ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年9月(10)

 東洋バルーン株式会社専務の板垣昭夫(いたがき あきお)は、大量の書類に目を通しては決裁を行っていた。

 正直、退屈な仕事だった。

 海神作戦での実績が評価されて順調に出世することが叶ったが、板垣は今の身分に不満を覚えていた。彼は根っからの技術屋であり、書類にサインするより設計図を描く方が好きだし、得意先と会食をするより機械をいじっている方が好きだった。

 だから今日、アポイントを取ってくれた客人の来訪を心待ちにしていた。

 ドアがノックされ、秘書の女性が来客が来たことを告げるや「お通しして!」と弾んだ声で言った。入って来たのは、癖っ毛と眼鏡が特徴の懐かしい人物だった。

「野田さん、お久しぶりです!」

「板垣さん、わざわざ時間を作ってくださって感謝します」

 再会した二人はかたく握手を交わし、専務室の黒革のソファに向かい合って座った。

「いやぁ、嬉しいです。実はもう書類と睨めっこばかりしていて、飽き飽きしていたんですよ」

「それはもう専務ともなればそうでしょうね。まぁ私も、学生たちの実験レポートの採点ばかりしてますけど」

「ところで、ご用件は何でしょうか。当社の技術がぜひとも必要とのことでしたが」

 秘書がお茶を運んでいる最中(さいちゅう)にも、板垣はすぐ本題に入りたがった。板垣の積極的な姿勢に、野田は安心感を覚えた。

「はい。実は、気球についてお訊ねしたいんです。こちらの会社では、気球も取り扱ってると聞きましたので」

「気球ですか、もちろんです! 何せ社名がバルーンですからね。元々当社は、明治時代に気球製作メーカーとして発足しました。ほら、銀座とかでも飛ばしてるバルーンがあるでしょう。あれもウチの製品です」

 野田は、銀座のデパートの屋上から「本日決算セール」と書かれた幟のついた気球を見たことがあった。板垣の言うのはそれだろうと納得した。

「そう、ちょうどあれぐらいの大きさの気球が必要なんです」

「何に必要なんですか?」

 野田は、お茶をひとくち飲んでから、板垣に言った。

「……対ゴジラ兵器への、転用です」

「えっ……気球をですか?」

 板垣は目を丸くして、しばらく言葉が見つからなかった。

「貴社の製品を、そのような形に使うことに対しては、心苦しく思っています。ですが、どうしても必要なんです! あなたも昨今の出来事をよくご存じでしょう。ゴジラによるハワイと名古屋壊滅。それに加えて、背鰭の生えた巨大生物の続出……早く対処しないと、またゴジラは東京を襲うかもしれない。いえ、きっと襲うでしょう。東京は奴の縄張りなんです。再上陸となったら、この会社だってどうなります? あなたは今、専務という立場にいらっしゃる。つまり社員たちを、そのご家族を守る義務があるはずです。板垣さん、どうか力を貸してくださいっ」

 野田は応接用のテーブルに頭を擦りつけんばかりに頭を下げ、懇願した。

 時計の音だけが部屋に響き、板垣はしばらく考え込んだ。

「……確かに、昨今のことについては気がかりに思っていました。名古屋には当社の工場もありましたので、多くの従業員や家族も犠牲に……野田さん、わかりました。私に協力できることがあれば、何でも言ってください。この際キャリアなんてどうでもいい、むしろ降格した方が楽かもしれないし」

 板垣が微笑しながら言うと、野田は何度も礼を言った。だが板垣は、企業経営陣であることも忘れず、こう言った。

「しかし、協力するにはちゃんとした組織がないと、当社としてもどこに納入したらいいのか分かりません。野田さん、あなたは何か政府の組織の一員なのですか?」

 そう言われて野田は、愕然とした。今の野田は、ただジェニスと自由に行動しているだけに過ぎない。水島の助力で自衛隊とはつながりがあるが、政府機関とはまったくつながりがなかった。海神作戦の時は、堀田を座長とした対策チームがあったが、今はない。

 野田は、無念そうに首を振った。

「そうですか、それは困ったな……そうだ、ちょっと待っててもらえますか?」

 板垣はあることを思い立ち、自分の机に置かれた黒電話のダイヤルを回した。ほどなく、電話はつながった。

「あ、どうも先生。東洋バルーンの板垣でございます。先日はどうも……ええ、今お時間よろしいでしょうか。実は喫緊(きっきん)にお話ししたいことがございまして。実は今、私のところに東京大学の野田助教授がお越しになられてるんですが、対ゴジラ兵器の開発に関して、先生のご助力を賜りたく……はい、はい…本当ですか? わかりました、ではすぐに伺います。それでは後ほど、では。失礼いたします」

