羽沢家長男の隠し事   作:山本イツキ

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ようやく出張が終わり地元へ帰還いたしました。

5ヶ月間、長いようで短かったような……まあ、楽しかったです。


ここから更新ペースを上げていきたいところですね


人肉喰 〜後編〜

 僕は貧困に喘ぐ農村で生まれ育った。

 人としては当たり前で、生きるために絶対に必要な行動。

 

 食すということ。

 僕の生まれた環境ではそれが出来なかった。

 

 枯れ果てた大地に作物は碌に育たず、水すらまともに飲むことができない地獄。

 街へ出たとしても金なんてないから盗む他ないのだが、そもそも街へ出るのだって歩いて一晩以上はかかる。

 そんな命懸けのことを自ら進んでやる人間はこの村にはいない。

 

 想像できるだろうか。

 飢餓による苦しみを。

 愛する家族を失う辛さを。

 

 この平穏な世界に生まれたキミたちは、真に僕たちの気持ちを理解することは絶対にできないだろう。

 

 

 一人、また一人と村人たちは飢餓に苦しみ息絶えた。

 

 時間はそうかからず、いよいよ僕にその番が回ってきた。

 視界が霞みその惨めな生涯に幕を下ろそうとしたその時、ふと目の前に人の死体を見た。

 数日前に死んだ僕の父だ。

 痩せこけて、酷い死に顔をしている。

 

 

 『死にたく、ない………!!』

 

 

 目前まで迫った死を振り切り僕は目の前に転がっている死体に齧り付いた。

 

 ──────不味い。

 

 なけなしの肉は硬く、血独特の鉄の匂いが吐き気を催す。

 とても食えたものじゃない。

 だが、生きるためには仕方のないこと。

 僕は一心不乱に血肉を貪った。

 

 ここに食材はない。

 だが、人の死体「しょくりょう」はそこらにたくさん転がっている。

 あの頃の僕にとっては貴重な食べ物だったのだ。

 

 父を喰らい、今度はそばにいた母の死体を口にした。

 

 

 ───────美味い!

 

 父よりも断然。

 女、だからか?

 その疑問を解消するように別の女の死体を喰らった。

 

 ………間違いない。

 人肉は女の方が格段に美味であると。

 僕は生を実感すると同時に、初めて "好物" と言える女の死体を次々と貪った。

 

 喰らった数を10数える頃にはその味の虜になった。

 肉の部位や女の年齢、人の形によって味が変化することに気がついたのだ。

 

 村の女の血肉を食い尽くした後、僕は決死の思いで街を目指した。

 その道中で死ぬかもしれない。

 だが、生きるという目的のためにただひたすらに歩き続けようやく辿り着いたのだ。

 

 そこで目にしたのは、平和ボケし死への恐怖すら感じていないだろう人間たちの姿だった。

 

 長旅で疲れ果て、空腹だった僕は目の前を横切った長髪の女を生きたまま喰らった。

 響き渡る悲鳴とこの場から離れる人間たちの足音で街は一気にパニックとなる。

 

 伝染する恐怖と僕に喰われ悶え苦しむ女の姿を見て僕はある種快感に浸った。

 

 

 

 この事件を機についた名前が【人肉喰】。

 人の肉を喰らう人間として恐れられた。

 

 あの男、殺し屋【Dr.UMA】が現れるまでは……。

 

 

 食い殺した女の父から依頼を受け、僕を始末しに来たその殺し屋との死闘で敗れ殺される直前、男が聞いてきた。

 

 『何のために人を喰らうのか』と。

 

 豚や牛、鶏といったごく普通の肉を買い食すことができるようというのに、人肉にこだわる理由は生きるため。

 僕は生きながらえるために人を喰らい続けたのだ。

 

 

 生き返ってもそのスタンスは変わらない。

 だが一つ、僕を殺したあの男には必ず復讐する。

 

 他人の食事を邪魔した罪は重い。

  

 

 心も身体もズタズタに踏み躙り、最期は貴様の血肉を喰らってやる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 目覚めた私に映った最初の光景は、見覚えのないスケルトン天井だった。

 最後の記憶は帰宅途中。

 蘭のボディガードを任され(ほぼ強制的に)、通学路を歩いている時だ。

 そこからふと意識を失い、気がつけばここにいた。

 私たちを拉致した犯人は拘束具で縛っておけば問題ないと思っていただろうが、生憎私には通じない。

 指先一つで容易に拘束具を外し、解放された。

 

 ここから犯人を返り討ちにいきたいところだが、問題がいくつかある。

 

