸さん、死ぬんじゃねぇぞ!」

「バーカ、俺はあいつに殺されるのだけはまっぴらごめんなんだよ! とにかく頼んだぞ!」

 通信を終えると、再び舵を左に取って船首を沖に向けた。

「まったくてめぇとは、どこまでも離れられねぇなぁゴジラ!」

 

「緊急連絡! 沼津湾にガイガーブイの反応あり、ゴジラと思われる巨大生物が漁船を追っているとのことです」

 通信係の報告に、護衛艦「はるかぜ」の艦橋は騒然とした。やはり奴は日本を狙っていたのだと。

「艦長より達する。本艦はこれより沼津湾に向かう、総員かかれっ!」

 堀田の一声を受けて、乗組員たちは規律正しく行動し、「はるかぜ」は沼津湾に向けて進み始めた。

「砲雷科に告ぐ、ゴジラ接敵の際には全ての武器使用が認められている。主砲魚雷全ての武装を発動可能にしておくように!」

「追加情報です! ゴジラと思われる巨大生物が追っているのは、沼津港船籍の第二新生丸という船です!」

 通信係の続報を聞いた水島は、職務を忘れて呆然とした。

「て、艇長の船だ……」

 

 秋津が駆る第二新生丸は最大船速を出し続け、背後から追ってくる背鰭とのレースを続けていた。

「クソ野郎、顔も見せねぇのか! あぁ? バカにしてんのかてめぇ!」

 秋津は罵声を浴びせながら、再び沖合まで船を進めていた。ここでまた反転し、終わりの見えない追いかけっこは続いた。

「……クソっ、燃料満タンにしとくんだった」

 メーターは半分をすでに切っており、このまま最大船速を出し続けて航海できるのは、もって三十分がいいところだった。ただでさえ元が中古の漁船のため、エンジンも上等ではない。滅多に最大船速を出したこともなかった為、いつオーバーヒートを起こしてもおかしくはなかった。その時は海に飛び込むしかない。それで助かる保証もないが……

「んっ? ありゃぁ……」

 再び近づいてきた港の入り口から、一隻の大型船が出港していた。それは燃料補給のために停泊中だった捕鯨船「小林丸」だった。よく見ると、船首に誰かが立っていて、こちらに手を振っているようだった。

 秋津が戸惑い顔でその光景を見ていた時、無線が鳴りレシーバーを手に取った。

「船長ー! 生きてますかー!」

「あぁっ⁉ 小僧てめぇか?」

「そうですー! 船長、そのままこの船に向かってください!」

「バカ野郎! そんなことしたら衝突しておじゃんだろうが! てめぇ俺を殺す気か!」

「ギリギリで回避してください! 船長なら出来ますよね! その間に攻撃します!」

「攻撃だぁ? 捕鯨船に何が……おいまさか」

「そのまさかです! 捕鯨砲を撃ちます!」

「……バカ野郎! そんなもんで倒せるわけねぇだろ!」

「でも、他に船長を助ける方法ないんです! お願いです、言う通りにしてください!」

 三郎が必死に懇願する声に、秋津は逡巡した。後ろを見ると奴はすぐそこにいる。いつ食らいつかれてもおかしくない。秋津は、腹をくくった。

「これで死んだら一生恨んでやっからな」

「そのまま船首に直進してください!」

 通信を終えて、秋津はもうこの作戦に懸けるしか自分が生き延びる道はないと悟った。第二新生丸は全速力で、捕鯨船小林丸に向かった。

 小林丸の船首甲板では、二門の捕鯨砲に船員がそれぞれ配置され、平頭銛(へいとうもり)を砲身にセットした。従来の捕鯨銛は先端が尖っていたが、近年になって開発された平頭銛は、捕鯨をより円滑に行いやすくした、戦後日本が生んだ代物だった。さらに小林丸の捕鯨銛には電線が付いており、鯨に着弾すると船から高圧電流を流し仕留めることが出来た。