 受話器を置いた板垣の顔には、明るさがみなぎっていた。

「野田さん、これからちょっと出かけましょう。後ろ盾になってくれる方が見つかりました」

「本当ですか? ありがとうございますっ」

 二人はすぐ部屋を出て、取締役専用の黒塗り自動車に乗り込んだ。板垣は運転手に「市ヶ谷の特区に向かってくれ」と告げて、車は走り出した。

 

「拝啓 敷島明子様

 元気にしてますか。俺は元気の塊です。

 先日、俺が乗る護衛艦はるかぜが首の長い怪獣と戦いました。もちろん勝利しました。

 ただはるかぜはあちこち傷を受けたので、ドックに入って修理をしました。おかげでまた新品同様になって、魚雷も新しく搭載されました。より強くなったのです。

 日本は俺たち自衛隊が命を懸けて守ります。どうか安心してください。

 お父さんとお母さんにくれぐれもよろしく。お手紙ありがとう。敬具」

 水島から届いた手紙を、明子は何度も何度も読み返していた。口には、あの背の高い女の人が持ってきてくれた飴をふくみ、その甘さはやっぱり、菓子店で売っている普通の飴玉の数倍は甘かった。

「あの子ったら、もうずっと読んでますね」

 洗濯物をたたみながら、典子は微笑みながら娘の姿を見て言った。

「そうだな。……あいつ、本気で水島君のこと好きなのかな」

 たたむのを手伝う敷島は、何だか気を揉んでいるような口調でそう言った。

「あら、ダメなんですか? 明子が誰を好きになろうと、いいじゃないですか」

「で、でも歳が離れすぎてるし……お前はいいのかよ」

「別にぃ。お似合いだと思いますけどねぇ」

「そうかなぁ……う~ん」

 敷島はどうも納得のいかない様子だった。

「私は、明子が結婚できるくらい大きくなった時でも水島さんのことが好きなら、結ばれてもいいと思いますよ。そうなったら浩さんは、水島さんのお義父(とう)さんですね」

「え~……何か、やだなぁ」

 苦笑する敷島を見て、典子はおかしそうに笑った。

「お父さんお母さん見て見て! 水島さん写真も贈ってくれた!」

 明子が声を弾ませながら見せたのは、一葉(いちよう)の写真。修復を終えた護衛艦「はるかぜ」をバックに、制服姿の水島が敬礼をしている。顔には絆創膏(ばんそうこう)が貼られていて、あの首長竜と戦ったことを証明していた。

 

 黒塗りの車が、東京町田市の或る屋敷の門前で停まった。門には皇宮警察官が駐在し、降り立った皇太子殿下に敬礼した。

 「武相荘(ぶあいそう)」と名付けられているその邸宅は、屋敷というよりも農家の造りだった。それもそのはずで、元々が農家だった。日米開戦の翌年、実業家の白洲次郎(しらす じろう)がいちはやく疎開先として購入し、「武蔵と相模の間にある」ことから武相荘と名付けた。無論、「無愛想」の言葉遊びでもあった。

 7年前に皇居が消失した後、体調を崩した両陛下は皇太子を名代とし、自分たちの療養先を探していた。葉山や那須などの御用邸はあったが、葉山は海に近くてゴジラ襲来の危険があり、那須は東京から離れていた。天皇の要望は、首都に近い立地、それさえ合致すれば手狭でも粗末でも構わないというものだった。それをたまたま政財界の人間から伝え聞いた白洲が、自身が所有する旧邸宅の提供を宮内庁に持ち掛けた。当初、宮内庁側はあまりにも粗末な造りに見えた武相荘に難色を示したが、陛下が「そこで良い」と仰られ、即決した。以来武相荘は宮内庁管理の御用地となり、事実上の御用邸として両陛下の住まいとなった。

