ゴジラ+2.0   作:沼の人

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1954年8月(2)

 太平洋の楽園・ハワイの首都ホノルルには、平和な夜の時が流れていた。

 ホテルの受付をしている本国出身のアリアナは、そろそろ退勤して仲の良い同僚たちと夕食に行くのを楽しみにしていた。今日は恋人の存在を始めてカミングアウトするサプライズを用意していた。

 郵便局員のマックは海沿いのバーで、一日の勤務を疲れをアルコールで癒していた。海から吹く風が心地よく、心なしか安酒も年代物のように美味く感じた。

 捕虜を経て帰化したツヨシ・アイザワは、家族のために残業をして車の整備作業に汗を流していた。彼には子供が三人いた。

 在ホノルル総領事の大貫(おおぬき)は、本国に送る書簡の作成をしながら、地元ラジオ局が流す陽気なトークや洋楽に耳を楽しませていた。定年を迎えたらこの島に住むのも悪くないと彼は考えていた。

 生粋のハワイ民族の血を受け継ぐ警察官のカイマナは、今日は非番だったので、自宅で愛する妻と濃密なセックスに興じていた。妻のバストはGだった。

 

 沖合から一艘の漁船が港に戻ろうとしていた。今日は不漁で、稼ぎにならなかったことを船長はずっとぼやき、弟子をしている若い乗組員は相槌を打つのに飽き飽きしていた。早く港に着いて、仕事を終わらせて彼女とゆっくりしたい。

 船首に何かがぶつかる音がした。それも連続して何度も。船長はエンジンを止め、二人は様子を見に行った。船の周辺には、目や胃袋が飛び出した魚が浮かんでいた。それも大量に。

 それが何を意味するのかは、二人にも分かっていた。

 船長は操舵室に戻り、急いでスロットルをいっぱいにした。早く港に知らせなければ。

「せ、船長っ!」

 若い乗組員が、進路とは反対の後方を凝視しながら叫んだ。船長が振り返ると、そこには海上に突き出た背鰭が、手が届くほどまで近づいていた。

「う、海に飛び込め……」

 船長の言葉よりも先に、海上から突き出た巨大な顎が船にかぶりつき、一瞬にして藻屑(もくず)に変えた。

 

 レストランで同僚たちと夕食を取っていたアリアナは、床が一瞬揺れたのを感じた。

「地震?」

 まわりの客たちも気づいていたようだが、あまり大きくないと分かってすぐに食事や会話を再開した。

 だが二度目の揺れ、そして三度目の揺れと続き、一定のリズムを刻むように地震は連続した。ずいぶん聞くことのなかった空襲警報のサイレンまで鳴り出した。

「何なの?」

 すると外が騒がしくなった。人々が走っている。というより、何かから逃げているという方が正しかった。その中の群衆に、海辺のバーで飲んでいたマックという郵便局員がいたことを、アリアナは知らない。彼はアリアナよりも先に〝震源〟を目撃し、一目散に逃げている最中だった。

 アイザワは仕事を終えて、やっと帰宅しようとしていた時だった。地響きで修理工場に金属音が響き、工具が机から落ちた。それを拾った直後にも揺れを感じ、さらにまた連続して地面が揺れた。一体何なのか、アイザワにはこの時わからなかった。

 総領事の大貫は、家族と食事中に揺れを感じ取った。大貫は滞在三年になるが、ホノルルで地震を感じたのは初めてだった。しかもその地震は、周期的に連続し、揺れはどんどん強くなった。まるで、7年前の東京を思い出すこの震動。

「……まさか」

 大貫は立ち上がり、窓の外を見に行った。

 仰向けに寝るカイマナの上を、同じ民族出身の妻が快楽を貪るように腰を揺らしていた。二人は常に揺れていたので、最初はホノルルを揺らす震動に気づかなかった。外からサイレンが鳴り始め、何事かと妻が窓の外を見た時、町に近づく巨大な黒い影に気づき、絶頂も忘れて悲鳴を上げた。

 

