ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年10月(3)

「拝啓 敷島先生へ

 お元気にされてますか。僕は先日すこし風邪を引きましたが、今は元気です。

 先日はお返事ありがとうございました。とても嬉しかったです。

 こちらでは、神奈川県から疎開してきた人たちが増えてきて、学校にも臨時の転校生が何人か来ました。彼らは、神奈川県が地図から消えてしまうのではないかという、悲観的なことをよく口にします。でも、僕はそうはならないと信じています。一度は倒すことが出来たんですから、二度目だって絶対出来るはずです。

 前の手紙でも書きましたが、僕は従兄弟たちと漁港の手伝いをして小遣いを稼いでいます。少しお金が出来たので、先生に函館の名産品を送ろうと思っていたのですが、今はゴジラ作戦の影響で不要不急の物流輸送が控えられているので、ごめんなさい。ゴジラが無事に倒されたら、お送ります。

 東京は神奈川のすぐ隣なので、どうかご無事でいてください。敬具」

 

 かつての教え子からの手紙を、敷島は顔をほころばせながら読みつつ、東京から遠く離れた函館にも、対ゴジラ作戦の影響が出ている事実を知った。神奈川が地図から消える……ゴジラならそれも可能な所業だ。実際、ホノルルと名古屋は消滅した。神奈川でもし熱線を吐けば、その二の舞だろう。ただ違うのは、事前に住民を避難させていることだ。せいぜい犠牲者が出ても、それは作戦参加者だろう。神奈川県民の疎開はほぼ完了していると聞く。人的被害は、これまでよりだいぶ抑えられるはずだった。

「わーい、また明子の勝ちー」

 居間から明るい娘の声が聞こえて、顔を向けた。明子、典子、そして隣家の澄子の三人でトランプ遊びをしていた。

「えー、明ちゃんズルしてないー?」

「してないもーん」

 明子と澄子は顔を見合わせながら笑い、その光景を見ていた典子も微笑んでいた。

 平和だ。何よりも代え難い平和な光景。

 自分も、この手で守れれば……敷島は、どうしてもその本心から抗えずにいた。

 だが初会合以来、ゴジラ対策委員会には呼ばれていない。二回目以降は政府陣とアメリカ側との話し合いばかりになり、何も役立てない敷島には、居場所がなかった。

「浩さん、一緒にやらない?」

 妻が声をかけてきて、敷島は努めて笑いながら「うん、そうしようと思ってたんだ」と言って、香山真彦(かやま まさひこ)からの手紙を文机に置き、立ち上がろうとした時だった。部屋の奥にある仏壇の写真と目が合った。大戸島守備隊の一人だった斎藤(さいとう)整備兵の写真。明子くらいの娘と一緒に写った、最後の写真。彼は最後に言った、俺が呉爾羅引きつけるから20ミリ機関銃を撃てと。だが敷島は撃てなかった。その前に呉爾羅が、斎藤を殺したのだ。

「……俺は、どうしたらいいんですかね」

 敷島はぽつりと、その遺影に向かって呟いた。その声を妻が聞いていたのを、敷島は知らなかった。

 

 海上保安庁第三管区本部に勤める森田は、レーダーと向き合っていた。

 レーダーにはガイガーブイの所在を示す点滅があちこちにあり、それが点滅して光った瞬間を見逃さないよう注視していた。消失したブイはほとんど復元され、さらに倍以上に増設もなされている。爆発しない機雷をばらまいてるようなものだった。

「どうだ、反応はないか」

 室長が声をかけてきた。森田は「ありません」と答え、レーダーから目を離さなかった。

「そうか……お前はもう、家族は疎開させたか」

「はい、妻の実家が青森なので、そこへ。室長は?」

「家内と子供たちは先にさせたんだが、親父がな……俺は死ぬなら家で死ぬって聞かなくてな」

 室長の住まいは、たしか鎌倉だったはずだと森田は思い出した。完全に疎開該当地区だった。

「最後は警官たちに抱えられて、強制連行さ。まったく手が焼ける親父だよ」

 室長が笑うと、森田もつられて苦笑した。どうやら無事に疎開は出来たらしい。

「これだけばらまいたんだ。今度はどれだけ破壊されても、必ず捕捉(ほそく)できる。必ず見つけよう」

「はい」

 室長は席に戻り、森田はレーダーとの睨めっこを続けた。

 それから一時間半ほど経った頃のことだった。

 管制室にアラームが鳴り響いた。

「どこだ!」

 室長が立ち上がって、職員たちに確認をさせた。報告をしたのは森田だった。

「北緯32度25分、東経140度13分!」

 今回は前回と違い、ブイの消失現象は起きなかった。その後も一定の間隔で、機雷のようにばらまかれたガイガーブイが反応を示し、それはゆっくりと、しかし確実に北上していた。すでに室長は政府のゴジラ対策委員会本部に連絡を入れ、ガイガーブイが示した地点を細かく報告した。

