ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年10月(1)

 1954年10月

 

「大統領」

 法案の修正文書に目を通していた合衆国大統領は、机の前で直立する統合参謀本部議長を一瞬見て、再び書類に目を落とした。議長は、引き下がらなかった。

「大統領、どうか軍に、ゴジラに対する原子爆弾の使用許可をお与えください。あの怪物を抹殺(まっさつ)するには、それしかありません」

「デイビス、その件については陸海空のトップとも話したじゃないか。そして結論は出た、使わないと」

「しかしながら、奴には通常の攻撃はまったく効きません。となれば、手段は〝第二の太陽〟を浴びせるほかにありません。大統領閣下、一生のお願いです。使用許可を」

 大統領は、わざと音を立てながら万年筆を机に置いた。そして椅子の背もたれに深く身を(ゆだ)ね、議長を見据えた。

「デイビス、それは本当に最後の手段だ。合衆国を守るために、どうしてもという時に、私は許可する。だが今はその時ではない」

「閣下、お言葉ですが」

 大統領は手で制して、議長の発言をさえぎった。そして椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。

「君の気持ちは理解しているつもりだ。国民の中にも、使用を望む声が多いことは重々承知している。だが、相手は未知の生物だ。迂闊(うかつ)なことをすれば、取り返しのつかないことにもなりかねない。その時の責任を、君は取れるのか議長」

「……」

「君の首で済むならまだいい。私の首でも足らないだろう。……日本は、独自にあの怪物を倒すために動いているそうだ。スガワラからそう聞いた。かなり確実に、あの怪物を葬れるらしい」

「まさか……ろくな軍備もない日本にですか? 信じられません」

「その真偽を確かめるために、私は特使を派遣した。将来、きっとこの椅子に座れる人材だよ」

 大統領は振り返って、先ほどまで座っていた椅子に触れながら言った。

「誰ですか?」

「国務省の官房長だ。今は病気のフォスターに代わって国務次官代理でもある。彼は切れ者だ、善悪と確実性を見極めることに長けている。彼の報告次第で、私の心も変わるだろう」

「原爆を使用するかどうかですか」

「日本という国が生まれ変わったかどうかだよ。我々の支配下から脱し、独立国家となり、それでどれだけの力を持っているのか。最初のゴジラも彼らが倒した。だがあれは民間主導によるものだ。我が国も、日本政府も関与はしなかった。あの国の国民というのは、底知れない信念があるのだろう……爆弾を積んだ戦闘機で、空母の腹に突っ込む精神は、我々にはない。ああ、これは褒めているのではない。我々とは、考え方が違う民族だということだ」

「……はたして、出来るでしょうか。日本に」

「出来なければ困る。もし、日本が我が国に協力を申し出てきたら、私はそれに応えるつもりだ。何が何でもあの怪物を倒さねばならないのは、どこの国にしても同じ思いなのだからな。おちおち釣りもできん」

 最後のジョークを議長は笑わなかった。大統領は不機嫌そうな顔をしながら、再び椅子に腰かけ議長に宣言した。

「とにかく、クロフォード官房長の報告を聞くまで、二度と私に原爆使用の可否について直談判するな。いいかデイビス、私はペンひとつで原爆も落とせるが、君をすぐに解任できる力があることも忘れるな。私は忙しい、話は以上だ。職務に戻りたまえ」

 統合参謀本部議長は、苦々しい顔をしながら大統領執務室を辞した。

 一人になった大統領は、机に置かれた写真立てに目を向けた。湖畔で釣りをした際に撮った孫娘とのツーショット写真。その写真の下に、和紙で出来た折り鶴が置かれていた。議長からはおそらく見えなかっただろう。それは或る日、広島からホワイトハウス宛に送られた一通の手紙に同封されていたものだった。手紙の差出人は広島在住の少女で、偶然孫娘と同い年の子だった。その子は、きっと和英辞書を必死に読み込みながら、(つたな)い文章ではあったが、英語で大統領に手紙を書いて送った。

「どうか原爆を使わないでください。私の両親を奪った原爆を」

 手紙のその一文が、大統領の頭に深く刻み込まれた。大統領はその折り鶴を手に持って、これを折った異国の少女のことを想うと、心があたたかくなった。と同時に、原爆で両親を失った彼女のことを想うと、胸が痛んだ。

 再び折り鶴を元の場所に戻した大統領は、万年筆を持ち、法案の修正文書にサインをした。

 

 *

 

