ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年12月(後日譚)

 1954年12月(後日譚)

 

「準備はいいか」

 橘の声掛けに、敷島は微笑して頷いた。じゃあ行ってこいと言わんばかりに、橘も笑みを浮かべながら肩をたたいた。

 すでにエンジンは起動していて、プロペラも回転している。すこぶる好調な動きだ。さすが橘が整備しただけのことはあると、敷島は感じ取っていた。

 飛行場には、多くの人々が詰めかけて敷島と、敷島が乗る機体に目が釘付けだった。

 その中には妻の典子、娘の明子、秋津夫妻、野田、水島、澄子の姿もあった。

 離陸する前にその人たちに手を振ると、妻と娘が振り返してくれたのが見えた。

 特攻出撃の折、自分以外の隊員家族が見送りに来ていた昔の記憶がふとよみがえった。

「生きて帰ってきてください」

 空襲で死んだ母からの手紙を読んで、特攻から逃げることを心に決めていた敷島にとって、あの光景はとても複雑なものだった。この人たちは、今から死にに行く隊員たちを見送っているのに、自分はのこのこUターンして生き延びようとしている。それがいかに恥晒しな行いかは重々承知していた。だが、帰りを待っている家族がいると信じて疑わず、敷島は特攻から逃げた。

 そして、今がある。今の彼には、愛する家族がある。大切な仲間もいる。失ったものも大きかったが、得たものの方が多い人生になったと、敷島は心の底から実感した。

 敷島は目にゴーグルを装着し、離陸準備に入った。 

 

 先月の半ば、敷島は橘から風変りな頼みごとを電話でされた。

「曲芸飛行をやってくれ」

 あまりにも唐突なことで敷島は唖然としたが、ともかく後日『KK航空』に呼ばれたので足を運ぶと、そこには日本海軍の忘れ形見である紫電改があった。

「いやぁ、あなたが敷島さんですか! ウチのゼロ戦が役立ったようで、光栄の至りです!」

 KK航空の社長が強引に握手をしてきて、敷島は当惑しながらも、零式練習用戦闘機に替わって紫電改が収められた倉庫の中に目を向けていた。

「実はですな、来月の皇太子殿下のお誕生日に合わせて、これを飛ばしたいのですよ。紅白の幕を尾翼に取り付けて。それで……ぜひとも操縦をお願いできませんか、敷島さんっ」

 KK航空社長は熱く語り、どうかこの通りと頭を下げた。敷島は、どうしたものかと当惑した。

 そこへ橘が近寄って来て、耳元で(ささや)いた。

「お前には、借りがあるよなぁ? ゼロ戦を直したこともだが、アレを社長に無断で貸したってことも忘れてないよな? ん?」

 それは静かな脅しでもあった。もちろん悪意はないが、敷島は、そう言われてしまうと弱ってしまった。

「……皇居の上空を、飛ぶんですか?」

 敷島がおずおずと訊ねると、社長は「いやいやいや」と大袈裟に手を振った。

「まわりをちょっと飛ぶだけですよ、ちょっとだけ。あ、でも危険でない程度に低空でお願いします。その方がよりこの機体の姿を見せられるでしょう」

「はぁ……これを、ですか」

「さすがに日の丸そのままというのは、軍国主義と非難される恐れがありますから、我が社の社紋に変更しておきます。……どうでしょう、お引き受けしていただけないでしょうか?」

 敷島は迷ったが、最終的には橘の「やってくれなきゃ俺が困る」と目で訴えるのを感じ取ったので、やむなく承諾した。

 ……という経緯(いきさつ)だった。

 