 パールハーバー海軍基地航空隊に所属するアイザックは、いつになったら謹慎処分が撤回されるのか、そればかり考えていた。確かに原因は自分にあった。自分が駆るF9Fパンサー艦上戦闘機と、同僚のボビーが駆るチューンナップしたハーレーダビッドソンとで、基地滑走路でレースを行ったことを上官に咎められた。

「たとえ明日、大戦争が勃発しても、俺はお前たちと戦場を共にしたくない」

 確かに馬鹿なことをしたのは反省しているが、大勢の兵士たちがいる前で罵倒されたことにアイザックはショックを受けていた。そして期限の定めがない謹慎を言い渡された。

「俺、辞めちまおうかな」

 共犯のボビーは、半ば本気でアイザックに漏らした。

「……俺は、まだ決められないな。母親が悲しむし、彼女だっているし」

 二人はまだ実戦経験のない兵士だった。ボビーはなりゆきで入隊したが、アイザックは先の大戦で海軍大佐だった父を失い、その背中を追うように入隊した。母はとても喜んだ。それにハワイに配属されてから、彼女も出来た。簡単には退官届を書く気持ちにはとてもなれなかった。

「……あいつの靴でも舐めに行くか?」

「それであの堅物(かたぶつ)が許してくれるならな」

 ジョークを飛ばし合って笑い合っていた時、警報が鳴り響いた。

「総員に達する、緊急事態発生。緊急事態発生。速やかに臨戦態勢を取れ」

 二人は部屋を飛び出し、官舎を出て飛行場に向かった。すでに隊員たちが集合し、全員が何事かと顔を見合わせていた。

 やがて、あの〝堅物〟の上官が姿を現した。

「諸君、落ち着いて聞いてほしい。先ほどホノルル市街地に巨大生物が上陸した。その外見は、ゴジラに酷似しているとのことだ。諸君もニュース映画でよく知ってるはずだ、あの7年前に東京を襲ったモンスターだ。司令官の命令により、我々航空隊も速やかに出動する!」

 隊員たちには明らかに動揺が伝播していたが、市街地の方角から禍々しい咆哮が聞こえ、上官は隊員たちに叫んだ。

「出せる機体は全て出せ! とにかく奴を一刻も早く市街地から遠ざけるんだ! 急げ!」

「了解!」

 隊員たちは上官の言葉に喝を入れられ、速やかに戦闘機の発進準備に取り掛かった。

「……おい! アイザックとボビー!」

 どさくさに紛れて自分たちの愛機に向かおうとしていた二人を、上官は見逃さなかった。

「少佐! 謹慎中なのは重々承知しております! ですが、どうか出動の許可を!」

「同じく! 靴でも何でも舐めますから、お願いします!」

「……お前たちに言われるまでもない、謹慎は現刻をもって解除する。あのモンスターを町から追い出せ!」

 二人は素早く敬礼し、愛機に向かって走り出した。

 

 アリアナは無我夢中で走っていた。後ろからは、震源がゆっくり近づいてきている。しかもその震源は、二本足で歩き、車を平気で踏みつぶし、建物をなぎ倒し、その一歩一歩が人々の営みに破壊を生んでいた。

「あっ」

 アリアナの同僚ナオミが、足をつまづかせて転倒した。アリアナはすぐ助けに行こうとしたが、逃れようと逆行する群衆を前に歩みを進められなかった。その間にも、あの大木のような足がゆっくりと近づいてきている。ナオミは自力で立ち上がり、再び逃げ出そうとした。よかった、さぁ早くこっちに!

 ゴジラは体を反転させ、その動きに合わせて巨大な尾が建物をなぎ倒し、ナオミも巻き込まれた。その体は吹き飛ばされ、二階建て店舗の二階部分に激突し、地面に落下した。アリアナがすぐに駆けつけたが、もうナオミに息はなかった。頭蓋骨が割れ、脳が一部露出していた。

「アリアナ! 早く逃げないと! さぁ!」

 他の同僚に腕をつかまれ、涙を流しながらアリアナは再び逃げ惑う群衆と共に走り出した。

 郵便局員のマックもナオミのように足を踏み外し、地面に倒れた。その上を逃げる群衆が踏みつけていき、起きる隙を与えてくれなかった。ようやく立ち上がろうとした時、頭上に何かが迫っていることに気づいた。それは巨大な生物の足の裏で、情け容赦なくマックを踏みつぶした。

