ゴジラ+2.0   作:沼の人

9 / 33
1954年8月(3)

 ハワイ壊滅の悲報は、日本にも伝わった。

 ちょうどその日は、先の大戦が終結して9年目の日だった。

 皇太子は、日比谷公会堂で催される全国戦没者追悼式に、天皇名代として出席する予定だった。追悼式は2年前に政府の了承を受けて実施されるようになり、今年で三回目になる。    

昨年までは天皇皇后の出御(しゅつぎょ)があったが、今年は両陛下ともに体調が優れず、名代として皇太子が出席することが閣議で了承されていた。

 追悼式で読むスピーチに皇太子が目を通していた時、侍従たちが浮かない顔をして話しているのを気にかけた。

「何か?」

 代表して侍従長が前に出て、ハワイがゴジラによって壊滅的被害を受けたことを報告した。皇太子は、ゴジラが再び出現したことに驚き、さらにハワイにはたくさんの日系人や日本人が住んでいる。そのことも案じた。

「……どれだけの被害を受けたのか?」

「詳細については、まだよく分かっておりません。幸いホノルル総領事が存命でしたが、ホノルルは焦土と化しているとのことです……」

「……何か分かったら、逐一報告するように」

 侍従長は低頭して下がった。

 ゴジラの再来、ハワイ壊滅、それに先だってから気がかりの大戸島での虐殺。

 皇太子は、誰か侍従に相談しようとした。だが侍従たちも情報の確認に忙しそうで、引き留めるのは可哀想だと思った。

 考えに考えぬいた末、皇太子はスピーチを読み終えたら、ハワイで散った多くの御魂(みたま)にも祈りを捧げる旨を発言しようと心に決めた。

 

「船長。ハワイのこと、知ってますか?」

 若い乗組員が、沼津港所属の漁船「第二新生丸」を操舵する秋津に問いかけた。

 秋津は仏頂面のまま、何も言わなかった。知らないはずがないと若い乗組員は察していた。何せハワイを襲ったのは、あのゴジラだと大々的に報道されているからだ。かつて日本に出現したゴジラを倒した海神作戦のメンバーである秋津が知らないはずはない。

「……俺、いつか金貯めてハワイに行きたかったんすよね。もう、夢なくなっちゃいましたよ」

「……」

「何か言ってくださいよ。俺、今後どうしたらいいんすかね」

「うるせぇ! こっちは色々考えてんだよ! そんなにハワイのことで頭いっぱいなら、とっとと飛びやがれ!」

 秋津の怒声に若い乗組員は怯み、その日はもう口を聞くことはなかった。

 秋津は、新たなゴジラの出現に深くショックを受けていた。決死の覚悟で倒したはずなのに、どうして……そればかりが頭の中を堂々巡りしている。

 だが今の自分には、何も手の施しようがない。7年前のあの時は、自衛隊どころか日本はアメリカの占領下にあって、ろくな兵器もなかった。そんな中でも、この国の未来を守ろうと立ち上がった民間人たちが結集し、海神作戦を実行した。そして倒した、ゴジラを。

「……ったく、どこまでもしぶてぇ野郎だ」

 一介の漁船長をしている秋津は、苦虫を嚙み潰したような顔をして呟いた。

 

 海上警備行動の解除を受けて、護衛艦「はるかぜ」と「ゆきかぜ」は母港横須賀に向けて進路を取った。

 乗組員たちの話題は、やはりハワイ壊滅のニュースだった。その原因はほかならぬゴジラ。若い隊員の中には、今後どのような惨劇が世界で繰り広げられてしまうのか、不安に駆られる者もいた。

 操舵室で安全航海に務めている水島も、このニュースに深い衝撃を受けていた。自分たちがゴジラ警戒のために出動していた間に、海の向こうでそのゴジラが現れ、無辜(むこ)の命を奪った。さらにアメリカ海軍太平洋艦隊司令部も壊滅したという。横須賀の在日米軍はきっと、今頃大慌てになっていることは想像に難くなかった。

 大戸島、ハワイ、次はどこなんだ? どこで人が死ぬんだ? もううんざりだった。

「艦長っ!」

 水島は勇気を振り絞って堀田に進言した。

「我々は速やかに、ゴジラ捜索に邁進(まいしん)すべきと思います!」

「……わかってる。だが水島三尉、我々は命令に従い行動しなければならない。独断専行は許されない」

「しかし!」

「わかってる! 私も奴が憎い。だが、だがな……もう自由意思では行動できんのだ。我々は組織だ、組織は規律と命令を遵守しなければならん。それを忘れたら、また愚かな(てつ)を踏むことになりかねん。わかってくれ、水島君」

 堀田に諭された水島は、涙を堪えて「職務に戻ります」と敬礼し、持ち場に戻ろうとした。

「先ほど、政府から報告が来た。ガイガーブイを再設置し、万が一に備えるようにとのことだ」

 海神作戦後、ゴジラ対策のために日本の領海に設置していた放射能測定機能付きブイは随時撤去されてしまった。しかしハワイ壊滅を受け、政府はブイの再設置を国会で承認した。

「……もし奴が日本に来る時は、その時こそハワイの仇を取る。やれることは全てやろう、諸君」

「……はいっ!」

 水島を含む隊員たちは、力強く返事をした。

 

