ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年10月(4)

 嵐の前の静けさ、といった風情(ふぜい)が湘南地域に漂っていた。

 天候は曇り。予報では雨は降らないそうだが、関東一円は薄い鼠色の雲に覆われ、青空は欠片も見えなかった。

 それでも作戦は、行われる。すでに準備は整っている。

 古くから景勝地として知られた江の島には、三年前に灯台が設置された。それは元々、二子玉川の遊園地に設置されていた落下傘訓練塔という遊戯施設で、戦後に解体移築し、民間初の灯台として江の島に建てられた。高さは53.7メートル。その最上展望階に、小澤大臣以下十数名の作戦本部の者たちが陣取っていた。そこからは相模湾と相模平野が一望でき、晴れていれば富士山もよく見えていただろう。だが作戦本部にとっては、辻堂さえ見渡せればそれで充分だった。双眼鏡を使えば、鉄塔が屋根に増設された国鉄辻堂駅もよく見えた。

「第二新生丸より報告、作戦海域に到達したとのことです」

 通信係からの報告を、小澤大臣は頷いて答えた。

「あとは罠にかかるのを待つばかりね」

 ジェニスは広大な相模湾を見つめながら呟いた。首から双眼鏡をぶら下げ、胸のポケットにアメリカ陸軍少将の肩章を挟み、腰にはホルスターに収めたガバメントをさげている。彼女なりの戦闘スタイルだった。

「予想するゴジラの速度通りなら、あと三十分以内には第二新生丸後方に現れるはずです」

 野田は、船上の秋津と三郎のことを案じながらそう言った。巡視船が二隻護衛についているが、絶対に命の危険がないとは言えない。ゴジラは生きる災害なのだ、何をしでかすか分からない。

 刹那、ジェニスが野田の頬をつねった。

「そう不安そうな顔しちゃダメよ。命を張ってるキャプテンに失礼よ」

「そ、そうですね……すいません」

「大臣、艦隊もすべて配置につきました」

 通信係が報告すると、小澤たちは島の東側に目を遣った。そこには海上自衛隊護衛艦「はるかぜ」を旗艦とする日米艦隊の姿があった。戦後日本初の国産護衛艦の姿や、幸運艦(こううんかん)の異名を持つ「ゆきかぜ」も頼もしかったが、何よりも目を引くのは、アメリカが誇るアイオワ級戦艦の三隻だった。日本はもう一隻も戦艦を保有しておらず、その姿を見た小澤は、在りし日に新聞に載っていた長門や陸奥といった巨大戦艦の姿を思い浮かべた。日米戦はけっきょく航空機の力が優っていたが、今回の戦争は、これらの超弩級戦艦が大いに活躍できるだろう。

「地上部隊は?」

「すでに配備完了とのことです。航空部隊も厚木(あつぎ)からいつでも飛べるとのことです」

「わかりました。あとは、ジェニスさんの言うように罠にかかるのを待つだけですね」

 小澤大臣は相模湾方面を見ながら呟いた。

「大臣閣下、ひとつよろしいですか」ジェニスが言った。

「何でしょう」

「私のことはジェニーと呼んでください。私は信頼できる人にそう呼ばれるのが好きですから」

 ジェニスの要望を、小澤大臣は微笑して頷いた。

「わかりました、ジェニーさん」

「Thank you Boss(ありがとうボス)」

 服装が似た者同士の二人は、目を見合わせて笑った。

 

 相模湾の奥地である相模灘の洋上で停船していた第二新生丸は、船尾から二本のロープを海中に投下していた。一本はゴジラの鳴き声を流す水中拡声器と、もう一本はゴジラの肉片から採取した体液を染み込ませた、重石(おもし)付きの反物(たんもの)だった。においと音、これでゴジラを誘い出すのが作戦の第一段階だった。

「……来ないっすねぇ」

 待てども待てども海面には何も反応はなく、三郎は焦れったい思いだった。

「そんな間抜けな口きけるのも今のうちだぞ。奴が来たら、誰だって血相変えるんだ」

 海保が捕捉しているかぎり、ゴジラは間もなくこの近辺に現れるはずだった。それをただ待つというのも、恐ろしい時間だった。もしかしたら船の真下から来るという可能性もある。かつて初代新生丸の僚船だった海進丸(かいしんまる)は、そうやってゴジラに沈没させられたのだ。ただの一人の生存者も出さずに。

