ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年11月(1)

 1954年11月

 

 主人公の男が、小さな女の子を抱きながら病院の階段を駆け上がっていく。病室に入ると、死んだと思っていた最愛の女性が、全身に包帯を巻いた姿でベッドの上にいた。主人公の男は女の子を下ろし、女性に泣きすがった。女性は微笑しながら言った。

「あなたの戦争は、終わりましたか?」

 女性の問いに、主人公の男は泣きながら何度も頷いた。

 場面は変わり、「雪風」の艦尾に立つ男の背を映した。

「どうした学者、考え込んだ顔して。ゴジラは倒したんだぞ」

 別の男が声をかけた。学者と呼ばれた男は、海を見つめながら呟いた。

「あれが、最後の一匹とは思えない。もし世界が水爆実験を続けるかぎり、ゴジラはまた復活するかもしれない。その同類もまた、生まれてしまうかもしれない……」

 そして場面は海原を映し、中央から「終」の字が大きく映し出された。

 

「なぁ、学者あんなこと言ってたかぁ? 俺もあんなセリフ言ってなかったけどなぁ」

「まぁ所詮(しょせん)は映画ですからね、多少の創作は仕方ないんじゃないすか? 艇長だってずいぶんな色男が演じてたし」

「うるせぇ小僧。あの役者はまさに俺そっくりだったろ、男前なところがよぉ。なぁ敷島」

「えっ。まぁ、そうですね」

「似てなーい」

「俺も明ちゃんに一票(いっぴょう)ー」

「なんでぇチクショウ。典ちゃんは似てたに一票だよな? な?」

「うーん、どうしよっかなー」

 典子は意地悪く笑いながらはぐらかした。

 

 右首筋から大量出血していた典子は、一時心肺停止の重症に(おちい)ったが、奇跡的に一命を取り留めた。ジェニスが機転を利かして、米軍ヘリで急ぎ最寄りの医療機関へ運んだことが幸いした。二週間ほど入院をして、典子は回復した。

 今はもう、痣はない。

 傷跡は生々しく残っていたが、あの黒く醜い痣よりはずっと良かった。娘の手を引きながら、家族にも似た強い絆のある人たちと一緒に映画館に行けるほど、典子は健康な体を取り戻していた。

 映画「ゴジラ」は、11月3日に公開を迎えた。オペレーション・デストロイによってゴジラが倒されたというニュースは日本のみならず全世界で称賛され、映画会社も今こそ機が熟したと見て、公開に向けて動き出した。評判は上々であり、どの映画館でも立ち見が出るほどの盛況ぶりで、すでに米国など海外での上映も決定している。急遽米国版ではアメリカ人俳優をオリジナルキャストとしたシーンを追加した特別版が制作されることとなり、映画会社は大忙しだった。

 

「あっ! 野田さんが出てますよ」

 街頭テレビを見た水島が言うと、一行はテレビを見に行った。そこには国会の委員会で演台に立つ野田の姿を映していた。

『えー、ゴジラの死骸についてですが、今後は国が管理を行い調査研究を進めるのがよろしいかと思います。ゴジラにはまだまだ未知の部分が多く、全容解明までには長い歳月がかかると思われます。しかしこのまま研究活動を停滞させれば、もし今後、ゴジラやゴジラに類似した生物が出現した際の対応に大きな差し障りが生じるものと、私は思います』

 野党議員からの質問に答え終わった野田は、一礼をして演台を去り、席に復した。その隣には小澤(おざわ)副総理兼復興担当大臣の姿があり、その横には柳原首相の姿もあった。芝公園でゴジラを葬った後、菅原内閣は総辞職し、後継指名を受けた柳原建設大臣が首相となった。柳原は小澤にその席を譲ろうとしたが「私には復興事業という責務があります。まだその時ではありません」の一点張りで引き受けず、柳原は彼女を内閣の最側近として留め置くことにした。

 芝公園にはまだ、ゴジラの死骸が横たわっている。公園一帯も立ち入りが制限され、それは辻堂も然りだった。政府はいずれ、これらの死骸を収容する地下施設を建設することを明言し、それまでは仮の建屋(たてや)がそれを(おお)うことになっている。

 オソニチンによる作用によるものか、それともゴジラが死んだことによるものなのかはまだ不明だったが、死骸からは有害な放射能はさほど検知されなかった。ただし死骸の腐臭はこの世のものとは思えないほど酷く、組織細胞に関しては一部のみ採取して、残りはすべて焼却処分する手筈となっていた。