「……そう、そうなのね。どうもありがとう参事、助かったわ。それじゃ」

 通話を終えたジェニスは受話器を置き、野田家の居間に腰を下ろした。

「大使館は、何と言ってましたか?」

 煙草を手に取ったジェニスに、野田が訊ねた。

「……正確な死者数は調査中だけど、軍人を含めておよそ四万人は超えてるそうよ。行方不明者は数万人。パールハーバーの艦隊は壊滅、基地も壊滅……ホノルルには、巨大なクレーターが出来てるそうよ」

 野田、そして大戸島から連れて来た山本加代も、沈痛な面持ちで虚空を見つめた。東京よりも酷い人的被害が出ていることに、言葉が見つからなかった。

「おそらく、ハワイに出現したゴジラは、7年前の時よりパワーアップしているのかも。だとしたら相当厄介ね」

「……しかし、何とかしないと。奴は太平洋全体を縄張りにするつもりかもしれません。だとしたら、またいつ東京に来るか……」

「太平洋に面するのは東京だけじゃないわよ?」

「ええ。でも前回の上陸で、奴は東京を蹂躙しました。それは、ここは自分の縄張りなんだと主張しているようなもんです。日本で一番上陸の危険性が高いのは、やはり東京だと思います」

「生物的本能ね。まぁ確かに、ゴジラは生物だわ。その点は否定しない。でも戦艦の砲撃が直撃して生きていられる生物なんて、ありえないわ。どうやって葬ればいいって言うの。またオペレーションワダツミをやる?」

「いや、それは……」

「しかも軍の報告では、ハワイに上陸したゴジラは229フィートあったそうよ。前回のゴジラが約164フィート、ひとまわりも大きくなってる」

「あの、メートルで教えてもらえませんか?」

 ジェニスは火を点けていない煙草を口にくわえたまま、手帳に数式を書いて野田に見せた。164フィートは50メートル、229フィートは70メートルとあった。

「本当だ……確かにより大きくなってる」

「となると当然、体重だって前よりも増えてるはず。オペレーションワダツミは、今度は通用しないと思うわ。より暴力的な手段に出ないと」

「例えば、何ですか?」

「核爆発」

 野田は目をひんむいた。

「正気ですか⁉ 核が生んだ怪物を核で殺すなんて、危険すぎる! 何が起こるか……」

「でも、合衆国は本気よ。さっき大使館と話して知ったけど、本国ではゴジラに対する核兵器の使用を検討してるって。ハワイの恨みを晴らせってデモ隊がホワイトハウスを取り囲んでるそうよ」

「そんな……あんな動く原子炉のような奴に、原爆なんて落としたらどうなるか……地球規模で大変なことになるとしか思えませんよ」

「私も同意見よ。……あくまで推測だけど、もしゴジラに最新の原爆を投下したら、ゴジラの体内にある原子炉器官と共に大爆発を起こす。それは地表、地層を巻き込んだ融解を引き起こす……簡単に言えば、地球に大きな穴を開けるようなものよ。その周辺はもちろん、とてつもない放射能汚染に苦しむことになる。ゴジラよりも厄介なことになるかもね」

「何とか、止められないんですか? あなたはいつも、電話一本で色んなことを済ましてるじゃないですか」

「言っておくけど、私は核兵器のプロフェッショナルであって、大統領じゃない。私のバックには、死んだパパを今でも慕う陸軍のお偉いさんが何人かと、国務省の長官官房で働いてる兄がいるだけよ。原爆を使用するかどうかは、大統領が決める。私じゃない」

 野田は言葉を失い、黙りこくった。ジェニスはくわえた煙草に火を点けようとしたが、ジッポーは虚しく音を立てるだけで、オイル切れを示していた。ジェニスは苛立った顔をしながらジッポーの(ふた)を閉めた。

「……あのう」

 加代がおずおずと口を開いた。

「お役に立つかはわかりませんけど……島に昔から伝わる話がありまして……ゴジラにまつわる話です」

 野田とジェニスは目を見開いた。ジェニスは煙草を口から取り除き、続きを話すよう加代に促した。

「……詳しくは覚えてないんですけど、もしゴジラが島に現れたら、何かを食べさすとか、そんな話を聞いたことがあります」

「それは何? 何なのカヨ!」

「いや、聞いたのが子供の頃だったので……ごめんなさい、よく覚えてないんです……あ、ただ島の(やしろ)には、ゴジラの伝説について書き記した古文書があるっていうのは聞いたことがあります……今でもあるのかは、わかりませんけど」

「要するに、ゴジラを倒すヒントはあの島にあるってことなのね?」

「いや、絶対にそうだとは……」

 するとジェニスは突然、不安顔の加代に口づけをした。加代は目を丸くし、野田も「えっ?」という顔をして硬直した。

「やっぱりあなたを連れて来たのは正解だったわ! さぁぐずぐずしてられない、またあの島に行くわよ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! あくまで民間の伝承ですよ? 対抗策になるとは……」

「何よ、じゃあここで無駄に時を過ごしてゴジラが襲いに来るのを待つ? 私は御免だわ。少しでも可能性があるなら、それに懸ける。あなただってオペレーションワダツミの時、そうだったんじゃないの? ミスター・ノダ」

