「……ここで速報が入りました。政府は先ほど、海上保安庁が日本領海に設置しているガイガーブイについて、伊豆諸島と小笠原諸島近海などに設置しているブイが多数消失していることを公表しました。これにより同諸島近海を航海する船舶に対して、一定の航行制限がかけられることが発表されました。また、本事案への対処が遅れたことに関し、政府は
続いてのニュースです。先日相模湾沖にて海上自衛隊護衛艦「はるかぜ」によって駆逐された正体不明の巨大生物は、東京大学の生物研究所にて生態調査が行われるとのことです。目撃情報によれば、巨大生物は太古に絶滅したとされる首長竜に形状がよく似ているとのことで……」
「もはや理解不能だわ。サメ、クジラ、今度は何? 恐竜の生き残りまでご登場だなんて、ゴジラはどこまで私たちを楽しませてくれるのかしら」
ジェニスは野田家の居間で両手を広げながら寝転んだ。もうお手上げだと言わんばかりに。
「まさか首長竜が生き残っていたとは、驚きですね。深海にはまだまだ人間が知らないだけで、未知の世界があるのかもしれません。ネス湖の恐竜も、もしかしたら本当にいるのかもしれない」
野田は純朴青年のような輝きを宿した瞳で、大学図書館から借りてきた古生物図鑑を読みながら声を弾ませていた。
「あなた、何だか嬉しそうね」
「えっ、だって首長竜ですよ? もう何億年も前に絶滅したはずの生物が生きてたなんて、すごいことですよ!」
「そうね。でもその貴重な生き残りには背鰭が生えてた」
その言葉に野田は我に返った。そうだった、あれはもうゴジラの細胞に
「解剖結果はどうだったの、ジュラシックボーイ」
「……何せ、首長竜自体が今まで骨しか発見されてなかったわけですから、内臓ひとつにしてもどういう臓器なのか、既存の生物を見本として推測するしかないんです。ただ胃袋には、ヒトの肉片や船の破片があったので、ここ最近続出していた伊豆諸島や小笠原諸島近海の船舶行方不明事件とも、関連していると思われます」
野田は首長竜の解剖に立ち会い、そこで撮影した写真をジェニスに見せた。細長い頭部、切開された腹、内臓、そして背鰭……モノクロームでもグロテスクさが際立っていた写真の連続にジェニスは辟易した。これがゴジラなら別だったが。
「まったく……次は何なのかしら。牙と翼の生えた恐竜でも出てくるのかしらね」
「プテラノドンですね。翼を広げたら7メートル以上はあるでしょう。それがもしゴジラの細胞で巨大化したら、翼長は倍以上になるのかな……いやぁすごいな」
勝手に妄想をして楽しんでいる野田は、冷ややかな視線を向けるジェニスに気づいた。
「……すいません、つい」
「恐竜談義はもう結構よ。兵器開発の方はどうなってるの?」
ジェニスは上半身を起こし、煙草をくわえて火を点けた。
「オソニチンを使用した弾頭ですが、今回の首長竜に致命傷を与えていました。通常弾頭が当たっても、首長竜の傷はすぐに再生したんです。命中した特殊弾頭二発が胴体に当たり、オソニチンが体内に注入されて皮膚と内蔵を破壊、それで死亡しました。これは極めて有益なデータです」
「つまり、ゴジラにも効く」
「そう考えていいでしょう。ただ、もう少しオソニチンの量を増やした方がいいかもしれない。何せあの生物は、我々の想像を遥かに超えた存在です。念には念を入れるべきでしょう」
「そうね、ありったけの毒を奴にプレゼントしてあげなさい。きっと雄叫びをあげて喜んでくれるわ」
「ただ、今のところ形に出来ているのは艦載砲だけです。他にも攻撃手段を考えないと……戦車砲や戦闘機搭載の爆弾……でも、何かこう、確実に奴の口に攻撃できるものがいいんですけどね。まだオソニチンの量だってそんな豊富にあるわけじゃないですから、確実に奴を倒す兵器にしないと」
「カップにオソニチンジュースを注いでストローを用意するとか?」
「ハンバーガーも用意しますか?」
野田の優れた返しにジェニスは失笑した。
しかし現実問題、護衛艦の砲弾だけでは
「野田さん、ちょっといいですか?」
加代が声をかけてきて、一枚の写真を手渡してきた。
「お部屋の掃除をしてたら、本棚の隙間に落ちてたんですけど、これ何ですか?」
