羽沢家長男の隠し事   作:山本イツキ

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久々の投稿になり本当に申し訳ございません………


今回はなかなか自分でも酷いことしたなぁと思いながら執筆したストーリーとなります。
どうかご注意を。


迷惑客はお断り

 珈琲店で働いてみて気づいたことがあるのだが、利用客の男女の割合は意外と半々だったりする。

 他のチェーン店では女性の利用客が多いと耳にするが、羽沢珈琲店においてはその範疇に収まらない。理由はいくつかあるのだが、特に軽食に力を入れている点が大きい。

 サンドイッチやパンケーキといったものはもちろん、パスタやピザ、オムライスなども提供している。どのメニューもボリュームがあり、味も文句のつけどころのない出来栄えだ。

 

 

 「いらっしゃいませー!」

 

 

 二人組のスーツを着た男たちが来店し、姉の元気溌剌とした声が響く。

 席についた男たちはメニュー表を見るとすぐさま決断し私を呼ぶ。

 

 

 「ご注文承ります」

 

 「この『日替わりランチ』を一つ」

 

 「じゃあ僕もそれを」

 

 「かしこまりました!」

 

 

 それに、こうしてランチをしにサラリーマンたちが訪れることが前述の言葉の何よりの証拠だろう。

 オーダーを厨房にいる父に伝えテーブルの清掃をしている時、心配そうな顔をしてつぐみがこちらに近づいてきた。

 

 

 「今日は休んでって言ったのに………」

 

 「こんなにお客様が入ってるのに家でのんびりしていられないでしょ?」

 

 「でも………」

 

 

 つぐみがそう言うにも訳がある。

 先日、羽丘高校への内部進学をかけた試験が行われ、試験勉強で疲れているだろうからと両親からも休むよう言われたのだが、私はそれを断った。

 理由はこの通り、忙しいから。

 休日のランチタイムは特に人の出入りが多く3人で店をまわすことなど不可能に近い。

 

 

 「すみませーん!」

 

 「ほらっ、すぐ対応してきて」

 

 「もう………今日は仕方ないけど、明日は絶対休んでもらうからね!」

 

 

 不満げに頬を膨らませていた姉はすぐさま営業スマイルに戻り、お客様の元へと向かう。

 あまり過保護にされるのは好まないが、とても大事にされていると分かるから悪い気はしない。だからこうして尽くしたいと思えるのだ。

 

 しばらくは休む間もなく働き続け客がはけ出した頃、カランカラン、とベルの音が鳴り新たなお客様が来店された。

 

 

 「いらっしゃいませ!」

 

 「ふんっ、相変わらず騒がしい」

 

 

 白髪頭のぶっきらぼうな初老の男の登場に、店の雰囲気が暗く静まりかえる。事の発端である人物は何食わぬ顔でボソボソと文句を垂れながら、カウンター席ではなくテーブル席に腰を下ろす。

 この男、実は大手不動産会社のお偉いさんらしく、この商店街を乗っ取りショッピングモールを建設しようと模索しているらしい。

 たまにではあるが、こうして店にやって来ては嫌がらせ行為をする迷惑客だ。

 

 

 「それで、本日のご用件は」

 

 

 すぐさま男の元へ行き無の表情で問いかける。どうやら私の対応が気に食わないようで不機嫌そうに顔を向けた。

 

 

 「なんだ、お客様に対してその態度は」

 

 「お客様として接して欲しいのであればキチンとマナーを守って頂きたいですね」

 

 

 青筋を浮かべた男は勢いよく立ち上がると私の胸ぐらを掴み上げた。初老の男とは思えないほどの腕力。

 その瞬間、店の中では悲鳴のような声が聞こえた。

 

 

 「子供(ガキ)が、偉そうに………!」

 

 「用がなければお帰りください。これ以上、あなたのために割く人員も時間もありません」

 

 「言葉遣いのなっていない小僧め。これだから最近の若い奴は……」

 

 

 動じることなく淡々と会話を続けると、老人らしい言葉をこぼしパッと手を離す。

 私は乱れた襟を正すと、男はゆっくりと席についた。

 

 

 「第一、カフェの店員のくせにその白衣(ふく)は一体なんだ?カッコつけてるつもりか?」

 

 「いえ。決してそのようなことは………」

 

 「不衛生だから今すぐ脱げ。みっともない」

 

 「…………」

 

 

 これまでお客様から指摘されたことはなかったが、一理ある。男に従い白衣を脱ぐと腕にそれを掛けた。

 

 

 「お前、高校生か?」

 

