ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年9月(8)

「では、第四回目の投与を行います」

 医師の宣告の後、看護婦から渡された注射器を手に取り、ベッドに横たわる男性患者の左肩に針を刺した。薬剤を注入し終えると、看護婦が慣れた手つきでガーゼを巻いた。

「これで、消滅するといいんだが」

 現場監督者である中島(なかじま)は、左肩に残った拳大ほどの黒い痣の反応を注視した。最初は首から肩、上腕に至るまで黒い痣が覆っていたが、オソニチン薬の投与を重ねるにつれて、その規模は減少していった。

 その場には名古屋から戻っていたジェニスと加代も同席していた。誰もが、成功を祈った。

 痣は、ゆっくりと消失し、最後は上着のボタンほどの大きさのところで留まった。少し大きな黒子(ほくろ)のような状態だ。

 医師たちは息をつき、完全なる除去とまではいかないまでも、オソニチン薬が無事に効いたことに安堵した。ジェニスと加代も顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 すると、患者に異変が起きた。目を開けたのだ。入院以来ずっと閉じていた目が。

「……あ、あ」

 男性患者は天井を見つめながら、口を開いた。

「おい、目を覚ましたぞ!」

 その様子を見た中島はベッドに駆け寄り、患者の様子を観察した。

「……ここは、どこ、ですか?」

「ここは東京大学の病院です。あなたは奥村(おくむら)さん、奥村五郎さんですね?」

 患者の氏名は把握している。男性患者は、無言で頷いた。医療関係者たちは顔を見合わせ、驚きと喜びが交ざった顔をした。

「あなたは7年前、銀座でゴジラの災害に巻き込まれ、意識を失っていたんです」

「7年前……じゃあ、あれから7年も、経ったんですか……」

「そうです。すぐには呑み込めないでしょうが、今は昭和29年です」

「昭和、29年……宏子(ひろこ)、宏子は無事ですか」

「誰ですか?」

「私の、妻です……」

 中島は、沈鬱な顔をした。奥村の身内は全員、あのゴジラ災害で命を落としている。身寄りがないということが、彼をオソニチン薬の治験者に選んだ理由だった。万が一、治験によって命を落としても、何も問題が起きないために。

「宏子、宏子は……」

「……残念ですが、お亡くなりに」

 中島の言葉を聞いた奥村は、静かに涙した。同情した看護婦も目を潤ませ、通夜のような空気が病室に漂った。ジェニスは加代の肩をそっと抱いて、奥村に哀れみの目を向けた。

 

「……何はともあれ、治験は確実に上手くいってる。このまま改良を進めていけば、完全な治療薬になるわ。……ドクター、そんな顔しないで。我々は神と違って、彼らの失った時を取り戻すことは出来ないんだから」

 院長室のソファに座り煙草を吹かすジェニスは、まだショックを受けている中島にそう言った。

「ええ、分かってるんですが……心の整理が、まだ着かないんです」

「まぁ無理もないわね。もし自分が患者なら発狂するわ。ただ彼は助かった、それは何よりも代えがたい事実であり奇跡よ。あとは彼が、生きる希望を持ってくれるかどうかだけど」

「はい……7年、ですか、あの日から。あっという間のような、遠い昔のような……時が経つというのは、不思議な感覚です」

「そうね。私もヒロシマとナガサキに落とした原爆を作ってたのが、ついこの前のことのように思えてる。パパが銀座で死んだことも……」

「私も、島での出来事が、もう昔のことのように感じてます。悪い夢だったんじゃないかと思うことも……でも違うんですよね、あれは現実なんです。とても恐ろしい現実……」

 ジェニスはまた加代の肩を抱き寄せ、額にキスした。しばらく部屋には沈黙が流れた。

「……とにかく、治療は続けます。私には、それしか出来ない。奥村さんのように、目を覚ましたとしても、みんな酷くショックを受けるでしょう、寝ている間に7年も時が経っていたことに。だがそれでも、彼らには健やかに生きてほしい。医者としてそう願うのは、当然のことです」

「そうよドクター。生きていれば、良いことが必ずあるわ。ねぇカヨ?」

 瞳を覗き込まれた加代は、微笑みながら「はい」と答えた。

「そうだドクター、頼んでいたものは?」

「ええ、用意しています」

 中島はソファから立ち上がって、ガラス戸の戸棚からパチン鍵付きの木箱を取り出した。

「説明書も添えてあります。念のため英語版も」

「気が利くわねドクター、どうもありがとう。名古屋から運んできた患者たちのことも、よろしく頼むわ」

 二人は握手をして、ジェニスと加代は病院を辞した。病院の外にはサイドカー付きのバイクが停まっている。軍用品払い下げの店でジェニスが購入したもので、交通網が麻痺した名古屋にもこれで向かったのだ。

