ゴジラ+2.0   作:沼の人

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※性的な描写を多く含みますので、苦手な方はご遠慮ください。


1954年9月(5)

「つまり何かね、国民の血税を投じて設置したガイガーブイが、呆気(あっけ)なく海に沈んだというのかね」

 海上保安庁長官の報告を聞いた運輸大臣は、葉巻を吸いながらなじるような口調でそう言った。

「沈んだといいますか、沈められたという方が的確かと……レーダーから消える前に、ブイは確かに放射能を検知していました」

「つまり、あの怪物が沈めたというのかね? そんな器用な芸当が出来る生き物には思えんがね」

「しかし事実は事実なんです! 奴は、狙って襲ったとしか思えません。総理、速やかにこのことを公表し、航行する船舶の数を制限すべきと考えます」

 長官は首相に頭を下げた。このままでは、太平洋を航海する船舶の安全性が確保できなくなる。そのことを必死に訴えた。

「……しかし、まだ確証があるわけではない。機器の故障とかではないのかね」

「いえ、それはあり得ません。巡視船を派遣して確認しましたが、ブイそのものが消失していたことは確かです。海洋に破片や深海魚が漂っているのも確認しております。総理、どうか警戒を強めるよう声明を発表してください」

「待ちたまえよ君、海上保安庁を所管するのは我が運輸省だよ。まず私にお願いするべきではないのかね」

「そんな悠長なことを言っている場合ですか! こうしている間にも、奴は本土に近づいているかもしれないんですよ。上陸してからでは遅いんです!」

 座は沈黙した。閣僚たちは、迂闊(うかつ)な発言は今後の政治生命に響くと考え、亀が首をひっこめたように黙りこくった。

 やがて首相が、決断した。

「本件はまず、海上保安庁の調査結果を精査した上で、公表するかを閣議にかけることとする。消失したブイについては、速やかに再設置を命ずる。長官、よろしく頼む」

 海上保安庁長官は、まだ抗弁を続けたかった。そんな簡単に言われても、ゴジラがいるかもしれない海域に、安易に隊員たちを差し向けたくはない。

 だがこれ以上、この人たちに語っても何も意味はないと悟り、ただ黙って頭を下げるだけだった。爪が肉に食い込むほど、拳を硬く握りしめながら……。

 情報統制は、日本国憲法施行後の日本にも受け継がれた、政府のお家芸だった。

 

「……やっとこれだけ、(あざ)を縮小させることが出来るようになりました」

 中島院長は、数点のモノクロ写真をジェニスと加代に見せた。それは患者の黒い痣を撮影したもので、第一回目、二回目、三回目と裏に表記され、患者の氏名も書かれていた。その痣は腹部の半分を覆うほどのものだったが、オソニチン薬を投与する回が増えるごとに痣の範囲は小さくなり、三回目では拳大ほどにまで縮小していた。明らかに効果が出ている証拠だった。

「二回目の投与からが難題でした。まずはオソニチンの量をさらに希釈して減らしたのですが、それでは効果がありませんでした。そこで、こう考えたんです。一回目の投与によって、多少なりとも体の中でオソニチンに対する抗体が出来ていたのではないかと。そこで一回目の投与量にオソニチンを微増して、より効果が出るように仕向けたんです。すると痣の減少が認められたので、三回目も同じくオソニチンの量を増やして投与しました」

「段階を踏んで投与すれば効くというわけね。大発見よドクター」

「これまで二名の患者が犠牲になりましたが、決して無駄にはしないと誓って、頑張りました」

「この調子でいけば、ノーベル医学賞も夢じゃないわね」

 ジェニスは煙草の灰を灰皿に落としながら言ったが、中島は微笑して首を振った。

「そんな栄誉より、彼らを助けることが出来ればいいんです。あれは普通の病気ではありません。ゴジラさえいなければ、発症しなかったんですから」

「そうね。そのゴジラを倒す兵器も、自衛隊が協力して作るそうよ。無事に完成すれば、もうあの痣を持つ人が現れることもなくなるでしょう。細胞レベルでゴジラを破壊できる可能性を秘めてるんだから」

 そのとき電話が鳴り、中島はソファから立ち上がって受話器を手に取った。

「よかったです、薬が順調に出来てきて」

「そうねカヨ。実はハワイでも、あの黒い痣が体に出現した被災者が出たらしいの。ホノルルもパールハーバーも、熱線で散々な目に遭ったからね……だからこの薬は、日本だけではない、海外でも必要なのよ」

