ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1964年10月(後日譚/3)

 1964年10月(後日譚/3)

 

「全員気を付けっ」

 隊長の号令の(もと)、航空自衛隊員たちは足並みをそろえて直立した。

「我々はこれより、名誉ある任務を実行する。残念ながら予行演習では一度も成功していないが、これまでの経験を踏まえて、必ず成功させよう。空を見てみろ、昨日までの雨が嘘のように晴れている。これは我々にとって何よりの吉兆の証だ」

 隊長の言うように、東京の空は青く澄んでいた。前日までの台風接近による曇天は、欠片もなかった。

「では最後に、名誉隊長から訓示がある。よろしくお願いします」

 隊長は立ち位置を譲り、階級章の付いていない飛行服を身にまとった敷島が前に出た。

「必ず、成功させましょう。全世界の人々が見ている中で、日本という国には優れたパイロットがいるんだと伝えましょう。もちろんそれは私のことではなく、日本を日々守っているあなた方のことです。私のパイロットとしての技術は、今となっては過去のものです。そしてあなた方は、日々新しい技術に磨きをかけている。過去から未来へ、そういう意味も込めた飛行になれたなら、とても良いと思います。……以上です」

 隊長以下隊員たちは敬礼し、敷島も旧海軍仕込みの敬礼で返した。

 

 一年ほど前のことだった。

 敷島家に或る人物から電話が入り、敷島はバイクを飛ばして立川にあるKK航空に向かった。

 そこには気品高い黒塗りの車が何台も停まっていた。

 会社の人間に案内されたのは、軍用品好事家の社長が収蔵庫として利用している格納庫だった。

「お久しぶりです、敷島さん」

 出迎えたのは電話をよこした人物――小澤ギンだった。胸にはしっかりと議員バッジを付け、格納庫の隅には秘書官や護衛らしき人物の姿もあった。

「お久しぶりです。あのう、どんなご用件でしょうか……」

 電話では詳細を語らず、指定された日時にKK航空に来てほしいとだけ言われた敷島は、まだ要領を掴めずにいた。

「来年、東京でオリンピックが開催されるのはもちろんご存知ですよね? 東洋初、アジア初の快挙となるスポーツの祭典です。敗戦を経験し、そして二度に渡るゴジラとの戦いを経てもなお独立国として日本が存続していること、いかに経済的にも発展したかを世界に知らしめるためにも、東京五輪は国としても最重要案件として推し進めています」

 小澤は、格納庫に安置されている紫電改の翼に触れながら滔々と語った。

「そこで、開会式に航空自衛隊の特別部隊・ブルーインパルスが曲芸飛行を行うのですが、あなたにもぜひ参加していただきたいのです」

「え、自分がですか?」

 敷島は驚きのあまり、声が上ずった。小澤は微笑みながら頷いた。

「あなたには、ただ旧式の戦闘機で飛んでいただくだけで結構です。曲芸飛行は空自が担当しますので。今日、こうしてオリンピックの準備が進められているのも、この国が平和であるがゆえです。その平和の源には、あなたは欠かすことの出来ない人物です。平和の式典でもあるオリンピックにとても適任です。内閣総理大臣として、どうかお頼みいたします」

