標的は、反骨の赤メッシュとなります
「ユーマさん。人間のお肉って食べたことありますか?』
深夜1時。
お客様で賑わっていた店内はすっかりと静まり家族も皆就寝した頃、神から問われた意味不明な質問。
何だ、久々の登場で頭がおかしくなったというのか?
「あるわけないでしょう」
『あらっ、意外』
「私がそんな猟奇的思考を持ち合わせているとでも?」
『猟奇的とは言いますが、人のお肉を食べようとするアニメや漫画が存在するじゃないですか』
「それはあくまでフィクションだ」
『ちなみに、人肉主義の種族だって下界にいます。これはノンフィクション。ちゃんと実在します』
そのような行動、習慣を我々はカニバリズムと表現する。
よく言えば飢餓への対策。悪く言えば共食い。どちらにせよ褒められた行為ではないことは確かだ。
「それで、私に人の肉を食えとでもおっしゃるつもりで?」
『まあ人生経験として食してもらいたいとは思いますが、病気にかかる危険性があるのでオススメはしません』
「プリオン病か」
プリオン病。
それは感染性を持つ異常たんぱく質プリオンによって、主に脳内の神経細胞が壊れ、発症後平均1~2年で100%死亡する危険な病だ。
治療薬なども存在せず、私の知識を持ってしてもこの病に対抗することは不可能である。
この女神はそんなリスクを冒してまで人肉を食べさせようとするのだから、意地悪どころの騒ぎではない。悪魔だ。
「生憎、私はそこまで好奇心旺盛というわけではない。自ら危険を冒してまで人肉を喰らうことはしないでしょう」
『残念』
女神はつまらなさそうに口を尖らせる。
「あなたがそんなことを唐突に話すということは、次の刺客は人の肉を食す異常者ということなのでしょうね」
『さあ、それはどうでしょうか』
あくまでここまでの話とは関係ない。女神はそう言い切る。
「人の肉はどんな味か、もし私を襲ってくるのであれば尋問してでも問いただしてみます」
最も、そんな異常行動を起こすのであれば刺客かどうかの見分けもつく。
所詮は悪霊が取り憑いた人間。簡単に対処できる。
その日の朝、早速刑事から連絡が届いた。
「体が抉れた遺体、ですか」
『ああ。それもかなり異質でな』
携帯画面を開くと腹を割かれていたり、頭が砕けていたりと様々な死体の写真が送られていた。
一見すると怨恨が強い猟奇的殺人。
だが、それだけではこの刑事の言葉と辻褄が合わなくなる。
「なるほど、体の一部が欠損してますね」
『その通り。流石だ、坊ちゃん』
腹を割かれた死体からは腎臓が。頭を砕かれた死体からは脳みそがそれぞれなくなっていたのだ。
どう考えても異質。
殺人犯が持ち去ったと考えてまず間違いない。
「手がかりは何もないんですか?」
『ああ。周辺の防犯カメラには何も映っちゃいなかった。それに、犯人の目的も不明だ。遺体やその遺族との関係性もないようだから、警察は無差別殺人事件として捜査を進めるつもりだ』
「では、ボクは情報収集に勤めます』
『ああ。何か分かったらよろしく頼むぜ』
刑事さんはそう言い残し電話を切る。
今回の事件は考える間もなく、女神からの刺客だと断定する。
死体から取り出した欠損部位も、自らが喰らうために持ち去った。そんなところだろう。
考えられる犯人の得物はナイフ、それにハンマーといった鈍器。
それに加えて身体をバラバラに出来るノコギリやチェンソーも持っていると想定した方がいい。
となるとこちらが対抗できる手段は………
「優馬〜!早くしないと学校遅れちゃうよー!?」
リビングから姉が私を呼ぶ声が耳に入る。
今の私は高校生、羽沢優馬だ。
まずは、学生としての役割をきちんとこなす必要がある。
すぐさま身支度を済ませ、姉と共に登校を開始した。
◆◆◆
あたしの幼馴染の弟は出来すぎている。
誰に対しても態度は変わらず優しくて、真面目で、気配りもできる完璧超人。