 刹那、無線が入った。秋津はすぐにレシーバーを握った。

「付近のガイガーブイに反応アリ、近くですっ」

「はい了解っ、こっちはいつでも出せるようにしと…」

「船長っ!」

 三郎の叫び声が先か、海上から聞こえた異音が先か、どちらにせよ秋津は通信を中断させられた。後方を見遣ると、あの黒く尖った巨大な背鰭が姿を現し、船に向かって接近して来ていた。

「ふ、船……船出してください!」

「言われなくてもやるってんだ。小僧、振り落とされんじゃねぇぞ!」

 秋津はスロットルを回し、第二新生丸は動き出した。左右に停まっていた巡視船もそれに従い、前進し始めた。

「さぁ、追いかけっこといこうじゃねぇか!」

 秋津は全身の血潮が熱くなるのを感じ、口には不敵な笑みを浮かべながら、ゴジラの誘導を始めた。

 

「第二新生丸護衛中の巡視船「あつみ」より入電、ゴジラを確認! 現在作戦予定地に向けて移動中とのことです」

 江の島灯台の作戦本部にも、ゴジラ現出の報告が届いた。現場には一瞬のどよめきの後、各部署の者たちが忙しく動き始めた。

「いよいよ来るのね、奴が」

 ジェニスは双眼鏡で相模湾を覗きながら、早く三隻の船団と、それについて来てるであろう背鰭の姿を見つけようとした。だがまだ、その姿は見えない。

 その間にも第二新生丸は、相模湾の洋上に航跡を残しながら疾走し、陸地を目指して進み続けていた。

 秋津は無線機のレシーバーを握った。

「おい海保、ここは俺たちに任せて離脱しろ! あんたらの船じゃこの船には追い着けねぇ!」

「し、しかしそんなこと……」

「しかしも案山子(かかし)もあるかバカ野郎! 無駄死にしたくねぇなら早くしろっ!」

「……わ、わかりました。ご武運を」

 秋津はレシーバーを置き、スロットルをさらに上げた。ゴジラは船の後方70メートルほどのところにいて、時折水中から顔を出した。それを見た三郎は、ずっと腰を抜かしていた。あれが本物のゴジラ……想像の倍以上に恐ろしい顔をしていた。まさに、怪獣だった。

「おい小僧! しっかり掴まってろ、もっとスピード上げる。奴の餌になりたくなかったら言うとおりにしろっ!」

「は、はいっ」

 秋津の言葉でかろうじて正気を取り戻し、三郎は操舵室の手すりに掴まった。絶対に放すもんかというぐらい力強く。その間に巡視船は離脱していき、秋津は後方を確認した。ゴジラは変わらず、第二新生丸を目標として海から顔を出しながら泳ぎ続けている。それを見た秋津はほくそ笑んだ。

「はっ、バーカめ。これからあの世に連れて行くってのに、平気な顔してら。見たかあの顔」

「いえもう、俺見たくないっす」

 秋津はさらにスロットルを上げて、速度を上げた。レースに出るモーターボートのように、何度も船首が上がった。バイクでいうウィリーのような状態。下手をすれば転覆にもなりかねないが、そこは人生のほとんどを海で生きた秋津の腕で、船体の動きと速度に微妙な調整を加えながら回避していた。ゴジラはそれでも追ってくる。船との距離は変わらずだった。だがそれでいい、このままついてこい。秋津は全身にアドレナリンがあふれ、気分が高揚していた。やっと陸地が見えてきたのだ。

 

「……見えたっ」

 ジェニスはずっと相模湾を注視し、そしてやっと見つけた。一艘の漁船が爆走しながら、巨大な背鰭を連れて来ている光景を。

「さぁ、主賓(しゅひん)のお出ましよ」

「長さん……」

 野田も双眼鏡を覗き込みながら、秋津のことを心配した。

「海岸部隊の準備は」

「すでに配置についています」

 小澤大臣は確認を終え、彼女も相模湾沖からやってきた背鰭を双眼鏡で注視した。

 

