ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1952年11月

 1952年11月

 

 ずいぶんと泳いできた。ここはどこなのだろう。

 まぁどこでもいい。安全ならどこでも。

 あの日からずいぶん経った。頭を吹き飛ばされ、体が瓦解(がかい)してしまったあの日から。

 頭は破壊されたが、心臓は無事だった。

 だが再生には時間がかかった。なにせ元となる体がバラバラになり、筋肉、臓器、血管、骨、ありとあらゆるものが海に散らばった。

 どういうわけかそれらも今は再生しているが、体は以前ほど大きくはない。だがそれでもいい。そもそもあの巨体は望んだものではない。

 あの巨体……あれには最初戸惑った。ただ海を漂っていたとき、突如襲った激しい熱で、一度は死にかけた。だが死ななかった。生き延び、安息を得る間もなく、体が異常な反応をした。傷ついた皮膚が破壊と再生を繰り返し、シロナガスクジラを超える巨体を得た。

 こうなったのは誰のせいか。

 ニンゲンだ。あいつらに違いない。あいつらは同族同士で殺し合いをしていた。それは大昔からそうだが、年月を経る度に、あいつらは様々な武器を作った。巨大な大砲を積んだ船、水中を進む船、空を飛ぶ鉄の鳥。

 あの激しい熱だって、ニンゲンの仕業(しわざ)に違いない。海底火山の噴火とは絶対に違う。極めて暴力的な熱だった。あれは、生物を殺すための熱だ。

 だがそれを我は生き延びた。理由はわからない。

 太古から生き延びてきた生命力ゆえか。

 何にせよ、ニンゲンには相応の報復をしなければならない。視界に入った船をことごとく襲ったのはほんの手始めだ。慌てふためき、恐怖に満ちた顔をしたあいつらを見るのは、痛快だった。

 あの木で出来た小船のニンゲンたちもそうだった。だがあいつらは小癪(こしゃく)だった。口に入り込んだ異物をさっさと吐き捨てればよかったのだが、あの時は殺そうという闘争心が優り失念していた。

 口に入った異物を、あの男が火を吹く武器で爆発させた。頭が半分吹き飛んだ。

 またしても死にかけたが、再生した。

 今度こそ殺してやろうとしたところへ、邪魔が入った。巨大な大砲を積んだ船がやって来たのだ。邪魔だ。水中を泳ぎながら近づき、浮上。船上を叩き潰したが、至近距離で砲撃され、痛みに耐えきれず再び潜った。海上からはニンゲンたちの歓声が聞こえ、怒りは限度を超えた。

 すると体が不思議なことを始めた。みるみるうちに体が熱くなり、尾から背へ、強力な熱を帯び、それは喉元に集中した。

 初めて熱線を吐いた。頭上の船に向かって。

 船は跡形もなく焼失し、勝利を確信した。

 浮上すると、船のニンゲンたちはどこにもいなかった。

 だが(われ)の損傷も激しかった。皮膚が焼け、呼吸も乱れ、体力も残りわずかという満身創痍。

 あの木の小船はまだ健在だった。仕留めたかったが、体は限界だった。ひとまず潜り、姿を消すことにした。

 十分に回復したのを見計らい、今度はニンゲンたちの土地に上陸した。あれは実に愉快だった。我が歩くだけでニンゲンたちは阿鼻叫喚の声を上げ、必死に逃げ出す。あいつらが走るのよりも、我が一歩を進める方が早い。ニンゲンたちを踏みつぶす感触は、実に気持ち良かった。

 目の前を細長い鉄の上を走る茶色の乗り物が止まっていた。よく見ると、中にはたくさんのニンゲンが乗っていた。殺してやろう。そう思い、噛みついた。だが途中で飽きて、吐き捨てた。それに下敷きになって死んだニンゲンもいただろう。ざまあみろ。

 巨大な時計塔のある地区を襲っていた時、不意にどこからか砲撃を受けた。目を凝らすと、三角屋根が特徴的な建物の周りに大砲を積んだ車がいくつも並び、こちらに砲門を向けていた。どこまでも小癪なやつらだ。あんなもので今の我を殺せると思っているのか。