 「今はまだ。4月にはそうなる予定です」

 

 「ということはまだ中学生………高校に上がるまで働いてはいけないという法律を学校で教わらなかったのか?」

 

 「賃金はもらっていないので労働に値しないと考えています。それに、親の仕事を手伝うのは子供として当然のことだと思いますが?」

 

 「屁理屈を。ハッキリ言ったらどうだ?()()()()()()()()()()()()()とね」

 

 「なっ!?」

 

 

 予想だにしなかった言葉に驚愕してる間にも、男はそのまま口を開く。

 

 

 「この店は幼い子供を手伝わせなければならないほど経営がうまくいっていないんだろう?だったら今すぐに自営業なんて辞めて一般企業にでも勤めたらどうだ!?」

 

 

 店中に響き渡る男の演説。

 一見、正義を振り翳すジャンヌ・ダルクのような立ち振る舞いだが、この男にそのような英雄的思考は持ち合わせていない。

 自己中心的思考。それがこの男の本質なのだ。

 

 

 「あ、あの!!」

 

 

 他のお客様の接客をしていたはずのつぐみが私と男の間に割って入る。

 

 

 「お客様、すこし………言葉がすぎる………と、思います………」

 

 

 消え入るような微かな声。

 誰に対しても物腰柔らかな姉とは思えない行動だ。プルプルと小動物のように体を震わし怯えている様子が見て取れる。

 

 

 「なんだ?この俺に口答えか?」

 

 

 男はその場に立ち上がり、つぐみを見下ろす形で威嚇する。

 

 

 「こ、この子は………家族思いの、優しい弟なんです………それを、な、何も知らないあなたが、口出しするのは………間違ってます………!」

 

 

 勇気を振り絞るように、拳をグッと握り男に立ち向かうつぐみ。私の姉として、尊敬する両親の子供として、横暴な言動を繰り返す迷惑客に反論し続けているのだ。

 

 

 「言いたいことはそれだけか?」

 

 「え─────」

 

 

 姉の勇気も虚しく、パンっ!と乾いた音が店中に響き渡った。それと同時に悲鳴のような声が上がり騒然となる。

 

 

 「お姉ちゃん!!」

 

 

 頬を思い切り叩かれその場に崩れ落ちた姉の元へ駆け寄ると、冷酷な男は冷たい目で見下ろしながら言葉を発した。

 

 

 「権力者に歯向かうなど、昔であればこれだけでは済まなかった。今のこの温厚な時代に感謝することだな」

 

 (…………!!!)

 

 

 その言葉を聞き、ついに堪忍袋の緒が切れた私は立ち上がり、男を亡き者にしようと拳を振りかぶったが、倒れながらも姉がその手を力強く掴んだ。

 

 

 「わ………私は、大丈夫、だから………!」

 

 

 目に涙を浮かべる姉はそれを誤魔化そうと笑って告げる。弱々しくも慈愛に満ちた姉の言葉に触発され、男から背を向けると姉を横抱き騒ぎを聞きつけてきた母に預け、再び男の元へ歩み寄る。

 

 

 「なんだ?」

 

 

 まるで反省の色が見えない男は高圧的な態度で問いかける。

 私は込み上がる怒りを拳を握ることにより収めながら男の対応をする。

 

 

 「……この際、姉に暴力を振るったことについては問いません。ボクが原因ですから」

 

 「それで?」

 

 「ここは珈琲店です。せっかくですから何か召し上がられてはいかがですか?」

 

 「………そうだな。その通りだ」

 

 

 男は納得した様子で椅子に腰を下ろした。

 

 

 「メニューはなんでもいい。金なら出す」

 

 「苦手なものはございますか?」

 

 「ない。強いて言うなら、俺は落花生のアレルギーだ。殺人犯になりたいのであればそれをふんだんに使かったものを出してきて構わないが」

 

 「わかりました。少々お待ちください」

 

 

 頭を下げる事なくスタスタと厨房へ向かう。

 前世の私だったら喜んで落花生を混ぜたメニューを提供するところだったが、今は血の繋がった心優しい大切な家族がいる。

 私一人ならともかく、家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。

 

 

 「お父さん。『おまかせ』を一つ」

 

 

 私の言葉に驚きつつもこくりと頷き、父はそのメニューの支度を始める。

 

 

 

………………

 

 

………

 

 

 

 ピークも無事に過ぎ、時間に余裕のできた私はすぐさま自室へと戻ったつぐみの元へ向かった。

 

 

 「お姉ちゃん!!」

 