 小澤に頭を下げられ、一介の教員に過ぎない敷島はどうしたものかと困り果てた。

「おいおい、一国の首相に頭下げられてんのにだんまりはダサいぞ」

 そう声をかけてきたのは、橘だった。格納庫の暗がりにいて敷島は気づいていなかった。

「橘さん……」

「引き受けろよ。お前はただ飛べばいいだけだ。休日になるとふらりとやって来て、紫電改乗り回してんのはどこの誰だ?」

 橘は左足を引きずりながら近寄り、敷島の目をじっと見据えて言った。

 敷島は、ちらりと紫電改に目を向けた。社長の厚意でよく乗せてもらっているのは事実であり、まだまだ腕が落ちたとは思っていない。

「……わかりました。お引き受けします」

 敷島は小澤の申し出を受け入れ、紫電改に寄り添った。

 こいつに乗って、オリンピックの開会式に参加……感慨深く思ったのも束の間、「おい、乗るのはそいつじゃないぞ」と橘が言った。

「隣を見てみろ」

「隣?」

 敷島は言われたとおり、紫電改の前を通り過ぎてみると、暗がりだったそこに明かりが灯され、懐かしい機体が姿を現した。

「ゼロ……どうして」

 そこには、零式艦上戦闘機52型が鎮座していた。

 戦時中、敷島が乗っていた機体と同型のものだった。

「米軍が接収したのを、交渉して融通してもらったんです。まだ公にはしていませんがね」

 小澤も零戦に近寄り、敷島の問いに答えた。敷島は、久しく触れる機体に妙な親近感を覚えた。

「紫電より、そっちのがお前向きだろ」

 橘は微笑しながら、零戦と敷島という懐かしい組み合わせに、様々なことを思い出していた。

「さすがにこの塗装のままでは軍国主義を連想させてしまうので、特別にブルーインパルスと同じ塗装にはしますが、いかがですか?」

 小澤の問いかけに、敷島は「ええ、構いません」と返答した。

「……動くんですよね?」

「誰が整備したと思ってるんだ?」

 橘は得意顔で返答し、敷島も思わず微笑した。

 ……かくして、敷島は東京五輪の開会式を飾るブルーインパルス隊に加わることになった。名誉隊長として。

 

「敷島さん」

 零戦に乗り込んだ敷島に、若い隊員が声をかけてきた。

 それこそ敷島が、初めて零戦に乗った時と同じくらいの年頃の。

「先ほど話されていたことですが……敷島さんも、我々と同じく日本を守ってこられた優秀なパイロットです。たとえ乗る機体が旧式でも、決して我々に劣るような存在ではありません。そのことを、どうしてもお伝えしたくて」

 若い隊員からの熱い激励に、敷島は微笑しながら「ありがとう」と返した。隊員は敬礼して下がり、自分が乗る機体へと走っていった。

「英雄の地位は何年経っても変わらずだな」

 その様子を見ていた橘が笑いながら言った。零戦の整備は橘の担当だった為、自衛隊の基地にも来ていたのだ。

「自分はそんなんじゃないですよ。守りたいものを守ってきただけです」

 敷島は上着のポケットから写真を取り出し、計器の隙間に挟んだ。

 それは今年の正月に家の縁側で撮ったもので、典子、明子、そして敷島の順に座っている家族写真だった。明子も大きくなり、今は大学生になっている。

『間もなく予定時刻です。敷島さん、発進準備をお願いします』

 無線で隊長から連絡を受けた敷島は「了解」と返し、風防を閉じる前に橘に顔を向けた。

「さぁ行ってこい。世界中の連中を驚かせてこいよ、敷島少尉殿」

 昔のような呼び名を口にした後、橘は整備隊員たちと共に敬礼した。敷島も答礼し、風防を閉めて機体を滑走路に出した。

 白の塗装に青いライン、そして日の丸があしらわれた特別仕様の零式艦上戦闘機は、橘の神がかった整備によって未だ現役となっている(さかえ)21型エンジンを唸らせ、プロペラが高速で回る。

「……行きますっ」

 敷島が乗る零戦が飛び立つと、それに続いて五機のF―86ジェット戦闘機が飛び立ち、一路オリンピック会場に向けて進んで行った。

 