「さて、じゃあもう一件用事を済ませないとね。カヨ、ナビは任せたわ」

 サイドカーに乗り込んだ加代は、手に持った地図を見せて頷いた。ジェニスはサングラスをかけ、バイクのエンジンを入れた。

 

「そうですか、わかりました。いえ、謝る必要なんてないですよ。まぁ、仕方ないことですから……ええ、では」

 受話器を置いた敷島は、居間に戻ってちゃぶ台を前にして座った。

「映画会社さんからですか?」

 側に座る典子が訊いた。敷島は頷いた。

「名古屋のこともあって、来月の公開は中止になったんだ。もしかしたら、お蔵入りになるかもしれないって」

 映画会社がすでに制作を終えていたゴジラ題材の映画は、昨今の状況を鑑みて公開延期に踏み切るしかなかった。名古屋は未だに死者行方不明者数の試算さえ出せておらず、自治体機能さえ崩壊している。被災者の数は増えるばかりで、新聞の一面は連日、名古屋の惨状を伝えている。そんな状況の中、ゴジラの映画を公開するなど、恐怖を(あお)り人々の怒りを買うのは目に見えていた。おそらく映画会社は、倒産するだろう。会社の将来を考えた上で、公開のさらなる延期、もしくは公開中止も検討していると、敷島に電話で伝えたのだ。

「まぁ、俺はどうでもいいんだけどさ。別にそれで大金が転がり込んでくるわけでないし」

「ですね」

 二人は顔を見合わせて笑った。自然と手が触れ合い、互いの温もりを感じ取った。

 そのとき玄関の戸が叩かれ、敷島は再び立ち上がった。引き戸を開けると、色黒の潮臭い男が立っていた。

「秋津さん!」

「よぉ、沼津からまたはるばる来たぞ」

 ずかずかと上がり込んだ秋津は、典子にも元気よく挨拶した。

「典ちゃん、元気か? 土産たんまり持ってきたぞ、おーい!」

 秋津が玄関先に声をかけると、木箱を持った青年が入ってきた。

「船長ー、重いぃ……」

「バーカ、それぐらい持てねぇでどうすんだ。そんなんじゃハワイなんか行っても何の役にも立たねぇぞ」

「いや、まだ行くって決めたわけじゃ……あ、どうも国木田(くにきだ)です! 敷島さんですよね、あの海神作戦の!」

 三郎は敷島の顔を見てすぐ分かった。あの海神作戦で最大の功労者の顔だと。

「こいつは俺の弟子、三郎だ。おい、もうその辺に置け」

 三郎は重たそうに持っていた木箱をやっと床におろした。中には大量の蜜柑(みかん)が入っていた。

「沼津の名産のひとつだ。蜜柑食うと風邪もひきにくいっていうだろ? 明ちゃんにも食わせろよ」

「ありがとうございます。これを届けに、わざわざ?」

「おう、あとこれだ。自慢の干物だ、うめぇぞ」

 秋津は手にぶら下げていた多種多様な魚の干物を敷島に押しつけ、靴を脱いで家に上がり込んだ。

「あの、俺も上がっていいっすか?」

 おずおずと訊ねる三郎という青年に、敷島は笑顔で頷いた。

 

「距離よし、照準よし……撃てっ」

 砲雷士が引鉄(ひきがね)を引き、護衛艦「はるかぜ」12.7ミリ単装主砲が火を吹いた。弾頭は、海上に浮かべられたフラッグ付きのブイ目がけて発射され、見事着弾した。

「距離15キロフラッグブイ、着弾を確認」

 水島は双眼鏡と器具を使って距離測定を行いながら、実弾訓練の記録を用紙に記入した。

「いい感じだな。この荒波でも正確に命中した」

 堀田が嬉しそうに言った。この日の相模湾は風が強く波も荒れていたが、それでもあらかじめ揺れを見越した弾道調性を行い、主砲弾頭は見事に目標を貫いた。

「これだけ揺れていても命中したんです。ゴジラが現れても、確実に口を狙えると思います」

「そうだな。それに本艦には前部に一門、後部に二門の砲がある。一発二発それても、残りの三発くらいは必ず当たるだろう」

 水島と堀田はそう話しながら、相模湾沖での実弾使用訓練を続行した。艦内には、万一ゴジラに遭遇した時のことを考えて、まだ試作段階のオソニチン弾頭も積み込まれていた。

 