 しばらくしてアラーム音のみ解除し、レーダーが反応を示すブイの点滅のみで敵の捕捉を行い始めた。

「また来るのか、こっちに……」

 室長は恐れを感じつつも、政府が進める作戦にも期待をしていた。「引き続き監視活動を継続する。諸君、がんばろう」と職員たちを鼓舞(こぶ)し、彼も職務に戻った。

 

「このままだと……ゴジラは明日の昼頃には、東京湾に到達します」

 ガイガーブイが反応した地点から逆算をして、地図に線を引いた野田は委員会メンバーたちにそう言った。政府陣は一様に緊張した面持ちで、アメリカ側は「いよいよか」と頷いていた。

「明日、作戦を決行いたします」

 小澤大臣が、そう宣言した。その場にいた全員が頷いた。

「秋津さん、海保の巡視船も護衛いたしますが、ゴジラの誘導をよろしくお願いいたします」

 小澤大臣は会議に出席していた秋津に言った。野田からゴジラ誘導船の役目を彼にという提案を受けた時、最初は民間人ということもあって悩んだが、秋津という男はかつてゴジラと対峙し、さらにゴジラザメを誘導して捕鯨砲で駆除させた実績のある男だった。それらの実績を鑑みて、作戦への参加を許可したのだ。

「お任せください。大船(おおぶね)に乗ったつもりで」

「まぁ第二新生丸は小船ですけどね」

 口を挟んだ三郎の頭を「う、うるせぇ」と秋津は小突いた。三郎はへらへらしたままで、まるで親子のようだと小澤は微笑んだ。

「作戦決行は、ゴジラの予想到達時刻を鑑みて……1000(ヒトマルマルマル)がよろしいかと思います」

 野田の提案に小澤は無条件で受け入れた。すでに、ゴジラを迎える準備は出来ている。湘南地域の疎開は完全に完了し、辻堂は無人の地となっている。兵器の開発も、米軍工廠の協力もあって急ピッチで進められた結果、作戦に投入する分の弾頭も確保している。野田の秘蔵っ子であるバルーンもまた、スイッチを入れたらすぐに浮き上がる用意をしてある。

 いよいよこの時が来た。誰もがその思いでいっぱいだった。

 小澤大臣は出席者たちに、今日の会議で最後の言葉をかけた。

「では、本日はもう散会としましょう。みなさん、作戦決行時間まで、思い思いに時を過ごしてください。私はこれから総理に報告を申し上げるため官邸に戻ります。……必ず、成功させましょう」

 

「いよいよっすねー。何か怖いけど、やってやるぞっていう気も起きる……何か、妙な気分っす」

「そういうのを武者震(むしゃぶる)いってんだよ。お前これからどうする? 作戦開始までまだまだ時間はたっぷりあるぞ」

「うーん、東京見物って気分でもないですし。船長こそどうするんすか?」

「俺は行くところがある。アテがねぇなら来るか?」

「もちろんっす」

 秋津と三郎はそう話しながら、運輸省庁舎の階段を下りて行った。

 

「そうか、明日か……わかった。関係閣僚には私から伝えておく」

 菅原総理に作戦決行日を告げた小澤大臣は黙って一礼し、総理執務室を辞そうとした。

「君も立ち会うのかね、作戦に」

 その言葉に小澤大臣は立ち止まり、椅子に座る首相に振り返った。

「はい。この目で見届けたいのです、ゴジラの最期を」

「そうか……くれぐれも、殉職しないようにしたまえ。君はこれからの日本に必要な政治家だ。私なんかよりもね」

 菅原は自嘲しながら笑い、椅子から腰を上げた。そこにはもう、権力闘争に明け暮れ、手段を選ばず敵を追い落とし、その椅子をやっと手に入れて満足しきっていた傲慢な男の姿はなかった。

「この作戦が無事に完遂されたら、私は首相を降りる。それがいちばんベストだろう、今後の日本のためには」

「総理……」

「思い知らされたよ、皮肉にもゴジラのせいでね。私は、こういう国難の時に何も役に立たない男だ。ひたすら欲と保身にまみれた哀れな男だよ。もう、こんな自分と決別しようと思ってね」