「またこうして集まったのは悪い気はしねぇけどよぉ、何だって俺もこんな委員会なんかに呼ばれたんだ?」

 運輸省庁舎前で、秋津は怪訝な顔をしてそうぼやいた。

「何でも、海神作戦に参加したメンバーにも意見が欲しいってことらしいっす」

 制服姿の水島が言った。顔の絆創膏はもう取れていた。

「何か、緊張しますね。国の偉い人とかがいるわけでしょう。記者だってたくさんいるでしょうし」

 敷島は、何だか不安な様子だった。

「バーカ、代議士だろうが何だろうが、ゴジラに比べりゃ平気の平左(へいざ)だろうが。っていうかよ、なんで典ちゃんも一緒なんだよ」

 敷島の隣には典子もいた。彼女が作戦メンバーでないことは、皆わかっていた。

「ジェニーさんが、ぜひ来てほしいとのことなので」

 どうしてもあなたにも聞いてほしいと頼まれ、典子はジェニスの招待に応じた。明子のことは隣家の澄子に任せている。

「ふーん、あのアメリカ女がなぁ……まぁこっちも、こんな小僧連れて来ちまってるから他人(ひと)のことは言えねぇけどな」

 秋津は傍らにいる三郎の頭を乱暴に撫でた。三郎は「やめてくださいよ」と笑いながら抗った。

「俺は海神作戦とは無関係ですけど、ほらゴジラザメ倒したのは俺のおかげじゃないっすか」

「お前はいつもいつも鬼の首取ったみてぇにそれ言うなぁ」

「ところで、野田さんは?」

 敷島が言うと、ちょうど庁舎の正面玄関から野田が姿を現した。一張羅(いっちょうら)の背広姿に全員が注目した。

「いやぁ皆さん、来てくれてありがとうございます。さぁどうぞ、案内します」

「おいおいおい、何だその似合わねぇ服。オマエ代議士先生にでもなったつもりかぁ?」

「いや、まぁ……大臣とかが列席するわけですから、ちゃんとしないとと思って。とにかくどうぞ、さぁ」

 野田がエスコートする形で、敷島たちは運輸省庁舎二階の会議室に入った。そこには会議参加者用の長椅子が整然と並べられ、敷島たちはその最前列に案内された。その前には、左右に机と椅子がそれぞれ並べられ、中央には演台が置かれ、奥の壁にはスクリーンも用意されていた。

「なんだよ、お前はこっちの席じゃねぇのかよ」

 秋津は、野田だけ机の置かれた席に向かったのを見咎(みとが)めた。その隣には東洋バルーンの板垣や、東京大学の佐々と牧、第三分院長の中島の姿もあった。机は二列あり、野田たちはその二列目の席にかたまっていた。

「まぁその、この委員会の責任者の一人ということになってますので」

 野田は秋津にはにかみながら言って、板垣たちと話をし始めた。秋津は「なんでぇあいつ」とぼやいた。その間にも参加者席には続々と人が集まり始め、あっという間に席が埋まった。ほとんどがかつて、海神作戦に参加した面々だった。敷島は後ろを見遣って、いちばん後ろの方にはカメラを構えた記者団の姿があったのを確認した。なるべく、典子が変に注目されないようにしないと……彼は自分よりも、妻のことを案じた。報道の人間は、人権など上の空といった具合に根掘り葉掘り質問をぶつけてくる連中だ。ただでさえ精神を病みやすくなっている典子には、耐えがたいだろう。自分が、身を挺してでも守らなければと思った。

 やがて、部屋前方の扉が開き、続々と人が入って来た。

 まず入って来たのは、異国人たち。その服装は二種類だけで、軍服を着ている者、背広を着ている者とではっきりと身分が分かれていた。特に前列に腰かけた、恰幅(かっぷく)の良い空軍人の胸にはこれ見よがしに大量の勲章が付けられ、彼がその場で最も地位が高いことを示していた。その隣には、黒い背広姿の長身の男性が座っている。髪はブロンドだった。

 続いて入室したのは、日本人。いかにも官僚といった感じの男たちや、新聞やニュースで顔と名前が知られている政治家たち、そして昨今市井(しせい)の人気を高めている小澤運輸大臣も、例のカーキ色の服を着て颯爽と姿を現した。それに随行するように、護衛艦「はるかぜ」艦長の堀田も同行し、野田たちがいる席へと向かい、閣僚と小澤大臣、堀田が前列に座り、野田たちはその後ろの席に座った。扉が閉められて、場は静まった。

 小澤大臣が立ち上がって、軍用ブーツの靴底を響かせながら演台に立ち、敷島ら参加者たちと向かい合った。

「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます。運輸大臣の小澤です。今回は第一回ゴジラ対策委員会初会合ということで、まずは委員の紹介をさせていただきます。当委員会の委員長は、(わたくし)が務めさせていただきます。副委員長には、建設大臣の柳原邦昭(やなぎはら くにあき)代議士が就任いたしました」

 紹介を受けた柳原は立ち上がり、出席者たちに一礼した。四十代半ばの働き盛りな男だった。

「次に、内閣官房副長官の会原(あいはら)、自治庁長官の明石(あかし)、大蔵省事務次官の大鳥(おおとり)、防衛庁長官の花森(はなもり)、海上保安庁長官の金子(かねこ)、以上私を含めて七名が日本政府を代表して参りました。次に対策班の紹介です。野田健治(のだ けんじ)東京大学理学部助教授、佐々渥(さっさ あつむ)植物学教授、牧大助(まき だいすけ)化学教授、医学部附属第三分院の中島謙吾(なかじま けんご)院長、東洋バルーン株式会社専務の板垣昭夫(いたがき あきお)、計五名です。また海上自衛隊より、護衛艦はるかぜ艦長の堀田辰雄(ほった たつお)一等海佐にも出席をお願いいたしました」

