ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年11月(完)

「よーしっ、じゃあ上げまーす!」

 南海サルベージKKの技師である尾形秀人(おがた ひでと)は、サルベージ船のクレーンを操作し、相模湾の海中から或るモノを引き上げた。

 それは、巨大な亀の死骸だった。肉体はほとんど失われて骨が露出し、かろうじて後ろ足が姿を留めていた。海上に浮かび上がったソレからは、酷い臭いがした。尾形は思わず吐きそうになったが、何とか(こら)えた。

 このサルベージ作業は政府から委託を受けて行っているもので、他にも巨大なイカが湾内にいたそうだが、それは見つかっていない。おそらくサメの(えさ)にでもなったのではないかというのが、専門家たちの見解だった。

「……くっせぇなぁ。すげぇ臭いだ」

 海底に沈んでいた巨大亀の死骸を引き上げた尾形は、しかめっ面になりながら慎重にクレーンを動かし、その巨大な死骸を船の上に載せた。甲羅はおよそ40メートルあり、サルベージ船の甲板を埋め尽くした。

 作業を終えてクレーン台から降りた尾形を待っていたのは、新聞記者の男だった。

「いやぁ、すごいですねこりゃ。こんなのがまだまだ海にいると思いますか?」

 萩原(はぎわら)というその記者は、口にマスクを着けながら尾形に訊ねた。

「知りませんよそんなこと、俺は専門家じゃないし」

「いやいや、そこは「いやぁどうでしょう、いるんじゃないですかねぇ」とか言ってもらわないと、こっちは記事に出来ないんですよ」

「だから知りませんよっ。ったくうるせぇなぁ」

 尾形は萩原の肩をわざとぶつけながら通り過ぎ、船内に消えた。一人残った萩原は、巨大な亀の死骸をフィルムカメラで何枚も撮影した。これで良い記事が書けるぞとほくそ笑みながら。

 

「……大変、お世話になりました」

 奥村五郎は東大医学部第三分院の玄関で、中島ら医療関係者たちに深く頭を下げた。

 中島らが開発したオソニチン薬の投与を続けた結果、奥村の体にあった黒い痣は完全に消滅した。それは他の患者でも順調に見られた改善傾向で、その中でも奥村は、()えある退院第一号となった。

「奥村さん、どうか気持ちを強く持って生きてください。もし悩むことがあれば、私はいつでもここで待ってますからね」

 中島の温かい言葉に、奥村は少し目を潤ませた。彼には身寄りがなく、今後は中島が役場と調整して手配した住居に住み、生活支援を受けながら職業訓練を始める予定だった。

「本当に、ありがとうございました」

 奥村はもう一度頭を下げて、役所の職員に付き添われながら病院を後にした。

 

恵美子(えみこ)さん」

 病院の庭で、車椅子に乗りながら読書をしていた恵美子は、看護婦の声に振り向いた。

 その眼は、開いている。

「そろそろお昼ごはんなので、戻りましょうか」

 恵美子は黙って頷き、本に栞を挟んで閉じた。看護婦が車椅子を押し始めた。

「何の本を読んでたんですか?」

「……父の書いた本」

 本の表題は『日本古生物学入門』とあり、著者名は山根恭平(やまね きょうへい)とあった。もう故人の名前だった。

「確か、大学の先生だったんですよね?」

「ええ、北京(ぺきん)大学。戦後は在野で活動していました」

「すごいですねぇ。私の父なんてただの大工だから、まるで違いますね」

 恵美子は何も反応をしなかった。看護婦は気まずくなり、話題を変えた。

「恵美子さんは、退院したら何がしたいですか?」

「……(かえ)る」

「帰る? ああ、お家にですね。そうですね……ご家族の思い出もたくさん詰まってるでしょうし」

 二人はそれから会話をすることなく、病院の食堂へと向かった。

 

 *

 

「チクショウ、何だってんだ」

 居酒屋で自棄酒(やけざけ)をあおりながら、萩原は不満を漏らした。

 せっかくあの巨大亀の死骸に密着して取材し、我ながら素晴らしいと思えるほどの記事が書けたのに、それは一面を飾ることはなく、社会欄の一記事として、しかも文章を大幅に削られて載せられたに過ぎなかった。