おまけに中学では生徒会長として人望もあって、運動も勉強も得意な上に努力家なのだから、少々恐怖を覚えるのも必然だろう。
「みんなおはよう!」
「おはようございます。みなさん」
時間ちょうどに羽沢姉弟が集合場所へと着き、そのまま幼馴染たちと共に学校へと向かう。
「…………」
するとすぐさま、優馬があたしの顔をじっと見つめる。
「……なに?」
「蘭さん、昨日はあまり眠れなかったようですが、大丈夫ですか?」
「えっ、なんでわかるの」
ものの数秒であたしが寝不足なことを言い当てる優馬。
昨日は作詞がいい感じに進んだ影響もあってか眠りについたのは午前3時ごろ。
おかげで次の曲の完成に近づいたけど、朝からあくびが止まらない。
優馬の前ではそんな姿見せてないのに何故言い当てたのか不思議だったけど、すぐさま答える。
「表情ですぐわかりますよ。いつもより数ミリ目が開いていないですし、頬に涙が伝った跡があります」
「そんなことまでわかるなんて、ちょっとキモい」
「褒め言葉として受け取りましょう」
多少の罵倒もこの子には関係ない。
懐の広さも異常だ。
「大方、作詞が上手くいって眠れなかった、といったところでしょうか」
「正解」
あたしは降参するように、フッとため息を吐く。
ここまで的確に言い当てられたら、ずっとあたしのことを監視していたのではないかと疑ってしまう。
「優馬は喫茶店のマスターよりも探偵の方が向いてると思う」
「そんなことはありません。お客様のその時の感情や様子などを見て珈琲の風味や味わいを変えることは、良いマスターになる為に必要なことです」
「へぇ」
彼の姉であるつぐみも、幼い頃から人と接することが多いからなのか人の表情とかをよく見ている節がある。
あたしにはよく分からないけど、2人のその観察眼に助けられることは多い。
「じゃあ他の4人はどうなの?」
あたしがそう投げかけると、優馬はそれぞれが話す姿を見てそれぞれ考えを述べる。
「モカさんは朝、お気に入りのパンが買えなかったのか辛そうに見えますね。巴さんは昨日食べにいった豚骨醤油のラーメンパワーで元気そうです。ひまりさんは一見何ともなさそうですが、食欲旺盛なせいか体型維持で悩んでいる。といったところでしょうか」
「それ、本人たちに訊いてみたら?」
「訊かずとも分かります。特にひまりさんに関してはデリケートな問題なので言葉にしない方が良いでしょう」
「ホントッ、エスパーみたい」
「クフフッ、いくらボクでも漫画のキャラクターのようにテレパシーやテレポートは使えません」
そう冗談を言って笑う優馬だけどそれに近しい事はしているわけだから、強ち間違えではないと思う。
「それで、つぐみは?」
「姉は特に何も考えていません。ただ皆さんとの会話を楽しんでいるようです」
「つぐみだけ適当だね」
「本当のことなので」
その言葉に一切の澱みはない。
「姉弟だからわかるとでも言う気?」
「はい!」
力強くそう返答するあたり、自分の考えは正しいと確信しているみたいだ。
「変なの」
兄弟のいないあたしには絶対に理解できない。諦めも含めてそう呟く。
いつも通り、何気ない授業を受けて迎えた昼休み。あたしたちは今日も屋上で昼食を取る。
「モカ、今日はチョココロネじゃないんだね」
「それがね〜、売り切れてたんだよー……ヨヨヨ〜」
残念そうにしながらメロンパンを齧るモカ。
まさか登校中に優馬が言っていたことが的中するなんて、驚きだ。
もしかしたら、他のみんなも………
「ねえ、巴」
ひまりと楽しそうに話してた幼馴染の名を呼ぶ。
「なんだ?」
「昨日食べた豚骨醤油ラーメン、美味しかったの?」
「ラーメン?ああ!確かに美味かったな!今年食べた中ではベスト3に入るぐらい!!」
巴は思い出すかのように熱烈に語る。
これも的中。
「………あれっ?蘭は何でアタシが昨日ラーメン食べに行ったの知ってるんだ?誰にも言ってないはずだけど」
「えっ、いや………まあ、何となく」
