1949年春
カーテンの閉ざされた暗い部屋に、映写機が壁に映像を映し出した。
まず映像に出て来たのは、逃げ惑う群衆だ。モノクロ映像のため皮膚の色は判別不能だったが、容姿を見ればすぐ東洋人であると分かった。
ジャップ……かつてそういう蔑称で呼んでいた民族。
老若男女の日本人たちは、何かから逃れようと必死に走っていた。
等間隔で、カメラは揺れる。映像に音はない。だが人々の様子を見れば、その狂騒は容易に想像できる。
群衆の一人が、一点を指差した。逃げる方向とは逆方向。カメラは指で示された方へ向けられた。
そして、その
ビルと同等、いやそれ以上の巨体を誇る、山のような生物。
二足歩行で移動する
体を反転させ、身長ほどはあろうかという長い尾を振り回し、呆気なく周囲の建物を破壊した。
そう、この生物は、行動そのものが破壊を生む。
まるで人間を憎んでいるかのように。
……やがて、カメラマンのすぐ手前まで生物は接近した。映像は、その生物を見上げるアングルになった。前のめりになりながら生物が咆哮したところで、映像は終わった。
「以上が、GHQ参謀部のマーティン中尉が撮影した記録映像になります。次を」
暗室に座する軍高官が部下に命じ、別の映像が映し出された。
今度は一転して、空中からの映像だった。B-17から撮影したものであると軍高官は捕捉した。
それはまたあの生物を映していた。先ほどと違うのは、その生物は海にいて、上半身が海上から露わとなっていた。
とても、醜い姿をしていた。
皮膚はブクブクと白く膨れ、何かしらのダメージを受けている姿なのは一目瞭然だった。
が、それでもその生物は生きていて、攻撃姿勢を見せていた。
付近には、改造が施された日本の駆逐艦、そして小さな船が複数いた。
沈められる。映像を見ていた誰もがそう思った。
と、刹那。
生物の頭部に、高速で突っ込む物体が現れた。
後の調査で、日本軍が秘匿していた局地戦闘機であることが判明したそれは、生物の開いた口にまっすぐ突撃し、ほどなく爆発した。
「カミカゼ……」
誰となく、メンバーの一人が呟いた。
生物は、腕を力なく下ろし、頭部から黒煙を上げながら徐々に崩壊していった。
体から
カーテンが開けられて、部屋の中に優しい陽光が入り込む。
「以上が、モンスターXに関する映像資料になります。大統領閣下」
軍高官が言うと、この部屋で最も権威ある人物は「わかった」と手を組みながら頷いた。
「まともな装備もない中で、あの生物を葬れたのはまさに奇跡ですな」
「まったくだ。あの民族は、本当に何をしでかすか分かったもんじゃない」
「我が国に宣戦布告してきたぐらいですからな」
軍人たちが談笑する中で、この春に就任したばかりの大統領だけは、表情をまったく崩さず一点を見つめていた。その様子を察して、軍人たちは笑うのをやめた。
しばしの静寂が続いたあと、大統領は口を開いた。
「あの生物が、再び現出する可能性はどのくらいだね」
「はっ。現状の調査では、類似する生物の報告はありません。従って確率はゼロに近いかと」
軍高官の返答に対し、大統領は手を組んだまま返した。
「そうか。だが念のため、軍の警戒は続行するものとする。GHQにもそう伝えてくれたまえ」
「畏まりました」
「それと」大統領は組んでいた手を崩し、椅子から立ち上がって窓の外を見つめた。
「コードネームを変更する。ゴジラだ」
「それは、日本由来の名前ですが……」将軍の一人が口を挟んだ。
「だから何だね。奴は我が国と日本共通の敵だ、ならば使用して不都合などない。これが私の、大統領としての最初の仕事だ。君はそれに異を唱えるのかね」
静かな口調ながらも威厳ある振る舞いに、将軍は黙して目をそらした。
「日本はもう敵国ではない」
大統領は、窓の外にある桜並木を見つめながら言った。
それはかつて日本から贈られた木々で、戦時中は怒り憎しみから
かの国でもきっと咲いている頃だろう。
大統領は、海を隔てた隣国のことを思い浮かべた。
その隣国では、戦争とゴジラによる災害で多くの人々が傷つきながらも、たくましく生きていた。
海に出て漁に精を出す者。
それを手伝う若者。
大学で教鞭を執る者。
元戦闘機乗りの者も、確かに生きていた。
そして、海の中でも……どこかで……。