 一つ目に、蘭を巻き込んでしまったこと。

 二つ目に、犯人の土俵で相手にしなければならないことだ。

 二つ目はまあいい。私が対応すればいいだけだから。

 それ以上に、蘭がこの場にいることは少々厄介。

 何せ、私の正体を見られてしまったその瞬間私の命は終わりを告げる。

 これまで培ってきた信頼も、居場所も全て失ってしまう。

 それだけは何としても避けたいところ。

 

 そう考えている時だった。

 ガチャリと扉がゆっくりと開かれる。

 

 

 「やあ、お目覚めかな?」

 

 

 20代とおもしき整った顔立ちの男が平然と語りかけてきた。

 自由の身となった私に全く驚いた様子もない。

 

 

 『初めまして。そして、サヨウナラ』

 

 

 現れた男の喉元を狙い指先で突きを仕掛けるが、奴は胸ポケットから小さいナイフを取り出し、その側面で突きを受け流した。

 爪と金属部が接触しキンッと甲高く鳴り、今度は男がナイフを突いて来るが、それを後方に飛び跳ねるようにして回避し犯人と向かい合う。

 

 

 『私の突きを受け流すとは、お見事です』

 

 「お褒めに預かり光栄だよ。こっちはいきなり殺しにこられて焦ったけどね」

 

 『当然です。あなたが女神からの刺客だということは知っていますから』

 

 

 真っ白なこの空間に染みついた血の香り。

 幾人もの人間を殺してきた私だからわかる。

 誤魔化しの効かない血特有の鉄の臭いだ。

 

 

 「まさか、わざと捕らえられたなんて言う気じゃないだろうね?」

 

 『クフフッ。そのまさか、ですよ』

 

 「余裕綽々といった感じか。焦り一つ感じない」

 

 

 私の言動にどこか喜びを含んだ笑みを浮かべる男。

 

 

 「僕には眠らせた君たちを抵抗する間もなく殺す事ができた。まるで、それをしない事がわかっていたようだけど」

 

 『ええ、絶対に殺されないと確信していました。あなたのやり口は過去対峙した殺人犯に酷似していましたから』

 

 

 今となってはもう昔の話。

 殺し屋をしていた私は、依頼主からある男の殺害を依頼された。

 それが "人肉喰" 。

 女性ばかりを狙い、その血肉を貪ってきた異常者だ。

 依頼主である男の娘も被害に遭い命を落としたらしく、犯人を生きたまま連れて来る事を報酬の条件にその依頼を受けた過去がある。

 

 特にナイフの扱いに長け、的確に急所を切り裂くその繊細な動きには随分苦労させられた。

 結果としては生存させたまま捕えることは困難だと判断し、その場で殺し報酬は受け取れなかったがそうせざるを得ないほどの手だれだったという事。

 姿形が違えど私が経験した中でも指折りの実力者だということは、この脳内に記憶されている。

 

 

 「へえ、キミが殺した人間のことをちゃんと覚えているなんて素直に驚きだ」

 

 『記憶力は良い方なので』

 

 

 ある漫画のキャラクターは、『お前は今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?』という発言をしたという。

 この言葉は、自身が人間を喰らうことと人間がパンを食べることは同じ行為であり、その数などいちいち数えていないという意味だ。

 

 対して私は、意味は少し違うがこれまで殺した人間のことは覚えている。

 顔や名前はもちろん、その人物の殺した手段や場所も鮮明にだ。

 至福を肥やした資産家やなんの罪もない人間を殺しまくった極悪人などその数は限りない。

 

 

 『全く、あなたたち犯罪者は転生しても尚罪を犯すというのだから理解に苦しみます』

 

 「君も同類じゃないか」

 

 『必要悪、というやつですよ。それに、人殺しを快楽と思ってるあなた方狂人と一緒にされたくはありません。不愉快です』

 

 「自分は善人だとでも言う気かい?」

 

 『私が善人?クフフッ、そんなまさか』

 

 

 人を殺めてしまえば皆犯罪者。

 善なんてものはない。罪を犯せば等しく悪なのだ。

 

 

 『悪人は悪人らしく、惨めな死に様を見せようじゃないですか。あの女神に』

 

 「同感だ。ただ………」

 

 

 人肉喰がナイフを身構える。

 

 

 「死ぬのはおまえだけだ!!!」

 

 

 勢いよくナイフを突き出す人肉喰を半身になってかわし、次々と振るわれるナイフも身体を屈ませたり後方に下がったりなどして回避していく。

 

 

 『そうやって挑発に乗り、感情的になるところは変わってない。そして感情が昂ると動きが単調になり……』

 

 

 大きくナイフを振るった際に生じた隙。

 私はその懐に入り込み渾身の右ストレートを放つ。

 

 

 『反撃に遭う』

 

 

 鳩尾に完璧に入った攻撃。

 かつて同じような攻防を繰り返し最後はこのようにして拳を急所に当て、戦闘不能に陥れた。

 普通の人間なら血反吐を吐き、立っていることもままならない状態になる。

 この男がそうだったように。

 