 アイザワはバイクを走らせて帰宅し、家族の無事を確認してまず安堵した。だがぐずぐずしてはいられない、すぐに避難しなければ。妻と一緒に荷物をまとめ、家族はバンに乗り込んだ。とにかく遠くへ、遠くへ行かないと。

 総領事の大貫は、家族やメイドたちを地下室に避難させ、本国に緊急連絡を入れていた。だが通信網はことごとくゴジラによって断線されたようで、総領事館の通信機材は何も役に立たなかった。やむなく機密書類を運び、大貫や職員たちも急いで地下室に向かった。

 警官のカイマナは緊急出動し、逃げる人々の誘導に努めた。本当は自分も、一刻も早く遠くに逃げたかった。だが彼は警察官としての使命を忘れなかった。視界に、親とはぐれた女の子が泣きじゃくっているのが見えた。巧みに人をかきわけ、カイマナはその子供を保護した。足音がすぐそこまで近づいている。人々は誘導するまでもなく、生存本能のおもむくまま、逃げている。カイマナは女の子を抱きかかえながら、群衆と共に走り出した。

 

「……まるで動く山だな、あいつは」

 コックピットの窓外から見えたゴジラの姿に、アイザックはそう呟いた。港から上陸したゴジラは、そのまま海辺のホテルを次々に破壊し、市街地を蹂躙していた。そこかしこから火の手が上がり、火災による死傷者も増えるのではと予想された。だがそれよりも人命に脅威を与えているのは、ほかならぬゴジラの方だった。この怪物の一挙手一投足が、破壊を生んでいる。

 アイザックは無線機を使った。

「ボビー、奴を海におびき寄せよう。これ以上進んだらもっと被害が大きくなる」

「じゃあファーストアタックはいただくぜ!」

 機体に水着姿の女が描かれたF9Fパンサー艦上戦闘機が、前を通り過ぎていく。アイザックも遅れまいと速度を上げた。二人は実戦経験がなく、〝毛が生えたばかりの坊や〟とさえ小馬鹿にされてきたが、訓練の成績はトップクラスだった。

「ほら来いよベイビー! こっちだ!」

 アドレナリンが増幅して恐怖心を掻き消していたボビーは、引鉄を引いた。4門の20ミリ機関砲が火を吹き、ゴジラに命中したが、まるで効果はないようだった。だがそれでも、相手の注意を引きつけるには十分だった。ゴジラは歩みを止め、戦闘機に食らいつこうとした。ボビーは巧みなレバー操作で回避した。

「ハッハァッ! 見たかアイザック!」

「自慢はいいから、とにかく奴を海に誘導するぞ!」

 アイザックも引鉄に手をかけて、山のような巨体に向かって機関砲を連射した。

 ゴジラは尾で攻撃してきたが、敵機の射撃を避けるようにアイザックも回避した。

 そして続々と応援が駆けつけ、射撃と回避を繰り返した。

 アイザックは眼下に広がる町並みに目を落とし、彼女は無事に避難出来ただろうかと案じた。こうして進行を阻止している間にも、どうか逃げていてほしい。そう思いながら再びゴジラに機首を向けた。

 

 頭上でエンジン音が鳴り響いたのを、走りつかれて路地に座り込んでいたアリアナは気づいた。同僚とははぐれてしまい、彼女は一人だった。逃げる途中で転倒し、膝からは出血していた。

 見上げると、頭上を戦闘機が何機も飛び交っていた。ゴジラはそれに気を取られ、歩みを止めて戦闘機を払い落とそうと躍起だった。その間に多くの人々が逃げ出すことに成功していた。アリアナも人気のないストリートに出て遠くに逃げようとしたが、ふと振り返って飛び交う戦闘機に目を遣った。

「……アイザック、死なないで」

 