「……」

「いずれ君がこの椅子に座る日を、楽しみにしているよ。日本初の女性首相誕生、それはアメリカでも、他の国でも成し遂げていないことだ。だから、死んでくれるな。小澤大臣」

 小澤は、菅原に深々と頭を下げて、何も言わずに執務室を辞した。

 ひとり残った菅原は、愛飲しているハバナ産の葉巻に火を点け、窓の外を無為に見つめた。

 

「明日、作戦決行となる。諸君、今日は思い思いに時を過ごせとの小澤大臣からのお達しがあった。体を休め、心を静めよ。……では、解散とする」

 隊員たちにそう訓示した堀田は敬礼し、隊員たちも敬礼をして答えた。

 艦を下りて基地を歩く水島に、同僚が声をかけた。

「どうする? 休むと言っても基地周辺の店もどこもかしこも疎開してるし。横浜の(あけぼの)まで行くか?」

 遊郭への誘いを水島は断った。横浜の曙町は戦前から風俗街で知られ、戦後もその姿は変わっていなかった。

「俺はいい。行くアテがあるんだ。じゃあ、また(ふね)でな」

 水島はそう言って、基地正門から外に出て鉄道に乗り、東京へ向かった。この鉄道も明日は臨時運休となる。乗っている者も水島同様に軍関係者が多かった。

 水島は、自衛官手帳に挟んである一葉の写真を見た。それは以前、敷島家で撮ってもらった明子とのツーショットだった。

 

「野田君、よかったらこれから我が家に来ないかね。牧君も来るんだ、戦の前に酒盛りといこうじゃないか」

 佐々にそう誘われた野田は、申し訳なさそうに言った。

「すいません、実は行くアテがあるものでして……お気持ちだけ、ありがたく頂戴します」

 残念そうな顔をする佐々に深く頭を下げ、野田は研究室を辞した。自室に戻って白衣を置き、鞄を持って学舎を出ようとした。

 玄関に、長身の異国人女性が立っていた。

「ジェニーさん、待ってたんですか?」

「まぁね。赤いゲートの所まで歩きましょ」

 野田は頷いて、二人は並んで歩き始めた。

「いよいよ明日ですね。海神作戦の時を思い出します。あの時も……ああ、明日死ぬかもしれないんだって思いながら歩いたもんです」

「死ぬのは奴だけよ。それも完全に、完膚なきまでに。準備は整ってる。あとは上手くキャプテン・アキツが誘導してくれたら、もうこちらのものよ」

「ですが何事にも、想定外は起こり得ます。それが、僕は怖いんです」

「それは誰だってそうよ、この私もね。でもそんな気持ちばかり持ってたら、オペレーション・デストロイからあなたを外すしかなくなるわよ? あなただって、奴の最期はしっかり見届けたいでしょ?」

「もちろんです。……すいません、僕は基本的に弱い人間なんですよ。海神作戦だって、本当は成功する確率は奇跡に等しいと考えていました。この作戦のせいで、たくさん死者が出たらどうしようとも……」

「でもその結果、誰も死ななかった。まさにあなたの言う奇跡が起きたのよ。それをもっと誇らしく思いなさい」

 ジェニスはバシッと野田の背中を叩いた。野田は「痛いっ」と呻きながらも、それまでの暗い表情から苦笑する顔に変わった。それを見てジェニスも笑った。

「どう? この作戦が終わった暁には、アメリカの研究機関に来ない? 実は内々にそういうオファーをしてくれって、色んな人から言われてるのよ。どう?」

「いやぁ、僕は日本が好きですから……それに」

「それに?」

「……大切な人たちが、この国に住んでますから。家族のような、友達のような、特別な絆を持つ人たちが」

「……これから、その人たちと会うんでしょ? 言わなくても分かるわ、伊達に三ヵ月も一緒にルームシェアしてないもの」

「勝手に住みついてるだけですけどね」

「あら、まだご不満? 美女二人と一つ屋根の下に住めるなんてこの上ない幸せだと思ってたのに」

「それを自分で言いますか」

「そうね、私はガサツ。平気で人に銃を向けるし撃つ。カヨは……まさに正反対ね。彼女は最高」

「もう三ヵ月にもなるんですね、あなたと出会って。なんだか、もっと前から一緒に住んでた気がしますよ僕は」

「同感よ。ゴジラの研究を一緒にするなら絶対にあなただと思った私の勘は正しかったわ」

 やがて二人は東京大学名物の赤門にたどり着いた。そこでいったん立ち止まり、顔を見合わせた。

「じゃあ、ここでいったんお別れね。ミスター・シキシマとノリコによろしく伝えといてちょうだい。必ずゴジラを倒すって。あとシャイニーにもね」

「シャイニー? ……ああ、明子ちゃんのことか」

 二人は手を振り合いながら別れ、それぞれの目的地に向かい歩き出した。空は茜色に染まり始めていた。

 