写真は倉庫のような場所で撮られたもののようで、微笑する軍服姿の野田と、女学生が三人立っていて、その四人の後ろに巨大な球体があった。加代が言う「これ」とはその球体のことだった。その写真を見た野田は「うわぁ懐かしいっ!」と顔をほころばせた。
「これは戦時中、神奈川の海軍工廠で作ってた気球爆弾です。私は毒ガス兵器の製造を担当してたんですが、人手不足ということで、この兵器の製造もやってたんです」
「気球が爆弾になるんですか? でも、気球って風に飛ばされちゃいますよね。どこへ飛ぶのか分からないんじゃ」
兵器には素人の加代でも、それぐらいの知識はあった。野田は説明した。
「ごもっとも。まぁ、皆さんもご存知でしょうけど、大戦末期の日本はもうカツカツでした。本土決戦を竹槍で迎えようとしたぐらいでしたし。私は海軍の技術士官として、色んな兵器を見てきましたが、その中でもこれは珍品中の珍品ですよ。陸海それぞれで開発をして、陸軍は紙をコンニャク
「はぁ……何か、すごいのかすごくないのか、よくわからないです」
「まぁ、いま考えてみればバカバカしいですよね。それに結局、この兵器は陸軍の所管になって、私は二個ぐらい製造を手伝っただけです。これはその時に一緒に作業した女学生たちと撮ったんです。彼女たち、元気にしてるかなぁ……」
野田がしげしげと見つめる写真をジェニスも覗き込んだ。注視したのは今より若い野田ではなく、その背景にある気球だった。
「バルーン……これ、使えるんじゃない?」
「え、何にですか? ……あぁっ!」
野田は
「そうですよ、ゴジラは所詮は生物、動物です! 目の前に障害物が現れたら、容赦なく攻撃する! そうだ、海神作戦の時だってバルーンを噛み千切ってた……その記憶があれば、バルーンは敵だと思うはず」
「そこに、オソニチンが入ってたら?」
「それですっ! そうだ、何で考えつかなかったんだ僕は……オソニチンは、液状と粉末にすることは可能になってます。水に溶けやすいという性質も発見してたんですが、そうだ気体化はまだだった……すぐ大学に行って来ます! 牧先生と一緒に、何とかしますっ!」
浮足立った野田は居ても立ってもいられず、すぐ鞄に書類や本を詰め込んで玄関に走った。
「まったくユニークな人ね」
ジェニスは笑いながら、玄関を飛び出して行く野田の背中を見送った。
「さぁ、私たちもそろそろ出かけましょう」
ジェニスの声掛けに加代は頷き、二人も外出の支度を始めた。
全長約40メートルもあった首長竜の襲撃によって損傷した護衛艦「はるかぜ」は、横須賀のドックに入り修復作業中だった。損傷が酷いのは艦橋操舵室で、ほかには右舷に変形がみられた。
「一人も死人が出なくて、良かったです」
割れた窓ガラスで顔を切っただけの水島は、隣に立つ堀田にそう言った。堀田は襲われた際の衝撃で背中を強打したが、帝国海軍時代から鍛え上げられた肉体に目立った損傷はなかった。その姿に乗組員たちは、さらに堀田へ崇敬の念を深めた。
「まったくだ。しかしまさか、恐竜の生き残りがまだいたとはな……」
「あのゴジラも、元々は大戸島あたりに棲んでいた古代生物です。もう、何が起きても不思議ではありませんね」
「そうだな。しかしあの時、特殊弾頭を積んでいて本当に良かったよ。でなければ、おそらく我々は生きて帰れなかっただろう。野田博士には感謝しかない」
水島は無言で頷いた。野田という人物は、海神作戦を打ち立てたり、オソニチンというゴジラに有効な毒物も発見している。今度会ったら盛大に褒め……まぁどうせ茶化しながらにはなるだろうが、お礼は言っておこうと思った。
「奥村さん」
車椅子に座り、病院の庭で陽を浴びていた奥村五郎は、女性の声に振り向いた。
黒髪の女性は、目が合うと頭を下げた。その隣には長身の異国人女性もいて、彼女も軽くを頭を下げた。
「こんにちは、山本と申します。少し、お話しいいですか?」
「……ええ」
加代は奥村の隣に立ち、奥村に語りかけた。
「まだ、心の整理がついていないと思います。そりゃそうですよね、起きたら7年も経ってたなんて……それに、ご家族もお亡くなりになられていて、相当傷ついたことと思います」
「……」
「実は、私も家族を失いました。先月の初め頃、私が住んでいた島で悲劇が起きました。私以外の島民が、全員死んだんです」
「えっ……どうして」
