私があの少年と会ったのは、草木が生い茂る森林のど真ん中。
その少年はエルフの耳を持ち、緑の奇妙な服を着て大きな木の根元で眠っていた。
「君、迷ったの?」
エルフとはいえ、年齢から見るにまだ年端もいかない事は明らかだ。
私は無表情のまま少年を見た。
何度か身体を揺すり呼びかけるとその少年は起き上がり、目をこすった後にこちらに瞳を向けてきた。
「好きで、ここにいるんだ」
「そう、お父さんやお母さんは?」
優しげな声で言う少年に、私は保護者の存在を確認する。
「貴方はどうして、ここにいるの?」
しかし、その問いに少年が答えることは無く、逆にこちらに問いを投げかけてくる。
「……さあ、ね」
何処か不思議な印象だった。
まるで何もかもを諦めたような瞳なのに、言葉の芯には心優しさが詰まっている。
―― ―― ――
「というわけで、この子を連れて行こうと思うんだ」
「待ってくださいフリーレン様」
私が手短にあらすじを話した後、この旅に同行させる事を告げた
瞬間、一秒の間もたたずに弟子であるフェルンが師匠であるこの私に口を出す。
「今の話の中に一切旅に同行させる意図が見つかりません」
「そうかな」
「わたしにはただ森の中でこの子と会った事しかわかりませんでした」
随分と師匠に向かって大口を叩く弟子に、私は心なしか顔から力が無くなる。
とうの少年は特に何かを感じる訳でもなく、呑気に背伸びをした。
「つまり、彼も同じく旅をしているようなんだ。それでせっかくなら一緒に行かないか、そう誘った。わかったかい?」
「今わかりました、さっきの回想ではそれらしいこといってませんでしたよね」
彼との話したことを短くしよう。
一時間ほど軽くおしゃべりをしたんだ。
雰囲気がなんとなく勇者ヒンメルに似ているような気がしたから、何故か喋りやすくて話が弾んだ。
そしてどうやら彼は何かを求めて旅をしているらしく、こんな小さい身体で各地を放浪しているのだとか。
「というわけ、今から彼は仲間だからね」
「フリーレン様が良いならかまいませんが……こんな少年を我々の旅に同行させるのはあまりに危険では?」
いつの間にか木の近くで寝始めた少年を横目で見るフェルン。
確かに彼女の意見はもっともだ、恐らく彼は初めて私がフェルンと会ったときの同じ歳。本来なら足手まといになるだろう。
そして、彼に見える武器はシンプルな剣と小さな木の盾。とても戦力になるとは思えない。
「確かに私達についてこさせるのは危険かも知れないが、このまま森の奥底でゴブリンと戯れて、為す術無く少年が野垂れ死なれたら寝覚めが少し悪いからね」
「少し悪いレベルのイメージではありませんね」
私はフェルンを説得すると、すぐに少年に目を向けてしゃがみ込んだ。
「というわけで、いいかな少年」
「うん、別に良いよ」
私のその問いに、こくりと頷く少年。
少年は立ち上がると、服にまとわりついていた土をぱっぱと手で払う。
「私はフリーレン。少年の名前は?」
「……リンク」
少年、リンクはそう言うと被っていた緑の帽子を被り直した。
「……自己紹介すらしてなかったんですね」
□ □ □
そして、三人は旅を再開した。
ともに歩み夜を明かし、そして崖を超え川を越える。
その期間の間はリンクと名乗る少年は平凡といった様子だった。普通にご飯を食べて普通に眠り、普通にこちらの話に合わせる。
しかし、それにむしろ違和感があり、とても年頃の少年とは思えなかった。
「フリーレン様、わたしは少しリンク様がこわいです」
三人で近くの村に向かっている途中、フェルンが私にこんなことを言ってきた。
「彼は確かにエルフ族で長寿なのかも知れません、しかし……」
「いくら何でも感情がなさすぎる?」
「感情というか、むしろ無関心、なにも感じていないように見えます」
確かに、彼女の言うことは尤もだ。
エルフは長寿とは言え、彼の年齢はせいぜい百歳以下。まだエルフとしては子供のような年齢だが、明らかにリンクの反応は年相応とは言いがたい。
むしろ何もかも『知っているから感動はない』と、とても子供のような新しい物を見る綺麗な瞳は感じない。
「とても年相応とは思えません、特殊な生まれの子なのでしょうか?」
「無関心なのは、最初に会った時のフェルンも似たような物だと思うけどね」
「え、わたしってあんなんでした」
「誤解を恐れずに言うなら」
「そう、ですか……」
とても失礼なショックを受けているフェルン。
先頭を歩いていたリンクが村の門を見つけた後、こちらを見つめる。
「あ、門が見えた――どうしたの?」
「なんでもないよ、ただフェルンが昔の自分を見つめ直しているだけ」
真顔で頭が真っ白になっているフェルンの代わりに私が答えてあげる。
不思議そうにリンクが「ふぅん」と呟いた――その時、
きゃぁああああああ――っ!
まるで我々がここに来た洗礼だとでも言わんばかりに、突如村の中から女性の甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「っ、悲鳴?」
「何だろう」
フェルンは少しだけ目を見開き、私は不思議そうに目を丸くする。
「とりあえず、行ってみよう」
リンクは悲鳴を聞いた瞬間、即座に足早になり、私達もリンクに続いた。
たどり着くと、そこにはぺたりと座り込んでいる女性の目の前に蒼い竜がいた。
その二本足の蒼い竜は鋭い爪とぎらりとした鱗が特徴的で、大きな翼が威圧するように広がっている。
――逃げろ!