 

 無作法ながらノックもせず扉を開けると、ベットに横たわる姉の姿が目に映った。

 

 

 「ゆうちゃん!」

 

 「顔は、大丈夫?」

 

 「うん。ちゃんと冷やしたからもう痛くないよ。それより、お店は大丈夫なの?」

 

 

 『全く、この姉は……』と、自分のことよりまず店のことを気遣う姉に呆れると共に尊敬の念を抱く。

 

 

 「大丈夫。問題なし」

 

 「そっか!よかったあ」

 

 「それはこっちのセリフだよ。本当に心配したんだから………」

 

 「えへへ、ごめんね」

 

 

 慈愛の女神を彷彿とする心優しいつぐみではあるが、身体はか弱い女の子。私とは違い痛みも感じるしケガだってする。

 この愚かな弟を庇ってくれるのは本当にありがたいが、無理だけはしないで欲しいと心底思う。まあどれだけ口にしたところで無駄ではあるが。

 

 

 「それで………あのお客様はあれからどうしたの………?」

 

 

 恐る恐ると言った感じで問いかけるつぐみ。私も真剣な顔つきでその問いに答える。

 

 

 「端的に言うと、その後は何も問題が起きることなく帰って行ったよ。お父さんと試作してたスイーツもお気に召さなかったみたい」

 

 「確か、"マリトッツォ" だっけ?」

 

 「そうそれ」

 

 

 マリトッツォは、パンに多量のクリームを挟んだイタリア発祥の菓子だ。ここの近くにある山吹ベーカリーさんにパンの焼き方を伝授してもらい、今回は生クリームを入れてみた。

 イタリアではこれを『マリトッツォ・コン・ラ・パンナ』と呼ぶらしいが、呼びづらさと親しみやすさを込めて今回はマリトッツォと名付けることになった。

 

 

 「どうして試作メニューを出したの?」

 

 「何を出したところで悪態をつけられるのは目に見えていたからね。自信のあるうちのメニューにケチをつけられるのは気に入らなかったんだ」

 

 「うふふ。ゆうちゃんらしいね」

 

 「あのおじさんが気に入らないだけ」

 

 

 今日騒ぎを起こしたからといって明日また来ないとは限らない。あの男のことだ。私の想像を超える嫌がらせをしてくるに違いないだろう。

 

 

 「とりあえず、今日はゆっくり休んでね」

 

 「うん。ありがとう」

 

 

 弟スマイルを振りまき部屋を後にすると、そのまま隣の自室へと戻り今後の対策を練る。

 第一の方法として迷惑客を出禁にするのが最も手っ取り早い。しかし、そんな強引な手段を温厚な家族は認めない。

 

 次は標的をこの商店街からすり替えることだが、今日の一件であの男が簡単に引き下がるとは考えにくい。それに、この商店街の代わりに他の商店街が犠牲になるだけでここがまたいつ危機に瀕するか時間の問題だろう。 

 

 最後に暗殺。あの男をこの世から消してしまえば全ての問題が解決するが、これも悪手だ。すぐ実行に移せばまず疑われるのは私。バレることはないが警察の出入りが知れ渡ればこの店の評判が落ちる危険性が高い。私個人ならまだしも店や家族を巻き込むわけにはいかない。

 

 

 (さて、どうしたものか………)

 

 

 大切な家族は時に私の行動の足枷となることがある。それを踏まえての "幸せ" を今、どうしても手放したくない。

 

 目標は一つ。

 家族の未来と店の名誉を守ることだ。

 

 

 

 次の日の朝。

 珍しく夢を見るほど熟睡した私はいつもより少し遅い時間に起床する。普段は店の前の掃除をしたり両親の仕込みの手伝いをするのが休日の日課だ。

 寝巻きから店の制服に着替え、家の階段を降り店の前に出る。

 

 

 「やはり、いや、それ以上か………!」

 

 

 私の目に映る朝の商店街の光景。

 大量の生ごみが散乱し、それに誘き寄せられるカラスや蟲の大群が後をたたず、店の看板はペンキで汚され文字が何一つ見えない。

 店先に植えてあった植物は薙ぎ倒され、隣の店に寄りかかる形で道を塞いでしまっていた。

 

 

 犯人は────言わずともわかる。

 自らの野望と復讐のためだけに、この店を、この活気あふれる商店街に手をかけた。

 