 開会式が催される国立競技場には、大勢の観衆が席を埋め尽くし、晴天に恵まれた空の下で式が始まるのを今か今かと待ち望んでいた。

 多くの観衆が、アジア初となる五輪開催という記念すべき大会の開会式を楽しみにしている中、或る二人は別の目的で開会式が始まるのを待っていた。

「お父さん、本当に来るんだよね?」

「もちろんよ。先頭を切って飛ぶんだって言ってたもの」

 観客席に座る典子と明子は、澄んだ青空を見上げていた。

 昨年、夫の浩一が東京五輪の行事に関わることになったと知った時は心底驚き、まだ高校生だった明子は「すごーい!」と無邪気に喜んだ。

 だが教員を本職としている敷島は、休日を返上して空自との予行演習に勤しみ、いつも疲労困憊になって帰宅してきたのを典子はいつも案じていた。身体を壊してしまうのではないかとも思ったが、敷島も軍人上がりであり、何とか耐えることが出来た。その陰には典子の献身的な支えがあったことも、夫婦は互いによく理解している。

「これがきっと、最後になるでしょうね。何か目的をもって飛ぶのは」

 出発前夜、寝室で敷島がそう呟いたことを典子ははっきりと覚えている。

「目的?」

「零戦に乗って特攻するはずだったのを、生きようと思って大戸島に引き返したこと。海神作戦で、ゴジラを倒すために震電に乗ったこと。そしてお前と一緒に、またゼロに乗ってゴジラに立ち向かったこと……全部、何かしらの目的を抱いて飛んでいた。それもこれが、最後なのかなって」

 典子は、そっと夫の手を握った。

「じゃあ、しっかり目的を果たしてくださいね。会場で見てますから、明子と一緒に、浩さんのこと」

「うん」

 

「野田教授ー、始まりましたよーオリンピック」

 助手に声をかけられた野田は「はいはーい」と返し、同じ研究室の者たちと一緒に白黒テレビを見に行った。テレビでは開会式冒頭、團伊玖磨(だん いくま)氏作曲によるオリンピック序曲が演奏されていたところだった。

「はぁーあ。もう少し予算があったらカラーテレビ買えたのに」

「しょうがないだろう。国立機関って言ったって、贅沢できるほどの金はないんだよ」

「何とかなりません? 室長」

 助手たちの目線は野田に集まり、「ええ、そう言われてもなぁ……」と後頭部を掻いて苦笑いした。

 野田は、政府が設立した巨大生物研究所に移籍し、理事待遇の幹部職員となっていた。

 芝公園で倒したゴジラの死骸を中心として、ゴジラ細胞の影響を受けた巨大ザメや首長竜なども研究資料として保管し、ゴジラの調査研究をする専門機関だった。

「頑張れよー日本、金メダル金メダル」

「桜井(ボクシング選手)勝つといいなぁ」

「私は女子バレーが早く見たいです。実は友達のお姉さんが出場してるんですよー」

 まだ若い研究員たちはテレビに釘付けになりながら、オリンピック談義に花を咲かせていた。

 そんな彼らとは違い、野田は開会式の終盤で挙行されるという航空自衛隊による曲芸飛行に注目していた。

 もちろんそれに、敷島が参加していることも知っている。

「敷さんの飛行機、ちゃんと映るといいな」

 

「おー、やっぱカラーは違えなぁおい」

 沼津の漁協組合では、漁師たちや職員が仕事もそこそこにカラーテレビに夢中になっていた。秋津の呼びかけでカンパして買うことになったのだ。

 テレビでは天皇皇后両陛下がロイヤルボックスに着席し、君が代が流れていた。それを見て涙する古老もいたし、プカプカと煙草を吹かす者もいた。

「なぁ淸さん、本当に零戦が来んのかい?」

「俺が一度でも嘘ついたことあるかよ。あのゴジラを二度倒した男が乗るんだぞぉ、目ん玉こじ開けてじっくり見とけよ」

 秋津は、まるで親戚の人間を自慢するような口ぶりでそう言った。

「もしかしたら三郎も映るかもしんねぇなぁ」

 秋津と同僚の漁師が言った。

 国木田三郎は、かつてハワイ復興隊に参加した経験から英語を身につけ、東京五輪で外国人対応スタッフを募集していると知ってすぐに応募し、今は会場のどこかにいるはずだった。