 原因は、伊豆半島に出現した怪鳥のせいだ。それは全身が黒く、翼長は約15メートル、しかも背中に背鰭のような突起があるときた。この怪鳥の目撃情報のせいで、萩原の記事は優先順位を大きく下げられた。専門家の見解では、辻堂か芝公園のゴジラの死骸を食べた鳥類が突然変異したものではないかということだった。

 現在、警察と陸上自衛隊がその駆除に向けて動いているという。すでに家畜に被害が多数出ており、地域住民が不満と不安を口にしていた。それが大きく新聞の一面を飾ることとなり、萩原は腹が立っていたのだ。

「くそっ。あんな臭ぇ死骸にずっと張り付いてたってのに、無駄な努力ってわけだ。ハッ」

 萩原は自分を笑い、編集長を呪い、あの怪鳥を憎んだ。あんなものさえ現れなければ、俺の記事が一面を飾っていたのに……。

 

 深夜。

 恵美子は、目を覚ました。

 その眼は、恵美子ではなかった。

 恵美子の眼は以前、あの黒い痣に覆われ、開眼不能の状態だった。

 それは今では、オソニチン薬の投与によって改善し、やっと目が開くようになった。外観からも、痣は消失しているように見えた。

 だが医師も看護婦も、表面しか恵美子を診ていなかった。

 その痣が、脳にまで達していたことを、彼らは気づいていなかった。

 脳が言う、部屋を出ろと。

 恵美子はベッドから起き上がり、部屋のドアを開けた。以前は鍵がかかっていたが、症状が改善していることを鑑みた医師たちは、施錠するのをやめていた。もうかつてのように暴れたり咆える患者はいなくなっていた。だが念のためということで、特殊病棟と普通病棟をつなぐ鍵付きの扉は閉まっていた。

 恵美子は、強力な腕力でその扉を押し開けた。このとき恵美子にとって運のよかったのは、宿直の看護婦がトイレに行っていて、そのドアを破壊する音を聞かれていなかったことだ。

 恵美子はそのまま普通病棟に移り、やがて院長室に入った。

 脳がまた指令を出す、金庫を開けろと。

 暗い部屋の隅には、本棚ほどの高さの金庫がある。もちろん鍵はかかっているし、番号も知らない。だが恵美子にそんなことは関係なかった。先ほどよりも強い腕力を発揮して、金庫の扉を破壊した。そして中から、ホルマリン漬けの容器を取りだした。

「何、今の音」

 さすがに金庫を破壊した音は、看護婦にも聞こえたようだった。

 看護婦は懐中電灯を持ちながら、院長室に入った。そして驚愕した。金庫の扉が無理やり破壊され、中が見える状態になっていたことを。

 そこには看護婦以外に誰もいなかった。

 本来は閉まっていたはずの窓が開けられており、夜風がカーテンを揺らしていた。

 

「はぁ~あ、もっと良い特ダネねぇかなぁ」

 楊枝を口にくわえながら、萩原は夜道をふらふらと歩いていた。頭の中ではずっと編集長への不満ばかりが溜まっていた。

「いっそもっかいゴジラが来ればなぁ……」

 それはあまりにも不謹慎すぎる発言だったが、深夜零時過ぎの人気(ひとけ)のない川沿いの道には、萩原のぼやきを聞く者はいなかった。

「……ん? 何だ?」

 萩原は、視線の先に人影を認めた。それは街灯に照らされて、異様な格好をしているのが分かった。白い病院着のような服を着た女、しかも足は裸足だった。手には何かを持っている。何だ、アイツは?