 そう言われて、野田はぐうの音も出なかった。あの海神作戦だって、成功する確率は限りなく低いと考えていた。だが作戦を決行して、通常兵器による攻撃よりもかなりのダメージをゴジラに与えることに成功した。それは作戦が決して無意味ではない証拠だった。

「それに民間伝説だろうと何だろうと、島に伝わる呉爾羅伝説は本当だったのよ? だったらその伝説を研究する価値は十分にあるわ。さぁカヨ、立って!」

 ジェニスに手を差し伸べられて、加代は逡巡しつつもその手を取った。

「あの島は瓦礫ばかりだから、まずはブーツと動きやすい服を買ってから行きましょう。軍隊の備品払い下げの店くらいどこかにあるでしょう。そんな顔しなくても大丈夫よカヨ、私があなたを守ってあげるから安心してちょうだい……ほらミスター・ノダ! さっさと荷物まとめて!」

 野田は困ったときの癖で後頭部を掻いてから、もうこうなったらとことん付き合うしかないと観念し、カメラやノートなど必要なものをリュックに詰め込み始めた。

 

「本当に行くんですか? 何か、嫌な予感がするんです」

 玄関で靴を履く敷島に、典子は不安顔でそう訴えた。

「……でも、やっぱり気になるんです。ウチの学校の生徒も参加するなら、やっぱほっとけないんです、教師として」

 敷島は典子にそう言い聞かせた。柱越しに明子がこちらを見ていた。明子もまた不安そうな顔をしている。

「……大丈夫だよ、ただどんなことを話すのか聞きに行くだけですから」

 典子は努めて微笑み、黙ってうなずいた。明子に「なるべく早く帰るから」と手を振りながら、敷島は家を出た。

 終戦の日の今日、夜七時から集会所で共産主義団体による演説会が催されていた。集会所の前には「今こそ革命の時!」「鬼畜米帝を赦すな!」などといった過激な文言が書き殴られた幟が立ち、さらに見慣れない黒塗りの自動車も停まっていた。

「すいません」

 不意に声をかけられて振り返ると、背広姿の壮年の男が近づいてきた。

「失礼ですが、集会に参加されるんですか?」

「いえ、私は教員なんですが、生徒が何人か参加すると聞いたので様子を見に……そちらは?」

 男は背広の内側から警察手帳を取り出して見せた。

「そういう事情でしたか。もしよろしければ、集会が終わったらお話をお伺いしてもよろしいですか? ……まぁ、いくら思想の自由が法的に認められたとはいえ、危険な行為に出る者も少なくありませんのでね」

「……まるで、特高(とっこう)みたいですね」

「……実は、以前そうでした。敗戦後に組織が解体されて免職となりましたが、何とか警察官として復帰できました。私はただ、国家の治安を守るためにこの身を捧げているだけですよ」

 特高……特別高等警察、懐かしい響きだった。だが好印象はない。かつて従軍していた頃、同僚が突然姿を消したことがあり、仲間内で「特高に捕まった」と噂された。なんでも手紙の中で反体制的なことを書いて知人に送ってしまったそうで、その同僚は今も生死不明だ。

 敷島は元特高の刑事から足早に離れ、集会所に入っていった。中は熱気に満ちていた。参加者は男ばかりで、みんな立ちながら演台に立つ団体代表と思しき男の熱弁に聞き入っていた。敷島は聴衆の一番後ろから、集会の風景を観察した。会場の隅には、敷島が勤務する学校の生徒たちに並んで、あの斎藤という学生の姿もあった。表情は血気盛んな聴衆と違い、どこか憂うような目をしていた。

「……だからこそ今、大きな社会的変革が必要なのです! もはや既存の政党や体制では、この国難を乗り切ることは不可能です! 政治家は、いや政治屋連中は何も変わっていない! サンフランシスコ条約で、日本は独立国家となった、とされている。だが現実を見てください! 日本のあちこちに米軍が駐留し、我々の国土を未だに支配している。これが真に独立国家と言える姿でしょうか!」

 聴衆からは同意の声が上がり、アメリカを罵る声で溢れた。

「さらに言えば、駐留する米兵が日本で犯罪を犯したら、その裁判は我が国では行えない、こんな不条理はありえない! 明らかに我が国は、アメリカの属国扱いなのです。独立国家ではない、我々は望まんとして米帝の属国になったのだ! それでいいのか、いいのか!」

 聴衆からは拍手が起こり、斎藤青年も曇った表情のまま同調するように拍手をした。

「さて、では私の言葉は以上となります。お次は、東京都議会共産党書記長の稲村先生の特別講演です。みなさま盛大な拍手でお出迎えしましょう!」

 割れんばかりの拍手が会場に鳴り響く中、眼鏡をかけた小太りの男が演台に立った。あの黒塗りの車の主は彼だろうと敷島は察した。

「えー、どうもみなさん。わざわざお集まりいただき恐縮の極みでございます。都議会共産党書記長の稲村でございます。斎藤君が盛り上げてくれたこの空気を冷やさないようなお話ができればと思います」