 港ではボート、漁船、ヨット、とにかく乗れるものなら何でも良いという感じで、人々が陸地からの脱出を試みていた。貨物船に無断で乗り込む者もいたが、船長や乗組員がすでに市街地で死亡していたこともあり、乗り込んだ者たちはどうすることも出来ずにいた。

 日本郵船所属の客船「氷川丸(ひかわまる)」は、緊急出港の準備に追われていた。昭和10年に就航し、日米開戦まで日本とアメリカを結ぶ懸け橋となっていたが、戦時中は病院船、敗戦後は復員船と運命がころころ変わった。そして昨年からようやく日米航路に復帰し、本来の役目に努めていた。それが今、避難船に様変わりしている。チケットを持たず、無断で乗り込もうとする人々が押しかけ、現場は騒然となっていた。船長は速やかな離岸作業を船員たちに命じ、一刻も早く身近に迫る危機から脱出しなければならないと使命感に燃えていた。船長は東京のゴジラ災害の体験者で、あの生物がどれだけ恐ろしいものか、心底よく理解していた。

 

 (はえ)のようにまとわりつく戦闘機たちに、ゴジラは怒りを燃やしていた。

 負の記憶が蘇る。口に突っ込まれ、死を感じたあの日のことが。

 ……忌々(いまいま)しい。

 内なる怒りが体内で化学反応を起こし、体が熱くなるのを感じた。

 ……皆殺しにしてやる。

 

「よし、これぐらい怒らせたら十分だろう。全機、海に機首を向けろ!」

 戦闘機部隊の隊長が各員にそう命じた直後だった。

「……隊長! ゴジラの尾が光ってます!」

 隊長が確認すると、尾から背へと背鰭が青白く光り、体からせり出すように動いた。まるで、スイッチが一つずつONにされていくかのように。

 その行動が何を意味するのか、隊長はわかっていた。

「各機、すぐに散開! 急げっ!」

 戦闘機部隊が離れるのが先か、ゴジラの準備が完了するのが先か。

 青白く光る背鰭がガシャンと体に食い込み、インプロ―ジョン方式の原子爆弾の覚醒のごとく、ゴジラの口から熱線が勢いよく発射された。

 熱線は空中を飛ぶ戦闘機たち目がけて発射され、爆竹のように機体が次々と爆発炎上し、跡形もなく物質を蒸発させた。

 アイザックの駆るパンサーは、右の翼を焼かれた。かろうじて命は助かったが、機体は浮力を失い、鉄の塊として重力に誘われながら落下していった。アイザックはレバーを引き、緊急脱出した。

 客船氷川丸は、船長の命令により乗せられるだけの避難民を乗せてやっと離岸し、港を出ようとした矢先だった。船員と乗客たちは、暗闇に光る鮮やかな熱線によって軍の戦闘機が次々と破壊されていく様を、悲観に満ちた顔をして見ていた。船長は船員に全速力を命じ、早くこの悪夢のような現場から立ち去ろうと懸命だった。その努力はすぐに蒸発した。熱線は流れ落ちるように港に向けられ、氷川丸の船体を貫いた。満載の燃料に誘爆した船体は大爆発を起こし、乗船していた人々の命を一人残らず奪って沈んだ。

 

「……アイザック! アイザックか?」

 パラシュートに揺られていたアイザックは、上の方から聞き覚えのある声がしてハッとした。ボビーだった。

「お互い、悪運が強いな!」

 ボビーは笑って返した。

 それが最期だった。町から立ち上る煙幕からゴジラが姿を現し、パラシュートで浮遊するボビーを喰らった。

「ボビー!……」

 あまりにも突然の出来事に、アイザックは空中で呆然とした。そして嗚咽を漏らしながら、楽園だった町に向かって降下を続けた。

 

 航空隊全滅の報告を受けたパールハーバー海軍基地司令官は、全艦艇の緊急出動を命じた。すでに全ての艦艇がその命令を待っていたとばかりに出港準備に取り掛かっていた。

 兵学校の士官候補生たちを乗せて巡航中だった戦艦「ミズーリ」もまた、司令官の命令に従い出港準備に湧いていた。実戦未経験の若い将軍の卵たちは、日頃の訓練を今日こそ活かそうと気を奮い立たせていた。