「……もう、佐吉のような人が、出ないといいんですけど」

 加代は右手の上に左手を重ね、左手の爪が無意識に右手の肉に食い込んだ。それを見たジェニスは、そっと加代の手を取った。

「自分を傷つけないで、私も悲しむから」

 二人は視線を通わせた。ここが野田家だったなら……加代はふとそんな妄想をした。

「クロフォードさん、野田さんからです」

 中島が受話器を持ちながら声をかけた。ジェニスは煙草を灰皿に擦りつけ、腰を上げて受話器を受け取った。

「どうもミスター・ノダ、何か嬉しいニュース? それとも悪いニュース?」

「朗報です。オソニチンですが、量産の目途が立ちました。今月中には、少なくとも200グラムは合成可能とのことです」

「あら素晴らしい。うっかり東京の上空からバラまいちゃダメよ」

「そんなことしたら東京は壊滅ですよ。それとオニカブトの組織の培養も成功して、そこからオソニチンを抽出すれば、より多くの量が手に入ります」

「最高のニュースね。こちらからも朗報があるわ。あの黒い痣の治療薬だけど、だいぶ効果が上がってきたわ。完成の日は近い」

「先ほど中島先生からも説明を聞きました。いやぁ良かった! これで典子さんの痣も治せる」

「ノリコ? 誰、それは?」

 ジェニスは怪訝な顔をした。

「ああ、敷さん……敷島浩一の奥さんです。海神作戦に参加していた人だから、ご存知ですよね?」

「ええ、元海軍のパイロットで、1945年に大戸島で呉爾羅にコンタクトした人でしょ? ……って、ちょっと待って、その彼の奥さんにも痣があるの?」

「はい。彼女は銀座でゴジラに遭遇したんですが、救出後に首筋に痣が……」

「何でそれを早く言わないのっ!」

「い、いやその……隠してたわけでは」

「Oh my God(何てことなの)……そんな大事な情報を私に隠してたなんて、ショックだわノダ」

「いや、違います違います。僕はただ、治療法が確立するまでは言わない方がいいと思って……彼女とはもう、長い付き合いなんです。彼女がどれだけ、首の痣に悩まされてきたかも知ってるし……ただ、あなたに言わなかったのは謝ります。すいません」

「……まぁいいわ。とにかく、いずれ彼女にも会ってみたいわ、手配してくれない? それにミスター・シキシマにもね。彼にも興味がある」

「わかりました、連絡しておきます」

 受話器を置いたジェニスは、ハァと息をついた。この病院以外にも、黒い痣を持っている人間がいるだろうことは想像していた。だがまさか、あのゴジラを倒したカミカゼパイロットの妻にもとは……頭が痛くなった。

「……ドクター、薬はあとどれくらい試せば完成すると思う?」

「遅くとも、来月くらいでしょうか。今後の投与が上手くいけば、今月中になるかもしれませんが……何せ元が猛毒ですから、取り扱いも慎重にならざるを得ませんので」

「そうよね……実は、この病院に収容されていない痣の持ち主がまた一人判明したところなのよ。なるべく早く完成させて、彼女にも投与してあげたいの」

「わかりました。大学からも応援が来てくれてますから、全力で取り掛かります」

「ありがとうドクター」

 すると窓から何かが当たる音がした。空には鼠色の雲が広がり、大粒の雨が降り出したところだった。

 

 庭に干していた洗濯物を急いで取り込んだ典子は、かろうじてびしょ濡れになるのを防いだ衣類をはたいて、水分を飛ばしてからたたみ始めた。

 やっと半分ほどたたみ終えたところで、玄関から戸を叩く音がした。

「はいー」

「敷島さん、兒島(こじま)です」

 思わぬ来客に典子は驚き、引き戸を開けた。灰色の背広姿を着た兒島が、旅行(かばん)と傘を持って立っていた。

「先生、どうして」

「すいません、急に来てしまって。実は敷島さんにどうしてもお伝えしたいことがございまして」

「……とにかく、中へどうぞ」

 何か違和感を覚えつつも、典子は兒島を家に上げた。外はどしゃ降りで、遠くでは雷鳴も聞こえた。夫と娘には傘を持たせていたから大丈夫だろうと思いながら、典子は戸を閉めた。

 