 聴衆は一様に笑って反応した。それに機嫌をよくした稲村は演説を始め、聴衆は聞き入った。

 先ほど演台に立っていたのは、おそらく斎藤青年の父親だろうと敷島は直感した。

「おい、貴様」

 その斎藤から声をかけられた。顔には怒りが表れていた。

「貴様知ってるぞ、真彦(まさひこ)の学校の教師だな。元戦闘機乗りの」

「……ええ、そうですが」

「何の用だ。ここはお前が来る所じゃない、とっとと帰れ」

「……子供を無理やり参加させるのは、いかがなものでしょうか」

「何? 誰が無理やり参加させてるだ! 真彦は自分の意思で来てるんだ、勝手なことを言うな!」

「息子さんの顔を見てもそう言えるんですか? とても活動的には見えませんが」

 斎藤は憤怒の形相で息子を見遣った。斎藤青年は、恐怖で顔をこわばらせていた。

「あなたがどういう思想をお持ちだろうともちろん勝手です。ですが子供たちを巻き込むのは違うんじゃないですか?」

「何だと貴様っ!」

 斎藤は敷島の胸ぐらを掴んだ。二人の言い合いはすでに周りの聴衆も注目していて、演台に立つ稲村代議士も何事かと口を閉じて見守っていた。

「ゴジラを倒した英雄だが何だか知らないが、そんなにでかい顔が出来る権利がお前にあるのか? 特攻から逃げた臆病者のくせに」

「ええそうですよ、私は特攻から逃げた。だから何ですか! 命を大事にして何がいけないと言うんですか! 俺はそのことを伝えたくて教師になったんです、そのことに踏み込む権利はあなたにないはずです」

「黙れっ!」

 斎藤は力任せに敷島を押し倒し、顔を殴った。聴衆たちは斎藤にエールの声を上げた。

「俺はなぁ、戦争中に思い知ったんだよ。この国は神の国でも大帝国でもない、ただ欧米の真似事ばかりして一等国を自称する阿保な国だってな。この国が真の意味で生まれ変わるには、革命しかないんだよ!」

「そのために! また若い命が散るようなことになってもですか!」

「ああ構わねぇよ! 体制を変えるには血が流れることも必要だ! それで死んでも新たな国家への礎を築いた功労者として顕彰される。無意味な特攻連中とはワケが違うんだ!」

「そんなの、帝国時代とまるで同じじゃないですか」

 その言葉に堪忍袋の緒が切れた斎藤は、我武者羅に敷島を殴り続けた。口から血がほとばしった。

「……やめて父さん! 死んじゃうよ!」

 耐えきれなくなった斎藤青年が父を止めに入ったが、父の暴走は止まるどころか悪化した。

「うるせぇっ! すっこんでろ!」

 斎藤は息子を蹴り飛ばした。それを見た敷島もまた、激怒した。

「子供に手を出すなっ!」

 斎藤を殴り飛ばすと、今度は聴衆が代わるように敷島を暴行し始めた。全身を殴る蹴るのリンチだった。

「はーいそこまでだ、全員離れろ!」

 そこへ、あの特高上がりの刑事が拳銃を見せつけながら集会所に入って来た。聴衆は水を打ったように静まり返り、さらに刑事の仲間たちが続々と到着した。

「思想の自由は大いに結構だが、暴行は犯罪だわかってるな? とにかく全員検挙する。逃げようとしたらこちらも実力行使だ、いいな?」

 刑事の仲間たちも、腰からさげたホルスターを見せつけた。聴衆は後ずさって沈黙した。

「それと稲村代議士、少しお話を伺いたい。拒否しても構いませんが、この集会にあなたが来たことは紛れもない事実です。暴行事件の証人にはなってもらいますからそのおつもりで」

 演台に立ち尽くしていた稲村は、引きつった顔をしながら秘書に連れられて控え室に消えた。

「……おい! すぐにこの方を病院に!」

 刑事は部下に命令し、二人の男に抱えられる形で敷島は集会所から出された。全身に激しい痛みがあり、息はあるが、意識はほとんどなかった。病院に着くまでずっと譫言(うわごと)のように「のりこ、あきこ……」と呟いていた。

 

 *

 

 目を覚ますと、そこは病室だった。消毒薬のにおいが鼻についた。

「起きたか」

 声の主に目を遣った。意外な人物がベッド脇に腰を据えていた。

「た、橘さん?」

「まだ寝てろ。全身打撲、骨折もしてるんだぞお前」

 起き上がろうとする敷島を橘は手で制した。確かに、身体中が痛くて仕方なかった。

「……浩さん」

 橘とは反対のベッド脇には、典子と明子が涙目で敷島の顔を見ていた。敷島と目が合うや、二人は嗚咽を漏らしながら泣いた。

「お前も悪い亭主だな。嫁さんと娘泣かせやがって」

「……すいません」

 敷島は痛みを我慢しながらゆっくりと手を伸ばし、その手を妻と娘が握った。

「……だから言ったじゃないですか、嫌な予感がするって」

「そうですね、ごめんなさい……」

「無事でよかった……」

 典子は敷島の手を強く握った。その手から伝わる熱さが、敷島にはとても暖かく感じられた。

「……ところで、どうして橘さんが?」

「ああ、こいつを届けに来たんだが、家に行ったら入院中だって聞いてな」

 橘は床に置いていたモノを引き上げた。縄で出来た網に覆われたそれは、とびきり大きな西瓜(すいか)だった。八百屋で売られているものよりもひとまわり大きく、敷島にとってそれは、かつて除去作業に従事していた機雷を彷彿とさせた。