 紹介を受けた全員が立ち上がって、礼儀正しく頭を下げた。

「それでは次に、海外からの列席者をご紹介いたします。まず米国大統領特使のゲイリー・クロフォード国務省官房長、彼は国務次官代理でもあります。次に駐日大使のデレク・ランドール閣下、在日米軍司令官のハンス・ノートン空軍中将、第七艦隊司令官のトーマス・モーリー海軍中将、在日米陸軍司令官のダグラス・ハメル准将、それ以外の武官は彼らの副官と通訳です。以上が、当委員会の主要メンバーです」

 小澤大臣はお歴々の紹介を終えて、あと残る一人の紹介もした。

「それと、当委員会の特別オブザーバーとして、アメリカの核物理学者であるジェニス・クロフォードさんにもご参加していただきました。クロフォードさん」

 参列者の中に、ジェニスの姿はなかった。小澤や他の人々も当惑する中、部屋の後方から「ハーイ」と声が上がり、全員がその声に顔を向けた。ジェニスは壁にもたれながら立っていた。

「ごめんなさい、入り口を間違えたの」

 そう微笑しながら言って、ジェニスはアメリカ側の席に向かった。いつものカーキ色の上下に加え、深緑の上着を羽織っていた。ジェニスは小澤大臣に目礼し、ゲイリーの横に座った。

「君らしい登場の仕方だ」兄は母国語でささやいた。

「本当に間違えちゃったのよ」妹は言い返した。

 小澤大臣は咳払いをしてから、参加者たちを見据えながら言った。

「また、本日はゴジラに関することを話し合うので、かつてゴジラを掃討した海神作戦の参加者の皆様にもご出席願いました。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 小澤大臣は参加者たちに、深く頭を垂れた。敷島らは、軽く頭を下げた。

「それでは会合を始めたいと思うのですが、ここで一旦報道の方々にはご退室願います」

 すると報道陣からはざわめきが起こり、抗議の声が上がった。小澤大臣は毅然(きぜん)と向き合った。

「申し訳ございませんが、ここから先は極秘事項を含む内容をお話しすることになりますので、どうぞご理解ください。もちろん会合が終わり次第、私が質問に対応させていただきます」

 報道陣は納得がいかない様子のまま、護衛官や省職員に誘導されて、会議室から出て行った。扉が閉められて施錠された後、小澤大臣は再び口を開いた。

「では早速、本題に入らせていただきます。野田助教授、お願いいたします」

 指名された野田は用意した書類を持って立ち上がり、小澤大臣と入れ替わって演台に立った。まず一礼をした後、呼吸を整えて口を開いた。

「ご紹介にあずかりました野田です。まず作戦概要を説明する前に、ゴジラの生態について説明をさせてください。そもそもゴジラとは、大戸島近海に生息していた、太古から生き延びていた生物、漢字では呉爾羅(ごじら)と書きます」

 スクリーンには映写機で「呉爾羅」の文字が映された。

「このオリジナルの呉爾羅がどういう生物なのかは、すでにサンプルがないので詳細はわかりません。ただ、1945年に大戸島に上陸した際、目撃した敷島さんと橘宗作(たちばな そうさく)さんの証言によれば、推定身長は15メートル、性格は極めて獰猛(どうもう)で、動くものを容赦なく攻撃する性格を持っていたとのことです。あの背鰭も、当時から存在していました。そもそも背鰭とは、船でいえば舵取りをする機能を持つものです。魚類にそれがあるのは、まさしくそのためです。また太古の恐竜の中にも、例えばスピノサウルスという種族は背中に大きな背鰭を持っていました。この恐竜も水棲と思われ、背鰭は水中を泳ぐ際に使用されていたものと考えられています」

 映写機が映像を変え、スピノサウルスの想定復元図を映した。二本足で立つ姿と、水中を泳ぐ姿を描いたものだった。顔は細長く、水島はあの首長竜を脳裏に思い浮かべた。

「おそらく呉爾羅は、このスピノサウルスの亜種か、似た系統の恐竜が元になったのだと思われます。……では次に、我々がいま倒すべきゴジラについて説明いたします」

 映写機は、空撮写真をスクリーンに投影した。それは海上から沸き立つキノコ雲をとらえたものだった。それを見たアメリカ側は、動揺した。

「大戸島を襲ったあとの呉爾羅は、海を泳いで移動しました。これは、あくまで推測です。ですが、でなければあの熱線を吐く理由や巨大化した原因に説明がつきません。そのヒントは、1946年のビキニ環礁にあります」

「待ってください、アメリカの核実験がゴジラを生んだと仰るのか?」

 在日米軍司令官の通訳がそう抗議した。野田は、アメリカ側の人々を見据えながら言った。

「あなた方だって分かってるはずです。ゴジラは、核実験の影響をもろに受け、生まれたんです。それ以外に理由があるとは到底思えません。ヒロシマやナガサキだと主張されるならそれでも結構ですが、仮にそうだとしても原爆を落としたのはあなた達です」