「見ろよあの(つら)、ずいぶん緊張してらぁ」

 テレビ画面越しに見る野田を、秋津はそう茶化した。

「いやいや、そりゃ緊張するでしょうよ。国会で答弁なんて俺には無理っすよ」

「当たり前だろうが、お前みたいな小僧に答弁なんか出来るわけねぇだろ」

「あ、そんなこと言うんなら艇長と梅子さんの結婚式、俺出ないっすよぉ」

 どうしようもない親子喧嘩じみた言い合いを始めた秋津と水島を、敷島夫妻は微笑ましく思った。これが彼らにとっていつもの光景だった。

「あ、あの人だ!」

 明子がテレビを見て指したのは、野田の次に演台に立った長身の白人女性。服装は陸軍人を思わせるカーキ色だった。彼女は外見に似合わない流暢な日本語で語った。

『今後ゴジラのような生物を生まないためにも、世界的な原子力規制が必要だと私は思います。原子力は魅力的なエネルギーである一方、下手をすれば人類滅亡のアクシデントも引き起こしかねない代物(しろもの)です。現に日本国は滅亡の一歩手前まで追い詰められました。それだけではなく、太平洋の楽園であるハワイも地獄に変えたのです。それはゴジラの仕業(しわざ)だ、話を()らすなと仰る方もいるでしょう。ですがゴジラが、核実験によって生まれたことは間違いありません。つまりあの怪物は、人間が生み出したものなのです。私は、一人の核物理学者として……ゴジラ災害の遺族として、そしてオペレーション・デストロイに関わった者として提言します。どうか世界各国は、原子力を使うなら平和利用を前提とし、生物圏への影響を最小限に(とど)めてもらうことを、私は願います。以上です』

 議場からは拍手も起こり、演台を去ったジェニスは野田と握手をした。

「これで、何かが変わるといいんですが……」

「またそうやってネガティブになる、あなたの悪い癖よ。大丈夫、すでに兄を通して世界的な原子力規制の枠組みを大統領は作ると約束してくれたわ。ゴジラに原爆を使用するのを認めなかった閣下のことよ、きっとやってくれるわ」

 ジェニスは自信に満ちた顔でそう言った。野田もその顔を見て、安堵した。

「それに日本も味方になれば、ますます実現性は高まる。何せ……二度も原爆を落とされて、二度もゴジラに襲われた国だもの。反論する国なんて、この世にあると思う?」

 野田は笑顔で首を振った。「でしょ?」と言わんばかりにジェニスは両肩を上げて見せた。

「ああ、ていうか早く家に帰りたいわ。早くカヨの作ったご飯が食べたい」

「僕も何か作りますよ」

「何あなた、主夫にでも転職するつもり?」

 二人は顔を見合わせて笑った。そしてジェニスが思い出したかのように野田に言った。

「あっ、そうそう。私今月中にハワイに行くの。あっちの復興を手伝おうと思ってね」

「えっ⁉」

 その()頓狂(とんきょう)な声に議場の人々の顔が野田に向けられ、野田は慌てて「あ、すいません」と謝罪した。

「きゅ、急ですねずいぶん」

「まぁ、考えてはいたのよね。もう核実験はうんざり、正直飽きちゃったわ。楽園を取り戻すために少しでも力になろうと思ってね。一人ぐらい放射能の専門家がいても、向こうは困らないでしょ?」

「まぁ、むしろ歓迎されそうですね……いつぐらいに発つんですか?」

「だいたい月末あたりかしら。荷物とかまとめたり、政府への報告書提出もあるし……見送りに来てくれるわよね、もちろん」

「当たり前でしょう。あなたには散々お世話になったんですから。それに、一緒に暮らしてたし」

「フフフ、何か寂しそうね。永遠に別れるわけじゃないのに。でも嬉しいわ、ありがとう」

 野田は新調した眼鏡をクイっと上げて、軽く息をついた。

 そうか、もう彼女はいなくなるのか。それが心の中で何度も反芻され、ジェニスに指摘されたように〝寂しい〟という感情を芽生えさせていた。

 

 *

 

「先輩、聞いてくださいよぉ。一等車の政治家っぽいおっさんに「私の(めかけ)にならないか」って言われました。もう気色悪いったらありゃしない。あーやだやだ」

「そうね、車掌室に呼んでドアから突き落としちゃおっか」

 山路秀美(やまじ ひでみ)は先輩とそんなことを談笑しながら、東京発大高(おおだか)行きの特急「はと」号の乗務員室にいた。あの名古屋での災害を辛うじて生き延びた二人は、今月からやっと職務に復帰していた。名古屋市の復興はまだまだ道半ばであり、爆心地の放射能はまだ高濃度を保っていた。そのため破断された東海道線も復旧できず、被害を(まぬが)れた大高駅が特急「つばめ・はと」号の終着駅扱いとなっていた。大高は名古屋からの避難民や移転企業で大いに人口を増やし、一大経済圏と生活圏を構築しつつあった。いずれ京阪とを結ぶ緊急迂回路を数年以内に建設することを、国鉄は目標としていた。