 再び、あの体内の熱が上がる現象が起きた。ニンゲンたちがそれをどんな表情で見ていたかは覚えていない。熱を溜めるのに集中していたからだ。

 三角屋根めがけて発射し、目標一帯は土地ごと壊滅した。建物も車もニンゲンも地上から消えた。我ながらすさまじい力だ。だがこの力の厄介な所は、発動後に生じる体への負荷だ。二度目の発射はすぐには出来ないし、なにより体力の消耗が激しい。まぁいい、十二分に破壊はした。これで多くのニンゲンたちは、我を恐れ入るに違いない。そう確信し、海に帰った。

 体の再生と体力が戻った頃、またあいつらを襲ってやろうと思った矢先、どこからか咆哮が聞こえた。まさか? 我の同族がいるのか? だとしたら……縄張りを荒らされては困る。殺さなければ。そう思い再び湾内に入った。あちこちに爆弾が仕掛けられていたが、気にも留めなかった。やがて船が見えてきた。同族の姿はない。船からは水中に機械が投入されていた。咆哮はそこから流されていたのだ。あいつらはどこまで我を馬鹿にするつもりなのだ。音を出す機械を嚙み砕き、船を襲いまっぷたつにして吹き飛ばした。残骸は港の建物を巻き込んで爆発炎上し、我はそこに上陸した。

 さぁ、またニンゲンたちを恐怖の底に落としてやろう。今度は完膚なきまでに。

 そこへ鉄の鳥が現れた。奇妙な形をした鉄の鳥……それにはあの男が乗っていた。

 殺してやる。

 だが鉄の鳥はすばしっこく、容易に倒せない。

 小癪(こしゃく)な。

 怒りに満ちた我は、鉄の鳥を追いかけ、再び海に入った。すると奇妙なものが待っていた。大砲のない鉄の船が四つ、海上に礼儀正しく整列していたのだ。

 ……そうか、陽動されたのか。まぁいい、あんな船に何ができる。

 すると2隻がこちらに向かって前進した。自滅する気か。あるいは船に爆弾でも積んでいるのか。何にしても愚かな作戦だ。我はあの熱線でもって2隻を消し去った。

 これでニンゲン共も観念したと思った。が、残った2隻がこちらに向かってくる。どこまでも愚かな生き物だ。沈めてやろうと思ったが、鉄の鳥が蠅のように飛び回り気を散らす。くそ、体が回復したらまっさきにあの鉄の鳥を吹き飛ばしてやる。

 あの鉄の鳥に集中していたのがまずかった。2隻には縄が取り付けられていて、我はいつの間にかその縄にかかっていた。縄には得体のしれない物体が幾つも巻き付けられていた。どうせ爆弾なのだろうが、こんなものは効かない。体が回復したのを自覚し、再び熱線発射の準備に入った。船も、鉄の鳥も、まとめて葬り去ってやる。

 発射する直前になって、縄に取り付けられていた物体が爆発し、直後急速に我は海に落下した。ここは深い海だ。潜る時はいつも慎重になるが、こんな急速落下は経験にない。だいぶ深いところまで落ちたところで、一度気を失った。体の熱も消えた。

 だが、死んではいない。もがいて暴れていた時、今度は縄から浮き袋が出現し、先ほどとは逆に急速浮上した。回復したばかりの箇所が次々と劣化し、眼球にも痛みを覚えた。まずい、このままではまずい……浮上しながらもがむしゃらに浮き袋を噛み潰し、浮上はやっと停止した。この間に何とか体を回復させなければ。ただそれに集中しようとしていたところへ、頭上に小船が何艘も現れた。ニンゲンとはどこまで忌々しい生き物なのだ。早く殺したい。一匹残らず殺したい。回復はまだか?

 少しずつ体が上昇していく。そして浮上。体はまだ十分に回復してないが、やむを得ない。それにもうこいつらは武器がないと見た。殺してやる、殺してやる、殺してやる!