――うわぁああああ!
――来るな! くるなぁぁあああ!
そして、村には逃げ惑う人々と竜に破壊されたであろう家の残骸が散らばっている。
「ひ……や……」
そして、竜の目の前で座り込んでいる女性は涙で目を揺らしている。
恐らく身体が震えて動かないのだろう、彼女の身体は完全に萎縮してしまっており、瞳は一切現実を直視できていないような目をしている。
「フリーレン様、どうなさ――」
その光景を確認したフェルンが動揺を押し殺して心を静かにし、焦らず冷静に指示を聞こうとした。
その時、
――気付かなかった。
誰も気がつけなかった……私でさえ。
リンクという少年はいつの間にか女性の目の前に立ち、ドラゴンに剣を向けていたのだ。
「安心して」
リンクは女性にそう言った後、ドラゴンめがけて飛び上がる。
ドラゴンは咆哮したのち、その鋭い爪を大きく振りかぶる。
「っ」
しかし、それを読んでいたかのように、リンクはブーメランを風と共に纏わせて投げ、竜の腕をほんの少しだけ弾く。
――ゴッッ!
そして、そのまま盾で防いで完全に勢いを殺した後弾く。
間髪入れず天空に打ち上り戻ってきたブーメランを盾を持つ手で回収し、再度風を纏わせて投擲。
そのブーメランは竜の顔に命中する。
「…………」
その一瞬。
竜がブーメランに気を取られている一瞬、いつの間にかリンクは剣を構えてドラゴンの背後に立っていた。
そして、彼が時計回りに剣を回して背中にある鞘に収めた瞬間。
バシュン――と竜は消滅した。
□ □ □
あの後、リンクは村の人々にもみくちゃにされていた。
人々から感謝され、その中には涙を流す者さえいた。
竜に襲われた村の大半は壊滅状態になる、本来なら誰も死んでいないなど奇跡か竜の気まぐれだ。
リンクが即座に竜に対処したおかげで、甚大な被害にならなかったのだ。それは正しく――偉業と言える物だ。
しかし、とうの少年はそんな偉業など理解していないかのように、彼らの感謝に対してコクリと頷くだけだ。
その夜、私は彼の借りている部屋を訪れていた。
ドアの前でコンコンッとノックすると、少ししてリンクが現れた。
「やあ、今日はお手柄だったね」
私が笑みを浮かべた労いに、リンクはコクリと頷いた。
「誰も怪我をして無くて良かった」
リンクはそう言うと、私を部屋に招いてくれる。
私が近くのイスに適当に座ると、彼はお茶を出してくれる。
「ありがとう、どうやら私の直感には狂いは無かったようだ」
私は出されたお茶の匂いを堪能した後、口に含む。
そして、リンクも私の目の前に座る。
「直感?」
「君には勇者のようなオーラがある、さっきので確信したよ」
「…………」
「勇者としての素質や才能、そういった話じゃ無い。既に勇者になったみたいなオーラ、既に魔王すらも倒したようなオーラだ」
彼には明らかに勇者ヒンメルと同じ勇気と精神力……そしてカリスマ性がある。
「勇者……か」
勇者、その単語を聞いたリンクは少しだけ顔を曇らせる。
「しかし、そんなオーラを感じるのに……君から感じるのは勇者の覇気では無く、絶望だ」
「絶、望」
「まるで虚無の空間を意味も無く彷徨っているような、そんな希望のない目だよ」
私には直感でわかる。彼は何か偉業を成し遂げた勇者と呼べる存在だ。だからこそ、彼はナニに彷徨っているのか、私は興味があった。
「君の戦闘を見ればわかる、君はなんらかの困難に立ち向かい勝利したはずだ、それこそ、魔王と呼べる存在を倒したくらいのね」
「…………」
「それなのに君の瞳は彷徨っている、何かを求めている。一体何を求めてるの?」
その言葉を聞くと、リンクはくすりと笑った。
「自分の、証を探してるんだ」
「戦った証?」
「魔王を倒すために時を超え、戦った歴史は今か昔か」
そして、リンクはポケットから綺麗なオカリナを取り出した。
「滅亡の三日を繰り返し、いたずらっ子の友達を作ったのは夢か幻か。本当に自分が成し遂げたのかすら、もうわからなくなっちゃった」
リンクはオカリナを見つめ、優しげな瞳で続ける。
「誰も知らない、誰も覚えていない。記憶に残らなければ記録にも残らない」
「…………」
「けど、求めちゃうんだ。自分が頑張った証とか、僕を見てくれる友達が」
リンクはそういうと、二人のカップを片付ける。
頑張った証、努力したその結果、それを望むのは当たり前だ。どれだけ努力しようとも認められなければ意味が無い。
「なら、私が第一観測者になろう」
「?」
そういうと、私はイスから立ち上がる。
「君という勇者の観測者だ。勇者というのは名乗る物では無く、第三者がそう呼称するものだろう?」
彼の偉業は今回しかと見届けた。
ならばソレを見ていた者としてそれを覚えておくのは流儀だろう。
「君は過去に囚われ、今の努力を正当に評価していないようだ。だから私は君の『今』の道筋を観測し、勇者であると証明しよう」