「わざわざテレビカメラが田舎小僧の姿なんか映すわけねぇだろ。まったくこっちの仕事ほっぽりやがってよぉ」

「ん? お、これ三郎じゃねぇか?」

 観衆の一人が指した先には、会場の様子をぐるりと映すテレビの映像に、大会スタッフの制服を着た青年の姿が観衆の中に混じっていた。カラーだからこそ分かる、それは三郎だと。

「はっ、こいつはたまげた……」

 秋津は苦笑しながら、まるで自分の息子を見つめるようにテレビに映る三郎の姿を見た。

 

 長崎県佐世保。

 海上自衛隊佐世保基地に停泊する護衛艦の艦橋に、水島の姿はあった。

 オペレーション・デストロイから10年が経ち、水島は護衛艦副長という幹部職に就いていた。

 戦後間もない頃の、それこそ〝軍国少年のなれの果て〟などと言われていた面影はどこにもなく、国防を担う立派な自衛官になっていた。

「空自のアメリカ製戦闘機と、かつて我が国が開発した戦闘機が東京の空を共に飛ぶ。こんな時代が来るとはなぁ、副長」

 艦橋ウィングに立つ艦長は、清々しく晴れた空を見上げながら言った。海神作戦、そしてオペレーション・デストロイに参加して多大な貢献をした元海軍パイロット・敷島浩一が再び零戦に乗るということは、すでに隊内では知れ渡っていた。

 水島は何度か、洋上で予行演習を行う様子を艦から見たことがあり、ブルーインパルスと同じ配色がなされた零戦を見て、童心に戻った気分になった。自分だって戦争に出ていたら大活躍していたなどと軽口をたたいていたこともあったなと。

「君も本当は行きたかったんじゃないか? 会場に」

「……自分には、大事な職務がありますから。おいそれと長崎から離れるわけにはいきませんよ」

 水島も空を見上げながら、遠く離れた東京の地を想った。

 

「かつて日本は、三度の危機に見舞われました。世界を敵に回した戦争の敗北、敗戦間もない我が国を襲った怪物……ゴジラによる災害、そして二度目のゴジラ災害。今年はちょうど、二度目のゴジラ襲撃から10年の節目に当たります。幾度の困難を乗り越え、今この日本で、オリンピックという祭典が催されることを、日本国内閣総理大臣として心から嬉しく思います。各国選手の方々の活躍を祈念して、私からの言葉は以上となります。続いて安川五輪会長にバトンをお渡しいたします」

 各国選手団を前にしてスピーチを終えた小澤は演台で一礼し、世界でも稀有な女性首相に万雷の拍手が贈られた。

 席に戻る途中、開会式に臨席する皇太子殿下と目が合い、小澤は目礼した。

 東京オリンピック組織委員会々長の安川、そしてIOC会長アベリー・ブランテージ氏と続いて、裕仁天皇が開会宣言をした。

「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します」

 

「先輩聞いてくださいよぉ。外国のお客さんにお尻触られたんですけどぉ」

「そんな奴にはビンタをサービスしてあげなさい。これが日本流のお返しですって」

 月山秀美(旧姓・山路)は、後輩と談笑しながら添乗員室に詰めていた。

「日本選手メダル取りますかねぇ。金メダルたくさん取ってくれたらいいなぁ」

「そうね、頑張ってほしいわね。さ、そろそろ名古屋に着くわ。私たちも準備しないとね」

 今月から開業したばかりの高速鉄道・東海道新幹線こだま号は、10年前の災害から見事な復興を遂げた名古屋市街地に向かって、線路をひた走っていた。

 東京ではちょうど聖火台に火が灯され、火炎太鼓の演奏が会場内に響いていた。

 