「明日、か……」

 侍従長から報告を受けた皇太子は、書類に御名御璽(ぎょめいぎょじ)()そうとした手を止めて、椅子から立ち上がった。そして公務室の窓を開け、頑張って緑を増やしつつある皇居の庭を眺めた。

「殿下、万一に備えて那須への避難経路も用意してございます。もしくは、両陛下がお住まいの武相荘に……」

 殿下は手で制し、侍従長の発言を止めさせた。

「私は、断じてここを離れない。国民にも本心を打ち明けたんだ、なのに逃げるなどとんでもないことです。避難は侍従や女官たちを優先させなさい。いいですね、侍従長」

 侍従長は黙ったまま低頭し、公務室を辞した。

 いよいよ明日、この国の命運がかかった作戦が始まる。

 皇太子は再び窓の外に目を遣り、目を閉じて頭を下げた。

 天照大神(アマテラスオオミカミ)八百万(やおよろず)の神々よ、どうか彼らに武運をお与えください。

 そう祈りながら、皇太子はしばらく窓辺に立っていた。

 

「あなた……」

 青山霊園にたたずむ墓石の前で、小澤ギンはしゃがみながら「小澤家代々之墓」と刻まれた墓石の表面を撫でた。そこには終戦前に病死した父と、戦後に後を追うように亡くなった母の骨も納められている。

 ギンと亡き夫の間に、子供はなかった。一度だけ宿したが、流産してしまった。その子はいま、水子地蔵尊が見守る所で眠っている。

 もう小澤家の人間は、ギンだけだった。それがどれだけ心細いことか、この墓地に来ると嫌でも思ってしまう。普段は激務に忙殺されてそんなことを思う暇もないが、ここに来ると、自分は天涯孤独なのだと思い知らされてしまう。もう新たな配偶者を見つけるつもりも、養子を取るつもりもない。自分の代で小澤家は滅びる。それが運命(さだめ)なのだとギンは割り切っていた。

「あなた、私は明日戦場に行きます。女のくせになぜだと思うでしょう。でも、私はあなたを殺した怪物の最期を、この目で見届けたいの。お願い、どうか見守っていてください……あなたが大好きよ」

 ギンは墓石に口づけをした。

 そして立ち上がり、先祖たちに深く頭を下げて、霊園を去って行った。

 

「よーし! じゃあ作戦前の先勝祝いだ。かんぱーい!」

 秋津の号令の後、宴会の参加者たちも乾杯を連呼した。敷島家で急遽行われた宴会には、新生丸メンバーのほかに国木田三郎と太田澄子も参加していた。飲み食いするなら大勢の方がいいだろうという、家主よりも偉そうな態度を取る秋津の提案だった。

「俺が必ず(やっこ)さんを辻堂まで届けてやる。そうなったらもうこっちのもんよ、なぁ学者」

「ええ。でも無茶だけはしないでくださいよ。極力この作戦で犠牲者は出したくないんですから」

「まだ俺を信用できねぇのかこの堅物(かたぶつ)野郎。いまさらそんなことほざくんなら、エンジン新調した代金お前が立て替えろ」

「そんなご無体な……まぁ請求書さえ出してくれたら、政府が対応してくれると思いますよ」

「えっ、マジか。やったな三郎、臨時ボーナス出せるぞ!」

「そしたら俺バイク買いたいなぁ」

「艇長、俺からも頼みます。奴を絶対に連れて来てください。そのあとのことは、俺たち自衛隊と米軍が全力でやりますから」

「んなこと言われなくてもやるに決まってんだろ、この海軍野郎」

 いつもの〝小僧〟呼ばわりではなく、一人の海上自衛官として認められたことに、水島は嬉しく思った。

「ねぇねぇ、ゴジラを倒したあと、神奈川に人は住めるのかい?」

 澄子が野田に質問をした。それは神奈川県民の多くが抱く疑問でもあった。何せゴジラは生きる原子炉であり、その体からは常に高濃度の放射能が放出されている。そのせいで海神作戦後、神奈川の海では奇形の魚が多数捕獲され、漁協からは嘆息(たんそく)が漏れた。近年になってやっと生態系が元に戻り、湘南名物のシラスも市場で取引されるようになったのだ。

