茶の鬢が一房、指に絡む。
健やかな薄のように柔らかな細糸の束を、マスターはじっくり翫んでいた。眼の前では杉谷善住坊がこちらに背を向けて胡座をかき、図書館から借りた本を読んでいる。
項で根結いされ、山鳥の尾のように延びる長髪を手に取る。鼻に寄せると、香と草の香りが滑り込んだ。相手が生臭坊主といえども、マスターもまた日本の者。この匂いには郷愁を覚えざる得ない。右手で摘んだ髪を、一本ずつ放す。いくつかの紅葉が静かに秘色の谷へ落下するような色合に目を奪われる。
「マスター。夢中になっているところ悪いが、俺の髪はそんなに良いのか」
「うん。わたしも羨むくらい綺麗。ずっと触っていても飽きないよ」
彼女が無邪気に答えるから、善住坊も風与己の鬢に触れてみる。髪型は男のときとまるで違うが、質と色に大きな差はない。せいぜい伸びが早くなった程度と、何が楽しいのか分からない様子ではある。しかし声に拒否感は伺えない。それを良いことにマスターは髪を掬っては三つ編みにしたり、ロープ編みにしたり、果ては髪を絞っていた紐を解く。
はらりと拡がる長髪は、若く靭やかに伸びる杉の樹皮のような直線を連ねている。
「綺麗だといろんな髪型を試したくなるけど、杉谷さんは後ろで束ねるのが一番似合うね」
後ろの髪を纏め、上の方で縛ってみる。白い項が露になって胸が高鳴る。一方善住坊は鑑賞する視線が針のように刺さるのか、手で首を覆ってしまった。耳が仄かに赤くなっていた。頁を捲る手もまた止まっている。
「でも後ろにも短い髪が混ざっているからすぐに崩れちゃうな」
やはり今はいつもの根結いだと元に戻し、柘植櫛で髪を梳いていく。善住坊の手が再び頁を捲り始める。満足したマスターもまた、机の上の本に手を伸ばした。
それから十分な種火が集まり、三段階目の再臨が行われた。善住坊曰く野戦モードという、和風の迷彩服といった格好である。土の臭いを含んだ勇ましさと、空いた両脇と背中の艶やかさにマスターは嘆息した。しかし何より目を引いたのは髪型である。膝裏まであった長髪は腋までになり、後頭部で総髪となっている。前より活発そうな雰囲気だ。
「ん? 髪型? ちょっとした心境の変化だよ…似合ってないなら元に戻すが? 戻さなくていい……? なるほど……うん。なるほど……」
善住坊はにわかに視線を反らしたが、満更でもない様子である。それが不本意にも果心居士の手で女にされた故か定かではない。