怪しさ満点な返答だけど巴はしつこく追求することはない。
その言葉通り、優馬も知らないはずなのに完璧に言い当てているのだ。
「ひまりは、最近太った?」
「な!?どうしてそのことを………!」
次の標的となったひまりもこれまた的中。
ストレートに聞いた分、素直な反応で十二分に察することができた。
「あ〜、ひーちゃんはお腹のお肉が豊かになってきてますからなー」
「そ、そんなことないもん!」
「まあひまりは部活してるんだしすぐ痩せるだろ」
「そんな簡単に体重が減ったら苦労しないし!」
「ひまりちゃん、もうそれは蘭ちゃんが言ってたことを認めるって自白してるようなものだけど……」
「はっ!しまったー!!」
ひまりはオーバーリアクションで悔しさを表現する。
「蘭ちゃん、私には何かないの?」
「つぐみ?つぐみは……」
次は自分の番なのだろうとつぐみは期待の眼差しを向けるが、あの時優馬は『会話を楽しんでいるだけ』としか言わなかったから本当に何もない。
つぐみには申し訳ないけどありのままを話すしかないかな。
「ごめん、つぐみはわからない」
「そっか。少し残念」
「ていうかー、蘭が占いみたいなことするなんて珍しくない〜?」
「確かにそうかも」
「ああ。しかもちゃんと当ててるしな」
「エスパー蘭だ〜♪」
「実はさ────」
あたしは登校中に優馬と話したことをみんなにも話す。
その内容に反応は三者三様なようで。
「エスパーは、ゆーくんだったとは〜」
「もはや予言の域に達してるよね」
「一体何食ったらそんなに言い当てられるようになるんだ!?」
みんなも優馬の特異性には驚いている様子だ。
「普段からこんな感じなの?つぐみ」
「うーん、どうかなぁ………あっ!でも、最近はカフェドマンシーをやってるとこを見かけることが多いかも」
「カフェドマンシー?」
「簡単に言うと、コーヒー占いだね。飲み終わったコーヒーのカップ底に残った飲み残しで運勢を占うの」
「へぇ。それで、的中率は?」
「今のところ100%当たってる。でも、内容が大雑把なこともあるから参考にはならないらしいんだけどね」
「それでも十分すぎるだろ!流石は優馬だ!」
「でもさ〜、今回の件とそれは関係なくない〜?」
「た、確かにそうかも………」
モカの指摘は尤もだけど、優馬の予測やら占いが当たる可能性は限りなく高い事が証明された。
凄いことに違いはないけど、それだけで片付けて良い気がしないのは何故だろう?
決して当てにはならない "あたしの勘" がそう囁いてくる。
「蘭………?らーん?」
「………えっ?」
「どうしたのー?そんなムムッて悩んで〜」
あたしの様子を察してかモカがそう声をかける。
「何でもない。大丈夫」
「ははーん♪さてはお主、ゆーくんに
「………はあっ!?」
あまりに突拍子もない推察をされ思わず変な声を上げる。
「えっ!?」
「そうなのかーー!?」
「うそっ!?ほんとに!?」
「ば、バカなこと言わないで!!そんなわけないでしょ!?」
変な妄想を口にするモカの頬を強めに掴み引っ張る。
どこか嬉しそうにされるがままになるモカに対し、そのほかの幼馴染たちはズイズイと近寄っては質問攻めしてくる。
「いつから、いつからなんだ!?」
「いつからとかないから……!」
「優馬くんのどこに惚れたの!?優しいとこ?それとも蘭は年下が好きだったとか!?」
「違うってば……!!」
「ゆーくんには紗夜さんがいるのに、この泥棒猫ちゃんめ〜♪」
「だからもういいって!!!」
普段のいじられ役はひまりだ。
けど、ここぞという時に限ってみんなはあたしをいじり倒してくることがある。
それが今。あたし自身、反応にすごく困ることが多い。
「つぐみも、見てないで止めてよ!」
幼馴染たちと距離をとりながらことの発端となる男の実の姉に助けを求める。
だが、その反応は求めていたものとは違っていた。
「そっか、蘭ちゃんが羽沢家に嫁ぎにきてくれるのかあ。えへへ、嬉しいな。羽沢 蘭ちゃんになってくれるんだね!」