『間もなく会場上空に到達。零戦が先行した後、予定どおりのフォーメーションを展開します』

 無線からの連絡を受け、敷島は「了解です」と返答した。

 スロットルを上げ、零戦は東京の空を高速で進んでゆく。

 敷島はちらりと、眼下に広がる東京の街並みに目を向けた。

 戦時中の空襲、そしてゴジラによる被害で幾度も廃墟と化してきたが、今となってはどこにもそんな風情はない。人々の営みが、無限に広がっている。

 ……やがて前方に、国立競技場が見えてきた。

 敷島が乗る零戦を先頭に、ブルーインパルス隊は刻一刻と会場に近づいていた。

 

 平和の象徴である鳩が空に放たれ、観衆による君が代斉唱の後、会場にアナウンスが流れた。

「皆さま、上空をご覧ください。航空自衛隊ブルーインパルス隊による曲芸飛行が行われます。なお先頭を飛びますのは、元海軍中尉・敷島浩一氏が操縦する零式艦上戦闘機であります」

 身内の名前が呼ばれたことに、典子と明子は顔を見合わせて笑った。

 周囲の観衆たちも、ゴジラから日本を救った男の名前をよく知っていた。

 観客も、選手団も、来賓たちも皆一様に空を見上げた。

 清々しい青空の中に、プロペラ式も古い機体が姿を現し、観衆は黄色い声をあげた。

「お父さんだ」

「ええ、そうね」

 白い機体に日の丸が映える敷島機は、会場の上を一直線に飛び去った。

 その様子はテレビカメラにもしっかり撮られ、各地のテレビ受像機がその映像を映した。

 

「おお、零戦だ……敷さんの零戦だ」

 

「おうおう、ほら映ったぞ! アレに乗ってんだよ敷島がよぉ!」

 

 水島は、東京の方角に向かって静かに敬礼をしていた。

 

 零戦が会場を飛び去った後、五機のF―86戦闘機が現れ、かねてから練習していた通りにスモークを吹き出しながら空に円を描き、五色の五輪マークが見事に描かれた。観衆たちの高揚感は最高潮に達し、割れんばかりの拍手が会場内に響き渡った。

 天皇皇后両陛下の退席と、選手団退場をもって、東京オリンピック開会式は幕を閉じた。

 

 短くも大きな役目を果たした敷島は、零戦の機首を東京湾方面へ向けていた。

 向かう先は、芝公園。

 10年前まではゴジラの死体が横たわり、周囲に酷い腐臭を放っていたが、今は赤坂にある巨大生物研究所の地下深くに納められ、土地も元どおりになっていた。

 ばかりか、この10年の間に公園のすぐ側には赤と白のコントラストが映える日本電波塔――東京タワーが建設され、様相は大きく変わっていた。もはやここに、未曽有の巨大生物が死んだ痕跡はまるでなかった。

 ……いや、増上寺の境内にはゴジラ災害の人々を偲ぶ供養碑があり、それが唯一往時を偲ばせるものだと言えた。

 その供養碑に線香を上げていた奥村五郎は、上空を飛んでいる懐かしい飛行機の姿に目を奪われた。

「お父さん、あれ何?」

 まだ幼い娘が訊ねた。奥村は娘を抱き寄せ、むかし日本で活躍していた戦闘機だよと優しく語った。

 芝公園上空を飛んだ後、東京タワーを横に掠めて、敷島機はブルーインパルス隊と合流し、隊員たちとグッドサインを交わしながら、基地に向けて帰還の途についた。……

 

 *

 

「あらまぁ、素敵だこと。やっぱり彼はゼロファイターね」

 ジェニスは、日本から届いた手紙に同封された写真を見て微笑んだ。

 白く塗装された零戦に乗る敷島の姿や、敷島家で撮られたであろう新生丸メンバーたちとの集合写真。手紙には、五輪開会式に参加した敷島の労いとして(つど)った旨が書かれていた。