「とても、不幸なことが起こったんです。私は夫に納戸に押し込められて、助かりました。こちらにいる、ジェニスさんや野田さんという学者さんたちに助けられなかったら、あの納戸で衰弱して、死んでたと思います」
「……」
「入院した私に待っていたのは、その島での悲劇の記憶が夢に出てきたり、ふとした拍子に思い出したり……生きてる心地がしませんでした。その上、報道がしつこくつきまとって、根掘り葉掘りあの島でのことを聞きに来るんです。でもそれは、私にとって拷問なんです。無理やり負の記憶を思い出さされて、なんで自分だけ生きてるんだろうと思って、自殺も考えました。あなたも考えましたか?」
「……」
「そんな時に、またこちらのジェニスさんと野田さんが助けてくれました。一緒に東京へ行こうと誘ってくれて、最初は迷いましたが、私は行くことにしました。三人で暮らすようになって、まだ夢の中で、あの島のことを見ることもありますけど、一人でいるより誰かと一緒にいる方が、安心できました。私は今、正直幸せなんです。生きていることが、こんなに気持ちの良いことなんだって、噛みしめています。……奥村さん、あなたのご家族は残念でした。でもそれは、あなただけじゃないんです。7年前に大切な人を失った人は、たくさんいます。あなただけじゃない、あなたのように苦しんでいる人も、まだたくさんいます。でも、どうかお願いです。生きることを諦めないでください。生きていれば、必ず良いことがあります。私はそれを、この身で体験してるんです」
奥村は、静かに泣いた。亡き妻の名前を呼びながら、手で目を覆った。加代はそっとハンカチを差し出して、奥村の手に握らせた。
「忘れないでください、苦しんでいるのはあなただけじゃない。生きてください、奥村さん」
姿勢を低くして奥村と目線を合わせながら、加代は言った。奥村は泣きながら、黙って何度も頷いた。
「さっきのあなた、まるで聖女みたいだったわ」
「
「きっとあなたの言葉で、彼は少し変わると思うわ。劇的にじゃなくてもいい、ほんの少しずつ一歩を進める程度でもね」
「はい。私も、あなたと野田さんにはそうやって助けられましたから」
「私もあなたには助けられたわ。オニカブトだって、あなたがいなければ存在すら知らないまま、いずれおばあさんになって天国に行ってた。……いや、原爆なんてもの作ってしまったから、地獄かもしれないけど。とにかく私はこんな女だから、どうせ結婚もできない。一人で天に召されちゃうのは、ちょっと寂しいわね」
「……私で、よければ」
病院の庭に通ずる
「……私でよければ、ずっと一緒にいたいです。おばあさんになっても、ずっと」
「……まさか、私の人生の中でプロポーズされる日が来るなんて、思ってもみなかったわ」
ジェニスは心底驚いた顔をした。
「あ、いやその、つまりですね……とにかく側にいたいっていう意味で……」
照れる加代の唇を、ジェニスは強引に奪った。加代は驚きつつも、すぐに受け入れた。幸い周りには今、人がいない。二人は短い時間で愛撫を済ませようとした。
そのとき視線を感じて、二人は病院建物の窓の奥に、まだうら若い看護婦がこちらを凝視していたことに気づいた。看護婦は顔を赤らめて、ぎこちなく微笑みながら足早に去って行った。
「あらやだ、見られちゃった」
ジェニスが呟いた後、二人は心の底から楽しげに笑った。
「さ、あともう一件用事を済ませましょ。とても大事なことをね」
皇居では粛々と、小澤ギン衆議院議員の運輸大臣兼復興担当国務大臣就任に伴う認証式が執り行われ、天皇名代である皇太子によって正式に認証された。
親子ほど歳の離れた二人は、しっかりと目を合わせてから黙礼した。
皇太子はモーニングの正装姿だったが、小澤女史の格好は、異様だった。カーキ色のその服は、昔の軍服を彷彿とさせる威圧感があった。足には米兵が着用している膝下までのブーツを履き、まるでこれから戦地に赴くような姿だった。歌舞伎役者だった父親譲りの精悍な顔立ちも、服装と相まって女らしさよりも男勝りな印象を濃くしていた。
小澤新大臣は、口を開いた。
「このような不作法極まりない姿で拝謁を賜ったことは、恐悦至極でございます。しかしながら、今は戦時と変わらない状況と鑑みまして、亡き夫が残した国民服を着てまいりました。この国難を乗り切るまでは、私はこの格好を断じて崩しません。どうか、お許しください」
