ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1956年12月 戦後のメリークリスマス(後日譚/2)

 1956年12月 戦後のメリークリスマス(後日譚/2)

 

「もはや戦後ではない」

 この年の7月に発表された経済白書の一文は、(またた)く間に世間に浸透した。

 昭和20年の敗戦から混迷期を経て、日本人たちはひたすら復興へ向けた道筋を立て、その道の上で人々は懸命に日々を生きてきた。

 途中、二度に渡るゴジラ災害に見舞われたが、それでもなお人々は生きることを諦めなかった。

 東京の復興はもちろんのこと、甚大な被害を受けた名古屋も交通網をまず整備し、寸断されていた東海道線も復旧した。

 ハワイにも多くの支援が募り、太平洋の楽園再建に向けた復興計画は順調に進んでいた。

「もはや戦後ではない」

 この言葉は、中学校の教壇に立つ敷島にとっても重い意味のある言葉であった。

 実際、教え子たちの多くは戦争を身近な体験として知らず、それこそ戦争が終わってから生まれた子もいる世代だった。

 戦後という期間の定義については人それぞれにあるのだろうが、敷島にとっては、戦争の後遺症がある限りは戦後なのだという考えで居た。

 かつてのように大戸島での悪夢に(うな)されることはなくなったが、それでも夏が近づくとふとした折に思い出すこともあるし、秋になればオペレーション・デストロイに参加した時のことも思い出す。

 オペレーション・デストロイから、2年。

 戦後と断じるには、まだ早い気がした。

 だからこそ、二学期の終業式に教員代表として演壇に立った時、敷島は生徒たちに言った。

「世間では、戦後はもう終わったという風潮があります。ですが先生はそうは思いません。みんなも知ってのとおり、先生は太平洋戦争中に帝国海軍の特攻隊員でした。そして敗戦後、海神作戦とオペレーション・デストロイという二つの作戦に参加しました。これはどちらも、人間対ゴジラの戦争です。結果は人間が勝利したわけですが、作戦発動前において、大勢の人が亡くなり、発動後にも大勢の人が命の危険に晒されたことを忘れてはなりません。

 ……先生のことを〝英雄〟などと褒めそやす生徒がいることも承知していますが、先生としてはそのような賛辞より、過去に起こった出来事を直視して、個々人で自分なりの考えを養って欲しいと思っています。

 一年生諸君は、太平洋戦争終結後に生まれた人が多いでしょう。戦争を経験していないことは、とても幸福なことです。しかし一方で、戦争の恐ろしさを知らないことは、戦争の残酷さを理解し難いことでもあります。だからどうか、お父さんやお母さん、お爺さんやお婆さんに戦争の話をぜひ聞いておいてください。二年生も同様です。そして、来年には進学や就職を控える三年生諸君。君たちはこれからの日本を支える大事な人財です。(たから)の人と書いて人財です。この国はもう他国と戦争をしないことを憲法に誓っている。だから安心して、それぞれの人生を着実に歩んでいって欲しいと、先生は強く希望します」

 体育館が万雷の拍手に包まれる中、敷島は一礼をして、静かに演台から去った。

 

 夕刻。

 勤務を終えて校門に向かうと、赤いワンピースに白いマフラー姿の女子児童の姿があった。

「まるでサンタさんだな」

「でしょ?」

 明子はその場でくるりと回って見せ、ふふっと無邪気に笑った。その笑顔に、敷島は妻の面影を感じた。血縁こそないが、やはり子というのは育てる者に似るのだなと感じた。

 11歳に成長している明子は2年前より背も伸び、いたって健康に育っていた。まるで戦争孤児だったとは信じられないほどに。

「ねぇお父さん。戦争中もクリスマスのお祝いってあったの?」

 並んで家路を歩きながら明子は訊ねた。

「戦時中はさすがになかったんじゃないかな、何せ外国由来の行事だったしなぁ。ただ戦争が始まる前は、12月25日がちょうど大正天皇祭とかぶってたから、一緒くたにしてお祝いしてたのはなんとなく覚えてるな」

 明子は「ふーん」と返事をして、父親と足並みを揃えながら歩き続けた。

 人の賑わいを感じる商店街では、そこかしこでクリスマスの装飾がなされていた。

 敗戦間もない頃、ここがかつて有象無象がはびこる闇市の場所だったことを敷島はふと思い出した。

 残飯汁をすすり、盗みを働いて逃げる女と出くわし、そして赤子を託されたあの日のこと。

 それが今は、かけがえのない家族になっている。運命とは不思議なものだなと感じた。

「あ、お父さんお父さん」

 明子は父の手を取り、洋服店に誘った。その店もまた例外なくクリスマス仕様の飾りが取り付けられており、女の店主もサンタクロースの赤白帽をかぶっていた。

 親子はショーケースの前で立ち止まった。そこには国産高級糸使用と銘打たれた白い手袋が陳列されていた。

「そういえば、お母さん新しい手袋が欲しいって言ってた気がするんだけどなぁ」

 明子は含みのある目を向けてきて、敷島は苦笑した。察しの良いところまで母親に似たようだ。

「分かったよ」

 親子は店の中へ入って行った。

 