「……正直、わかりません。死んだ後のゴジラの死骸に、どれだけの放射能が蓄積されているのか、それは実際に調査しないことには……今のところ考えているのは、ゴジラの死骸は早急に地下施設に移して、汚染された地域の土壌を採掘して、そこに別の場所から土を埋めて整地する、という考えです。その汚染された土をどうするかまでは、まだ考えがまわっていません」

「ふーん、そうかい。まぁでも、倒せるならいいじゃない。あんなバケモノが生きてるより死んでる方がよっぽどいいわけだしさ。ねぇ浩一さん」

 意見を求められた敷島は、日本酒が注がれたコップを持ちながら「そうですね」とだけ答えた。どこか歯切れの悪さを感じ取った澄子は、しばらく浩一の顔を注視した。何かを考えてるのではないのかと。

「とにかくだ、もうこれで完全にゴジラを倒せる算段はついてるわけだ。……ただ、命懸けなのは確かだ。下手すりゃこっちの命だって危ねぇ。こうしてみんなで飲めるのも、今日で最後かもわからねぇ」

 秋津の発言に、場が沈黙した。今日で最後かもしれない……それはあまりにも寂しい言葉だった。

「だがよぅ! こっちは死ぬ気で海神作戦をやって、一度は勝った。一度あったことは二度もあるって昔から言うだろ、なぁ学者!」

「二度あることは三度あるが正しいですけどね」

「バカこの、せっかく鼓舞してやってんのに。だからお前はいつまで経っても男やもめなんだよ」

「いや、それは長さんだってそうでしょう」

「うるせぇこの野郎、俺だってなぁそういう女ぐらい……あ」

 その場にいた全員が秋津に顔を向けた。

「え、なになになに? 艇長まさか、いい感じの女がいるんすか?」

「いや、その……」

梅子(うめこ)さんっていうんですよ」

 三郎が隣に座る澄子に耳打ちをした。あまり大きくない声で。

「あらそう、なんだぁ。アタシちょっとアンタのこと狙ってたのにぃ。あ、もちろん冗談よ」

「どういう人なんすか、ねぇねぇ艇長」

「う、うるせぇこの野郎! どうだっていいだろそんなこと」

「作戦が終わったら告白するつもりなんすよ」

 また三郎が澄子に耳打ちした。普通の声量で。澄子はほうほうと頷いてにやけた。

「てめぇも法螺ふいてんじゃねぇよ! どっちの味方だてめぇ!」

「ていうかもうデートもしてますよね船長。二人きりで第二新生丸乗ってるの見たことありますもん」

「実に不健全だ」

 野田が決まり文句を口にして、秋津以外の全員が笑った。秋津はバツが悪い顔をしながら酒をあおった。

「……水島さん、無事に帰ってきてね」

 水島のとなりに座る明子は、水島の袖をつかみながら言った。

「大丈夫だよ、絶対勝つ。それにな、アメリカの戦艦が三隻も応援に来てくれたんだ。長門や陸奥みたいにでっかいのが。あんだけ揃えば、倒せない方がおかしいぐらいだよ。だから大丈夫、俺は死なないからな」

 水島はポンポンと明子の頭を優しくたたき、明子は笑顔で頷いた。

「アイオワ級戦艦が勢ぞろいするとは、さすがに思ってもみなかったよ。あれだけの巨砲からオソニチンの特殊弾頭を撃ち込めば、ゴジラに与える影響はかなりのものになる」

「ちょっと野田さん、それじゃまるでウチの「はるかぜ」は用無しみたいじゃないっすか」

「いやいや、そうは言ってないよ。「はるかぜ」はこの作戦の(かなめ)と言ってもいい。艦隊の陣形だって「はるかぜ」を中心に取るわけだし、なにより砲弾が着弾する精度は「はるかぜ」の方が優れてる。巨砲は確かに威力が高いが、目標への着弾にわずかな誤差が生じる。それに比べて「はるかぜ」なら、確実に奴の口を狙える。そうだろう?」