「まったくよぉ、どこまでも空から離れられねぇ奴だなあいつは」

「それは長さんだってそうでしょう。どこまでも海から離れられない男だし」

「やっぱかっこいいなぁ、日本海軍の戦闘機は……やっぱ俺、空自に入れば良かったかなぁ」

「えー、水島さんは海兵さんの方がいい」

「あらあら、こんな若い子に惚れられてさぁ、まったく海兵さんってのは昔から女の子に人気者だねぇ」

「お母さん、かっこいいね。お父さん」

 明子と手をつなぐ典子は、微笑みながら頷いた。

「そうね。かっこいいね」

「しかしまぁ、よく残ってましたねぇ紫電改。ていうか、よく飛行許可が下りたもんですねぇ」

 野田が眼鏡をかけ直しながら、敷島が搭乗する機体を凝視していた。

「探せばもっとあんじゃねぇか? 震電だって残ってたぐらいだろ。日本人はもったいない精神で生きてるんだからよぉ」

「飛行許可は小澤大臣が尽力したみたいっすよ。やっぱ政治家ってのはすごいっすね、鶴の一声ってやつか」

「何を知った風に言ってやがんだ小僧。何たって〝ゴジラを二度も倒した男〟の特別飛行だぞ、そんなの誰だって許可すんだろうよ。なぁ梅子」

 今月初旬に入籍した妻に、秋津は同意を求めた。梅子は「そうですね」と微笑して答えた。

「あ、そろそろ飛ぶみたいですよ。見送りましょう」

 野田は、紫電改の風防が閉じられ、機体がゆっくり動き出したのを認めた。

 堀田の計らいで特別に派遣された海上自衛隊音楽隊が、演奏を始めた。楽曲は先月に公開された映画『ゴジラ』の劇中で使われた、防衛軍のマーチだった。その指揮は、作曲者である伊福部昭(いふくべ あきら)氏が担当した。

 勇ましさを引き立たせる楽曲が流れる中、紫電改は滑走路を疾走し、やがて離陸した。

「行ってらっしゃーい!」

 明子が全力で手を振ると、まわりの人々も激励の言葉を投げかけた。

 典子は、優しい眼差しを送りながら、空高く飛んで行く機体を見つめ続けた。

 

「来たようです」

 小澤大臣が気づくと、皇太子も一緒になって空を見上げた。

「おお、あれが……」

 紫電改を見たのは、皇太子は初めてだった。いや、子供の頃に見たかもしれなかったが、双眼鏡でしかと眺めたのは、これが初めてだった。紅白の幕を取り付けた、帝国海軍の遺産。海神作戦、オペレーション・デストロイといい、ゴジラに止めを刺したのはいずれも日本海軍の戦闘機たちだった。そしていずれも、敷島浩一という男が駆るものだった。戦後日本最大の英雄……。

「ありがとう」

 双眼鏡を下ろした皇太子は、空を飛ぶ航空機に向かって、感謝の一礼をした。

 

「あっ、先輩先輩。ほら、アレじゃないですか?」

 東京駅で特急列車の到着を待っていた山路秀美は、空を飛ぶ緑色の飛行機を見つけた。

「ああ、そうかも。アレに乗ってるんだ、ゴジラを倒した人が」

「すごいですねぇ。ありがたやありがたや」

「何よそんな拝んじゃって。でも、本当に感謝しかないわねぇ」

「ですねぇ……あっ、列車来ました!」

「さぁて、今日もお仕事頑張るかぁ」

 

「おお、アレかぁ。牧君、ほら来たよ。紫電改だ」

 佐々は東京大学の校舎から、その飛行機を見つけた。

「ああ、本当ですね……敷島さんが、乗ってるんですね」

「いやぁ、良い飛行機だなぁ。日本もこれからどんどん、国産飛行機の開発に力を入れてほしいものだね」

「そうですね。GHQがいた頃は、航空機製造が禁じられてましたからね……ありがとう、敷島さん」

 

 建設現場で働く奥村五郎も、頭上を飛ぶ古い戦闘機の姿に心を奪われた。

 子供の頃、海軍基地が家の側にあった為、彼には見覚えのある機体だった。思わず家族との思い出が脳裏をよぎり、彼は目を潤ませながら、その飛行機が飛び去ってゆくのを見つめていた。

 

 東京大学医学部第三分院長の中島も、その飛行機を病院の庭から見た。彼は兵器に疎く、それがゼロ戦とどう違うのかよく知らなかったが、どこか勇気を与えてくれる力強さを感じさせる機体だなと感じた。