 

 函館の香山真彦(かやま まさひこ)は勉学に励みつつ、友人たちと漁港での手伝いにも励み、貯まった金を一部母に預け、残りで恩師に贈る函館名物を買うことにした。従兄弟と市場に行って見繕(みつくろ)っていた時、ふと目が合うモノがあったので、ソレにした。今日獲れたてという大ぶりなスルメイカは、触腕を元気に動かしていた。

 

「はっ⁉ またこんなの、どこで見つけてきたんですか?」

 倉庫に置かれたソレは、以前そこに鎮座していた零式練習用戦闘機同様、日本海軍の忘れ形見、紫電改(しでんかい)だった。

「いやぁ、日本中の元軍関係者に声をかけたら、やっと見つけてねぇ。またこれも修理頼むよ、橘君」

 KK航空の社長にポンと肩を叩かれ、橘は唖然としながらその機体に目を奪われ続けた。

 社長に無断であのゼロを敷島に提供したことは、結果的にゴジラを倒す役目を果たしたこともあり、咎められるばかりか大いに褒められ、給料も上がった。

 その代わりとして、また旧式の戦闘機を直せという。どこまで好事家なんだあの人は……橘は呆れつつも、久しく見た艦上戦闘機に優しい眼差しを送り、工具箱を開けた。

 

 国木田三郎は、鉛筆を持ちながら決心をつけずにいた。母にはすでに了解を得ているが、まだ秋津には何も話していない。

 でも、あの人は言った。自分で自分の生き方を決められるのは幸せなことだと。戦争を経験していないぐらい幸せなことだと。

 三郎は、両頬を手で叩いて迷いを断ち切り、ハワイ復興隊参加の応募用紙に氏名住所年齢を記入し始めた。職業欄には「漁師(見習い)」と素直に書いた。

 

「来年、国民を皇居に招いて花見をしようと思うのですが、どう思いますか侍従長」

 摂政宮皇太子に訊かれた侍従長は、微笑しながら「素晴らしいお考えかと」と頭を下げた。

 二人は、まだ発展途上な姿の庭園に立っていた。それでも草木はしっかりと根を下ろし、カタバミなどの野草もしっかり群生している。

「せっかくだから、毎年恒例の行事にもしたい。みんなで庭園を散策するという意味で、園遊会(えんゆうかい)という名前を考えたのですが、どう思いますか」

「それでよろしいかと。両陛下も、ぜひともお招きいたしましょう」

 皇太子は嬉しそうに頷き、その席にはもちろん、あのオペレーション・デストロイに参加した人々も漏れなく招待しようと決めた。小澤大臣や、あの米国人女性にも来てほしい。

 その時のことを想像しながら、笑みが顔に浮かぶ皇太子は、野鳥のさえずりが聞こえる庭で長閑(のどか)な時を過ごした。

 

 *

 