 その、今の(あるじ)は縁側に腰かけて、本を読んでいた。辞書ほどの厚さがあるそれは、長年愛読している植物図鑑だった。

「父上様」

 息子の声に天皇は顔を向けた。その顔は、敗戦時の時よりもやつれ、頭には一本の毛も無かった。

明仁(あきひと)、座りなさい」

 天皇は隣の床をポンポンと叩き、皇太子は言われるがまま隣に腰かけた。

「……ここは、いいですね。緑が豊富で」

「うん。たまにタヌキも来てくれるよ。ポン太郎と名付けてるんだが、なかなか懐いてくれなくてね」

 天皇は話しながらも、目線は本に向けられていた。皇太子は、今の皇居では吸うことが出来ない新鮮な自然の空気を吸ってから、口を開いた。

「父上様、私は摂政(せっしょう)になろうと思います」

 天皇はそれを聞いて、顔を上げた。

「やっと、覚悟してくれたか。重責を担う覚悟が」

「……待ってたんですか、私が摂政になりたいと言うのを」

「うん。私も若い頃、ちょうどお前と同じ歳頃に摂政になった。お前のおじじ様は病弱でな、とても公務ができる状態ではなかった。だから私が摂政となり、その代わりを務めた。あれは、実に重い務めだ。だがあれを経験したからこそ、私は天皇になる身構えもできた。私が天皇になってから、暗いことばかり起きた。226(ニーニーロク)、志那事変、大東亜戦争……終戦は、難儀だったなぁ。だが、私の意見を聞いてくれた政府が、やっと決断して戦争は終わった。お前も知っているだろうが、私は米国の裁判を受けるつもりだった。私の首と引き換えにしてもいいから、どうか国民の命は助けてほしいと……マッカーサー元帥は、人格者だった」

 皇太子は黙って、天皇の昔話に聞き入っていた。もうあと何回、こうして父の声を聞く機会があるだろうかと、不謹慎ながらもそう思いながら。

「せっかく東京が復興してきたところへ、あの巨大生物が現れた。せっかく、立ち直りつつあった東京を、あの生物は全て灰にした。建物も、国民も……。せっかくアレが倒されたと思えば、また出現してると聞く。名古屋も相当な目に遭ったのだろう?」

「はい。あれは、東京よりも(ひど)いものでした……」

「明仁、摂政になりなさい。そうすれば、法的な地位がお前に確立する。たとえ出来ることが少なくても、お前の声を聞く国民は必ずいる。その声に励まされ、元気をもらう人もいる。私は、もうこんな状態だ。もう、無理だ。歩くのにも杖がいるし、書き物さえ手が疲れて長続きしない。明仁、どうかこの国難を、国民と共に乗り切ってくれ。そうなったら私は、お前に(くらい)を譲る」

「それは……そんなこと、言わないでくださ…」

「黙って聞きなさい。私はもう長くはない。その前に、お前が天皇になった姿を見たい。それが私の、最後の望みなんだ。どうか、親孝行だと思って、受け入れてくれないか」

 天皇は、息子の顔を見ながらそう言った。息子の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 皇太子は、黙って頷いた。その頭を、天皇は優しく撫でた。

「お前なら出来るよ。私よりも上手くな……さぁ、母さんにも挨拶をしてきなさい。今は寝てるが、お前が顔を見せたら喜ぶよ」

 皇太子は涙をぬぐって「はい」と頷き、皇后の居る部屋へ向かった。縁側にまた一人になった天皇は、再び植物図鑑を読み始めた。野鳥のさえずりが、どこからか聞こえた。

 

 ドアがノックされ、小澤ギン運輸大臣は、書類にサインをする手を止めて返事をした。

 秘書官がドアを開けて入室してきたのは、社名の刺繍が入った上着を羽織った東洋バルーン社の板垣専務と、癖っ毛が印象的な眼鏡の男だった。

「ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞ、お掛けになってください」

 客人をソファに招き、板垣と野田は並んで座り、その間に小澤女史はお茶を淹れて二人に差し出した。二人とも恐縮しながら礼を言った。

「そう気を張らなくても大丈夫ですよ。どうぞお楽に」

 小澤女史は二人と向かい合って座った。その服装は、カーキ色の軍服に似ていて、野田は思わずジェニスのことが頭に浮かんだ。

「板垣さん、会社の業績は好調ですか?」

「はい。今期も黒字を達成いたしました。ただ、名古屋の工場や従業員が被害に遭ったので、その対応にも追われています」

「お悔やみ申し上げます。……あなたが、野田博士ですね。あの海神作戦の」

「は、はいっそうです。今は東京大学理学部の助教授をしております」

「日本の危機を救ってくださったこと、改めて感謝申し上げます。……ですが今、我が国は再びその危機と直面しております。博士、あなたはまた対抗策をお考えですか?」

「はい。実はそのことでご相談があります。私は、米国の科学者と共に、ゴジラに効果がある毒性物質の発見に成功しました。名前はオソニチンといい、これまで未発見だった新しい物質です。わずか0.01mg接種するだけで、あらゆる生命は泡をふいて死に絶えます。この毒が、ゴジラに対抗する唯一の希望です。先日の首長竜も、このオソニチンを搭載した弾頭が命中して駆逐することが出来ました」