「野菜づくりが趣味でな、今年は豊作だったんだよ。他にも持ってきたのがあったんだが、それは奥さんに渡してある。とにかくこいつをお前に見せたくてな」

 橘は爽やかな笑顔を見せた。もう敷島を責め、なじるような感情は彼からすっかり消えていた表れだった。

「包丁と俎板(まないた)、借りれるかどうか聞いてきますね」

 泣き止んで気を取り戻した典子は、そう言って病室を出て行った。明子は変わらず、父の手を握って離さなかった。

「……ハワイのこと、聞いてますよね」

 本当は楽しい会話をしたかったが、どうしても頭からは、あの怪物の影が離れなかった。

「ああ、間違いなく奴だろう。ウチの会社も大変だよ、とにかくどこか遠くへ逃げようとする金持ち連中がチャーターしまくってんだ」

 橘は今、東京に在る民間の航空会社に整備部長として勤務していた。1945年の呉爾羅襲来の際に怪我をした左足は相変わらず引きずっていたが、整備の腕はまったく衰えていない。大手航空会社や公共機関からも整備技師として誘いの声が来たが、小さい会社の方が自分のペースで作業が出来ると踏んで、それらの誘いを断り続けた。

「……逃げ場なんて、ないですよ。あいつは人の営みを破壊する、徹底的に」

「もし、また東京に奴が来るってなったら、お前どうする?」

「どうするもこうするも、俺はもうパイロットじゃありません。何も出来ませんよ」

「そうか……」

 橘は何かを伝えたそうだったが、そのまま口をつぐんで教えてくれなかった。

 

 同じ頃、太平洋をゆく一艘の漁船に、野田、ジェニス、加代の三人は乗っていた。

「……てっきりまた、飛行機で行くもんだと思ってましたよ」

「そう何度も何度も参事を困らすわけにもいかないわ。それに日本の鉄道にも興味があったから、私にとっては良い長旅だったわ」

「私も、あんなに長い時間鉄道に乗ったことなかったので、正直楽しかったです」

「それなら良かったわカヨ、笑顔がとっても素敵よ。ほら2対1、どうするミスター・ノダ?」

「……いや、別に良いんですけどね」

 分が悪いと感じた野田は髪を掻き、サングラスをかけたジェニスは愉快そうに笑った。

「ほらカヨ、あなたもかけた方がいいわ。今日は日差しが強いから」

 ショルダーバッグからお揃いのサングラスを手渡された加代は、戸惑いつつもそれを装着した。黒髪を後ろで縛り、軍払い下げの作業着にブーツという出で立ちはジェニスが監修した。ジェニスの服装そのものだった。

「よく似合ってるわ」

 加代は恥ずかしそうに微笑んだ。そこには殺戮の限りを尽くされた島の唯一の生存者という悲愴さは感じられなかった。

「お客さん方ー、そろそろですよー」

 港でチャーターした漁船の船長が呼ぶと、三人は船首の方向に目を向けた。

「……さぁ、また来たわよ、大戸島」

 洋上に浮かぶ小島が見えてきて、野田は最初に来島した日のことを思い出し、ジェニスは探求心を燃やし、加代は複雑な心境でいた。

 

 島の波止場に着くと、もう一艘の漁船がすでに停まっていた。島はあの事件以来、一般人の立ち入りは禁止されており、来島できるのは警察などの公的機関の者か、報道の人間に限られていた。先着していた漁船の主と三人を乗せてきた漁船の主は顔馴染みのようで、気さくに話し合う姿をよそに、三人は島に上陸した。

 最初に来た時は夜の闇に包まれていたが、快晴の下に存在する大戸島は、小山がそびえたつ静かな島だった。以前は七十人近い島民がいたが、今は山本加代しかここに住民票を持つ者はいない。廃墟と化した村の町並みは依然として存在していた。

 その中に、一人の人影があることに三人は気づいた。壮年の男がカメラを片手にうろうろしていた。やがて男は三人の存在に気づき、驚きながら近づいてきた。

「どうも! あなた方は調査団か何かですか?」

「then what?(だったら何なの?)」

 ジェニスがぶっきらぼうな口調で返すと、記者らしき男は一瞬怯んだ。

「まいったな、英語は苦手で……あれ、もしかしてあなた、山本さん? 山本加代さんですよねぇ?」

 記者らしき男は三人組で唯一の日本人女性に、報道関係者の間で出回っている島唯一の生存者の写真との見覚えを感じて近づいた。加代は野田の後ろに隠れたが、男はしつこかった。

「やっぱそうですよね、山本さん、ぜひ取材させてください。あの時の島の様子とか、唯一の生存者として今まさに何を思ってらっしゃるのか」

「ひ、人違いです……」

「またまたー、そんな変装したって誤魔化(ごまか)せませんよ。ほら、鼻の下の黒子(ほくろ)だってそっくりだ」

 男はカメラで無断に加代を撮影した後、手帳に挟んでいた写真を見せた。それは電柱に登って望遠カメラで病室を盗撮したカメラマンから買ったもので、悲愴に満ちた病院着姿の加代が写っている。カメラの性能が良いものだったのだろう、それは加代の鼻の下にある黒子までくっきりと写していた。加代は今にも発狂しそうなくらい怯えていた。