 横浜の埠頭には、ハワイを経由してアメリカ本土へと向かう大型客船が停まり、埠頭にはその出港を見送る群衆が集結していた。

「本当に、行っちゃうんですね」

 サングラスをかけ、リュックサックを肩にかけたジェニスに、野田は言った。

「ちょっと、湿っぽく見送るのはやめてってあれほど言ったでしょ? 明るく見送ってねミスター・ノダ」

 その場には野田だけではなく、敷島一家、澄子、秋津、水島の姿もあった。

「お前もまさか行くとはなぁ、二代目小僧」

 秋津は三郎に言った。彼もまた、ハワイ復興隊の一員として乗船券を握り締めていた。

「まぁでも期限付きっすからね。来年の十月くらいまでっすから、また戻ってきますよ船長」

「まぁ……体には気をつけろや。それからこれ、持ってけ」

 秋津はズボンの後ろポケットに入れていた封筒を差し出した。中には幾ばくかのお札が入っていた。

「いや、大丈夫っすよ。金は自分で貯めたのがありますから」

「バーカ、こういうのはスッともらっておくもんなんだよ。お前の母ちゃんは俺も面倒見てやっから安心しろ」

 見送りには母親のタエも来ていて、息子が今から遠い地へ行ってしまう悲しさと、誰かのために働きたいというその精神に、目を潤ませていた。

「……ありがとうございます船長。立派な男になって戻ってきます」

「おう、期待しねぇで待ってるよ」

「素直じゃねぇなぁ艇長は」

 水島が口を挟んで笑い、その頭を容赦なく秋津は小突いた。

「あの、ジェニーさん。今までありがとうございました」

 敷島夫妻はジェニスに礼を述べて、頭を下げようとしたが、ジェニスは二人の肩に手を遣って制した。

「お礼を言うのはこちらよ。ありがとう、アイツを倒してくれて」

 三人が笑顔で見つめ合っていると、明子がおずおずとジェニスに近寄った。そして一枚の紙を手渡した。それは色鉛筆で描かれた、ジェニスの似顔絵だった。

「あら、くれるの? 嬉しいわ、ハワイの新居に額装して飾らせてもらうわね。また会いましょうねシャイニー」

 ジェニスがしゃがんで両手を広げると、明子は飛びつくように抱きついた。

「また飴ちょうだいね」

「ええもちろんよ、ハワイからも送ってあげるわ。お母さんみたいに強い女性になってね」

 ジェニスは明子の頬にキスをして、二人は体を離した。

「まったく面白いねぇ、アメリカさんってのはさ」

「あなたもいつか遊びに来てねマダム。楽園に戻ったハワイにね」

 すると野田が、ずっと機会をうかがっていたとばかりに前に出た。

「ジェニーさん。あの、これを……」

 野田は、一つの小箱を差し出してきた。

 その中身は、腕時計。

 ジェニスは、驚嘆の声を漏らした。

「……あなたって人は、ずいぶんロマンチックなことをするのね」

「ぼ、僕なりの誠意といいますか、感謝の印といいますか、何といいますかその……えっと」

 本心を打ち明けようとした野田を、ジェニスはぎゅっとハグした。

「最高のプレゼントよ、ありがとう。一生大事にするわ」

「あ、はっ、はい。……あの、ジェニーさん、僕は……あ、あなたを」

 その時、後方から声が聞こえた。

「ジェニー!」

 その場にいた全員がそちらへ顔を向けた。そこにはドット柄の落下傘ドレスを着て、黒いヒールを響かせながら近づく女性がいた。手には旅行鞄を持ち、長い黒髪をバッサリと切り落としてウェーブをかけたハイカラなスタイル。これでも彼女は、太平洋に浮かぶ離島の出身者だった。

「カヨー!」

 野田から体を離したジェニスはサングラスを外し、駆け寄ってきた加代と熱い抱擁(ほうよう)を交わし、そして公衆の面前にもかかわらず濃厚なキスをした。典子は「ま、まだ早い」と思い、明子の目を手で覆った。その場にいた全員が呆然とした。特に野田は。

「んっ……はぁっ! もう遅いじゃない、来ないかと思ったわよ!」

「ごめんなさい、横浜なんて来たことなかったから道に迷っちゃって」

「まぁいいわ、さぁそろそろ船出よ。行きましょう」

「えっ、か、加代さんも行くんですか?」

 目を丸くしている野田が訊ねると、ジェニスは「ええそうよ」と当然の事のように答えた。

「あなたの大学の……なんだっけ、サッサだっけ? とにかくオニカブトを研究してくれた学者からオニカブトの種をもらったの。オニカブトは熱帯で繁殖しやすいことが分かったから、きっとハワイでも育てられるわ。私たちの希望の花だもの、大切にするわ」

「野田さん、今まで本当にありがとうございました。いつかハワイに遊びに来てくださいね」

「いつか向こうでカフェでも開こうかと思ってるの。二人でね」

 ジェニスは加代の肩を抱き寄せて、満面の笑顔で言った。二人は幸せそうに見つめ合い、それはもう恋人同士の顔だった。

「じゃあねみんな、会えて最高だったわ。goodbye(またね)」

 再びサングラスをかけたジェニスは加代の荷物を持ち、二人は肩を抱き寄せ合いながらタラップを上がって行った。

「……あ、じゃあ俺も行きますわ。船長、また来年!」

 何とも言いようのない空気の中、三郎も旅行鞄と背嚢(はいのう)を背負ってタラップを駆け上がった。

「お、おう。気をつけてなー……おい、大丈夫か学者」

「…………」

 野田が虚無の境地にいる間にもタラップは取り払われ、やがて海上自衛隊音楽隊が「蛍の光」を演奏し始めて、ハワイへ向かう客船を見送る群衆からはそれぞれ激励の言葉が船上の人々に向かって投げかけられた。

 船尾にはジェニスと加代が並んで立ち、敷島たちに手を振っていた。ジェニスの左手首には、銀色の腕時計が光っていた。野田は、力なく手を振り返した。

 見かねた水島が野田の肩を掴み、戦前から使われている和製英語で励ました。

「……ドンマイ」

 刹那、客船が大きな汽笛を鳴らし、横浜埠頭を離れて行った。

 野田の淡い想いも、その汽笛に掻き消されるように(かす)んでいった。

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