 アメリカ側からは、抗議が()んだ。野田は続けた。

「放射能の影響を受けたゴジラには、まだ未知のことが多いですが、我々の常識を凌駕する突然変異が起こりました。ヒロシマやナガサキでは、被曝した人々の血液中の白血球が異常に少なくなり死亡する事例も多数報告されています。皮膚がはがれ、本来なら再生するはずがはがれたまま亡くなるということも。つまり放射能が、細胞を破壊したんです。通常の生物なら、もちろん我々人間もですが、高濃度の放射能を体に受けたら異変が起こります。最悪の場合、死に至ります。だがゴジラはそれに耐えた。そして、傷ついた細胞が再生と破壊を繰り返し、巨大化した。そしてあの熱線ですが、おそらくゴジラの体内には原子炉のような器官が備わっているのでしょう。でなければ、あんな熱線を吐くことなど出来るはずがない。そもそも熱線を吐く生物なんて、これまで存在したことはありません。存在するはずがなかったんです。なぜなら、体に原子炉を持つ生物など、存在できるわけがないんですから。ですがゴジラは別です。奴は核爆発にも耐え、体に突然変異が起きた。それがゴジラが巨大化し、熱線を吐くに至った理由であると、私は断言します」

 野田は水を飲んで口の渇きを癒してから、次に進んだ。

「7年前、私を含む多くの日本人が結束して、ゴジラを倒しました。深海に奴を沈めて急速に高圧をかけ、さらに急速浮上させて減圧で苦しめ、倒すというものでした。海の力でゴジラを倒す、海神作戦のことです。ですがそれでもゴジラは耐え抜いて、熱線を吐こうとした。あの時、勇気あるパイロットの行動がなければ、私を含め多くの作戦参加者たちが、死んでいたことでしょう」

 野田は参加者席に座る敷島を見つめながら言った。敷島は黙ったまま野田と視線を交わした。

「ともかく、海神作戦で一度はゴジラを倒すことができました。ですがその肉片や骨の回収は、落下地点が深海ということもあり不可能でした。本来なら調査すべきでしたが、深海1000メートル以上も深く潜って回収する術を、日本は持っていませんでした。だから、そのまま打ち捨てていました。だがゴジラは、復活した。たとえ体を失っても、心臓や臓器が無事ならば、奴は復活できるのでしょう。ですがすぐに、あの巨体に戻れるとは思えません。たとえ体を取り戻しても、その大きさはせいぜい10数メートル、オリジナルのゴジラくらいでしょう。ではどうやってまた巨大化したのか。またおそらく、ビキニ環礁やエニウェトク環礁まで泳いで、核実験の影響を受けているのでしょう」

「待ってください、なぜエニウェトクのことについてあなたは知っているのですか?」

 再びアメリカ側の通訳が口を挟んだ。エニウェトクの核実験場は、合衆国の国民すら知らない極秘基地だ。

「私が教えた」

 ジェニスは母国語で呟いた。軍の高官たちは唖然としたが、ジェニスはどこ吹く風といった様子で、野田に目線を送って続けるよう促した。野田は黙礼した。

「……とにかく、復活したゴジラは再び放射能を浴び、さらに巨大化しました。その身長は、約70メートル。以前のゴジラが推定50メートルですから、20メートルも巨大になっています。熱線の威力も上がっています。ホノルルにしても名古屋にしても、あの惨状を見た人なら分かるはずです」

 参加者たちの席からどよめきが起こった。より強く、より大きくなっているゴジラに対し、ただならぬ恐怖を覚えた。

「また、今年の夏から背鰭の生えた水棲生物の出現が増加しています。沼津のサメ、ソ連が駆逐したクジラ、そして護衛艦「はるかぜ」が倒した首長竜……あれらは、7年前に倒したゴジラの細胞が作用して生まれたのでしょう。あるいは、ゴジラに触れたか襲われたかして、ゴジラの細胞が侵入した。また……」

 野田は一幅(いっぷく)おいてから、意を決して語り始めた。

「大戸島での虐殺は、皆さんもよくご存じでしょう。島民一名だけが生存し、あとは全員死亡という、謎の深い事件。様々な憶測が流れていますが、犯人はこれです」

 スクリーンには、頭部を失った人型の黒いモノが映された。それを見た人々は、言葉を失った。それは全身が黒く、背中には背鰭が生え、尾も生えていた。

「これは、元々は大戸島に住む山本佐吉(やまもと さきち)さんという青年でした。彼は漁師で、父親と共に船で漁に出ましたが、嵐に遭い、船は沈みました。ですが、その沈没にはゴジラが関与しているものと思われます。彼は7年前に東京にはいませんでしたし、海神作戦にも参加していません。救出後はずっと昏睡状態でしたが、日を追うごとに背中に黒い痣が現れたとのことです。彼は事件の日に突然目を覚まし、彼の姉が目撃しました。彼の背中から背鰭が生える瞬間を。おそらく彼は、ゴジラに襲われた際に放射能か肉片を体に浴び、ゴジラの細胞が体内に入り込んだのでしょう。それが彼を、このような姿に変えてしまった」