「よーしっ、このへんでいいだろう。小僧、ロープ切り離せ!」

「は、はいっ」

 秋津に指図され、大きく揺れる船体と格闘しながらも、三郎は(おの)を持って二本のロープ切断を試みた。まず一投目を振り下ろしたが、甲板を傷つけただけだった。その後も続けたが、上手くできずロープは二本とも健在だった。

「何してんだ! しゃんとしろしゃんとっ! この国守るんだろうが!」

「はいっ!」

 秋津に叱咤され、三郎は無我夢中で斧を振り下ろし、やっと拡声器のロープが切れた。そして残る一本も、手間はかかったが何とか切り離すことに成功した。

「やりましたぁっ」

「よぅし! しっかり掴まれぇっ!」

 一度スロットルを下げてから、秋津は船体をUターンさせ、再びフルスロットルに戻した。ゴジラの後方に素早く回るために。

 

 海中では、ゴジラがまず水中拡声器を噛み砕いた。

 次に、同族のにおいがする布めがけて泳ぎ、それを飲み込んだ。

 ゴジラは、第二新生丸を見逃していなかった。追いかけようと体を反転させようとした、その時だった。水中から何かが急速接近し、視界に入った時点ではもう、表皮に強い衝撃を感じていた。爆発だ。

 

「辻堂浜からの魚雷攻撃、成功です」

 通信係の報告に小澤大臣は満足した。これで奴の注意は第二新生丸から離れる。そのために辻堂浜に、魚雷発射管を載せた水陸両用車を用意させていた。

「直ちに海岸部隊は撤収、辻堂駅のスピーカーを作動させてください。それと厚木に連絡、戦闘機の離陸を要請します」

 

 ゴジラは、攻撃元が陸地からだということを察していた。

 闘争本能が、そちらへ向かえという。

 背鰭は辻堂浜めがけて直進し、水深はどんどん浅くなった。

 その間に水陸両用車は浜を離れ、無人の街に紛れていた。

 ゴジラは、否が応でもその姿を海中から現した。

 眼前には平野があり、町がある。ニンゲンの住処(すみか)だ。

 そこから、同族の声が聞こえる。なぜかは分からない。だが本能が言う、襲え、壊せ、殺せと。

 ゴジラは、辻堂浜に上陸した。

 

「大臣、ゴジラが浜に上陸しました」

「わかりました。駅に接近次第、作戦を発動します」

 陸上自衛隊から派遣された本部付幹部は「了解しました」と敬礼し、地上部隊と密に連絡を取った。

 いよいよ始まる。終わりの始まりが。

 

 大地を響かせる足音を鳴らしながら、ゴジラは辻堂の町を破壊しながら歩みを進めた。その一歩一歩が、ニンゲンの築いたものを一瞬で破壊した。家も、道路も、電柱も、道端の地蔵も。

 だが不思議なのは、ここにはニンゲンの姿がまるでないことだった。なぜだ? なぜ慌てふためき、叫びながら逃げない?

 疑念は深まるばかりだったが、それよりも気になるものがあった。同族の声を流す、鉄の塔。

 本能が言う、それを壊せと。

 ゴジラはただ、本能に従うままに、辻堂駅舎に向かっていた。

 

「駅までの距離、約500メートル!」

 通信係は報告した。ゴジラは辻堂の町を一直線に進み、駅に向かっている。このまま何も不測の事態が起きずに、予定どおりになることを、誰もが願った。

 

 無人の町を踏み潰しながら進軍するゴジラは、完全に辻堂駅舎を見下ろす地点まで近づいていた。その駅ホームには、ガスマスクを装着した陸上自衛隊員たちが待機していた。

 このまま、奴に踏み潰されるのではないか。そう恐怖心を抱く者は少なくなかった。だがここで逃げることなど許されない。ここでの自分たちの任務がいかに重要なことか、隊員たちは心得ていた。

 彼らはひたすら、息を殺しながら命令を待った。

 

