ゴジラ+2.0   作:沼の人

11 / 33
1954年9月(2)

「……ってなわけでよぉ、俺が捕鯨船にぶつかる間一髪ってところで左に舵を取って、あのゴジラザメの胴体を捕鯨砲で撃ちやすくしてやったってわけだ!」

 酒がまわった秋津は声高らかに、先日のゴジラザメ遭遇体験を敷島たちに語った。

 七月ぶりに集結した新生丸メンバーたちは、敷島家で再び夕食会を催していた。

「しっかしまぁ驚きましたよ。まさか追いかけられてたのが艇長の船だったんだから」

 水島は笑いながら語った。服装は前回と変わらず灰色の制服で、彼なりのドレスコードらしかった。そのすぐ横に明子がちょこんと座っていた。

「このバカ野郎、来るのが(おせ)ぇんだよ。お前と違って俺は死んでも階級特進とかねぇんだぞ」

「またそれを言う。言っときますけどこっちだって全速力で急行したんすよ。艇長って聞いたらなおさら急ぎましたって」

「嘘だな、お前は俺に恨みがある。食われて死ねばいいってほくそえんだはずだ」

 もちろん冗談だが、どうしようもない親子喧嘩のような言い合いは終息の見込みがつかなかった。

「はいはいはい、もういい加減にしましょう。それよりも敷さんの心配もしましょうよ。まさか全身打撲に骨折までしてたなんて……」

「いやまぁ、面目(めんぼく)ない……でも骨はくっついてきてるんで、大丈夫です」

「お前よぉ、もう二度と典ちゃんと明ちゃん悲しませんじゃねぇぞ。お前も小僧と同じでバカだバーカ」

「まぁでも、生徒を案じてそこまでするなんて、教師の(かがみ)じゃないですか」

 敷島は苦笑して応じるばかりだった。

「なんでぇ……あっ、ところであのゴジラザメはその後どうなったんだよ、学者」

 ゴジラザメと呼称された正体不明の鮫型生物は、あのまま小林丸に積み込まれて東京に運ばれ、名だたる生物学者たちが集まって解剖が行われた。

「……不可思議なことに、胃にはほとんど内容物がなく、内臓も黒く変色していましたが、臓器に関してはほとんど普通の鮫と大差はなかったとのことです」

「バカ言えアレのどこが普通の鮫と大差ねぇだ。じゃあアノ背鰭はなんだってんだ」

「それについてはまだ調査中とのことで、詳しくは……」

「いずれにしろ、ゴジラの影響で生まれたのは、間違いないですよね?」

 敷島の問いに、野田は同意するように頷いた。

「それ以外は考えられないでしょう。7年前、我々は相模湾でゴジラを倒しました。その死骸は深海に落ち、そこに生息していた深海鮫に何かしらの影響を与えた……としか言えません」