 野田が一喝するよりも先に、ジェニスがその写真を取り上げてくしゃくしゃにし、海に投げ捨てた。

「ちょ、ちょっと! 何するんです……」

 男は黙った。ジェニスの手に拳銃が握られていて、銃口は男の顔に向けられていた。コルト・ガバメント、45インチという大口径を誇る世界最強の拳銃。男だけでなく野田と加代も口をあんぐりとさせていた。

「……ほ、本物じゃないですよねぇ?」

 ジェニスは男の足元に一発撃ち込み、乾いた銃声が無人の島に轟いた。男は尻もちをつき、顔は恐怖に満ちている。

「カメラ」

 左手で手招きをして、男は言われるがままカメラを差し出した。それを地面に落とすと、ジェニスは容赦なく銃を向けて数発発砲した。男は喚きながら地面に伏せ、銃声が止むと顔を上げた。粉々になったカメラだったものが地面に転がっていた。ジェニスはそれを足で蹴とばし、海に捨てた。

 ジェニスは銃を男の顔に向けながらしゃがんだ。

「いい? 今日のことは誰にも話さないし記事にもしない。約束なさい。もし破ったら、そうねぇ、今度海に浮かぶのはあなたになるかも」

 男はもう完全に白旗を上げていて、目から涙が零れ落ちそうだった。ジェニスは(とど)めとばかりに男のシャツを掴み、銃口を額に押しつけた。銃身はまだ熱かった。

「それと、もう二度と山本加代を追い回すのはやめなさい。他の記者仲間にもそう伝えておいてちょうだい。彼女は現在、アメリカ合衆国の保護下にあるのよ? あなた、また戦争する気?」

 男は必死に首を振り、それを認めたジェニスは無理やり立たせた。

「……何ぼさっとしてんの、早く出て行きなさいっ!」

 空に向かって一発撃つと、男は一目散に漁船に乗り込んで船を出させた。

 野田、加代、そして三人の乗せてきた漁船長は、拳銃に安全装置をかけてショルダーバッグにしまうジェニスを凝視していた。

「……何? 私は陸軍の人間よ、拳銃ぐらい持ってて何がおかしいの?」

 ジェニスは両手を広げて「当然でしょ?」とジェスチャーした。

「ああ船長さん、恐がってるのはわかってるけど私たちを置いてきぼりにしないでね。もしそんな悲しいことをしたら、あなたにも悲しい思いをさせてあげるから。OK?」

「……お、オーケー」

 船長は怯えながら頷き、港と船体にロープを固定した。それを見てジェニスは満足した。

「さぁ! 調査開始よ。その……ヤシロっていう場所に向かいましょう。カヨ、道案内をお願いね」

 ジェニスは意気揚々と先に歩き始めた。

「……驚いたでしょう、いつもあんな人です」

 野田は加代に語りかけた。きっとあの破天荒ぶりを同意してくれると期待した。

「……かっこいい」

 加代の意外な感想に、野田はひとこと「えぇっ?」と目を疑うばかりだった。

 

 大戸島の最高標高は海抜50.1メートルの猪狩山(いかりやま)で、神代(かみよ)のときに荒ぶる神が産み落とした山が名前の由来だと、加代は社への参道を登りながら野田とジェニスに説明した。山道同然の参道は、参拝というより登山に近かった。あたりからは蝉がけたましく鳴いていた。

「なるほどね、ここは神が生んだ島、素敵ね」

「最初は怒る山と書いて怒山だったんですけど、江戸時代くらいに猪が棲むようになって猪狩山になったって祖父から聞いたことがあります。今はもういないですけど」

「みんな捕まえて食べちゃった? アハハ……ちょっと大丈夫ミスター・ノダ?」

 加代と談笑しているうちに、野田の姿が見当たらないことに気づいたジェニスは参道の下方を見た。野田はヒーヒーと息を切らしながら登っている最中だった。

「あなた元軍人でしょ? これぐらいの行軍(こうぐん)大したことないでしょ」

「いや、軍人っていっても技術者採用ですし……訓練とかほとんどしてなかったですから」

「だらしないわねぇ。ほら、この枝使って」

 投げて渡されたのは、ちょうど杖に使えそうな木の枝だった。野田は屈辱的だったが、背に腹は代えられぬと思い、枝を杖代わりにして登山を再開した。

 