「駅までの距離、200メートル!」

「大臣、そろそろでは」

 そう進言した陸自幹部に対し、野田が抗弁した。

「いえ、もう少し近くでないといけません! 奴が確実に、行動を起こすためにも!」

「……距離100メートルを切り次第、決行します」

 小澤大臣は野田の進言を受け入れた。

 失敗は許されない。やるなら確実にやらねばならない。でなければ、県民の半数を疎開させた意味がなくなる。もしも失敗してゴジラがそのまま北上などすれば、疎開対象外地域に住む神奈川県民の犠牲は計り知れない。またもし海に戻っても困る。奴を殺すのは絶対に陸上でないといけない。

 これまでの努力を無駄にしてなるものか。小澤大臣の目には、歴戦の軍人にも劣らぬ熱い闘志がみなぎっていた。

 

 ゴジラの一歩で破壊され、吹き飛ばされた家屋の破片が、辻堂駅舎にも飛び散ってきた。その粉砕された破片が体に当たった陸自隊員は、息を荒げて恐怖心が高まった。

「隊長、もうよろしいのではっ」

「……まだ命令がないっ」

 隊長はそう言い聞かして、無線機からの応答を待ち続けた。巨大な足は、もうすぐそこまで近づいていた。

 

「距離、50メートル! 大臣、部隊が命令を待っています!」

 通信係の叫びを、小澤大臣はしかと受け止めた。

 決断の時が来た。力強い語気で、彼女は宣言した。

「オペレーション・デストロイを発動しますっ」

 

【挿絵表示】

 

「発動許可が出た! 総員かかれっ」

 隊長の号令の下、隊員たちは速やかに行動した。辻堂駅のホームには、貨車に固定された小型気球が10個用意されており、レバーを引けばすぐに放出される仕組みだった。レバーに手をかけていた隊員は、近づくゴジラの震動で体がよろけたが、その反動でレバーを作動させることに成功し、制御を解かれた小型気球は空に向けて浮かび出した。それを見届けた隊長が叫んだ。

「総員退避っ!」

 隊員たちは急いで駅舎から離れ、あらかじめ駅舎近くに停めていたジープに乗り込み、全速力で走り出した。

 一方、ゴジラは駅舎の手前まで進行し、眼下から何かが飛んでくるのが見えた。それは白い球体で、ふわふわと踊るように空に浮かび上がった。気球はそれぞれ貨車とロープで固定されており、現在のゴジラの身長を考慮して、高さ65メートルまで上がるように設定されている。

 ゴジラはしばらく、その浮上してくる得体の知れない物体を注視した。それはやがて、眼前で停止した。

 その高度は、ややゴジラよりも高かった。

「設定ミスか……でも大丈夫です。あの高さなら充分だ」

 双眼鏡で覗いていた野田が言った。小澤とジェニスも双眼鏡でその様子を見ていた。

 ゴジラはしばしの間、眼前の球体を前に動かなかった。驚いているのか、様子を窺っているのか。どちらにせよ、このままでは意味がない。

「……止むを得ない、お願いします!」

 野田が陸自幹部に告げると、幹部は了承して地上部隊に命令を送った。

 その直後、気球のひとつが自爆した。気球の下部にはそれぞれ軽量の爆薬が仕込まれており、地上部隊が操作することで爆破させることが出来た。

 眼前で爆発が起きたゴジラは、反応を示した。腕を使って気球を二個破壊し、さらに一個を噛み潰した。

「よしっ! 噛んだぞ!」

 野田は驚嘆の声をあげた。それにゴジラの周囲にはオソニチンのガスが蔓延している。予定どおりの好条件になった。ゴジラはその後も気球を襲い続け、さらにもう一個を噛み潰した直後、体を反転させて尾を使って攻撃した。辻堂駅舎を根こそぎ破砕し、ロープが切断され、残りの気球がそのまま浮上を始めた。ゴジラはそれを睨みつけるように見上げたが、いかに巨体の持ち主とはいえ、ジャンプをすることは出来なかった。そこで地上部隊がスイッチを入れ、浮上した気球をすべて爆破した。気球の中にはランダムで水素ガスと液状オソニチンを入れたものもあり、そのオソニチンがゴジラの頭上から降り注いだ。