「ってことはよぉ、これからもまだまだそんな化け物が海の中から姿を現すってのか? 冗談じゃねぇよ、おちおち漁なんか出来やしねぇ」

「あの生物はガイガーブイに反応していました。ということは高濃度の放射能を宿しているわけで、事前に探知することが可能です」

「だから、それでも何でも漁には邪魔だって言ってんだよ!」

「それを僕に言われても……」

 やるせないという空気が流れ、しばらく座は沈黙した。

「……水島さんは、いつかゴジラと戦うの?」

 沈黙を破ったのは明子だった。

「ああ、その時が来たら戦うよ。明ちゃんもみんなも守るからな」

 明子は頷いて、水島にぎゅっと抱きついた。

「おうおう、惚れられてんなぁ小僧」

「制服がかっこいいだけでしょう」

「いや、まいったなこりゃ……」

 水島が照れていると、ふと敷島夫妻の視線に気づいた。典子は微笑ましそうにこちらを見ていたが、敷島は何だか冷たい目をしていた。

「え、な、何だよ敷島」

「いや、別に」

「そうだ、おい学者ぁ。あのアメリカ女とはあれからどうなってんだ? 何か聞き出せたのか」

 秋津は思い出したように野田に問い詰めた。

「聞き出すも何も、いつもいつも振り回されてますよ。でも、悪い人ではありません」

「……とうとう出来ちゃった?」

 水島が耳打ちすると、うんざりするような顔をしながら首を振った。

「だから、そんなんじゃないってば。ただの同業者というか、破天荒極まりないというか……今は三人で暮らしてるし……あっ」

 その場にいた全員が野田に顔を向けた。

「おいおいおいおいおい、とうとう子供まで作っちまったのかよお前!」

「ち、違います違います! 誤解です!」

「何が誤解だてめぇ、(あら)(ざら)い吐きやがれぇ!」

 秋津が歌舞伎役者ばりに啖呵(たんか)を吐くと、野田は観念して白状した。

「……大戸島の虐殺、みなさんもご存知でしょう。僕と、その同居する女性とで調査に行ったんです。まぁ行こうと決めたのは彼女でしたが……とにかく行ったんです。その島で唯一の生存者をたまたま見つけたんですが、身寄りもなかったのでウチで保護してるんです。それだけですそれだけ」

「ちょっと待て、オマエあの島に行ったのか? あれ原因は一体何だったんだ?」

 秋津の問いに、野田は言葉に窮した。あの島での虐殺は、未だに謎が多い事件として世間に認知されている。そしてあの、山本佐吉だった怪物の存在は、公表されていない。この国お得意の箝口令(かんこうれい)が布かれているからだ。

「おい、オマエ何か知ってるだろ。教えろ」

「……」

「野田さん、俺たち仲間だろ? あのチンケな新生丸に乗ってた仲間だろ?」

「チンケで悪かったな小僧」

「野田さん、教えてくれませんか?」

 最後は敷島の熱い視線に根負けし、野田は「どうか、他言無用で」と前置きをしてから、島で起きた惨劇の真相の一部始終を皆に話した。

 

「……黒い痣を持った男が、怪物になった? マジかよ……」

 秋津は呆然として、酒を飲む手も止まっていた。

「そんな……」

 呟いたのは典子だった。この場にいる者は全員知っている、典子の首筋に黒い痣があることを。典子は首の痣を触りながら、悲観に満ちた顔をした。

「ああでもでもでも、痣のある人がみんなそうなるっていう証拠はどこにもありません! それに、島で突然変異を起こした青年は、7年前東京にいなかったんです。つまり新たに黒い痣が体に現れて、変異が起きてしまった。典子さんの痣とは、種類が違うはずです」

「まぁた憶測かよ、お前はいつもそうだな」

「私は、少しでも典子さんに安心してもらいたくて説明してるんです! それに……東京の或る病院では、典子さんのように銀座で生還し、そして黒い痣を持った人たちが入院している施設があります。そこには、怪物になってる人はいません。だから、どうか悲観的にならないでください。今、どうにか治療法を作れないか研究してるんです」

「本当ですか?」

 敷島が身を乗り出した。野田は頷いた。

「大戸島には、オニカブトという固有種の植物が生えてるんです。江戸時代、今のゴジラではなく、オリジナルの呉爾羅(ごじら)が上陸した時、島の人々はその草を生贄にした女性に持たせて、呉爾羅を倒したんです。ということは、きっとゴジラにも効く。僕とジェニーさんはそう考えて、いま行動している最中なんです。まだまだ未解明なことが多すぎて、すぐに形に出来るかは分かりません。でも出来る限りのことをしていることは、みなさんにも分かってほしいんです!」

 野田の熱弁に、全員は黙った。野田は滅多に感情的にならない男、そしてなる時は大きな覚悟を決めた時だと、秋津、水島、敷島はよく知っていた。

「……それは、兵器に転用できるのか?」

 水島が訊ねた。

「今のところ、その植物の毒素解明が急務になってる。その毒素さえ解明できれば、兵器にも使える。それをゴジラの体内に入れれば、勝機は見えると思う」

「わかった。俺がいま乗ってる艦の艦長は、あの堀田さんだ。あの人は上にも顔が広い。研究が進んだら、いつでも連絡してくれ。手を貸す」

「……ありがとう、水島君」

「俺は何か出来ることあるか? 学者」

「そうですね……もしゴジラのような奇妙な深海魚を見つけたら、報告してもらえると助かります。ガイガーカウンターを使えば、それがゴジラの影響を受けたものかどうか分かるはずです」