 野田は背後のスクリーンを見ながら言った。いつ見てもおぞましい怪物の死骸の写真を。

「7年前にゴジラが銀座を襲った時、奇跡的に生き延びた人の中には、体に黒い痣が現れた人が出てきました。その多くは現在、こちらにいらっしゃる中島さんが院長を務める病院で治療を受けています。患者の多くは昏睡状態か、獣のような雄叫びを上げて暴れ出したりと、人間離れした行動を起こしています。そして、数少ない意思疎通の出来る患者からは、ゴジラの見た記憶が見えるという現象も起きています。多くは、深海の様子が見えるというものですが、中には、大戸島での悲劇、ハワイでの悲劇、名古屋での悲劇などを、まさにゴジラの目線で見た記憶を共有して見ているのです」

 参加者たちは一様にざわめいた。野田はちらっと典子を見遣ったが、典子はじっと野田を見据えたままだった。首の痣は、他の人に見られるのを避けるため、包帯で巻いて隠していた。それはジェニスの提案だった。あの日章丸での出来事以後、痣はオソニチン薬を投与しても、あまり形状に変化が見られなくなっていた。

「おそらく、ゴジラは自身の細胞を他の生物に寄生させることで、その生物を支配する力を有していると考えられます。これはまだ完全な確証があるわけではありませんが、もしそうならば、今までの背鰭の生えた生物の行動にも説明がつきます。人間の営みを妨害し、破壊する。それは何よりもゴジラが望む本能です。その手先として使えるものを、奴は使っているのでしょう」

「じゃあ、その患者たちもいずれ、そんなバケモノになるっていうんですか?」

 参加者の一人が声を上げた。野田は首を振った。

「いいえ、そうさせないために、私とこちらにいるジェニー…ジェニスさんは、治療薬に役立つ物質の発見に成功しました。物質名はオソニチン、発見したのはあちらにいらっしゃる牧先生です」

 牧は軽く頭を下げた。そして映写機はオソニチンの化学式をスクリーンに映した。

「このオソニチンは、わずか0.01mg接種するだけで死に至る猛毒です。このオソニチンは、大戸島にしか生えていないオニカブトという植物からでしか抽出ができません。その組織培養に関しては、佐々先生にご尽力いただけて、成功しました」

 牧のとなりに座る佐々もまた、軽く一礼した。

「このオソニチンですが、ゴジラの細胞を破壊するという作用を持っています。実際、中島院長が開発したオソニチン薬によって、患者の痣が著しく減少するのを確認しました。まだ完治には至っていませんが、そう遠くないうちに治療薬は完成する運びです。ですから皆さん、いらぬ不安は抱かないでください。それは、ヒロシマやナガサキの被爆者を差別するのと、まったく同じ愚かな行為です」

 参加者たちからは、何も発言はなかった。野田は参加者たちを一瞥してから続けた。

「そしてこのオソニチンは、兵器にも使えます。すでに先日、首長竜と交戦した護衛艦「はるかぜ」が、まだ試作段階だったオソニチンの特殊弾頭を使い、ゴジラ化した首長竜を駆逐しました。そして現在、より改良を加えた弾頭を次々と開発中です。魚雷や戦車砲、戦闘機搭載型の爆弾も(しか)りです。ただ、どんなに兵器を作ったとしても、ゴジラの表皮は硬く、さらに傷ついてもすぐに復活してしまいます。なのでこの特殊弾頭は、ゴジラの口を狙う必要があります。首長竜の場合は、ゴジラほどの再生力はあっても、表皮の硬さがゴジラに劣っていたことが幸いでした。ですがゴジラはそうはいきません。たとえ超弩級戦艦の砲撃を喰らっても平気なんです。だから確実に倒すには、口から奴の体内に入れるほかはありません。そこで、私が考えた兵器はこれです」

 スクリーンに映されたのは、気球だった。参加者たちは思わず目を疑った。写真提供元として東洋バルーンの社名が下に小さく載っていた。

「この気球の中に気体化したオソニチンを入れて膨らまし、ゴジラの顔の高さまで飛ばします。ゴジラは、障害物を容赦なく攻撃する習性を持っています。それを逆手に取り、ゴジラにこの気球を襲わせます。気体化したオソニチンにも毒性はあります。それに空気よりも軽いので、気球にはうってつけです。ガス気球に噛みついたゴジラは、必ず体に異変を起こすでしょう。ゴジラ化した生物の破片をサンプルにして実験を行いましたが、オソニチンを注ぐとゴジラの細胞はみるみるうちに消滅しました。この毒物が、我々の希望です」