「実は、大学に勤務する知り合いから、新しい治療薬を提供されましてね」

「治療薬……痣の、ですか?」

 二人は居間のちゃぶ台で向かい合いながら座っていた。兒島は微笑して「ええ、そうです」と頷き、旅行鞄を開けて薬剤が入っているらしき容器と注射器を取り出した。

「実は今日、名古屋に()つんですが、急遽この薬が届けられたので、敷島さんに是非にと思いまして」

「……先生」

「どうされますか? もちろん病院でも用意はしていますが、何と言いますか……せめて最後くらい、あなたのお役に立ちたくて」

 典子は、兒島医師の誠実さに心を動かされ、快く投与をお願いした。

 この先生は、ちゃんと自分のことを考えてくれていた。それなのに自分は、何て軽薄だったんだろう。典子は自己嫌悪を覚え、目が潤んだ。

「ああ、横になった方がより薬が浸透しますから、お布団を出してもらえますか?」

 典子は従順に兒島の指示に従い、居間とつながる夫婦の部屋を開け、自身の布団を広げた。

「では、横になってください。手を楽にしてください。さぁ、目をつぶって……」

 典子はすべて、兒島の言うとおりにした。兒島は容器の(ふた)を開け、注射器で吸い上げた。

「では、少しチクっとしますからね」

 そう言って兒島は典子の腕に注射針を刺し、薬剤を注入した。

 これでやっと、悪夢から解放されるのだろうか。だとしたら、これほど嬉しいことはない。夫に心配をかけることも、娘を不安な顔にさせることもなくなる。何より、あの忌まわしい声を聞くことも、人が死ぬおぞましい光景を見せられることも、なくなる……。

 典子は、猛烈な睡魔に襲われた。

「……典子」

 自分を呼ぶ声が聞こえた。それは夫ではない。さっきまで話していた、男の声……。

 

「……では授業を終わります。起立、礼っ」

 二年生の授業を終えた敷島は、職員室に戻る途中に窓外に目を遣った。天気予報どおりの大雨が降っている。雨粒が窓ガラスを打ちつけ、校庭も水びたしになっている。

 体育の授業は中止だろうなと思いながら、敷島は階段を下りていった。

 

 白い靴下を履いた足が、宙に揺れている。

 スカートと下着を脱がされ、ブラウスのボタンが全て外された典子は、目をつぶったまま兒島に犯されていた。兒島もまたズボンとパンツを脱ぎ捨て、白いYシャツと白い靴下しか身に着けていない。正常位の形で結合しながら、典子の足が兒島の上半身に力なく寄りかかる。兒島が動くたびに、足もぶらぶらと揺れていた。

 そのとき家の電話が鳴った。兒島は動きを止めて、両手で典子の耳をふさいだ。起きる気配はない。早く、早く鳴り止め!

 念が通じたのか、電話の受信音は鳴り止んだ。

 一安心した兒島は、再び腰を動かし始めた。乳房を鷲掴(わしづか)みにしながら、彼は呟いた。

「典子、俺の典子……」

 

「……出ないか、お留守かな」

 敷島家に電話をかけた野田は、不通なのを確認して受話器を置いた。この時間帯ならきっと典子が家にいると思ったが、出なかった。外出中、といっても今日は関東一円が雨予報、しかも局所的に強く降るという。

「……また後でかけてみるか」

 野田はそう思い、このところ溜め込み過ぎた大学での自分の仕事の処理を始めた。

 

 暗く冷たいあの場所。

 また、来てしまった。ここへ。

 海底を這うように進んでいく。

 何かが見える。それは、人工物。小さな灯台のような形をしたものが、何者かによって壊された姿。まるで巨大な口にひと噛みにされたよう。

 グルルルル

 聞こえた、あの唸り声が。

〈哀れなものよの、女〉

 哀れ? 何が哀れなの? この悪夢にいつも魘されてる私が? それはあなたのせいでしょ。

〈愚かな。貴様がいま何をされているのかも、感覚がないのか〉

 何、何なのよ……。

〈そろそろ目を開けたらどうだ。もっと深めるがいい、お前の憎しみをな。それは我の(かて)となる〉

 ………………。

 

 典子は、薄く目を開けた。

 誰かがいる。目の前に誰かが。男?