「……やはり、候補生たちは退艦させるべきでは」

 副官がブリッジにたたずむ艦長にそう進言した。

「……逃げ場などあると思うか?」

 副官は黙った。それ以上の進言は行わず、自分の職務に戻った。

「陸上部隊より報告! ゴジラは海に逃げたとのことです!」

 通信兵が叫び、艦長がマイクを手に取った。

「艦長より達する、ゴジラは再び海に戻った。我々の出番だ諸君、実戦を思い出せ。そして候補生諸君、君たちは実戦経験がないが、今日経験することになる。想像しろ、もしあの怪物が合衆国本土を襲ったらどうなるか。君たちの愛する人々は一人残らず(しかばね)になるだろう。それが嫌なら、日頃の訓練を思い出して行動し、全力を尽くせ。以上だ」

 決心が揺らいでいた候補生たちは、艦長の言葉を聞いて覚悟を決めた。ミズーリは錨を上げた。

「……艦長! 先に出港していた駆逐艦部隊より報告、沈没大破多数! ゴジラは、真珠湾に接近中です!」

 再び通信兵が悪いニュースを告げ、ブリッジには重苦しい空気が流れた。だが艦長は毅然としていた。

「こちらが追う必要はないようだな。主砲副砲全て砲撃態勢に入れ」

 50口径主砲と38口径副砲にはそれぞれ、砲弾がセットされた。

 ブリッジの中を赤く照らす出来事が起きた。放物線を描きながら、燃え上がる駆逐艦の残骸が空を飛び、巡洋艦に激突した。その光景を見て、艦長は1941年の日本軍奇襲の光景を思い出した。あのとき艦長は、真珠湾に沈む戦艦アリゾナの士官だった。

「……すぐに艦を出せ! 早くしろ!」

 その間にもゴジラは、湾の入り口に到達した。真珠湾は水深が浅く、嫌でもゴジラは体を起こすしかなかった。熱線の傷はすでに癒えており、ゴジラは巨体を揺らしながら進撃を開始した。

 やがて、アメリカ太平洋艦隊が待ち構える軍港に到達した。サーチライトに照らされたその姿は、ニュース映画で見るよりもずっと巨大で、底知れぬ恐怖を与える醜い容姿だった。

「……まだだ、まだ撃つな」

 ミズーリ艦長は砲雷長に命じた。砲雷士は引鉄に手をかけていて、すぐにでも引ける態勢でいた。

 ゴジラはゆっくりと歩きながら、軍港を睥睨した。湾外に出れずにいた艦艇の砲門は全て、ゴジラに向けられていた。

「奴の急所は口だ。口に照準を合わせろ」

 艦長の命令を伝声管で聞いた砲雷長は、指示に従い砲雷士に照準を合わせさせた。他の艦艇もそれに倣った。オペレーションワダツミの概要はアメリカ海軍も知っていた。ゴジラの再生能力は異常なほど早く、たとえ傷を負わせてもすぐに再生する。唯一の弱点は内部への攻撃。砲弾を口に向けて撃つ以外に勝機はない。

 伝声管から砲雷長が報告する。

「照準合わせました。いつでも撃てます艦長」

「命令を待て」

 艦長は待っていた、その時が来るのを。

 やがて、ゴジラの尾が青白く光り始め、背鰭が次々とライトアップされていった。大きく息を吸い込むのを確認し、時は満ちたと判断した艦長は命じた。

「砲撃開始!」

 砲雷士は躊躇(ためら)わずに引鉄(ひきがね)を引き、主砲砲塔内部で砲弾が点火され、砲身から1900ポンド榴弾が発射された。砲弾は照準そのままに飛び、ゴジラの開口した口に着弾した。ミズーリの砲撃を受けて、他の艦艇も続いて砲撃を開始した。ゴジラの頭部は煙幕に包まれ、被害状況の確認が難しかった。それでも遮二無二、艦隊は砲撃を続けた。