 そこまで語った野田は、また水を飲んで渇ききった口を潤した。参加者たちの顔には、まだ驚きを隠せない者も少なくなかった。

「待ってください、野田博士」

 再びアメリカ軍の通訳が声を上げた。人々の目線はそちらに集中した。

「そんな手間をかけなくても、我々はゴジラを倒せる兵器を有しています。それを使うべきだと思います」

「……何ですか?」

「原子爆弾です」

 刹那、会場に大きな動揺が走った。野田は怪訝な顔を米軍高官たちに向けた。

「将軍、その件についてはすでにご説明したはずです。奴に原爆を使うことは危険だと」

 ジェニスは在日米軍司令官のノートン空軍中将に母国語で言った。

「それが最も効率的かつ即効性がある。なにより核が生んだモンスターなら、核で抹殺できるだろう」

「ですから……ああもう!」

 ジェニスは机をたたいて立ち上がり、野田を押しのけて演台に立った。

「例のシミュレーションを出して!」

 映写機を操作していた係員にそう言って、係員はすぐにそれを映写機にセットした。スクリーンには、横に引かれた直線の上に、ゴジラを横から描いたシルエットがあり、その上に点線を描きながら爆弾が落ちていくという図が描かれていた。

「こちらをご覧ください。もしもゴジラに原爆を投下したらどうなるか、皆さんにご説明します。ゴジラは生きる原子炉です。そこにヒロシマやナガサキ以上の原爆を落としたらどうなるか。次の絵!」

 映写機は画像をスライドさせた。先ほどゴジラがいた部分にはギザギザした円型の枠線が描かれ、直線から下に穴が掘られたように黒く塗りつぶされ、さらに空の部分にも線が引かれていたが、ちょうどギザギザの円の上空だけ、線が途切れていた。

「これは私が試算した、ゴジラに原爆を投下した後の地球の断面図です。原爆とゴジラの核反応は、まず地表の物質を破壊し、それはプレートにも影響するでしょう。要するに地球には巨大な穴が出現するわけです。もちろん、高濃度の放射性物質が蔓延し、人間はおろかあらゆる動植物の生存は絶望的です。それだけではありません、尋常ではない量の放射線が空にも放出され、オゾン層を破壊します。オゾン層の役割は、宇宙から降り注ぐ紫外線から我々を守っていることです。それが崩壊すれば、どうなると思います? 外が暴風なのに窓を開けたら、もちろん強風が入ってきますよね。それと一緒です。地球上に大量の紫外線が降り注ぎます。紫外線が人体に与える影響は様々ですが、具体的には皮膚を焼き、(がん)を引き起こします。放射能による汚染に似ていると思ってください。もちろん人間だけではなく、ありとあらゆる動植物にも被害を与えることでしょう。下手をしたら、我々は絶滅です」

 会場は静まり返った。もし本当にそんなことになったら……ゴジラと戦ってる方がマシだとさえ思う者もいた。国どころの話ではない、地球全体規模の話にまでなって、参加者たちは戦慄するばかりだった。

「……しかしそれは、君の考えだろう? そうじゃない可能性だってあるわけだろう?」

 まだ抗い続けるノートン中将に、ジェニスは呆れた。このバカな軍人はどこまで脳内がお花畑なのだろうと。

「ではお訊ねします閣下。原爆使用について、大統領は許可をされたんですか?」

「いいや。だが私が説得すれば、使えるはずだ」

 ジェニスは片方の眉を上げて、兄に顔を向けた。兄は首を振った。

「将軍、残念ですが大統領に原爆を使うお考えはありません」

「なぜそう言い切れる! お前は大統領ではない!」

「ええそうです、ただの官僚です。ですが私は大統領特使としてここにいる。つまり原爆を使うべきかどうかは私にも判断ができる。私自身は使うべきではないと考えている。……他に反論はございますか? 将軍閣下」

 ノートン中将は苦虫を噛み潰したような顔をしてゲイリーを睨んだ。ゲイリーは妹に顔を向け、ジェニスはウィンクをして微笑んだ。さすが兄貴ねと。

 アメリカ人たちが英語で言い合っているのをただ傍観していた参加者たちに、ジェニスは流暢な日本語で語った。

「ご安心ください、アメリカ合衆国は神に誓ってゴジラに原爆を使いません。そうですね、クロフォード特使」

 兄にまた顔を向けると、ゲイリーはグッドサインをして答えた。彼は日本語を話せない。

「ありがとうございます特使。では次に、対ゴジラ作戦について、ミスター・ノダからご説明があります」

 ジェニスは野田の肩を叩いてバトンタッチし、自分の席に戻った。野田は咳払いをしてから、話し始めた。

「では、ゴジラ掃討作戦について説明します。現在のゴジラは身長が約70メートルであることはすでに話しました。ということはおのずと、その体重も以前より増えていることになります。推定体重は2万5000から3万トン、これではとてもクレーンが耐えきれず、海神作戦のようなことは出来ません。それに、奴の細胞は他の生物にも影響を与えてしまいます。それを考慮すると、ゴジラを倒すのは陸上でないといけません。でないと、また奴は散らばった肉片から再生してしまう恐れがあります。それで……ゴジラを地上に誘導し、上陸させて駆逐します」