「お店の目立つところに飾りましょうね」

 加代の提案に、ジェニスは「of course(もちろんよ)」と返し、二人は肩を寄せ合いながら写真に写る人々の顔を見た。

「ミスター野田、ちょっと老けたわね」

「そんな意地悪なこと言ったらダメですよ。散々お世話になったじゃないですか」

 加代はジェニスの鼻を指でつつき、「Oh, sorry」とジェニスは微笑し、二人はいつもの愛情表現として軽いキスをした。

「さぁ、そろそろ出かけましょうか。買うものも増えたことだし」

「そうですね」

 二人はお揃いのアロハシャツを着込んで、腕を組みながら外出した。

 ハワイは10年前の悲劇から立ち直り、往時の賑わいを取り戻していた。

 その片隅でジェニスと加代は小さなカフェを営み、人生を共にして幸せに暮らしていた。

 

 *

 

 小笠原諸島・孫の手島近海。

「よし、じゃあ揚げるぞー」

 南海サルベージKKの尾形秀人は、レバーを引いて海底の遺物を引き揚げようとしていた。

 依頼主の話では、戦時中に沈んだ貨物船《栄光丸》がこの辺りに沈んだとされ、その船には植民地から得たという黄金が積まれているのだという。

 ダイバーが潜って船内を探索したところ、堅固な錠前が付いた箱がいくつか積まれているのは事実であり、それで貨物船の引き揚げが行われることになったのだ。

「オリンピックで金メダル、こっちは沈没船で一獲千金ってか」

 尾形はにやけ顔でそう呟きながら、どんどん巻かれていくウィンチを見て、早く現物を拝みたいものだと思った。

 ……ところが、水深50メートルを切ったところで突然ウィンチが止まった。

「何だ? 故障かおい」

 昨日念入りに点検はしておいたのだから、そんなことはありえないと思いつつ、尾形は機器類をもう一度点検した。異常はなかった。

「おい、どうしたんだ?」

 甲板にいた同僚が声をかけたが、尾形は「さぁ、分からん」と両手でジェスチャーをして答えるしかなかった。

「何かに引っ掛かったのか? でも環礁だってこの辺はないし……」

 その時、海中に伸びる引き揚げロープがぐわんとしなり、サルベージ船が大きく揺れた。

「な、何だいったい!?」

 その後もしなりは一定の間隔で続き、やがて治まった。するとウィンチが巻き上げを再開し、千切れたロープがむなしく引き揚げられた。

「……どういうことだ?」

 尾形は困惑しながら、千切れたロープの断面を見つめた。重みによって引き千切れたというより、何かが接触したことによって引き裂かれたようにも思えた。

 その答えは、海面に漂い始めた。

「おい、あれ……」

 同僚に肩を叩かれ、目を向けた先……海面にびっしりと、眼球と胃袋を露出させた深海魚が打ち上がっていた。

「おい、これって……」

 尾形は思わず、船の下を見た。

 よく、目を凝らした。

 暗い海の奥深くに、(うごめ)くモノがあった。

 それはまるで太古の恐竜のような容姿をしていて、背中に突起物がある。

 そしてソレは、一匹だけではない。二匹、三匹……何匹もいる。

「こりゃぁ、ゴジラ……の、群れ?」

「おい! あれっ!」

 同僚が指をさしながら叫び、その方角に顔を向けた。

 巨大な背鰭が、サルベージ船に迫っていた。

 時を置かず、背鰭は船に激突し、尾形は海に放り投げられた。

 海中で尾形が見たもの……それは、大きな黒い塊のような生物が、悠然と泳いでいく姿。

 必死に浮上しようとしたものの、彼の上にはサルベージ船の残骸がのしかかり、彼は鉄屑と共に海の底へ沈んでいった。……

 

 後日、サルベージ船は何らかの事故によって沈没したものとされ、その沈没原因が何かまでは特定されぬまま、新聞の一記事として報じられた。

 しかし世間の注目はもっぱらオリンピックに向けられ、その記事に関心を抱く者はほとんどいなかった……。




《執筆後書き》
パリ五輪に触発されて、なんかこういう後日譚があってもいいかなと思って書いてみました。
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