 山頂には枯れ木で出来た粗末な造りの鳥居を入り口に、緑に囲まれた広場があった。石畳の奥には、何世紀も時を経てそこに鎮座しているであろう社殿があった。

「ここが、島の鎮守様です。神様の名前は知らないけど、海の守り神だと聞いています」

「海の守り神……ポセイドーンのような?」

 ギリシャ神話を知らない加代は呆気(あっけ)に取られたが、やっと二人に追いついた野田が口を挟んだ。

「日本だとワダツミやスサノオが、海の神として祀られています。きっとこの神社も、そういった神を祀っているのでしょう」

「ちょっと待って、ワダツミってGod(神)の名前だったの?」

「ええ、日本神話に出てくる海の神です。ゴジラには通常兵器はまるで通用しない、だったら海の力で倒す、その意味を込めて作戦名に取り入れました」

「なるほどね……で、そのゴジラを倒すヒントがここに」

 ジェニスは古びた社殿を見つめて呟いた。

「……確か、伝説を書き記した本がここにあったはずなんです」

 加代は社殿の扉を開けようとしたが南京錠がかけられており、どんなに押しても引いても無理だった。

「鍵がどこにあるのか、知りませんか?」

 野田が訊ねた。

「たしか村長さんが持ってたはずだけど、あの家も相当やられたみたいですし……」

「下がって」

 ジェニスは二人を下がらせて、再び愛銃を手に取って引鉄を引いた。衝撃音の後、南京錠は音を立てて床に落ちた。

「あなたって人は……そのうち罰が当たりますよ?」

「天罰とゴジラ、どっちが恐ろしいの?」

 うなだれる野田をよそに、ジェニスは社殿の扉を開放した。中は薄暗く、窓の隙間から入り込んだ枯れ葉が床に落ち、祭壇には古びた鏡が置かれ、三人を映していた。

「えっと、確かここに……」

 加代が祭壇付近を捜索している間に、野田とジェニスは社殿の壁に掛けられた三点の絵に見入っていた。それはいずれも木の板に描かれた絵画で、おそらく数百年は前の代物だろうと見て取れた。波をゆく小船の側から、背鰭(せびれ)の生えた黒い恐竜のような生物が大口を開けて食らいつこうとしている場面。島に上陸し、人家には火の手が上がり、逃げ惑う人々に襲いかかる場面。最も印象的だったのは、海岸の岩の上で何かの草を持って立つ女が、海から出現した呉爾羅と対峙する場面を描いたものだった。

「あった! ありました!」

 加代は埃の積もった黒い漆塗りの箱を二人に見せた。蓋の表面にはかすれていたが、神社の紋章が描かれていた。

 床に置いて蓋を開けると、そこには表紙が茶色の書物が入っていた。表紙には「大戸島古記」とかろうじて読める墨文字があり、下手に扱うとすぐに壊れてしまいそうなくらい傷んでいた。野田が白い手袋をはめてそれを慎重に取り出して中身をめくると、ミミズのようにうねった文字がそこに記されていた。

「……何これ? 太古の文字か何か?」

「たぶん、江戸時代に書かれたものだと思います。私も読めないです……」

「僕は、たぶん読めます」

 ジェニスと加代は野田に目を向けた。

「本当? あなた歴史学者でもあったわけ?」

「いや、趣味みたいなもんです。兵器の歴史を知りたくて、昔の文献とかを読めるように学生時代から勉強してました。簡単な崩し字なら、何とか読めます」

 ジェニスは野田のパーマがかった癖っ毛を子供を褒めるように撫でた。

「さすが私が見込んだ男ね。解読は任せたわ」

 いい歳こいてる身分で頭を撫でられたのは気恥ずかしかったが、野田はこの任務は自分にしか出来ないと自覚し、文献の解読に取り掛かった。

 

「……綺麗な海ね。この島に初めて来たときは気づかなかったけど」

 境内を取り囲む樹木の一部だけ開けた場所があり、そこから眼下に広がる大戸島近海を臨みながら、ジェニスは煙草を吸っていた。

「はい、子供の頃はよく岩場から飛び込んで遊んでました。弟と一緒に岩場に隠れてる貝とか魚とかを捕まえたり。あの頃が一番楽しかった……」

「……ゴジラを無事に倒せたら、私と一緒にやりましょ?」

 ジェニスの提案に、加代は微笑んで返した。

「……あなたって、何だか不思議な人ですね」

「変人とはよく言われるわ、誉め言葉だと思ってるけど……ノダ! 解読はまだかかりそう?」

 野田は社殿の階段に腰かけながら、文献の解読をずっとしていた。

 やがて立ち上がり、二人の元へ歩み寄った。

「……所々、この文献自体がかなり傷んでて読めない部分があって悩みましたが、大体は理解できました。これはこの島の歴史を記しています」

「その中にゴジラに関する記述は?」

「ありました。えー……宝永4年10月5日、海中から呉爾羅が現れて船を襲い、これを沈めた。さらに島に上陸し、島に住む者たちを次々と葬った。あの神社の中にあった絵は、このことを描いてるんだと思います」

「ホーエイって、いつのこと?」

「江戸時代です。たしか、富士山が噴火した年だったかな」

「昔からこの島の近海が、奴の縄張りだったってことね。他には何か書いてないの?」

「えっとですね……ここがちょっと読みにくいんですが、再び呉爾羅が島に襲いに来るのを恐れた島民たちは、鬼兜(おにかぶと)を島で一番若い娘に持たせ、鬼ヶ浜に向かわせた……ここから先の記述が、かなり薄れていて読めませんでした」

「オニカブト? 聞いたことないわね」

「その話……」

 加代は何かを思い出した様子で呟いた。

「小さい頃、悪さをする子供に島のおじいさんたちがよく言ってました。あんまり悪さばかりすると、ゴジラの生贄(いけにえ)にするぞって。子供だったからそんなもの信じてなかったけど、鬼ヶ浜には確かに、むかし呉爾羅の生贄になった娘さんのお墓って伝わるものがありました。私の死んだ母はよく、お花を供えてました」