 スクリーンに映し出された地図は、神奈川県の湘南地域だった。参加者たちの間でまたどよめきの声があがった。

「ゴジラを誘導するのは、海神作戦の時と同じく、水中拡声器を使用します。そこから録音したゴジラの鳴き声を流します。そうすれば、ゴジラは自分の縄張りが侵されていると思い、その声に向かって進んでくるはずです。前回もそうでした。さらに今回は、先日ゴジラと対峙した巡視船に付着していたゴジラの肉片を使い、ゴジラの体液を染み込ませた布を使って、においでもゴジラを誘きだします。そうすれば、ゴジラが追ってくる可能性はさらに強まります。そしてゴジラを、辻堂(つじどう)の浜から上陸させます。そこから先ですが…」

「ちょっと待て! 辻堂は俺の家がある、それは困る!」

 参加者の男性が声をあげた。すると同じく湘南地域に住む男性も立ち上がり、抗議の声をあげた。それはどんどん伝播(でんぱ)していって、参加者の半数近くが湘南上陸作戦に反対の声をあげた。敷島たちは落ち着くようになだめたが、聞く耳を持たなかった。野田も「最後まで聞いてください」と連呼するも、群衆は聞く耳を持たなかった。小澤大臣が立ち上がって野田に加勢しようとした矢先、一発の銃声が部屋に響いた。

 群衆は、黙った。

 ジェニスは立ち上がって、天井に向かってコルト・ガバメントを握っていた。背中に隠していたのだ、こういう時のために。そして拳銃を握ったまま、参加者席の方へゆっくり歩み寄った。

「バカも休み休み言いなさい。人類存亡がかかってるという時に、なに? 自宅の心配? 俺の近所だ? だから何? やっとあの怪物を倒せるチャンスだっていうのに、あなたたちは自己利益のためにそれをやめろっていうの? 付き合ってられないわ。ホノルルと名古屋はどうなったの? 家どころか髪の毛一本も残らないぐらいの被害を受けたのよ。それがまた東京や他の都市に上陸しても、あなたたちは平気なわけね。ハッ、本当にバカバカしい。それでもあのオペレーションワダツミに参加した勇者なの? 意気地(いくじ)なしはすぐに出て行きなさい。ここでまだ抗弁する人は、私が射殺する」

 ジェニスは拳銃を群衆に向けた。群衆は引きつった顔をしながら後ずさった。

「ジェニーさん、やめて」

 典子が、悲しい目をして頼んだ。その目を見たジェニスは、拳銃に安全装置をかけて、自分の席に戻っていった。その途中、野田と小澤大臣がこちらを凝視していたが、鼻で笑いながら言った。

「ごめんなさいね、言葉より鉛玉の方がすぐ黙ると思って」

 何はともあれ、会場は落ち着きを取り戻した。小澤大臣は「説明を続けてください」と野田に告げ、自分の席に復した。野田は指示棒を持ちながら、スクリーンに映された地図を指しながら説明を続けた。

「……続けます。辻堂に上陸した後、ゴジラを辻堂駅まで誘導します。駅舎に鉄塔を増設して、スピーカーを設置します。そこからゴジラの声を流して誘導します。駅にはあらかじめ、オソニチンガスで膨らました気球を貨物車に積み込み、ゴジラが駅に接近したら放出します。先ほど説明したように、ゴジラは目の前の障害物を攻撃する習性があります。腕を使うこともあるでしょうが、噛みつけば必ずオソニチンが体内に入ります。それでまず反応を見て、まだ動きがあるようなら、地上に配備した戦車部隊が口に向けてオソニチンの弾頭を撃ち込みます。苦しむゴジラは、いったん海へ引き返すでしょう。奴は水棲生物ですから、傷を癒すなら海の中だと本能でそう行動するはずです。そこで護衛艦隊が艦砲射撃を行い、さらにオソニチンの弾頭を撃ち込みます。なるべく海に入るのを阻止するため、航空自衛隊のジェット戦闘機で気を引きます。その間にも、オソニチンはどんどんゴジラの体を(むしば)み……殺します」

 場は沈黙した。誰も異論も抗議もあげず、野田の説明に聞き入っていた。

「本作戦実行に伴い、該当地域にお住まいの方には強制避難を命じます。先ほど、自分の家があるという抗議もございましたが、家財などの財産に関しては、国が責任をもって賠償いたします。どうか、ご理解とご協力をお願いいたします」

 小澤大臣は立ち上がり、参加者たちに頭を下げた。他の閣僚たちや官僚も同じくした。

「……よろしいですか」

 アメリカ側の通訳が挙手をした。野田は頷いた。

「アメリカ海軍としては、第七艦隊が保有する全ての艦艇ならびに艦載機を、本作戦に参加させる用意があることを表明いたします」

「陸軍としても、投入できるだけの戦車や車両を用意します」

「空軍も同じです」

 それぞれの司令官通訳が、各軍司令官たちの言葉を伝えた。野田は姿勢を正して「ありがとうございますっ」とアメリカ側にお辞儀をした。

 顔を上げると、そこにはジェニスが立っていた。顔には微笑を浮かべていた。

「日米共同戦線になるわね」

「……はいっ」

 野田は、感無量という顔だった。

 ジェニスは演台に立ち、この会場にいるすべての人たちに向けて言った。

「作戦名は、オペレーション・デストロイ。完膚(かんぷ)なきまでにゴジラを倒す、その意味を込めたわ。……誰か異議のある方は?」

 もちろん、なかった。

 だが秋津が呟いた。

「なんだ、デストロイって?」

「破壊とか死ぬって意味っす」

 水島が答えると、秋津はほうほうと頷いた。そいつはいいと言わんばかりに。

「今月中に作戦は決行する予定よ。皆さん、そのためにどうか力を貸してちょうだい、奴を倒すためにね」

 ジェニスが語りかけると、参加者たちは全員うなずいた。やっと全員の心がひとつになった瞬間だった。

 