 体が揺れている。下腹部……この体に入り込んでくる感じは……まさか。

「おや、もう目が覚めましたか。もう少し効くはずだったんだけどなぁ」

 兒島は、顔に不敵な笑みを浮かべながら、腰を動かし続けた。

「……先、生?」

「典子さん、どうか私のことは春樹(はるき)と呼んでくれませんか? は、る、き」

「……はる、き」

「そうです、その調子。どうです、気持ち良いでしょう?」

 典子はまだ微睡(まどろ)んでいた。これが夢なのか現実なのか区別がつかない。頭に(もや)がかかったような感覚だった。

「……私には、かつて許嫁(いいなずけ)がいました。とても美人で、愛らしくて、大好きだった。名前は典子(のりこ)、あなたと同じ典子ですよ。7年前に銀座で結婚するはずだった。ところがゴジラが現れた。私は式場に向かう途中、建物の陰に隠れて無事だったが、典子は……」

 息を荒げながら兒島は腰を動かし、典子は喘ぎ声を上げ始めた。

「典子は見つからなかった。放射能汚染が酷いということで、現場には立ち入れなかったが、医者であることを強調して侵入して探しもした。でも見つからなかった。私は、絶望しましたよ。彼女と結婚して、子供を作って、実家の病院を継いで幸せな人生を歩もうと決めていた……しばらく経って、或る病院でノリコという女性が入院していることを突き止めました。私はすぐに向かいました。そこにあなたがいた。ちょうど、あなたの夫と娘さんもいた。包帯でぐるぐる巻きのあなたを見て、私は、典子だと思った。でも、やはり違った……ところがあなたは、私が勤める病院に来た。まさかと思いましたよ、また会えるなんて。これはもう、運命なんだと実感しました」

 兒島は典子の乳房を吸った。典子は快感に体をのけぞらせた。

「あなたのその症状は、私の専門じゃない。でも私が診ることにした。それはあなたが典子だからですよ。あなたの名前は典子……あなたは、綺麗だ。たとえ醜い痣があろうと、私はあなたを愛してる」

「……や、やめ、て」

 兒島は黙らせるように、思いきり突いた。典子は体を痙攣(けいれん)させながら、息をさらに荒げた。

「やめる? なぜ? あなただってこんなに気持ち良さそうじゃないですか。典子さん、私と一緒に名古屋へ行きましょう。とても良い場所ですよ。ゴジラの放射能で汚染された東京よりずっと良いところだ。きっと気に入る」

 兒島は腰の動きを加速させた。息はさらに荒々しくなり、下腹部の我慢は限界に近かった。

「典子、私と一つになろう。私の子供を産んで、一緒に暮らそう。不自由はさせない、そう遠くないうちに親父は死ぬ。そうすれば、実家の病院も、遺産もすべて手に入る。こんなチンケな住まいより、もっと豪華な家に住まわせてやる。典子、お前を幸せにするのは、私だ」

 典子は抗おうとしたが、盛られた薬の作用なのか、思うように力が入らなかった。頭は依然として(かすみ)がかっていて、思考力も働かない。ただ分かっているのは、いま自分が危機的状況にあるという動物的な本能だった。

 誰か、助けて……。

〈……力を貸してやろうぞ、女〉

 心に入り込むその声を聞いた後、典子はカッと目を見開いた。兒島はぎょっとした。

 それまで抜けていた力がみるみるみなぎり、足を折り曲げて兒島を思いきり突き飛ばした。それは、本来典子が持っている体力以上の力で、兒島は居間の隅まで空中を飛んで落ちた。柱に激しく頭をぶつけ、彼は痛みに苦しんだ。

「何だ……どうして……」

 理解不能のまま畳の上でうずくまっていると、視界に白い靴下が入ってきた。見上げる余裕もなく、兒島は腹部を思いきり蹴り上げられ、畳に転がって悶絶した。とても女性の力とは思えない剛力だった。兒島は嗚咽した。

「た、頼む……やめてく……」

 兒島の懇願も虚しく、鬼のような形相の典子が放った飛び蹴りを喰らい、兒島は障子を突き破って庭に落ちた。兒島はノックダウンされたボクサーのように、起き上がろうとしながらも体の痛みに耐えきれず、激しい雨に打たれ続けた。

「な、何だい何だい? 典子さーん、どうかし、た……」

 豪雨の中でも、敷島家の異常な物音は隣家の太田家にも響いていた。傘を差して様子を見に来た澄子(すみこ)は、敷島家の庭で倒れる下半身が裸の謎の男と、同じく下半身を露出して呆然と立ち尽くす典子を見て言葉を失った。状況がまるで呑み込めなかった。

 すると典子は意識を失い、居間に倒れ込んだ。澄子は、一瞬戸惑いつつも、男よりも典子の方が心配と思い下駄を脱いで家に上がった。

「典子さん! しっかりして、典子さんっ!」

 澄子の腕の中で抱かれる典子は、深い眠りについたように返事をしなかった。激しい雨音が、澄子の不安を(あお)った。

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