「……そっか、まさかそんなことがあったとはなぁ……典ちゃん、気ぃ落とすんじゃねぇぞ?」

 典子に起きた不幸を聞かされた秋津は、親しい親戚のおじさんのように優しく声をかけた。敷島と典子の結婚を誰よりも喜んだのは、秋津だった。二人が未婚時代から、秋津はずっと二人が結ばれることを望んでいた。だから海神作戦後、やっと二人が入籍するとなって、秋津は待ってましたとばかりに婚姻届の保証人欄に署名したのだ。

「そいつは、その後どうなったんだ? 捕まったのか?」

 秋津は敷島と典子両人に訊くように言った。二人は無言で首を横に振った。逃げたのはおそらく名古屋。だとすれば……どうなったかは想像に難くない。

「……ふん、いい気味じゃねぇか。因果応報(いんがおうほう)ってやつだよ。なぁ小僧」

「えっ……まぁ、そうっすね」

 同意を求められた三郎は、秋津の剣幕に恐れながら同調した。秋津の目には明らかな怒りが宿っていた。

「バカじゃねぇのかそいつは、ただ好きだった女の名前が一緒だったってだけで、襲うなんてよぉ。男の風上(かざかみ)にもおけやしねぇ!」

「あの、できればその話はもう……」

 敷島が口を挟むと、秋津はバツが悪いよう顔をして「すまねぇ、つい……」と謝った。それぐらい秋津も、典子のことを大事にしている表れだった。

 場が静かになっていた時、また玄関の戸が叩かれる音がした。今日は来客が多いなと思いながら敷島が玄関に向かうと、引き戸の向こうのシルエットはとても長身だった。すぐにあの人だと直感し、戸を開けた。

「ハーイ、ミスター・シキシマ。元気にしてる?」

「ジェニーさん! どうしてここが?」

「そんなの決まってるわ、ミスター・ノダに教えてもらったの。奥さんのご様子は?」

「はい、体調は良くなってます」

「それは何よりだわ。今日はあなた達にサプライズがあるの」

 敷島はジェニスと加代を招き入れると、秋津がすぐに反応した。

「あっ! アンタあれだろ、学者んとこに居候してるアメリカ女だろ!」

「学者?」ジェニスは呆けた顔をした。

「野田さんのことです」敷島が説明した。

「ああ、ええそうよ、私はノダのハウスメイト。……あっ、あなたのこと知ってるわ! あのゴジラシャークに追いかけられた人でしょ」

「おうよ。第二新生丸船長の秋津だ。こいつは子分の三郎」

 無理やり紹介された三郎は、いきなり現れた異国の女性にぺこりと頭を下げた。同時に、すごく背と胸がでかい美人だなと下心も覚えた。

「海の男だけあって威勢がいいわね。上がってもいいかしら?」

「どうぞ」

 敷島の許しを得て、ジェニスと加代は家に上がった。

「こんにちはノリコ、私のこと覚えてる?」

 ジェニスは典子の側に座った。

「あ、はい。病室でお見かけしたのを、少しだけ覚えてます」

「改めて自己紹介するわ。私はジェニス、アメリカ陸軍に所属してるの。今日はあなたの、その首の痣を治す薬を持ってきたわ」

「本当ですかっ⁉」

 典子は驚嘆の声をあげた。敷島たちも一様に驚いている。

「と言っても、まだ完全には治せない。ただ小さくすることは出来るの。それでも投与する?」

 ジェニスは証拠とばかりに、中島から提供された別の患者の写真を三枚見せた。それは黒い痣が宿った腹部が、回を経るごとに痣が小さくなる過程を写したものだった。それを見て典子は、決断した。

「お願いします」

「いいわ。じゃあ早速」

 ジェニスはショルダーバッグから、中島から受け取った木箱を取り出し、鍵を開けた。中には薬品の入った小瓶と注射器、そして中島がわざわざ作ってくれた取扱説明書も入っていた。

 

 護衛艦「はるかぜ」は訓練を終えて、針路を母港横須賀に向けて進もうとしていた。

 その、矢先だった。

「海保より報告! 北緯35度3分、東経139度13分に設置している初島(はつしま)近海のガイガーブイに反応あり!」

 通信係の報告に艦橋はざわめいた。いよいよ奴が……隊員たちの思いは、一つだった。

「艦長より達する! 本艦はこれより初島方面に針路を変更、総員臨戦態勢! 主砲には、特殊弾頭を配備せよ!」

 堀田が艦内放送で叫ぶと、隊員たちはすぐに動き出した。「はるかぜ」も艦体を反転させ、初島方面に艦首を向けて進み始めた。

「いよいよですね艦長、いよいよ!」

 水島は武者震いを感じながら堀田に言った。

「ああ、もう今までのように後手(ごて)にはまわらん。必ず仕留めるぞ!」

 