「いやぁ、なんかすごいことになりましたね」

 会合が終わって庁舎の階段を下りながら、三郎は呟いた。

「やっとこさゴジラを殺せるってわけだ。やっぱすげぇな学者は」

「まったくっすよ。これで確実にゴジラを殺せるってわけです。俺も……覚悟しねぇとな」

 その言葉を聞いた秋津は「おい」と水島の肩をつかんだ。

「小僧、死ぬなよ」

「……覚悟はしてますよ。この国を守るために俺は働いてるんです。もう遺書も書いてあります」

「んだとてめぇ!」

 秋津がさらに水島に食ってかかり、敷島と野田が割って入ろうとしたが、水島は澄んだ眼をしながら秋津に言った。

「でも死にませんよ俺は。死ぬために働いてるんじゃありません、生きるために働いてるんです。でも死ぬ覚悟がないと、あいつは倒せない。敷島だってそうだったじゃないっすか」

 秋津は、手を放した。小僧小僧と呼んでいたが、もうこの男は立派な軍人になっていた。その成長が、正直嬉しかった。

「……死んで帰ってきやがったら、ただじゃおかねぇからな! 三郎いくぞっ」

 去り際に秋津の目に光るものがあったのを、水島は見逃さなかった。水島は敬礼して、艇長と呼び慕う秋津の背中を見送った。

「……水島君、俺からも頼む。死ぬな」

 敷島が言うと、水島はにっと笑って返した。

「おう、明ちゃん泣かせたくないもんな」

 そう言って水島は先に階段を下りて行った。

「彼も立派になりましたね。頼もしいかぎりです」

 野田が呟くと、敷島も同意するように頷いた。

「野田さん。典子のこと、ジェニーさんから聞いてますか?」

「……ゴジラとコンタクト出来るってことですか。ええ、聞いてます。あの夢日記の内容といい、先日の日章丸のことといい、典子さんには特殊な能力があることは理解してます。ですが……本作戦に参加させるのは、危険です。その痣も、せっかく小さくなったのが再び成長してる。体への負荷も相当なものだと思います。これ以上、典子さんに苦しい思いをさせたくはありません」

「……でも、何かお役に立てるなら」

 典子本人がそう志願したが、野田は首を横に振った。

「典子さん、どうか僕たちに任せてください。必ずゴジラを仕留めます」

 野田は敷島夫妻に頭を下げ、階段を下りて行った。

 残った敷島夫妻は、手をつないだまましばらくその場に留まった。

 自分たちには、何も出来ないのだろうかと思いながら。

 

「まったくお前は変わらないな。昔からカウガールみたいに気性が荒かったが、ますます悪化してるな」

「それは兄さんだってそうでしょ、悪知恵を働かせる天才なのは。あの大使だって本当は原爆投下派だったのに、終始黙りこくってた。何かしたでしょ」

「いやぁ何も? ただ不正に公金を着服してる証拠をちらっと見せただけさ。俺は何も言ってない。イエスにだってマリアにだって誓うさ」

「私は良い兄を持ったわ。天国のパパとママに感謝しないと」

 二人は運輸省庁舎の中庭で煙草を吸いながら談笑していた。こうして顔を合わせるのは、ずいぶん久しぶりだった。

「そうだ、良いニュースがある。もしゴジラを無事に倒せた暁には、俺はランドールに代わって大使になれる。大統領が約束してくれた」

「あら、それは素晴らしいわ。じゃあそのときは閣下って呼ばないとね」

「よせよ、背中がむずむずする。……お前は、作戦に立ち会うのか」

「もちろんよ。あいつのくたばる姿をこの目に焼き付ける、そのために私は日本に来たのよ。でなきゃ頑張って日本語を覚えたりしなかった」

「そうか……死ぬんじゃないぞ。お前まで死なれたら、俺は父さんに顔向けができない」

「その時はパパに言い聞かせておくから安心して。でも私は死なない。死ぬのはあいつだけ」

 煙草を吸い終えたジェニスは灰皿に吸殻を捨て、兄の横顔を見ながら言った。

「これが最後のチャンスよ。パパの仇を取る最後のね」

 兄妹は抱擁し、そして別れた。ゲイリーは妹の背中を見送った後、背広の内側から革製の写真入れを出した。家族四人が写った最後の写真。

「父さん、母さん。良い妹を産んでくれてありがとう」

 ゲイリーはそう呟いて、写真入れを背広の内側にしまった。

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