「わかった、やってやる」

「俺は、何か手伝えることありますか? 野田さん」

「敷さん、あなたは典子さんの側にいてあげてください。今あなたが出来る最善のことは、典子さんを不安から守ってあげることです。それが出来るのは、敷さんしかいない」

 野田に諭された敷島は、典子と顔を見合わせた。典子もそれを望むように、穏やかな目を向けていた。

「明子もいるよー」

 場を和ませたのは明子の声だった。

「そうだな。明ちゃんもお母さんのこと、しっかり守ってやるんだぞ」

 水島に頭を撫でられた明子は、とても嬉しそうに笑っていた。それを見つめる敷島夫妻も、柔和な笑顔を取り戻していた。

 

 野田が新生丸メンバーたちと会っている間、ジェニスと加代は銀座のレストランにいた。

「こんな所で食事するの、もしかして人生初じゃない?」

「ええ。都会に来たのも、実は初めてなんです。せいぜい船から行ける港町ぐらいですから」

「そのドレス、よく似合ってるわ」

 加代は最近流行しているドット柄の落下傘ドレスを着ていた。胸のところにはリボンがあしらわれ、足には黒いハイヒール、どこからどう見ても離島出身の女性とは思えない華やかさがあった。この服を着てジェニスと銀座を歩いていた時、何人もの人に振り向かれた。あんな体験も初めてだった。

「こんな一張羅みたいな服、高かったんじゃないですか?」

「あなたの心の傷に比べれば安い方よ。それにお金のことなら心配しないで、私は島をいくつか買えるぐらい貯金があるから」

 二人は銀座の夜景を臨む窓辺の席に座りながら、向かい合って笑った。ウェイターがグラスを持ってきて、赤ワインが注がれた。

「何に乾杯する? 今日のショッピング? それとも、私たちとの出逢い?」

「じゃあ、出逢いで」

 加代は気恥ずかしそうにグラスを持ちながら、ジェニスと乾杯をした。加代は生まれて初めて飲んだ洋酒の味にびっくりしながら、こんな美味しいお酒があるんだと味わいながら飲んだ。

「たまには息抜きも必要だものね。今日は女二人でデートが出来て楽しかったわ」

「で、デートだなんてそんな……」

「恥ずかしがるあなたも可愛いわ」

 加代は照れた顔をしたが、真剣な目をしてジェニスに語りかけた。

「本当、野田さんとジェニスさんには感謝しかないです。私を救出してくれて、一人ぼっちだった私を匿ってくれて……本当、ありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらも同じよ。ゴジラに対抗できる手段をあなたは教えてくれた。上手くいけば、この国だけじゃない、世界を救うことにだってなるのよ? ゴジラを倒した暁には、その年のノーベル平和賞はあなたで決まりね」

「そんな大袈裟な……でも、上手くいくといいんですけど」

「大丈夫よ。この国の学者は合衆国に引けを取らないぐらい頭がいい。ミスター・ノダだってそうよ。彼の独創的な作戦で、一度はゴジラを倒したんだから」

 ウェイターがパスタを運んできて、ジェニスはフォークとスプーンを手に取った。加代は一度も食べたことのない麺類を、ジェニスの食べ方を見ながら真似をして食した。とても美味しかった。

「本当嬉しいわ、あなたとこうして食事が出来て。パパもきっと喜んでると思う」

「……お父様は?」

「7年前、ここで命を落とした。遺体は見つかってないけど、これだけ見つかった」

 ジェニスは手帳に挟んでいたアメリカ陸軍少将の肩章を加代に見せた。

「軍人さんだったんですね。……どんな人だったんですか?」

「とっても優しい、最高の人。願いを何でも叶えてくれる魔法使いみたいな人だったわ。もちろん限度はあったけどね、怒る時もあったし。……あの日、銀座の時計店で腕時計を品定めしてた時に、パパはゴジラの災害に巻き込まれた。私が時計をねだりさえしなかったら……そう思うと、やるせないわ」

「……私の父は、厳格でしたけど、それ以上に優しい面もありました。夫と口論になった時も、いつも私の味方をしてくれたり。子供の時も、船で町に行ったらいつも何か買ってくれた」