ニコニコと笑顔で話す姿にしては冗談では済まされないほど話が進展していて、あたしを含め他のメンバーも突っ込めない。
「全部モカのせいだからね」
「反省してまーす」
その言葉とは裏腹に全く反省の色を見せないモカにため息をつき、お昼ご飯を食べ進める。
「以上で連絡は終わりです。みなさんから何かありますか?」
いつも通り、先生が終わりのHRの話をしている。
大抵は明日の連絡とかが多いけど今日はそれがない。
珍しいなあ、と考えていたらふと思い出したかのように先生は言葉を続けた。
「近頃、危険な犯罪が多くなっています。自分には関係のないことだ、という気持ちは捨て極力一人にならないよう心がけてください」
先生の話にクラスがざわつく。
確かにここ最近、ニュースの内容が過激になっているように思う。
それもこの東京で数多く起こっているのだから恐怖心はある
だけど、あたしには関係のないことだと考える自分がいるのも事実。
口先だけなら何とでも言えるが、人は実際にその経験をしなければ真に学ぶことができない。
「蘭〜、今日のご予定は〜?」
HRが終わり、早速私の机にみんなが集まる。
「真っ直ぐ帰る。みんなは?」
「私は生徒会の仕事があるよ」
「アタシはバイトだな」
「モカちゃんも〜」
「わたしは部活!そしたら、蘭がひとりぼっちになっちゃうね……」
こういう時に限ってあたしは本当に間が悪い。
どうするか困っていると、ポンとあたしの肩に手を置いたモカがもう片方の手でグッドサインを出しながら提案してきた。
「それはいけませんなー。ここはモカちゃん様が蘭をお家まで送り届けようではないかー」
「いや、そしたらバイト先までモカが一人になるじゃん」
「た、確かに〜」
正直、あたしの為だけにみんなが大変な思いをするのは気が引ける。
ここはもう一人で帰るしかないか。
「じゃあこうしよう!」
今度はつぐみが別の解決策を見出した。
その策というのが─────
「それでは帰りましょうか」
「…………」
自分の実の弟を生贄にすることだった。
「ねえ。これ、おかしくない?」
「何がですか?」
確かに一人きりではない。
一人きりではないが、解決してるとも思えない。
「あんたは嫌じゃないの?」
「まさか。頼られて嬉しいぐらいですよ」
和かな笑みを浮かべ本心から告げる優馬。
昼休みにあんな話をされた手前、その表情をまじまじと見ることができない。
変に、意識してしまう。
「変なの」
「よく言われます」
「それじゃあ家までよろしく」
「はい」
校舎を出て帰路に立つ。
「優馬はいつも誰とかえってるの?やっぱりつぐみ?それともあこ?」
「日によって異なりますが、お姉ちゃんと帰るのは多いですね」
「姉弟だから?」
「それもありますが、買い出しとかもありますから。重いものを持たせるわけにはいきません」
「普通姉弟って仲が悪くなるもんだと思うんだけど。性別も違うし」
「よそはよそ、うちはうちです」
「そこまで言い切れるのは凄いよね」
妄想の話として、あたしの弟が優馬だった場合絶対につぐみのような関係は築けていなかっただろう。
心優しいつぐみだからできたこと。
あたしが姉だと優馬だってきっと苦労したはずだ。
本当、あたしは一人っ子でよかったと心底思う。
「しんどくない?いい弟を演じるのは」
「これがボクの素ですよ」
「だとしたらやっぱり気味が悪い」
「ふふふっ」
「ほらそういうとこ。怒るとこだから」
「怒るもなにも、そのような感情はなかったので」
キョトンとした顔で平然と答えるこの男に惚れてるなんてやっぱりない。
不気味。
あたしが優馬に抱いている気持ちはそれだけだ。
「優馬はさ、もっと──────」
人通りの少なくなった帰路に入りあたしがそう口を開いた瞬間、目の前が真っ暗になりふと意識を手放した。
喰うか喰われるか。
蘭ちゃんと優馬の運命やいかに