「じゃあ、これは実話? 生贄を差し出して呉爾羅を島から守った……にわかには信じられないわ」

「この、鬼兜って何でしょうか?」

「島に生えてる野草です。この島にしかない草らしくて、植物の学者さんが調べに来たこともありました」

「どんな植物なの?」

「夏に綺麗な花を咲かせるんですけど、葉とか根っことか、とにかく全部に猛毒があるんです。ほんの少し食べるだけでも、泡を吹いて死んじゃうとか……まぁ、実際に見たことはないですけど。でも昔、この島に海賊が城を建てて本拠地にしてたらしいんですけど、矢の先端に鬼兜の毒を使ってたって父から聞いたことがあります。俺たちはその海賊の末裔なんだぞって」

「じゃあ、あの神社の絵に描かれてた草が、鬼兜……それを娘ごと食べた呉爾羅は、きっと苦しんだはず」

「あの絵、本当はむかし四枚あったんです。私が十歳くらいの頃かな、島に台風が来て、お社の宝物(ほうもつ)とかを避難させようとしたら、その四枚目の絵だけ飛ばされてしまって……」

「どんな絵か覚えてる? お願い、思い出して」

「……ぼんやりとですけど、呉爾羅が眠ってるような姿を描いてたと思います。死んでると言われれば、そうかなという感じの」

 ジェニスはパチンと指を鳴らした。

「決まりね。そのオニカブトっていう植物は、ゴジラの弱点よ」

「しかし、これはあくまで核の影響を受ける前の呉爾羅についての記述です。今のゴジラとは違うんですよ」

「じゃあどうするの、もう調査はおしまい? 超弩級戦艦の砲撃を喰らっても死なない怪物を前に、ただ殺されるのを待つ? 内側からの攻撃に弱いことを証明したのはあなただって同じでしょ、ミスター・ノダ」

「それは、まぁそうですが……」

「二度と言わせないでちょうだい、私は少しでも可能性があるならそれに懸ける。カヨ、オニカブトがどこに生えてるのか分かる?」

「はい、あの植物は島の一部にしか生えませんから。案内します!」

「頼もしいわカヨ。さぁミスター・ノダ、Let's go!」

 二人が足早に先を行き始め、野田は丁重に扱わないといけない文献を手拭(てぬぐ)いに包んで慎重にリュックに入れてから後を追った。

「ちょっと、待ってくださいよー!」

 

 案内されたその場所は、島で唯一の墓地だった。

「ここ? ここに生えてるの?」

「ええ。オニカブトは、理由はわからないんですけど、墓地の周辺にしか生えないんです。島の言い伝えでは、死者が花になって子孫を見守ってるんだって言われてますけど」

 墓石が立ち並ぶ中を、加代を先頭にして三人は進んでいった。朽ち果てて年号も戒名も分からない墓石が数多くあり、昔からこの島に人が住んでいたことを想わせた。

「……あった、ありました!」

 加代が見つけたそれは、赤色の傘のような形状をした花だった。兜と言われれば、それに見えなくもない。その花は目を凝らすと、墓地の外周に点在して咲いていた。加代の言ったように、この墓地以外で咲いているのを野田とジェニスは確認していない。

「これがオニカブト……持ち帰りましょう。ノダ、あなた勤務先に友人は多い?」

「え、何ですか突然」

「毒物に詳しい人がいたら、ぜひ調べてほしいの。私も当たれるだけの人脈をフル活用するけど、この国で一番の大学に勤めてるんだから、あなたの大学でやった方がいいと思うわ」

「あまり他の学科の人とは面識がないんですが……わかりました、やります」

「それでこそ日本男児よノダ、素敵よ」

 三人は手分けして採取できるだけオニカブトを集め、袋に詰めた。袋はいっぱいになったが、それを見て野田は不安を感じた。

「ですが、この量では今のゴジラに効くかどうか……」

「誰がこれをゴジラにご馳走するって言ったの? この植物がどういう毒性を持つのか、その毒性物質は何かを調べるのよ」

「そうか……たとえこの植物が足りなくても、その毒素さえ解明できれば!」

「察しがいいわ。それを量産できればいいって話よ。さぁ、調査は終わったけど、最後にひとつ行きたい場所があるわ。カヨ、また道案内をお願いできる?」

 

 ジェニスがリクエストしたのは、鬼ヶ浜だった。

 そこは戦時中、海軍によって強制的に建設され、今は廃墟と化している大戸島守備隊の跡地だった。

「ここが鬼ヶ浜だったのね……」

「……ここに、いたんですよね。夫と佐吉が」

 爆弾の痕が痛々しく残る飛行場跡地に立ちながら、加代は想った。怪物と化した弟と、必死に抗った夫が、ここで共に死んだことを。加代は合掌した。

「……浜は、もう少し先です」

 加代についていくと、岩肌が荒々しい海岸に出た。ここが正真正銘の鬼ヶ浜だった。

「あれが、生贄にされた娘さんのお墓です。ただ石を置いてるだけですけど」

 海岸の隅に、台座の上に楕円形の岩が置かれたモノがあった。表面には何か文字が刻まれていたが、長年風雨と波にさらされてきたせいか、野田にも判読は出来なかった。

 三人は揃って墓石に合掌し、顔も名前も知らない女性の冥福を祈った。

「……さぁ、東京に帰りましょう。忙しくなるわ」

 ジェニスの言葉に、野田と加代は黙ってうなずき、港に向かって三人は歩き出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。