「何だか似てるわね、私たち」

 二人は見つめ合って微笑んだ。人種も国籍も違っていても、何か心が通い合う特別な感情を二人は共有していた。

「……あの、これから先、何か私に出来ることってありますか? 私は野田さんとジェニスさんみたいに頭が良いわけじゃないし、せいぜい島にまつわる話ぐらいしか出来ないですけど……お役に立ちたいんです」

「じゃあ、家事をしてくれると大助かりね。見てのとおり私は主婦には向かない粗暴な女だし、ミスター・ノダも最近は料理に凝ってるけど、レパートリーは少ない……どうかしら?」

「それでお役に立てるなら、精一杯がんばります」

「それと、ひとつだけお願いがあるわ」

 ジェニスはフォークを持つ加代の手を取りながら言った。

「私のことはジェニーって呼んでほしいの。私は親しい人にそう呼ばれるのが何より好きなの」

 加代は食器を置いて、自分からもジェニスの手を取りながら呟いた。

「……ジェニーさん」

 ジェニスは柔和な笑みを浮かべて、加代の手と指を絡ませた。加代もまた同じように指を絡ませて、二人はしばらく見つめ合った。

 

 *

 

 夏の暑さがまだ残る本州よりも過ごしやすい気温に包まれた函館では、香山真彦(かやま まさひこ)が友人たちと談笑しながら海沿いの道を歩いていた。

 転校、しかもあのゴジラ災害で壊滅し放射能で汚染された東京から来たということで、多少なりとも真彦はいじめに遭うことを覚悟していた。だが予想に反し、クラスメイトたちは一様に温和で、東京とはどんなところなのかをしきりに質問してきたり、さらに真彦の従兄弟もたまたま同級生にいたので、学校生活は順調だった。母親は地元の百貨店に就職が決まり、生活に困ることもなく真彦は日々を過ごしていた。

 この日は学友たちと海岸で海釣りをする予定だった。そこは彼らにとって穴場の釣り場で、かつて海軍の特攻兵器基地だったという洞窟があり、今では地元少年たちの秘密基地と化していた。兵器類はすべて撤去されていたが、机やロッカーなどがわずかに残されていて、そこに彼らは竿などの道具を置いていた。

「イカ釣れたらいいな。釣れたらみんなで食べるべ」

 リーダー格である真彦の従兄弟はロッカーから出した竿を真彦に手渡した。釣りは初心者だったが、友人たちと一緒にやるうちにコツをつかみ始めていた。

 彼らは海岸の岩場で釣りを始めた。波風が心地よく吹き抜け、真彦はここに引っ越して心底よかったと感じた。もう父と会うことは二度とないだろうが、これからは自分が母親を守っていかなくては。そのためには勉強をして、いつか大学に行こうと決めていた。

「ちょっと俺、小便するわ」

 そう言って仲間の一人が竿を置いて離れると、他の連中も俺も俺もと続いた。岩場に残ったのは真彦と従兄弟だけだった。

「函館には慣れたか?」

 イントネーションを(なま)らせながら話す従兄弟に、真彦は笑顔で頷いた。

「そりゃ良かった。困ったことがあったら何でも言えよな」

「ありがとう……んっ?」

 洋上を見ていた真彦は、遠くに何かが浮かび上がったのを目撃した。

「どした?」

「……あれ、何だろう?」

 従兄弟も一緒になって洋上を見つめた。そこには、何か黒い影があった。あまりに離れていて正確な形状は分からず、船影とも思ったが、どうも違和感があった。

「ちょっと待ってろ」

従兄弟はその場を離れ、戻って来たその手には双眼鏡があった。それは特攻基地の置き土産のひとつで、古びていたがまだ使えた。

「……おい、マジかよ」

 双眼鏡を覗いた従兄弟は、信じられないといった様子で呟いた。

「何?」

 従兄弟は無言で双眼鏡を渡し、真彦は竿を置いてレンズを覗いた。

 洋上の奥まではっきりと見えた。それは黒く、樹氷のような形をした、島のようなもの。

 いや、島じゃないことは、中学生の真彦にも分かった。それは移動していたからだ。

 津軽海峡を日本海に向けて、それは漂っていた。 

 まさしくは思わず声を漏らした。

「あれは……ゴジラ?」




(「9月」の章、まだまだ続きます)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。