 しかし人肉喰は表情一つ変えず、逆に私の両肩をがっしりと掴んだ。

 

 

 「かつての僕とは違うんだよ」

 

 『ッ!!』

 

 「腹部に仕込んだセラミック板は全ての物理攻撃を無にする」

 

 『くっ……』

 

 「思えば、男の肉を喰らうのは父以来か。不味かったとしても君なら構わない。これでようやく、復讐は果たされるのだから」

 

 

 勝ち誇ったような顔をする男は大きく口を開け、喉笛に噛みつく。

 まるで獣が狩を行うかのように放った一撃は致命傷に──────

 

 

 「………ッ!?」

 

 

 しかし、異変を感じた人肉喰はパッと私の身体を離し距離をとった。

 肉を噛みちぎったと思われた口の中は()()()で溢れ、男はその全てを吐き出す。

 

 

 「カハッ!き、貴様………!!」

 

 『少し、油断しました』

 

 

 本来なら喋ることすらままならない大怪我なのだが、私はそれに反し饒舌に言葉を続ける。

 

 

 『驚きましたか?血肉と確信して齧り付いたものがまさか鉄だったとは思いもしなかったでしょう』

 

 

 見た目は人間。

 だが、噛みついた感触がそれとは全く異なる。

 今この男が目にしているのは私そっくりに作り上げた人造人間(アンドロイド)

 

 つまり偽物だ。

 

 

 『本物と見分けがつかなかったでしょう?骨格から肌の質、体臭や血液なんかも本物と99.9%似せましたからね。騙されても仕方ありません』

 

 

 現に私の首元からは血液に似た赤い液体が大量に流れている。

 匂いも完全に血そのもの。

 鉄のような独特の匂いを放つ。

 

 

 「まさか、始めからずっと……!?」

 

 『ええ。あなたのことがニュースに報道されてからは()()に学校生活の全てを任せました。どのような襲撃にも備えてね』

 

 「じ、じゃあ、本物は一体……!?」

 

 『自宅の部屋にいますよ。あなたの驚いた表情もバッチリこちらに映ってます』

 

 

 驚愕する男を小馬鹿にするように挑発する。

 片手にはこのロボットを操縦するリモコン。

 頭部にはゲーミングヘッドホンを装着し、モニターでロボットの視界を共有しテーブルの上には某人気チョコ菓子が置かれている状態だ。

 

 今の時代、ドローンが戦争の道具として使わていると聞く。

 自身は安全な場所で、まるでゲームをするかのように人を殺す。

 かつての自分では考えられないほど、技術が進歩している。

 

 一言で殺人と括っても、そのやり方は多種多様。

 

 使えるものは何でも使う。

 それが私の殺し屋としてのスタンスだ。

 

 

 「………ッ!?」

 

 

 人肉喰いは喉元を抑え膝から崩れ落ちた。

 

 

 『おや、苦しそうですね』

 

 「な、何……を……!?」

 

 『あなたが摂取した擬似血には毒が盛られていた。ただそれだけのことです』

 

 

 口にするだけでは死ぬことがない微量の毒。

 擬似血を生成するにあたって出来上がった副産物ではあったが、この男に対しては効果覿面。

 体の自由を奪い戦闘不能させるに至った。

 

 

 「……何から何まで、ゴホッ!……用意周到、だな……」

 

 『殺し屋としての基本ですから』

 

 

 彼も過去の反省を生かして策を講じたみたいだが全然甘い。

 体内から侵食すれば防御など意味をなさないのだ。

 

 

 「……僕を殺すのか?」

 

 『当然です』

 

 

 罪人に慈悲はしない。

 それを分かっているのか、男は諦めたように全身の力を抜いた。

 

 

 『これまで殺してきた人間の恨みを、存分に味わうといい』

 

 

 私は格納していた注射器を取り出し、男の頸動脈に刺す。

 僅かな痛みに男は顔を顰めた。

 

 

 『これからあなたは気絶することも無く、死ぬまで地獄の苦しみが続きます。さて、何時間耐えることができるでしょうか』

 

 

 一切の表情を出すことなく淡々と話す私は玄関へ向かい、自宅から飛ばしたドローンを招き入れた。

 ドローンは大きな箱を抱えており、それを開封すると2台の犬型ロボットを取り出した。

 電源ボタンを押すと目に光が灯り雄叫びを上げると、横たわる男に顔を向ける。

 

 

 「……それで殺すのか」

 

 『ええ。まだ試作段階ではありますが、一度狙いを定めた標的は必ず逃さず、生えそろった2本の牙は鉄をも噛み砕く」

 