 注射器に薬剤を投入するのを見た典子は、ふと嫌な記憶が蘇った。兒島(こじま)が、治療薬だと言って同じ動作をしていた光景を。そしてそれが高濃度の睡眠薬で、強制的に眠らされて、そのあと……。

「大丈夫? ノリコ」

 ジェニスの声で、典子は正気に戻った。これは違う、これはちゃんとした薬。もうあんなことは忘れないと。

「大丈夫です。お願いします」

「OK。ちょっと痛みがあるかもしれないから、何か噛んでた方がいいかも」

 敷島が手拭いを持ってきて、それを典子に噛ませた。典子はジェニスを見て、無言で頷いた。

「じゃあ、いくわよ」

 ジェニスは慎重に、典子の右肩に針を刺し、薬剤を注入した。

 典子は、痣の周囲が(うごめ)くのを感じた。それは神経を通じて痛みを感じさせ、典子は苦悶(くもん)の表情になった。

「おいおいおい、大丈夫なのかよっ」

 秋津が心配して叫ぶのを「黙ってて!」とジェニスは一喝した。敷島は典子の肩を抱きながら、痛みに(もだ)える妻に寄り添った。

「頑張れ、頑張るんだ典子!」

 典子は手拭いを噛みしめながら、痛みと必死に闘った。

 そして、痣に変化が表れた。醜いヒトデのような形をしていた黒い痣は、ゆっくりとその姿を縮小させ、角が丸い三角形のような形をして、活動が終わった。大きさは、あの奥村という患者のモノと同じくらい小さくなっていた。その現象に見入っていた秋津は、口をあんぐりと開けたまま驚いていた。

「成功よ、よかったわ。ほら見える?」

 ジェニスは、典子にも見えるように手鏡で痣を映した。あの醜い痣は、少し大きな黒子(ほくろ)のようになっていた。それを見た典子は、思わず嬉し泣きした。

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

 敷島が代わってお礼を言った。ジェニスは注射器などの器具を箱に収めながら言った。

「お礼はまだいいわ、まだ完全に除去出来てないもの。この薬は、もうじき完成する。そうなれば、きれいさっぱり消えるはずよ。お礼はその時まで取っておいて」

 木箱をショルダーバッグに入れたジェニスは、少し考えて再び口を開いた。

「いや、やっぱり撤回させて。近いうちにお礼をしてほしいの。ノリコ、あなたに」

 典子は泣き止んだ顔をジェニスに向けた。

「何でしょうか?」

「……あなたが、今まで見てきたものについて教えてほしいの。あのノートに書かれていたことよ。とても重大なことなの、どうか協力して。今日は、素敵なダーリンとゆっくりしてちょうだい。また来るわ」

 ジェニスは涙の伝う典子の頬に軽くキスをして、加代と一緒に玄関へ向かった。

「……アメリカ女ってのは、不思議なもんだなおい」

 秋津が独り言のように呟くと、次に発言したのは三郎だった。

「いいなぁ、アメリカの女って……でかくて」

「バーカ」

 秋津は容赦なく三郎の頭を小突き、ジェニスはそれを見て笑いながら敷島家を辞した。

 

「……いました、奴です」

 航海士の双眼鏡の先には、海面に浮かぶあの背鰭があった。艦との距離は、およそ8キロ。主砲の射程圏内だった。

「見逃すんじゃねぇぞ。絶対に仕留めてやる」

 水島も艦橋から双眼鏡を覗き込み、憎き怪物の背鰭を注視した。

「主砲を奴に向けろ。まずは通常弾頭で注意を引く」

 堀田の命令が艦内電話を通じて伝えられ、三門の主砲に通常弾頭が装填された。砲撃準備は整った。

「……主砲、撃ち方はじめ!」

 艦長の号令により、「はるかぜ」に搭載された12.7ミリ単装砲は一斉に砲声をあげ、目標めがけて弾頭を撃ちこんだ。三発がすべて命中した。

「目標、本艦に向かって進路を変更! 急速接近中!」

 水島が報告し、堀田は次の命令を下した。

「主砲撃ち方やめっ。特殊弾頭に切り替え、砲撃に備えよっ!」

「敵との距離、7400!」

 水島ら航海士たちが接近する背鰭と艦の距離を測っている間にも、主砲は弾頭を切り替え、まだ試作品の特殊弾頭が砲身に込められた。設計上はすでに実戦でも使えるはずだが、どうなるかは正直、撃ってみなければわからない。それでも彼らは、この弾頭に希望を託した。