「……わかりました。大臣職、よろしく頼みます」
式は終わり、小澤女史は浮かない表情の菅原首相と共に車に乗り込んで官邸に帰る、はずだった。
「小澤大臣、ちょっと」
侍従が呼び止めると、小澤女史は歩み寄った。そして侍従から耳打ちされ、一瞬目を丸くした後、首相に向き直った。
「総理、少し用事が出来ましたので、どうぞお先に」
菅原首相は、何も言わず車に乗り込んで去って行った。それを見届けた後、小澤女史は侍従についていき、皇居の奥へ入って行った。
たどり着いたそこは、庭園だった。まだ露出した土が多いが、緑は確実に根を下ろし、手入れも行き届いていた。そこに皇太子がいた。
「お留めして申し訳ございません。少しお時間があれば、あなたと話がしたいと思いまして」
「光栄でございます」
すると皇太子は人払いし、庭園には二人だけになった。
「歩きながら話しましょうか」
皇太子の言葉に小澤女史は頷き、二人は歩き始めた。皇居の木々はまだ植樹間もないものが多く、東京の復興でいちばん遅れている場所であることを示していた。
「ご亭主の形見ですか」
皇太子は小澤女史の服を見ながら言った。
「はい。主人は、7年前に亡くなりました。一緒に東京駅から山手線に乗ろうとしていたのですが、私がうっかり駅のベンチに忘れ物をしてしまって、それを取りに行ってる間に主人だけが電車で運ばれてしまって……その車両は、ゴジラに噛みつかれて大破しました。主人は、その下敷きに」
「……悲しいことを話させてしまいました。申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。……あの頃は、東京も復興してきたとはいえ、裕福とは言えない時代でした。なので主人は、背広代わりによくこの国民服を着用しておりました。死んだ時も、着ておりました」
「……」
「これは、傷ついた部分を
「私もそう思います。私はこの目で名古屋を見てきましたが、あれは……東京よりも酷かった」
「仮に大阪や福岡なども襲われれば、この国の経済や産業は崩壊しかねません。ただでさえ名古屋の壊滅によって東海道本線が断絶されてしまったので、国鉄も復旧もしくは迂回路の建設に四苦八苦しております。船舶を使えば多少は物流も改善しますが、海にはゴジラがいます。あまり奨励はできません」
小澤大臣の言葉に、皇太子は同意するように頷いた。
「私の職務は、日本国の交通保全、海上の安全確保、そして被災地の復興です。ですがそのためには、ゴジラに対する防衛ならびに駆逐手段も重々考慮しなければならないと考えています。幸い、海上保安庁長官と防衛庁長官とはすでに完全な連携体制を取り交わしております。だからこそ私は、今は戦時であると考え、国務大臣として職務に邁進する所存です。この命も、投げ出す覚悟は出来ております。一族の墓には、私の名前もすでに彫ってありますので」
皇太子が歩みを止め、小澤大臣もそれに従った。
皇太子は、すぅと息を吸ってから口を開いた。
「あなたを見ていると、名古屋で出会った米国人女性を思い出します。彼女は、まさしくあなたのような恰好をしていて、ゴジラによって傷ついた人々を救おうと一所懸命に努めていた。私はそれを手伝い、彼女と話し、とても勇気をいただけました。あなたを初めて見てから、私はあの女性のことをずっと思い出していた。私のことをジミーと呼んでくれたあの人のことを……大臣、もちろんあなたもご存知でしょうが、私には国事行為以外に出来ることは少ない。政治にも関われない。だからここで話すことは、私の独り言とでも思ってください」
小澤大臣は皇太子の横顔を見つめながら、頷いた。
「彼女は、名前はジェニスさんと言うのですが、彼女はゴジラを倒すために活動しているようです。彼女はアメリカ陸軍に所属していて、核物理学者だと言っていました。もしも彼女から、ゴジラに対する掃討作戦の提案があったら、どうか手を差し伸べてあげてほしい。……もちろん、それはあなたの一存です。これはお願いではないし、先ほども言ったように私の独り言です。私には何も力がない。ここの草木を愛でることぐらいしか出来ないといえば、そうかもしれない。ただ私は、もし東京にゴジラが再び来ても、逃げるつもりはありません。私はこの国の象徴として、留まります。それが私の責務です」