「……おーい、お嬢さん。こんな夜更けにそんな恰好で、どこに行くんだい」

 手前まで彼女が近づいてきたところで萩原が声をかけたが、彼女は何も言わずに歩き続けていた。

「なぁちょっと、どっかの病院から逃げて来たのか? まずいよ君ぃ。ていうかソレ、何だい? 中に何か入ってるみたいだけど」

 萩原が恵美子の進路を妨害し、手に持っているソレを覗き込んだ。それは黒くて、小さくて、胎児のように見えた。が、ソレには背鰭と尾が生えていて、まるで……。

 萩原の記憶はそこで途絶した。恵美子が右手を手刀(しゅとう)のようにして素早く動かし、萩原の首を()ねたのだ。その首は川に落ち、首をなくした体はしばらく立ち尽くしていたが、やがて地面に背中から倒れ込んだ。

 恵美子は意にも介さず、そのまま歩みを進めた。

 

 *

 

 尾形は相模湾でのサルベージ業務を終えて、東海道線に乗って東京に帰る途中だった。

 大船駅で停車中、二本となりの線路に停車している貨物列車に目を向けた。貨物車のひとつが、扉を半開きにさせていた。尾形が目を凝らすと、そこには人影があった。白い服を着た女性。手には何かを持っていた。それが何かは分からなかった。それより尾形は、服に血のようなものが付いた女に目を奪われていた。

 ふと、その女がこちらを見てきた。二人は視線を交わした。

 ただ、それだけのことだった。

 尾形が乗る電車が動き出し、貨物列車から離れていく。尾形はしばらく、その貨物列車に視線を送り続けていた。

 アレは何だったんだ? 浮浪者が勝手に乗り込んでるという様子ではなかった。

 東京に帰った彼は、あの萩原という記者が惨殺死体で見つかったという訃報を知った。手段は不明ながら、萩原は首を切断されていたという。

 まさか、あの女が?

 警察に言うべきだろうか、彼は迷った。しかしどこの誰とも分からないし、彼女が関与している確証も彼にはなかった。ただ、気にかかっただけだった。彼女は何者なのかということを。

 それを知ることは、尾形には一生訪れなかった。

 

 その日の深夜。

 港町で貨物列車から降りた恵美子は、港へ向かった。

 灯台が建つ堤防の先端に辿り着き、長い旅はやっと終わったと実感した。

 恵美子は、ホルマリン漬け容器の(ふた)を開けた。蓋を落とし、それは海にポチャンと音を立てて水没した。いったん容器を置いて、身につけているものをすべて脱いだ。そして、容器の中身を手に取った。

 月明かりが彼女とソレを照らした。

 そして彼女は、ソレに言った。

「さぁ、(かえ)りましょう。私たちの海に」

 ソレを抱いたまま、恵美子は海に飛び込んだ。

 しばらく海中に留まった彼女には、異変が起こった。

 頭部から黒い痣が現れ、それが全身を包み込むように広がり、彼女の体は漆黒に変わった。

 それだけではない。臀部からは突起物が出て、生物でいうところの〝尾〟になった。

 背中からも突起物が次々と生え、それはすでに駆逐された怪物のアレと同じ形をしていた。

 そして、手に抱く小さきモノの瞳が、開いた。

 その小さな背鰭は、一瞬だけ青白く光った。

 恵美子だった(・・・)モノは、その小さきモノを抱きながら、静かに海中を泳ぎ出した。

 その目指す先には、還る場所――大戸島(おおどしま)があった……。

 

 〈完〉




 これで本作は完結となります。
 最後まで読んでくださった読者の皆様、誠にありがとうございました。
 わざわざ感想のコメントも残してくださった方々、執筆する上で励みになるお言葉の数々には感謝の念に絶えません。執筆する上で参考にもなったコメントもございましたので、改めて御礼申し上げます。
 今後、この続編を書く予定は今のところないのですが、またいつかゴジラや東宝怪獣をメインとした二次創作が書ければいいなと思っています。(頑張って本作の続編を書いてみるか、人類の敵となったモスラが暴れる話とか、マンダやギドラも書いてみたいなぁ、などと夢想はしています)
 私はまだまだ小説書きとしては初心者ですが、寛大なご評価もいただけて非常に嬉しい限りです。今後もささやかな趣味として続けていければいいなと思っております。
 また、本作の原型となった『ゴジラ-1.0』、本当に名作ですよね。私は2度劇場に足を運び、ノベライズ版を毎日のように読んで過ごし、そして本作を書くに至った所存です。
 今後もゴジラシリーズが連綿と続いていって、可能なら本当に映画で『ゴジラ-1.0』の続編も見たいですが、これからも私は一人のゴジラファンとして、ゴジラを愛好し続けます。
 あらためて、お読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
 以上でございます。

 沼の人より
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