 その装備を今、ゴジラに向かって使おうとしている。どれだけの効果があるかは分からない。だが今は、それに懸けるしかなかった。

 段々と小林丸の船首が近づき、秋津はタイミングを見計らった。

「……今です船長っ!」

 小林丸の甲板から叫ぶ三郎の声を聞いた秋津は、思いきり舵を左に取った。第二新生丸を追おうとする背鰭もまた、体をスライドさせた。それがチャンスとばかりに、小林丸船首に備え付けられた捕鯨砲二門が発射され、二つとも標的に命中した。

「左右とも着弾! 電流放出開始!」

 船員が無線機で叫ぶと、小林丸の発電装置から放たれた高圧電流が電線を伝い、攻撃目標にすさまじい電流を流した。秋津はエンジンを止め後方を見遣った。

「やったか?」

 銛が撃ち込まれたその巨体は微動だにせず、高圧電流によるすさまじい電圧によって肉が焼けたようで、体から煙が上がっていた。

 やった、倒した……秋津は気張っていた力がストンと抜けて、床に座り込んだ。

 

 仲間の漁船に曳航されて帰港した秋津は、仲間たちから黄色い声援を受けた。

 だがまずは休みたい。もうへとへとだった。木箱の上に座った秋津に、漁協の職員がコーヒーを差し入れてくれた。もう二度と飲めないかと思った。

「船長、船長ー!」

 遠くから三郎が駆け寄り、息を切らしてへたりこんだ。

「よかったぁ、本当によかったぁ……」

「……助かった」

「それだけですかぁ? 他に言うことないんすか?」

「……だ、大体よぉ、オマエ仕事すっぽかしてたじゃねぇか」

「あ、それで怒ってんすか? 実は母ちゃんが具合悪くなって、病院行くのに付き添ってたんすよ。電話で連絡しようとしたら、もう船は出ちまったって言われて」

「……ああそうかよ」

 秋津はコーヒーを飲み干すと立ち上がり、三郎の頭を乱暴に撫でた。三郎は、まぁいいかと笑った。

「……それより、ありゃぁ何なんだ一体?」

 三郎も立ち上がって、秋津と同じ方角を見た。

 捕鯨船小林丸によって捕獲されたそれは、ゴジラではなかった。

 銛を引き上げて吊るされたそれは、巨大な黒い鮫だった。体長は20メートル近くあり、深海には巨大な鮫がゴロゴロいるらしいが、あんな背鰭を持つ種類はいないはずだった。

「……ゴジラザメ、っすかね」

「そんなもの、いてたまるかよ。大体なんでお前、あの捕鯨船に乗ってたんだ」

「そりゃぁ、この港で一番でかい船はあれだけだし、捕鯨砲も積んでるから何とかなるかなと思って、船長さんに頼み込んだんです」

「……あれがもし、本物のゴジラだったら、捕鯨砲なんかまるで役に立たねぇ」

「まぁいいじゃないすか、とにかく助かったんだし。ていうかアレ、どうするんすかね」

「俺が知るかよ。どうせ学者さんが調べに来るだろうよ」

 そのとき漁港の人間が声を上げた。

「おーい、護衛艦が来たぞー!」

 

 護衛艦「はるかぜ」は、沼津漁港の近くに停船した。すでにゴジラと思われる巨大生物は確保されたという報告を受け、事実確認のため内火艇を下ろしている最中だった。

「艦長、自分も行かせてください」

 水島が進言すると、堀田はそれを許可した。お互いにゴジラをよく知る者同士、ゴジラに関連することは何でもいいから情報を得たいのは同じ思いだった。

「おーい」

 その声は漁港の岸からで、色黒の漁師風体の男と、その子分らしい若者がいた。水島はすぐに気づいた。

「艇長ー! 無事だったんすねー!」

「遅ぇんだよこの野郎! こっちは死にかけたんだぞ! 早くこっち来い小僧っ!」

(こえ)ー……」

 水島以外の隊員たちはそのやり取りに失笑した。

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