 『羽沢珈琲店に訪れる人が全員良い人とは限らない』家族から散々聞かされ理解してはいたが、こうも酷い有様ではあまりに理不尽ではないか。

 湯屋の魔女が口にしていた『お客様とて許せぬ』とはまさにこの事。奴は私の大切にしているものを傷つけた。

 必死に堪えていた殺意がとうとう限界に達する。奴は、もう生かす価値も無ければ意味もない。

 

 この美しい街に手を出したこと。

 そして、殺し屋の本気の殺意を目の当たりにし、もがき苦しみ、この世に生まれたことを後悔させながら命を断つ。

 

 

 この報いは、倍以上で返してやりましょう…………!!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 あの迷惑客が住む家は商店街から何駅も離れた場所にある、広大な一等地にある。

 妻子持ちで犬が1匹。執事やメイド、専属のシェフや医者なんかもいる大豪邸だ。

 何不自由ない暮らしができているだろうに、どうしてあれだけの悪意をバラまけるのか私には理解できない。この世で最も偉大な力は "金" そして "権力" 。その両方を手にしてもなお、己が欲求のために他人を傷つけるなんて許せない。正義のヒーローを気取るつもりはないが、私の大切な場所を奪おうとするのであれば喜んで力を振るおう。

 

 世界中にその存在を轟かせた殺し屋の名にかけて。

 

 

 「すみませんね。少し眠っていてください」

 

 

 この家の従者の一人を出勤途中に拉致し薬で眠らせ、その男になり変わる。声も体も仕草でさえも完璧に模写し疑われることすらない。もはや私は彼本人と言えるだろう。

 何食わぬ顔で豪邸へと入りその男のタスクをこなしていく。

 時刻は21時を過ぎ夕食の時間。

 この家族はまとまって食事をすることは決してなく全員がバラバラだ。あの男の帰りがいつも遅いことが原因の一つでもあるが、こちらとしても好都合。

 食堂で待つ男の元へ料理を運ぶ。

 

 

 「お待たせしました。旦那様」

 

 「うむ」

 

 

 私が変装している人物を余程信頼しているのか、小さな笑みを浮かべ出迎える。

 店の中とは態度が大違いだ。

 

 

 「頼んであったもの、用意できてるな?」

 

 「もちろんでございます」

 

 

 キッチンワゴンに作った料理と共に持ってきたもの、ワイングラスをテーブルに置き左手にナプキンを持ちその上にワインを乗せラベルを見せる。

 

 

 「89年 ボルドー地方 ポムロール地区産 "ペトリュス" でございます」

 

 「そうそれだ早く入れてくれ」

 

 「かしこまりました」

 

 

 手早く栓を抜き、ナプキンでボトル口を軽く拭き取りグラスに少量注ぎテイスティングさせる。男は満足した様子で頷き、グラスの三分の一程度再度注ぎ料理の提供の準備へと入る。

 

 

 「キミもどうだね?ぜひこの感動を味わってほしいんだが」

 

 「お言葉ですが、私には勿体無い代物でございます。それにまだ支度が残ってますので」

 

 「ふん。相変わらず堅い男だ」

 

 

 変装した人物の性格を加味しての人選だ。抜かりはない。

 

 

 「本日は7種の野菜とチーズのテリーヌ、エビとカニのビスク、そしてメインに牛肉のコンフィになります」

 

 「ありがとう」

 

 

 前世は本場のシェフに引けを取らないほどの腕を持っていた。フランス、イタリア、スペイン、中国、全てにおいて完璧といえる。

 一通りの料理を嗜むと男は幸せそうな表情を浮かべ私を呼ぶ。

 

 

 「何か、デザートはないかね?」

 

 「もちろんございます。少々お待ちください」

 

 

 常温で軽く溶かしておいたカヌレを取り出し提供する。

 

 

 「なるほど。このワインあっての選別か?」

 

 

 納得したような男に笑みを浮かべ応えると、男はそれを一つ手に取り頬張る。

 

 

 「………うん。悪くない」

 

 「ありがとうございます」

 

 

 カヌレはうちの店でも提供している品の一つだ。今回は羽沢珈琲店とは違い本格的なレシピを用いて作った品だが、一つだけ、絶対に使わない食材をふんだんに加えてある。

 その効力が現れたのはすぐのことだった。

 

 

 「……………!?」

 

 (計画通り─────」

 

 

 男はその場に倒れ込み、息苦しそうに首を抑える。もがき苦しみ無様に床にのたうち回るその様はまるで虫ケラのようだ。

 

 

 「き………きさ、ま………!!」

 

 「やはり怖いですね。食物アレルギーは」

 

 