 ゴジラは、咆えた。何かに苦しむ悲鳴のようにも聞こえた。その声は、あたりの無人家屋の窓ガラスをことごとく割った。

「さぁ、どうなるゴジラ……」

 双眼鏡でその様子を見守る野田は、まるで実験動物を観察するようにゴジラを注視した。

 ゴジラは、やがて肩で息をし始めた。口の中から入ったオソニチンが、肺を(おか)していたのだ。

「戦車部隊に攻撃を命じてください」

 小澤大臣の命令を陸自幹部が無線で伝え、無人の町にあちこち配備されていた陸上自衛隊M4戦車と、在日米陸軍の最新主力戦車であるM48パットン戦車が、オソニチンを搭載した特殊弾頭を、ゴジラの口を目標にして一斉に発射した。そのうちの数発が目標に着弾し、ゴジラは明らかに妙な行動を取り始めた。体が左右に揺れ、今にもその巨体が倒れそうな様子だった。

「効いてる、効いてますよっ!」

 野田は目を輝かせながらジェニスに言った。だがジェニスは双眼鏡から目を離さず、ゴジラを凝視していた。

 ゴジラは、よろけながら体を反転させ、来た道を戻ろうとした。まさに予想したとおりの行動だった。ゴジラは水棲生物、傷を癒すなら海の中……その海には、すでに艦隊が江の島東方から移動して集結していた。

「……ゴジラの口から、泡のようなものが見えます」

 護衛艦「はるかぜ」の艦橋から双眼鏡で監視していた水島は、堀田に報告した。堀田も双眼鏡を手に取って見ると、ゴジラの口からは血が混じったような色の泡状のものがはみ出ていて、それが歩くたびに地面に落下していた。ゴジラの組織が溶け、吐瀉物のようになっていたのだ。

「砲撃準備! 全主砲を奴の口に向けよ!」

 堀田の命令を受け、三つの砲身にそれぞれオソニチンの特殊弾頭が装填された。艦隊の砲撃は、「はるかぜ」に合わせて行われることになっている。

「あの野郎、海に逃げる気だな。そうはさせるか」

 水島が怒りを込めて呟いた直後、上空を二機のF―86戦闘機が飛来し、ゴジラのまわりを旋回した。だがゴジラは意に介していない様子で、ひたすら海に向かって来た道を戻っている。

 するとF―86は六門の12.7ミリ機関銃で、ゴジラに射撃を開始した。それにゴジラは反応し、歩みを止めて襲いかかろうとした。だが明らかに力が失せてきているゴジラには、高速で宙を舞うジェット戦闘機を捕らえることは出来ず、むなしく空気を噛むだけだった。その間にも、体への異変は増していた。オソニチンは臓器を冒し、そして少しずつ溶かし始めた。

「……ホノルルの(むく)いを受けろ、このモンスターめ」

 脳裏に、ハワイで散った兵学校からの友……ボビーとアイザックを思い浮かべながら、パイロットは弾道線上にとらえた怪物に向けてロケット弾を発射した。それは通常弾頭だったが、どうしても友を奪った恨みを爆弾に込めたかった。弾頭は背鰭に着弾した。するとその背鰭は、折れて地面に落ちた。それを見たパイロットは歓声をあげた。

「見てください、もはや通常弾頭も効いてる……だが、確実に殺すならやはり特殊弾頭しかない。大臣!」

 野田が声をかけると、小澤大臣は頷いて海自幹部に告げた。

「最終段階です。全艦艇による艦砲射撃を」

 

 ゴジラは、もはや満身創痍だった。頭部周辺だけでなく、体全体に異変が生じていた。歩くたびに皮膚が剥がれ落ち、本来ならばすぐに再生するはずが、それも叶わずという哀れな姿だった。水島は、いつか新聞の写真で見た、ヒロシマやナガサキの被爆者の皮膚を思い出した。強い放射線を体に受けると細胞が破壊され、皮膚の再生が困難になる。はがれた部分はそのままの状態となり、白血球も減ってしまうことから、やがて感染症にかかり死んでしまう……ふと、そのことを思い出した。