 やがて、攻撃目標は海に倒れ込んだ。海中に没した頭部からは黒煙が上がり、背鰭の発光も消え失せ、砲声は止んだ。

「……やったか?」

 他の艦からは歓声が上がっていたが、ミズーリ艦長はまだ不安を拭えなかった。双眼鏡を覗き込み、頭部の状態を確認していた。首から上は水没しており、どのような損傷を与えたのか確認が出来ない。体にはまるで動きはなかった。

「……か、艦長っ!」

 観測をしていた航海士が叫んだ。尾の背鰭が再び、青白く光り始めたのを艦長は確認した。

「奴はまだ死んでいない! 砲撃を再開しろ!」

 伝声管で砲雷長に命令している間にも、背鰭の発光は次々と再開し、艦艇は砲撃を再開したが、まるで効果は認められなかった。全ての背鰭が発光したのを見届けた航海士の一人は、胸から下げていた十字架を握りしめた。

 海中から発射された熱線は湾内の艦艇に次々と命中し、それはミズーリにも近づいていた。

艦長が総員退艦を命じる暇もなく、熱線は艦体に命中し、燃料と火薬庫を誘爆させた。

 アイオワ級戦艦三番艦ミズーリは、轟沈した。

 

 アイザックは泣きながら、出血した右足を引きずって無人のストリートを歩いていた。パラシュートから着陸する際に、ボビーの無残な死を直視した動揺から正確な着地が出来ず、瓦礫に右足をぶつけて地上に降り立った。

 今は痛みよりも、入隊時から共に切磋琢磨してきた相棒を失ったことのショックが大きかった。瓦礫に押し潰された死体、踏み潰されて原型を留めていない死体、それらが視界に入っても何も感じなかった。ここは地獄なのだ、何があっても驚きはしない。

 地面が揺れるのを感じ、アイザックは足を止めた。その揺れはゆっくりと、しかし確実に足音と感じさせる震動だった。振り返ると、奴は悠然と市街地に戻ってきていた。

 まだ殺し足らないのか。

 脳裏に、ボビーの人懐こい笑顔が浮かんだ。

 アイザックは腰のホルスターからコルト・ガバメントを抜き取り、無我夢中で引鉄を引いた。

「このクソ野郎がぁっ!」

 それが何も意味を為さないことだとはわかっていた。わかっていたが、体は勝手に動いていた。こうでもしなければ、気が治まらなかった。弾が尽きるまで、ゴジラに向かって引鉄を何度も引いた。弾倉が空になると、使い物にならなくなった拳銃をゴジラ目がけて投げ捨て、あらん限りの呪詛を込めて叫んだ。俺の相棒を返せ。楽園だったハワイを返せ。仲間たちを、大切な人たちを……

「……アイザック?」

 その声には聞き覚えがあった。振り向くと、スカート部分が引きちぎれたイエローのワンピースを着たアリアナの姿があった。

「アリアナ?……アリアナ!」

 正気に戻ったアイザックは右足を引きずりながら彼女に歩み寄った。アリアナも、怪我をした膝の痛みを我慢しながら彼に向かい、二人は抱き締め合った。

「よかった、無事でよかった……」

「あなたこそ……死ぬんじゃないかって、心配してたんだから」

 二人はしばらく抱き合ったまま動かなかった。むせび泣きが止まらなかった。

 そこに割り込むように、腹の底を響かせる唸り声が聞こえた。

 ゴジラが、二人を見ていた。

 その顔は憎悪に満ちていた。

 やがて、その背中が青白く光り始めた。

「……逃げろ、逃げるんだアリアナ!」

「嫌よ! あなたも一緒に」

「俺は無理だ、足を怪我してる……君だけでも生き延びるんだ!」

「……私も、もう限界よ。もうどこにも行けない」

 アリアナの目には、強い想いが宿っていた。アイザックは、それを受け入れた。

 熱い抱擁(ほうよう)を交わした後、二人は口づけをした。

 刹那、青白い閃光が二人を包み込み、髪の毛、皮膚、骨の欠片すら残さず、二人は消滅した。

 人気(ひとけ)のない町の中心部で……いや、かつて町だった土地を踏みしめて、ゴジラは熱線発射に伴う体の損傷も(いと)わず、勝ち誇ったかのように空に向かって雄叫びをあげた。

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