 *

 

「巨大生物研究所、ですか」

 渡された資料に目を通しながら、野田は表題にある新組織名を口にした。

「そうです。芝公園で回収したゴジラの死骸に加え、ゴジラに関係するとされる巨大生物の死骸たちをまとめて保管し、研究調査する国の専門機関です。来年度には開設する予定です」

 対座する小澤大臣は概要を簡潔にまとめて話した。

「それに、自分も加われと?」

「あなたは二度、ゴジラと対峙して対抗策を立案してきた人物です。海神作戦しかり、オペレーション・デストロイしかりです。あなたほどの適任者はいません」

 小澤がそう断言すると、野田は「はぁ」と照れ隠しに後頭部を少し掻いた。

「設立するとなれば国立機関である以上、最高責任者には政府の人間が就任することになります。ですが実務面においては、野田さんのような専門家の方々にすべて委ねます。思う存分研究活動が出来るよう万全の体制を整えることを確約いたしますわ」

「確かにゴジラの生態には、まだ未知の部分が多くあります。多量の放射能を宿していながらなぜ生きていられるのか、あの熱線の発射器官はどうなっているのか。そもそも、ゴジラとはどういった動物なのか……研究する課題は山ほどありますから。ゴジラが怪獣化する前の〝呉爾羅(ごじら)〟だった頃、縄張りにしていた大戸島についても調べてみたいものです」

「さすが学者の方は頭の回転が速いですね。その点もご心配には及びません。大戸島に関しては国有地として管理することがすでに決定しておりますので」

 野田は〝学者〟と呼ばれたことにハッとしたが、小澤はあくまで野田の地位からそう呼んだに過ぎないとすぐに悟り、未だに新生丸時代からのあだ名が染みついているなと感じた。

「何せ2年前の虐殺事件以来、無人島状態がずっと続いておりましたから」

「そうでしたね……あ、ところで辻堂で倒したゴジラの死骸はアメリカに渡ったそうですが、もしかしてアメリカでもゴジラの研究をされるのでしょうか」

「お察しがいいこと。世間には非公表のままですが、米国政府もゴジラの研究に国費を投じるようです。まぁ元を正せば、ゴジラ誕生の要因は核実験にあるわけですから、米国も核エネルギーが生物に与える原因究明に躍起になっているのでしょう」

「……となると、アメリカにもゴジラ専門の研究機関が」

「その顔は、あの女性のことを考えているようですね」

 あの女性――ジェニスのことを指摘され、野田は「あ、いやその」と年甲斐もなく狼狽した。

「あの方は核物理学者ですから、きっと何かしらの形で関与するかもしれませんね。日米双方で共にゴジラの研究を進めていけば、いずれは組織間の交流が生まれるでしょう」

 小澤は気を利かせて言ったつもりだったが、野田はすでにジェニスが同性愛者であることを知っているので、ただ「はぁ」と返事をするだけだった。

 野田の中では、ジェニスのことは友と割り切っていたので、またもし会える機会があればそれはそれで嬉しかった。

「あら、雪ですね」

 大臣室の窓外に、白いものが散らついているのを小澤は認めた。

「ああ、確かに。クリスマスイブらしいですね」

「日本も平和になったものです。今年はやたら〝もはや戦後ではない〟という言葉さえ流行ったほどですから。ですが、油断は禁物とも思わねばなりません。米ソの冷戦は未だ続いていますし、日本としても国交を復さねばならない国がまだまだあります。それに加えてゴジラへの対策……それらの問題をひとつひとつ解決して、私は初めて〝戦後は終わった〟と言えると思っていますわ」

「……そうですね」

 二人はしばし口を閉ざし、空から舞い落ちる小雪をじっと見つめていた。

 

 夜。

 すでに入眠していた明子の枕元に、敷島はそっとラッピングされた箱を置いた。

 夫婦の寝室に戻ると、「寝てました?」と典子が訊いた。

「ああ、すやすや寝てたよ。……しかしなんだな、まさか自分がサンタになる日が来るなんて思わなかったよ」

「私の方こそ、クリスマスにプレゼントを貰える日が来るなんて思いませんでした」

 典子は嬉しそうに、白い手袋を胸に抱きながら言った。

「ごめんなさい、私の方は何も用意してなくて」

「なに言ってるんですか、夕食がずいぶん豪華じゃなかったですか」

「まぁ、クリスマスだから張り切って」

 典子は持ち前の微笑で返した。

 この笑顔に惚れたのだ。敷島はあらためて典子の魅力に見惚(みと)れた。

「……クリスマスが過ぎたら、大晦日に初詣ですね。早くこれを着けて行きたいです」

「そうだな、そうしよう」

 典子は手袋を化粧棚の引き出しに仕舞った。

 夫婦は薄明かりの中で見つめ合い、どちらが先というわけでもなく、自然な流れで唇を重ねた。

 外では雪がしんしんと降る中、二人は静かに、互いの想いを確かめ合うように布団の中で時を過ごした。

 

 *

 