「距離、5800!」

 背鰭は海面を裂くように、「はるかぜ」に直進してきている。

「顔上げろ、上げろーっ!」

 水島が叫んだ。弾頭は、体表にぶち当てても意味がない。奴の口に撃たなければならない。

「……三番主砲、通常弾頭に戻して目標を撃てっ!」

 頭部を見せないことに痺れを切らした堀田は、命令を一部変更した。何が何でも顔を出させないと、特殊弾頭を撃ちこめない。

「……もしかして、またサメやクジラなのでは」

 若い航海士がそう言ったが、水島は強く否定した。

「バカ言えっ、主砲三発も食らってるんだぞ! それにあのデカさを見ろ! ……距離4200!」

「三番主砲切り替え完了!」

「撃てぇっ!」

 艦尾の主砲が火を吹き、目標に着弾した。速度は少し落ちたように思えたが、なおも艦に向かって進行していた。

「距離、3500! くそっ、何で顔上げねぇんだ!」

 水島は歯痒さを口にした。このまま背鰭が衝突すれば、艦はかなりの損傷を受ける。それを奴は狙ってるのか? だとしたら、相当な悪知恵だった。

「距離200メートル付近に接近次第、対潜弾を発射する! 三番主砲は特殊弾頭に切り替え!」

 護衛艦「はるかぜ」には魚雷が搭載されておらず、代わりに対潜兵器として54式対潜弾が搭載されており、最大射程は200メートル、そこが最後の勝負時だった。ギリギリでそれを撃ちこんで、相手の顔を拝むしかない。

「距離2000! 速度を上げてこっちに来ますっ!」

 背鰭は水しぶきを上げながら、「はるかぜ」の艦首めがけて進んで来ている。

「距離、1500!」

「もうこうなったら、ギリギリで勝負するしかない。対潜弾準備はいいか!」

「準備完了! いつでもいけます!」

 艦内電話の向こうから力強く返答が来た。堀田は呼吸を落ち着かせた。

「距離、800!」

「総員、衝撃に備えよっ!」

 堀田が命令し、全乗組員が掴まれるところに手を掴んだ。

「距離、300! 艦長!」

「対潜弾撃てっ!」

 課員がスイッチを入れ、24連発の対潜弾が目標に向けて発射され、海に落下した。

「距離、20……」

 刹那水中から爆発音と共に水柱が上がった。対潜弾が命中したのだ。あまりにも近くだった為に、艦にもかなりの衝撃波が響いた。

「……どうだ」

 水島が海面を確認しようとした直後、海中から何か長いものが浮上した。

 それは、太古に絶滅したはずの、首の長い水中生物の頭部と首だった。

「な、何だこりゃおいっ!」

 全身が黒いケロイドのような皮膚をしたその生物は、操舵室に噛みついた。その衝撃で窓ガラスが割れ、鋭い牙が壁にめり込んだ。ブリッジは混乱状態に陥った。

 もはや、口の中などどうでもよい。急いでこの怪物を艦から引き離さなければ、死ぬ。

「主砲撃て、撃てぇっ!」

 堀田の叫びに応じ、射程圏内に収めていた一番主砲と二番主砲が、特殊弾頭を発射した。それは怪物の胴体に命中し、怪物は断末魔のような叫び声をあげた。そして操舵室から顔を離し、青空に向かって咆哮した後、海面に体を叩きつけた。その水しぶきは操舵室にも降り注ぎ、室内はびしょ濡れになった。

「な、何なんだあいつは……」

 驚愕の表情を隠せない水島は、床にへたりこんでいたが、気をしっかり持って立ち上がった。艦のすぐ傍らに力なく漂うソレは、ゴジラではなかったが、現代を生きる水中生物とも違っていた。長い首にずんぐりした胴体、そして先の尖った尾。背鰭こそあるものの、ソレはゴジラではない。特殊弾頭が撃ちこまれた傷口から、オソニチンが効いているのだろう、化学反応を起こして体が溶けだしていた。

「こいつは……首長竜だ」

 水島は、子供の頃に読んだ恐竜の描かれた絵本を思い出した。そこには発掘された骨から想像された、様々な彩色の恐竜が描かれていた。その中に、海に棲む生物として首長竜なる奇妙な生き物が載っていたのを、いま思い出した。

 それが今、ここにいる。ゴジラのような姿をして……。

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