 怒りが熱に変わり、我に力を与えた。

 もう終わりだ、ニンゲン。

 そこへあの鉄の鳥が突っ込んできた。火を吹くわけでもなく、ひたすら直進してきた。我の口に。

 大きく開口していたところへ、鉄の鳥がまんまと挟まった。

 刹那、鉄の鳥が大爆発した。

 それがあの巨体を保っていた時の最後の記憶だ。

 ……いや、違う。我は見た。鉄の鳥が口に突っ込む直前、そこから何かが飛び出した。

 あの男だった。

 あの男……最初に見たのは、そう、あの島でだ……あの時は恐怖に怯えていただけのあの男……それがなぜ、あんな命を捨てかねない覚悟を持った?……いや、そんなことはどうでもいい……あの男……あの男だけは、ニンゲンの中でも最も許しがたい。

 叶うなら、あいつを殺したい。上陸した時のように踏みつぶすだけでは足らない。食い殺してやる。もしくは、熱線で欠片も残さず焼き殺してやる。

 今は、叶わない。

 体は島を縄張りにしていた頃ぐらいには戻ったが、この大きさではきっとニンゲンの武器に敵わない。それに熱線も出ない。せいぜい小船を襲うのがやっとだ……。

 もっと力を蓄えないと。もっと成長しなければ。

 だが、今の我では限界がある。

 今は安全な海の中で、ただただ時を過ごすばかりだ……

 

 *

 

 太平洋中部に浮かぶエニウェトク環礁は、米軍の厳重な管理下のもと、粛々と人類史上初の試みがなされようとしていた。

 この環礁は戦時中、大日本帝国の統治下にあったが、1944年の戦闘でアメリカが勝利し、獲得した。

 広大な洋上に存在する貴重な陸地は、大戦後に米軍の核実験場に変貌していた。

 環礁の小島・エルゲラブ島には、〝ソーセージ〟と呼ばれた筒形の装置が設置されていた。

「今日はソーセージが爆発しちまうな」

 技術者の一人が冗談を飛ばすと、まわりの同業者たちも一様に笑った。中にはもっと下世話なジョークを飛ばす者もいて、これから人類初の実験が行われる緊張感は感じられなかった。

 いや、緊張を飛ばすためにあえて言っていたのかもしれない。

 何にしても、士官待遇軍属のジェニス・クロフォードは、彼らを軽蔑するような目で見ていた。

 これから行われることがいかに重大なことか。もしかしたら、過去に行ってきた実験を(しの)ぐものになるかもしれないというのに。

 軍人や技術者たちは安全圏の島から実験を見守っている。

 後ろから腰を小突かれた。同僚のデニーだ。

「いよいよだな」

「ええ……」

「俺さ、島にスターリンのブロマイド置いてきたぜ。ソーセージと一緒にドカンてわけさ」

 デニーは同調して笑ってくれるのを期待していたが、ジェニスは「へぇ」とまったく愛想がなかった。

「おいおい、少しはウケてくれても……」

 声を遮るように実験開始のサイレンが鳴り、人々は高密度ゴーグルを装着した。実験による爆風対策だ。

 〝その時〟は来た。

 人類初の水素爆弾を使ったアイビー作戦・マイク実験は、直径5キロにおよぶ第二の太陽を生み、高さ37キロにもなるキノコ雲を空に現出させた。

 猛烈な爆風が、実験を見守る人々にも押し寄せ、何人かが倒れそうになった。

「……エルゲラブ島が、見当たりません!」

 観測係が叫んだ。ソーセージは島をひとつ、地球上から消し去ったのだ。

「成功だ」

 誰ともなく声が漏れ、軍人や技術者たちの表情は実に満足気だった。

 ジェニスだけは違った。

 人類初の水爆実験成功の喜びは、熱線で死んだ父への想いには優らなかった。

 

 またしてもあの激しい熱が襲ってきた。

 嗚呼、皮膚が焼ける……痛みの感覚すら麻痺する猛烈な衝撃。

 しばらく気を失った。

 そして、また始まった。

 焼けただれた皮膚が、肉が、骨が、自然と回復していく。と同時に、破壊も繰り返す。

 あの時と同じだ。

 いや……違う。今回は何かが違う。

 あまりにも熱量が強すぎたのか、破壊と再生は順不同で、骨ごと腕がちぎれた。これは前にはなかったことだ。

 死ぬのか?

 ……いや、死んでなるものか。

 あの男を殺すまでは……

 

 ゴジラは静かに、沈むように海底へと姿を消した。

 

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