「日本は今頃、雪が降ってるかもしれないですね」

 裸足で砂浜を歩きながら、花柄のワンピースを着ている加代は言った。

「日本には四季があるけれど、こっちは一年中Summer(夏)だものね」

 同じく裸足で、長ズボンをまくり半袖シャツ姿のジェニスはそう返した。

 二人は指を絡ませながら手をつなぎ、ワイキキビーチを歩いていた。

「カヨの生まれ育った島でも雪は降ったの?」

「いいえ。本土に比べたら温暖なところだったので、一度も見たことがないです」

「じゃあいつか、雪の降るクリスマスを二人で過ごしてみたいわね。日本語で言うと何かしら……フーリュー、だっけ?」

 加代は白い歯を見せながら笑い、「そうですね、確かに風流かも」と言った。その笑顔を見たジェニスは、当然の仕草のように加代と軽いキスを交わした。

「そろそろ今年も終わりね。来年はどんな年になるかしら」

「来年……ジェニーさんは、お仕事に行っちゃうんですか?」

「ああ、巨大生物全国調査省(MONARCH)のこと?」

 今年の夏、ハワイ復興事業視察団の一人としてジェニスの兄であるゲイリーが来た時、ゴジラを含む特異な生物の研究調査機関が設立されるという話をされ、ジェニスがそこへ勧誘されていたことを加代は覚えていた。

「まったく兄さんも張り切っちゃって、国務次官から政治家に転身したがってるのが見え見えなのよね。今のうちに実績を作っておこうっていう魂胆なのよ」

「……あの、それで」

「行かない」ジェニスはきっぱりと断言した。「私の専門はあくまで核物理学であって、モンスターの解剖じゃないわ。そりゃあ核物理学関連で協力できることはするつもりだけど、本土に行って仕事をするつもりはない。私たちのHome(家)はここでしょ?」

 その言葉を聞いた加代は胸をなでおろし、ジェニスと熱く抱擁した。

 ジェニスは加代の黒髪を優しく撫でた。

「それに、ハワイの復興もまだまだじゃない。国にこき使われるより楽園の再建の方が私には大事だわ。……あら、サブロー!」

 反対方向から歩いて来る人影に、ジェニスは声をかけた。人影は二つあり、一人は東洋人男性、もう一人は現地在住と思しき女性だった。

「あら、sorry(ごめんなさい)。デート中だったかしら?」

「あ、いやまぁその……」

 日本からやって来た復興支援団の一員である青年――国木田三郎は恥ずかしそうにはにかみ、隣の女性とちらちら目を合わせた。

「ふふ、邪魔しちゃったみたいね。行きましょカヨ」

 ジェニスは加代の肩を抱きながら若者たちとすれ違い、「ああそうだ、サブロー」と再び歩みを止めた。三郎たちは振り返る。

「Merry Christmas. Have a nice day.」

 

 *

 

「世界広しと言えど、海の中でクリスマスを過ごすのは俺たちくらいだろうな」

 航海士官の愚痴を聞いて、乗組員たちは一様に苦笑した。そうに違いないと。

 アメリカ海軍原子力潜水艦「アルカディア」は、就役を迎えてから初の遠洋航海から帰還する途上にあった。

 同型艦のない「アルカディア」は、開発が進む原潜の実験艦という性質もあり、乗組員のほとんどは他艦から引き抜かれたベテランや技術屋が多かった。

 その中で航海士官は生粋の潜水艦乗りで、原潜はこれが初めてだった。

 従来の潜水艦に比べ、とても艦内が静かに感じるというのが彼の率直な感想だった。

 ……だが刹那、戦時中を思い起こす反応音が響き渡った。

「ソナーに反応あり。6時の方向」

 係員が報告すると、艦内には一気に緊張感が走った。

「速やかに識別せよ。スクリュー音は」

「……スクリュー音なし。変わらず本艦に向かって来ています」

「鯨じゃないのか?」

「いえ……音を聞く限り、違うと思われます」

 航海士官は気になり、係員からヘッドフォンを借りて耳に当てた。

 そして彼は、目を見開いた。

 ヘッドフォンから聞こえたその音には、聞き覚えがあった。

 第二次大戦終結から間もない頃、乗艦していた「レッドフィッシュ」でソナーマンをしていた時に聞いた音……というより、それは生物の唸り声に近かった。

「まさか……」

 彼はレーダーに目を向けた。その数はひとつではない。まるで魚群のようにレーダーには物体の影が写し出されていた。

 そしてそれは、しばらくして消えた。

 しかし航海士官の耳には、ヘッドフォンから聞こえた物音がいつまでもこびりついていた。

「奴、だったのか?」

 その問いに答えてくれる者は、誰もいなかった。




《執筆後書き》
本当はクリスマスの時期に合わせて投稿する予定だったのですが、色々とやることがあって延びてしまいました。

なお、文中で言及されている『もはや戦後ではない』という言葉は実際に流行した言葉です。一般的には「戦後復興を果たし、これからは良い時代になる」という意味で解釈されていますが、この言葉を提唱した中野好夫氏は「戦後復興がかなり進んでしまったので、日本の経済は落ち込んで厳しい時代になってしまう」という厳しい意味合いで使ったそうです。
本作においては一般的な解釈の方を採用しています。
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