 男が苦しんでいる要因。

 それは落花生によるアレルギー反応だ。

 目の充血や皮膚の発疹、吐き気や頭痛に襲われ呼吸をするのもやっとの状態だろう。それに加え信頼している人物の突然の裏切り。身体的にも精神的にも真綿で首を絞めるようにジワジワと苦しめてみせよう。

 床に這いつくばる男の顔を踏みつけ冷たい目で見下す。

 

 

 「あなたはやり過ぎた。権力に溺れ、か弱い一人の少女に暴言を吐き、あまつさえ手を上げた。これで天から罰が降らないと言うのであれば、この私が神の代行となりましょう」

 

 「はあ……はあ………き、さま………は………誰、だ………!?」

 

 「そうでした。今のあなたには別の人物が映っているんでした。いいでしょう。教えて差し上げます」

 

 

 覆面マスクに手をかけそれを捲ると私の本当の素顔が明らかになった。

 

 

 「羽沢珈琲店の倅。とでも名乗っておきましょうか」

 

 「………あ、あの時、の………!!」

 

 「思い出しましたか?」

 

 

 驚きと絶望が入り混じる醜い顔に、私自身嫌悪感をあらわにする。

 

 

 「復讐、弔い合戦。そんな言葉をよく耳にしますが、私の怒りはそれらでは言い表せられません。あなたはこの私の逆鱗に触れた。当然の報いです」

 

 「こ、こんな………ことを、して………ただで済むと…………ぐふっ!」

 

 

 お決まりの脅しのセリフを吐く前に再度強く男の顔面を蹴り付ける。

 

 

 「残念ですが私が警察に捕まることは決してない。変装したシェフが身代わりになることでしょう」

 

 

 今眠りについている変装したシェフに罪はない。だが、私の計画を遂行するには彼の犠牲は仕方のないことだ。殺人罪に問われ、彼は真っ当な人生を歩むはずがこの男と関わったことでそれが全て無に帰することとなった。

 残忍、凶悪。なんと比喩されようともかまわない。文句があるのであれば、直接私を殺せばいい。

 まあ、それができるのであれば見せてほしいものだが。

 

 しばらく経つと男は口を開かなくなり、ヒューヒューと呼吸するだけで精一杯の状態へと陥った。

 

 

 「そろそろアナフィラキシーショックが起きる頃ですか。随分と苦しそうな様子だ。そんなあなたにチャンスをあげましょう」

 

 

 私はポケットから注射器を取り出し男に見えるようにかざす。

 

 

 「アドレナリンが入った注射器です。これを打てばあなたは助かるわけですが、一つ条件があります。私の敬愛する姉に対し土下座をし、誠心誠意謝罪をすればこの薬を渡してあげましょう。可能ですか?」

 

 

 自分で言っておいてなんだが、どう考えても不可能だ。今から向かったとしてもその道中で朽ち果てるのが目に見えている。

 当然、私はこの男を助ける気なんてさらさらない。

 この男には、死を。それしかあり得ない。

 

 

 「………どうやら無理なようですね。では仕方ありません。これをあなたに差し上げましょう」

 

 

 アドレナリンが入った注射器とは別の注射器をポケットから出し、男の上腕部の外側に針を刺し中身を注入する。

 

 

 「…………!?!?」

 

 

 突如、ビクンっと体を跳ね上がらせた男はバタバタと釣り上げられた魚が船内で暴れ回るように体を動かし、数秒後にはぴくりとも動かなくなった。

 過度なアレルギー食物を摂取したことによるアナフィラキシーショック。

 注射器の中身は私が独自に作り上げたビタミン剤。それも落花生の成分をふんだんに使用したものだ。アレルギー持ちの男からすれば猛毒に等しい代物だ。

 

 暴れ回った男の顔を見に近寄る。

 

 

 「………よく、お似合いですよ」

 

 

 顔は青ざめ、この世の醜態を凝縮したような醜い姿にそう言葉を吐き捨てた。

 同情の余地などありはしない。

 きっとこの先、地獄で魂が浄化されることなくこれまでの悪行を悔い改めることになるだろう。

 

 

 後悔をしたってもう遅い。

 

 

 私の大切なものに手を出した時点でこの男の運命は決まっていたのだから。




いかがだったでしょうか?

殺し屋として、かなり残酷なやり方をしたと私自身考えていますが、やはり大切な人を傷つけられては致し方がないと思うようにしました。
同情なんてしねえよ!

アレルギー持ちの方にとって非常に胸糞悪いシナリオだったとは思いますが、全ての批判を受ける覚悟でございます。
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