 彼が勤める第三分院では、続々と快方者が出て、退院する者も日増しに増えていた。

 また、ゴジラの放射能に被曝した人々にもオソニチン薬が効くことが研究過程で明らかになり、投与することで症状が改善される事例も増えた。中島の頭上を飛んで行く敷島もまたその薬を投与されており、憂いなく搭乗出来ているというわけだった。

 それは何よりなことだったが、ひとつだけ心残りだったのは、あの山根恵美子(やまね えみこ)という失踪した女性患者のことだった。彼女も回復傾向にあったはずなのに、夜半になって突如病院を脱走した。

 それだけでなく、院長室の金庫に保管していた、あのホルマリン漬け容器も持ち去ってしまった。一体何が目的なのか、皆目見当もつかない。今のところ有力な目撃情報もなく、警察の捜査も芳しくない。

 何か、よからぬことを企んでいるのではないか。中島にはそう思えていた。でなければ、わざわざ重厚な金庫を破壊してまで、あの容器を盗み出す必要などない。そもそも彼女は、あの容器の存在すら知らなかったはずなのに……。

「恵美子さんにも、見せたかったですね」

 となりで、恵美子の担当だった看護婦がそう呟いた。

「……そうだね」

 中島はそう返して、頭上を飛んで行く旧式戦闘機の姿を見送った。

 

 敷島は最後に、或る場所へ向かった。

 芝公園。

 そこには、ゴジラの亡骸(なきがら)がまだありありと残っていた。

 臨時建屋が建設途中だったが、巨大な頭骨がちらりと見えた時、敷島はゴジラが死んだ時のことを思い出した。自分の目の前で、この怪物は死に絶えた。

 敷島は、敬礼した。

 それは敵に対する、鎮魂の表れだった。敬意ではない、もう永遠に眠れという、強い思いからの行いだった。

 芝公園上空を飛んだ紫電改は、立川方面に機首を向け、紅白の幕をはためかせながら飛び去った。

 

「あっ! 帰ってきた!」

 誰よりも早く気づいたのは、明子だった。

 紫電改は高度を下げながら、タイヤを滑走路に擦らせて、KK航空飛行場に帰着した。

 コンコンと風防を叩いたのは、橘だった。

「どうだ、ゼロとはまた少し違うだろ」

「そうですね。でも、乗り心地は最高でしたよ。誰かが丹念に整備したおかげでしょうね」

 橘は敷島の頭を軽く小突き、顔には笑みを浮かべていた。どこか、嬉しそうだった。

「お父さーん!」

 機体から降りた敷島に駆け寄ったのは、娘の明子だった。明子はぎゅっと敷島に抱きついた。

「どこまで行ったのー?」

「東京をひとまわりしたよ。楽しかったぞー」

 敷島はしゃがんで明子の柔らかい頬に触れながら言った。

「お帰りなさい、浩さん」

 典子も、側に来てくれた。敷島は「うん」と頷いて、三人は手をつなぎながら、仲間たちが待つ方へと歩き出した。

 今日は忘れられない一日になるなと、満足感にあふれていた敷島は思った。

 

 *

 

 深い海の底では、或る生物たちが和合(わごう)していた。

 それはまだかろうじてヒトであった姿をしていたが、その黒く岩のような表皮は、まるでヒトのものとは違っていた。背中には背鰭が生え、臀部からは尾も伸びていた。

 体の形ゆえに、一般の生物でよく見られる後背位は難しく、その(つがい)は正面から向き合う形で結合していた。

 オスよりもメスの方が体が大きく、メスの体には、ヒトであった頃の名残りである乳房(ちぶさ)がまだあった。

 暗く冷たい海の底で、ソレは行われていた。

 そして、メスは新たな命を産み落とした。

 その新たな生命たちは、まだ人類が知らない深淵な海の底で、球体の膜の中で静かに、そして確実に体が鼓動していた。

 その幼体の背中には、小さな小さな背鰭が付いていた。……




〈執筆後書き〉
どうしても後日譚を書きたくなって、本編はすでに完結しているのについ書いてしまいました。
来年はゴジラ誕生70年の節目、来年もゴジラを題材にした作品を書きたいと思います。
以上です。
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