皇太子は澄みきった瞳で小澤大臣の目を見た。小澤大臣は低頭し、皇太子に言った。
「殿下……これも、私の独り言と思って聞いてください。今後の皇室のためにも、摂政就任をお勧めいたします。その方がより、殿下のお言葉に力を与えるものと、私は思います。日本は法治国家でございます。摂政には、天皇陛下同等の権限が法律によって定められております。いま殿下が取るべき最善の策は、それであると私は思います」
皇太子は無言で頷き、再び歩みを進めた。小澤大臣もそれに続き、野鳥がささやく庭園の中を、ゆっくり歩いて行った。
敷島家を訪問したジェニスと加代を、敷島夫妻は快く迎え入れた。
「今日もシャイニングガール(明子)はいないのね。残念だわ」
「ええ、今は学校に行ってますから。どうぞ」
敷島が用意した座布団に二人は腰を下ろした。
「あれから調子はどう、ノリコ」
「はい、おかげさまで元気です」
「悪夢は、まだ見てる?」
典子は、一瞬暗い表情を見せた後、気丈に振舞いながら「見てます」と答えた。
「最近は何を見たの?」
「……海の中を、泳いでるような光景でした。向こうに大きな船があって、その船にぶつかりそうな所で、海から出て……その後のことは、あまり」
「それは間違いなく、この前の首長竜のことね。あなたが病室で眠っていた時に、私はあなたの夢日記を読ませてもらった。あれは、ゴジラの目線よ。あなたもそう思うでしょ?」
「……はい。そう思います」
「ノリコ、辛いとは思うけど、どうか教えてほしいの。あなたが病室で魘されていた時、あなたは「やめて、殺さないで」と言ってた。そのことは覚えてる?」
「……はい」
「その時に、あなたは何を見たの? 何を感じたの? ……お願い、話して」
典子は、黙った。できれば口にはしたくない。だが一方で、ジェニスたちには痣の治療薬を投与してもらった恩義もある。その間で葛藤している時に、愛する夫が黙って頷くのが見えた。典子は、覚悟を決めた。
「あの時、私の目には町が見えていました。とても広くて、大きな町。一度も行ったことはないけど、たぶん名古屋です。いえ、絶対にそう。大きな駅を踏み潰して、電波塔を壊して……あと」
「あと?」
「……病院、病院を襲いました。あの時、声が……お前の望みを叶えてやる、心に入り込んでくるような感じで、そう言われて、あの……あの病院を……兒島病院と看板のあった、あの病院を」
敷島はすぐに妻を抱きしめた。典子は、過呼吸を起こしかけていた。
「大丈夫、大丈夫……お前のせいじゃない」
言い聞かせるように、敷島は妻にそうささやいた。典子は夫の服を掴み、その手は震えていた。
「……ありがとう、話してくれて。とても貴重な情報をありがとう」
「いえ……あの、ジェニスさん。私、すごく恐いですけど……私に何か出来ることがあれば、言ってください。もう嫌なんです、あの声を聞くのも、おぞましいものを見せられるのも。面白いものを見せてやろうとあの声が言った後、私はハワイの光景を見ました。夜の街が燃えていて、崩されていて、人がアリのようにどんどん踏み潰されて……もうあんなのは見たくない。でも、怯えてるだけじゃ何も解決しないって、最近やっと気づいたんです。私も、立ち向かいたいんですっ! あいつに、やり返してやりたい。どんなことが出来るかわからないけど、もう、許せないっ……」
本心を吐露した典子は、涙ながらにそう訴えた。敷島は、そこまで強い決意を胸に秘めていた妻の姿に、かつてゴジラに向かって決死の出撃をした自分と重ね合わせた。
「偉いわ典子、あなたは強い、強い女性よ。どうかその心を忘れないで。また話を聞きに来ても構わないかしら」
「……はいっ」
典子は泣きながらも、強い意思のこもった目をして、ジェニスの言葉に頷いた。
「そうだ、これをシャイニングガールに渡しておいてね。一日一個にしないと、歯が虫歯だらけになっちゃうかもしれないから取扱注意よ」
ジェニスはそう言って、ショルダーバッグから棒付きキャンディーの入った袋をちゃぶ台に置き、立ち上がった。
「ノリコ、忘れないで。ゴジラと戦うのはあなただけじゃない。私たちも一緒よ」
そう言い残して、ジェニスと加代は敷島家を辞した。敷島夫妻は二人を見送ってからも、しばらくの間抱き合い、時を過ごした。