 野田の賛辞に、水島は照れながら「おう」と返した。

「野田さんも、作戦に立ち会うんですか?」

 敷島が訊ねてきた。野田は日本酒を少し飲んでから黙って頷いた。

「そりゃあ、作戦の起案者の一人ですからね。あの小澤大臣もです。さすがに驚きましたが、一度決めたことは曲げないお方なので」

「大臣も……ジェニーさんもですか」

「ええ、彼女は絶対にゴジラの最期を見届けると言ってますから。ゴジラに対し原爆を使わせなくしたのも、彼女のおかげでもあります。彼女には、感謝しかありません」

 野田は笑みを浮かべながら、日本酒をぐっと飲みほした。そうか、あの女性たちも参加するのか……敷島は頭の中でそのことを反芻(はんすう)した。

「敷さん、任せてください。あなたがかつて命を張ったように、僕たちも命を懸けて取り組みます」

 野田の澄んだ瞳を見て、敷島は微笑して「はい」と返した。

「そうだ、おい学者。せっかくだ、みんなで集合写真撮ろうや」

 秋津の提案に全員が賛成した。いったんちゃぶ台や座卓を移動させ、場所を空けた。ちょうど野田もカメラを新調していて、セルフタイマー式の物に変わっていた。それをちゃぶ台の上に置いて、集まる人々にレンズを向けてタイマーをセットした。

「はい、じゃあいきまーす」

 前列に秋津、三郎、敷島夫妻、澄子が座り、後列に野田、水島、明子が立ち、その八人の姿がカシャっという音の後に、フィルムに収められた。

 

「私も、一緒に連れて行ってくれませんか」

 二人きりで夕食を食べ終えたあと、洗い物をする加代はジェニスにそう訴えた。ジェニスは、加代の背中にぴったりとくっつき、その手を加代の腰にまわしていた。

「ダメよ、危険だもの」

「でも、下手をしたら……死ぬかもしれないんですよね? ジェニーさんも野田さんも……もう嫌です、ひとりぼっちになるのは」

「大丈夫、私もノダも死なないわ。必ず生きて帰って来るから」

 ジェニスは加代の頬にキスをした。加代は洗い物を終えて手を拭くと、体を反転させて自分からジェニスの唇を奪った。

「……もういや、人が死ぬのは……もうたくさん」

 加代の目は潤んでいた。脳裏には、大戸島での出来事が思い起こされ、ジェニスがあんな風に無残な死体になってしまうのを嫌でも想像してしまう。それはもう、耐えがたい地獄絵図だった。

「……来て」

 ジェニスに誘われ、二人はジェニスが間借りしている野田家の四畳半に入った。加代は野田家に保護されてから、押入れがジェニスの寝床となり、加代が畳の上で寝るというスタイルになっていた。ジェニスは部屋の隅に置いていた加代の布団を敷き、何も言わず服を脱ぎ始めた。加代も、そうした。二人は身に着けているものをすべて脱ぎ、抱擁しながら布団に寝転がった。二人は愛撫を重ね、ジェニスが加代の下腹部に手を遣ると、加代は恥ずかしげもなく喘ぎ声をあげた。それに応えるように、加代もジェニスの下腹部をまさぐり、二人は快楽を貪った。何度も絶頂を迎え、その甘美な行為を繰り返した。

 

「ただいま戻りましたぁ……うわっ、ビックリした」

 敷島家の宴会から帰った野田は、居間で下着姿のまま煙草を吸うジェニスの姿を見て腰を抜かした。この三ヵ月、そんな姿を一度も見たことがなかったからだ。正確に言えば、野田が見ないように努めていたのだ。

「あらお帰り。最後の晩餐は楽しかった?」

「いや、縁起でもないこと言わないでくださいよ。ていうか、何ですかその恰好。目のやり場に困るんですけど」

「あらごめんなさい、シャワーを浴びてたの。少しでも放射能を洗い流そうと思ってね」

 吸い終えた煙草を灰皿に捨てて、ジェニスは腰を上げた。

「じゃあ、私も寝るわ。明日のために睡眠はちゃんと取っておかないとね」

 上にはブラ、下にはパンティという姿で前に立たれ、野田は懸命に目をそらしながら黙って頷いた。

「じゃあおやすみノダ、また明日」

 そう言ってジェニスは四畳半の部屋に入り、襖を閉めた。そこに全裸の加代が寝ていたことを、野田は一生知ることはない。

「……ビックリしたなぁ、もう」

 野田は息をついて、明日大決戦が行われることなど微塵も緊張してない様子のジェニスに、やはりあの人は生粋の変人だと思い知った。

 そして自分もシャワーを浴びて、早く(とこ)につくことにした。 

 明日は、決戦の日だ。

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