 だがそれは、ゴジラの災害で被災した人も同じだった。奴は生きる原子炉、生きる原爆。このまま生かしておくわけにはいかないのだ。哀れみなど、感じてはならない。

 ゴジラが、口を半開きにさせたまま、歩いて来る。

 堀田は、時が来たと決意した。

「撃ち方はじめぇっ!」

 三門の主砲が火を吹くと、アイオワ級戦艦たちもその巨砲を放った。砲声というよりも爆発音に近いその猛烈な砲撃は、ゴジラめがけて放たれ、そのほとんどが目標に着弾した。爆煙が頭部を覆い尽くし、状況確認が難しくなった。

 艦隊が第二次砲撃を準備していた時、その巨体は、膝が折れた。

 そのまま上半身が街と浜辺の境界線上に倒れ込み、砂浜の上に出現したその頭部が露わになった。

 ゴジラの頭部は、半分ほど骨が露出し、細胞が溶け続けていた。眼球も陥没し、脳も徐々に溶けていく。

 静けさが、あたりに漂った。思わず目を背けたくなるような光景にも、野田は双眼鏡を手放さずに注視し続けた。

 頭部だけではない、体のあちこちの細胞が溶け、背鰭の重さにも耐えきれなくなったのだろう、背中の皮膚が背鰭と共に剥がれ落ちた瞬間、それがもう息をしていない哀れな屍であることを示した。

「やった……やりましたぁっ!」

 野田が叫ぶと、作戦本部の人たちは歓喜の声をあげた。健闘を(たた)え合い、万歳三唱をする者もいた。やっと勝った、あの怪物に。それは全部隊にも入電され、歓喜の輪は広がった。

「よっしゃぁ! やったぞ小僧」

 江の島の港に船をつけていた秋津も、無線で勝利を聞かされてガッツポーズをし、三郎もまた喜びに満ちた顔をした。

「勝った、勝ったんですね、我々は……」

 水島が堀田に言うと、万感の思いという顔をした堀田は深く頷いた。「はるかぜ」でも万歳三唱が起こった。

「やりました、やりました大臣……」

 涙目の野田は、まだ呆然としている小澤大臣に言った。小澤は目をつぶって深く息をついて、野田に向き直った。

「ありがとうございました、野田博士……本当に、ありがとう」

 差し伸べられた手を、野田は両手で包むように握手をした。

 誰もが歓喜に湧く中で、野田は一人の人物に違和感を覚えた。

 ジェニスはずっと、双眼鏡でゴジラを見ている。いや、ゴジラの屍を。

「ジェニーさん、我々は勝ちました。あなたのおかげです、本当にありが……」

「おかしい」

 野田は、遮られたその発言に怪訝な顔をした。

「な、何がですか? 見てくださいよ、ほら、ゴジラは死んだんですよっ!」

「あのゴジラ、身長が196フィートよ……60メートル」

「え?」

「計算したの、ここからの距離から概算して。確かよ」

「え、でも……そんな、間違いじゃ」

「駅に設置したバルーンの高度は?」

「……65メートルです」

「だったらどうして、ゴジラよりも高く飛んだの。ハワイに現れたゴジラは70メートル、あいつは60メートル。だったら説明がつくでしょ」

「な、何を言ってるんですか……だって、現に倒して」

「私が嘘を言ってると言うの?」

 ジェニスは双眼鏡から目を離し、鋭い目つきで野田を見据えた。野田は……否定できなかった。これまでジェニスと行動を共にして、彼女が判断を間違えたことはない。

 だとしたら……。

「どういうことですか?」

 二人の会話を聞いていた小澤大臣が、不安顔で訊ねてきた。答えたのはジェニスだった。

「あれは、本物のゴジラじゃない」

「何ですって? ……そんな、バカな」

 その刹那、通信係が信じがたい情報を傍受した。

「は? そんなまさか、だって……わ、わかりました。大臣! 新たに館山沖のガイガーブイに反応です。しかも……続々とブイごと破壊されているとのことです」

 その信じがたい報告に、歓喜に湧いていた場は一瞬にして沈黙した。それが何を意味するのかは、誰もが理解していた。 

 沈黙を破るように、ジェニスは言った。

「ゴジラはもう一匹いる……いや違う、そっちが本体よ!」




〈執筆後書〉
オペレーション・デストロイ発動後の描写は、「ゴジラ-1.0」のサントラ(Godzilla Suite II)を聴きながら執筆しました。
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