「なるほど……それは実に興味深いですね。実は長官からもその話は聞いておりました。今後も様々な兵器への転用を検討していると」

「ただ、ゴジラは通常の生物ではありません。たとえ負傷させてもすぐに再生するんです。私はそれを、7年前間近で目撃しました。顔の半分が吹き飛ばされても、奴はすぐに再生したんです。つまり通常攻撃では、完全には倒せません。ですがオソニチンを使えば、今度こそ奴を葬ることができます。ゴジラの細胞は、オソニチンには弱いんです。そのことは様々な検証を得て証明されています」

「なるほど。では具体的に、そのオソニチンという毒をどう使えばいいと博士はお考えですか」

「……奴は、所詮(しょせん)は生物、動物です。目の前に障害物があれば、情け容赦なく攻撃します。それを逆手(さかて)に取ります」

「どういうことでしょう?」

「先日やっと、オソニチンの気体化に成功しました。奴の目の前に、オソニチンのガスを充満させた気球を飛ばすんです。可能な限り、奴の顔の高さまで上げて。その気球をゴジラは必ず攻撃するでしょう。手を使うか、もしくは」

「噛みつく」

 察しがいい人だと野田は思った。

「そうです、それで確実に奴の体内にオソニチンを入れます。奴の体では、毒性物質が細胞を破壊し、必ず反応が起きるでしょう。それでも絶命しないのなら、艦砲射撃や戦車砲でオソニチンをさらに投与します。それで奴を、完全に倒します」

「その作戦に協力するためには、まず対策組織を立ち上げる必要がございます。大臣、お力をお貸し願えませんか?」

 板垣も助け舟を出し、二人は小澤女史の反応をうかがった。

 小澤女史は、少し考え込んでから口を開いた。

「分かりました。実は私も、かねがねそうした組織の立ち上げを考えておりました。ただ適任者の不在や、業務にも忙殺されておりましたので、なかなか実現が難しかったのです。ですが今この時をもって、あなたがふさわしいと私は認めます。お引き受けしていただけますか、博士」

 小澤女史は、歌舞伎役者だった親譲りの鋭い目を向けながら、野田に言った。

「は、はいっ。ただ、私だけでは心許(こころもと)ないので、参加させたい人がいます。アメリカの核物理学者で、ジェニーさんという方です」

「ジェニー? ……ご本名は、ジェニスさんですか?」

「あ、そうですそうです! すいません、いつも愛称で呼ぶよう強制されていたので……大臣もご存知な方だったんですね」

「いえ、お名前だけ、或る方からお聞きしただけです。詳しくは存じ上げません。ですが、参加を認めましょう。あなたが推挙するのでしたら、信頼できます」

「ありがとうございますっ!」

 野田は頭を下げた後、板垣と目を見合わせて笑顔で頷いた。これで上手くいくぞと。

「近日中に、ゴジラ対策委員会を立ち上げます。まずは閣議にかけますが……お恥ずかしながら、私は身内にも敵が多いもので、反抗される恐れもあります。ですがご心配なく、その時は運輸省所管ということにして、必ず立ち上げます。お約束いたします」

 小澤女史は立ち上がって二人に頭を下げた。野田と板垣も慌てて立ち上がり、深々とお辞儀をした。

 

「いやぁ、助かりましたよ板垣さん。まさかあの小澤大臣とつながりがあったとは」

「いえいえ、私ではなくウチの会社が大臣に政治資金を少し提供してるんです。大臣の御亭主が、ウチの得意先だった関係もあったので」

「たしか、企業経営者だったんですよね」

「ええ、私も何回かお会いしたことがあります。とても奥さん思いの良い方でした」

「……もう、誰も死なせたくはありません」

 運輸省庁舎のロビー階段の途中で、野田は足を止めた。

「せっかく日本が復興している時に、奴が復活して、日本ばかりか世界を巻き込んで悲劇を繰り返している……今日まで、どれだけの人が死んだでしょうか。どれだけの人が傷ついたでしょうか。もう、もう散々ですよ……」