 「はは、たまらないな……」

 

 『詰みです。あなたは対峙する相手を間違えた』

 

 

 ゆっくりと近づいた2匹の獣は人肉喰いの側まで辿り着き私の合図を待つ。

 一声かければすぐにでも攻撃を始めるだろう。

 

 

 「だから、なのかな……僕の頭の中は、病気になっていたのかもしれない」

 

 『さようなら』

 

 

 指をパチンッ、と鳴らし獣たちは男の身体に噛み付いた。

 肉を喰らい、骨を噛み砕く音がヘッドホン越しに私の鼓膜に伝う。

 死にゆく男の表情は苦痛に歪むことも無く、自らに科せられた罰を受け続けた。

 

 

 

……………

 

 

………

 

 

 

 人肉喰いの死を確認した後、私は悲惨な現場となった廃ビルの一室へと赴いた。

 扉を開けると、立ちこもっていた血の匂いが一気に放たれる。

 私にとってなんてことない。

 そのまま奥へと進み、喰い散らかされた男の死体、そして壊れて横たわる優馬の分身(アンドロイド)と血まみれのロボット二機が私を見る。

 

 その鋭い眼光はやってきた獲物に狙いを定める目。

 試作品と言ったのは、まだ任意で敵を仕分けることができず、目にしたもの全てに襲いかかるようになっているからだ。

 

 未完成な獣たちは私に襲いかかってくるが、超高圧のスタンガンを当てショートさせるとその場に伏せた。

 

 

 「キミたちも愚かですね」

 

 

 そう吐き捨て、私の分身共々機体をバラバラにして箱に詰めドローンに積み込んだ。

 蘭を連れ帰る途中、残った男の死肉を手にし口に含む。

 

 

 「────不味い」

 

 

 形容のしょうもない私には理解できぬ味だ。

 飲み込むことも無く、すぐさまそれを吐き捨てベットの上で眠る蘭の元へ歩み寄った。

 

 

 

 「……うーん」

 

 「おや、お目覚めですか?」

 

 「あたし、寝ちゃってた?」

 

 「ええ。ぐっすりでしたよ」

 

 

 帰路の道中、蘭が目を覚ました。

 どこか眠そうに目を擦り完全に覚醒はしていないようだ。

 

 

 「………ッ!!」

 

 

 そして自分の今の格好を見ると大きく目を見開きジタバタと暴れ出した。

 

 

 「は、はなしてよ!!」

 

 「お断りします」

 

 

 顔を真っ赤にする蘭の言葉を無視し歩みを進める。

 何を隠そう彼女は今、俗に言うお姫様抱っこの体勢で私に抱えられているのだから。

 周りに人の目がないとはいえ恥ずかしがり屋の蘭からすれば今の自分は恥でしかないだろう。

 

 

 「ちょっ、ほんと、やめてって……!!」

 

 「おっとと。暴れると危ないですよ」

 

 「じゃあ下ろしてよ!」

 

 「まだ意識がはっきりしないはずです。今の状態だと立つこともままならないと思いますが?」

 

 

 私のその一言でついに蘭は大人しくなった。

 

 

 「……あのさ」

 

 「ん?」

 

 「あたしたちが帰ったのって15時半とかだったよね」

 

 「ええ」

 

 「今18時とかじゃん」

 

 「そうですね」

 

 「あたしずっと寝てたの?全然記憶ないんだけど」

 

 「ふふっ。可愛らしい寝顔でしたよ」

 

 「そんなこと聞いてない!!」

 

 

 耳まで真っ赤にした蘭は再び暴れ出す。

 普段はそっけないことが多く、Afterglowの中でも特に刺々しい印象がある彼女だが、他のメンバーと負けず劣らずの美人だ。

 もう少しつぐみのように愛想良くしていれば人も寄ってくるだろうに。

 

 こればかりは致し方がない、か。

 

 結局その後、蘭は駄々をこね私の腕から降りたのだが、フラフラとした足取りで転びそうになったから私が再び抱え送ることとなった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

  ────人肉喰いの事件後。

 廃ビルの一室で全身バラバラになった遺体が発見された。

 遺体は獣に喰い散らかれたような状態で放置されており、残っていた指と部屋の片隅に落ちていたナイフの指紋を採取し、結果は一致。

 凶器と思われるこのナイフは被害者のものだと断定したと同時に、先日起きた臓器欠損殺人事件の重要参考人として捜査を続ける方針だ。

 

 この数ヶ月で度々起こる猟奇的殺人。

 

 それもここ東京で全て起こっているのだから何かの偶然では到底片付けることはできない。

 

 

 原因は一体何なのだろうか……。

 




自分そっくりなロボットがいたらどれだけ助かるか……想像しただけで楽しくなってきますね。


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