「……野田さん、それは私も同じ思いです。東洋バルーンはどこまでも、あなたに協力します。いえ、させてください」

 二人はあらためて握手を交わし、階段を下りて庁舎を出た。

 7年前のゴジラ災害以後、ほとんどの政府機関は市ヶ谷に拠点を移し、そこに在った旧陸軍の建物が政府庁舎として使用されていた。あのゴジラの熱線による衝撃は市ヶ谷も襲っていたが、人や物は吹き飛ばされても、建物はかろうじて残っていた。それを修復または再建し、庁舎として生まれ変わらせた。中でもその中心にたたずむ新国会議事堂は、帝国時代から変わらぬ姿を留めていた。それはかつて陸軍士官学校として使われ、陸軍省庁舎としても使われ、敗戦後は極東国際軍事裁判の法廷としても使われた。正面入口の上に四角形の塔があり、どことなく旧国会議事堂を彷彿とさせたそこが、今の日本国の政治の中心地だった。その建物を横目にしながら、野田と板垣は車に乗り込み、市ヶ谷政府特区を後にした。

 

「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースを申し上げます。宮内庁は先ほど、皇太子殿下が摂政に就任されることを発表されました。繰り返しお伝えいたします、皇太子殿下が摂政に就任されることを、先ほど宮内庁が公式に発表いたしました。宇喜多(うきた)長官は会見を行い、近日中にも摂政就任式が皇居にて執り行われることを発表しました。皇太子殿下は昨年より天皇名代として国事行為を代行しておりましたが、摂政に就任されることで法的地位が確立し、今後の国事行為代行が円滑に運ぶものと思われます。また両陛下について宇喜多長官は、今後も町田市の武相荘にて静養を続けられることも続けて発表されました。以上臨時ニュースをお伝えいたしました。引き続き野球中継をお届けいたします……」

 

 出光興産(いでみつこうさん)の石油タンカー「日章丸(にっしょうまる)」は、中東で買い付けた原油をタンクに満載させ、一路日本に向けて針路を取っていた。

 日本には、自然から採れる資源が少ない。樹木や水資源、鉱物も多少はあるが、原油がない。日本の油田確保は悲願ではあったが、まだまだその道は遠かった。

 船長の仁田(にった)は、早く日本に帰国して、この原油を日本に届けたかった。この現代の産業には、油は必要不可欠なものだ。いや、昔からそうだった。工業にしろ燃料にしろ、油は絶対に必要なものだった。日本は昔からその輸入を他国に頼っていたが、輸入先だったアメリカが禁輸処置を取り、日本は真珠湾を攻撃した。油とは、戦争を引き起こすほどの価値がある代物だった。仁田は当時からタンカー乗りだったが、徴兵されて南方戦線に送られた。そして死にかけた。戦友も上官も次々と死に、もう玉砕しかないと思ったが、何とか生き延びて敗戦を迎えた。生きて帰った仁田は、再び出光興産の船乗りとなり、今や船長にまで昇りつめた。もうこれ以上の出世はない。来年彼は定年を迎える。思い残すことはない、が、今はゴジラがいる。あの怪物によって世界が混乱し、原油価格も高騰した。それでも会社重役が粘り強く交渉して、何割か値引きすることに成功した。

「あなたはまるで押し込み強盗のようだとまで言われたよ」

 その時の話を聞かせてくれた重役は、強盗と卑下されてもまったく気にしてないように豪快に笑っていた。それぐらいの胆力がなければ、値下げ交渉などとても出来ないのだろうと仁田は実感した。

「日本に帰ったら仁田君、料亭で一献(いっこん)いこうじゃないか」

 操舵室で仁田の隣に立つ重役は、笑顔でそう言った。仁田は微笑して頷いた。日本まではあと一日ばかりかかる。領海に入った時点で、海上保安庁が護衛のために巡視船を派遣してくれることになっている。巡視船でどこまで、あの怪物に対抗できるかは想像に難くないが、それでも何でも護衛があることは心強かった。

 何事もなければそれでいい。仁田はそう思いながら、安全航海に専念した。

 

 その船のスクリュー音を、海中の奥深くから聞くモノがいた。

 ソレは全身が岩肌のようにゴツゴツしていて、背中から尾にかけて、何本も尖った背鰭が生えていた。

 やがてソレは、動き始めた。スクリューを追うように、静かに、ゆっくりと……。

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