『ゾナウ族がその昔天から降臨された姿は、正に神のようだったとか』
「…………」
『その末裔であらせられる陛下が、今は今はハイラルの一族の娘を娶り……部族を超えて世を治めておられる処世たるや。お見事――』
僕……リンクは城に忍び込み、ゲルド民族がハイラルに忠誠を誓う場を目撃していた。
初代国王、ラウルの前に跪いている男はガノンドロフ。
「思っても無いことを」
忠誠を誓うフリをしている彼を見て、僕はぼやく。
――時はハイラル建国時代。
今この時代にて時空の分岐、詰まるところのパラレルワールドが作られようとしていた。
本来ガノンドロフという人物が現れるのはまだまだ先の話。
「未来の姫、ゼルダ……」
しかし、国王の隣にいるこの少女……未来から来たゼルダがこの建国時代に来たことによって、歴史が大きく変わった。
女神ハイリアと終焉の者の因果は終わりなき輪廻。
この時代に存在しないはずである女神ハイリアの転生体、ゼルダが出現すれば……どこにいようと、何処に逃げようとその世界に終焉の魔の手が生まれる。
これは紛れもない必然である。
「…………」
しかし、時代を超えて女神ハイリアと終焉の者がぶつかってしまった為、現在ズレが生じている。
存在しないはずの種族が存在し、時代に合わせて正当に進化するはずの種族が別々の変化を遂げている。
――このままではいけないのだ。
このまま歴史が進み、歴史の分岐点である――いわゆる時の勇者時代まで進んでしまったら、様々なところで矛盾が生じ、
――時の勇者が未来で勝ちハイラルが海に沈む歴史も。
――時の勇者が未来で負けて封印戦争が起こる歴史も。
――時の勇者の力を引き継いだ黄昏の勇者が戦った歴史も。
全ての分岐した歴史が消える可能性がある。
つまり、今からこのハイラル建国時代。
未来のゼルダ姫……女神ハイリアの転生者が来た事でズレてしまったこの世界を、時の勇者時代が存在するより先に分岐し、時の勇者以降の時系列から切り離す必要がある。
そしてこの世界……女神ハイリアが何かを選択し、分岐するその時には……時の勇者――必ず僕が存在する。
□ □ □
北側諸国、グラナト伯爵領。
私達は門番に『仕方なく』足止めをくらったり、町の祭りに参加したりとしながら旅を続けていた。
「――衛兵が多い」
その中でふと、危険を察知するかのようにリンクが言った。
「言われてみれば……」
私は辺りを見渡して呟く。
確かに衛兵が多い気がする、理由は大体想像はつくが。
「何かあったのでしょうか?」
「とりあえず、買い出し当番決めようぜ」
シュタルクがいつものようにそういった瞬間。
「…………」
私はある者を視認し杖を構える。
そして、私はその杖をこんな場所で優雅に歩いている標的に狙いをつける。
「フリーレン様、街中ですよ」
「魔族だ」
私を静止しようとするフェルンにそう言って、杖でそちらを指す。
そこには衛兵に囲まれているが、確かに角を生やしている魔族が三匹そこにいた。
シュゥゥウウウ――――。
私はためらうこと無く杖の先に魔力を集中する。
「フリー……」
「貴様!! 何をやっている!!」
リンクが小さな声で何かを言いかける前に、私の動きに気付いた衛兵が私に組み付き地面に伏せさせる。
「グラナト伯爵、貴方の差し金ですか?」
「リュグナー殿、確かにわしは
「……和睦の使者?」
フェルンが不思議そうに見ているその男は――恐らくこの街の長なのだろう。
リュグナーって名乗ってたし、しかし魔族と和睦とは……私から見ると呆れてしまう。
「大方、事情も知らぬ冒険者と言った所だろう」
「そういう事にしておきましょう」
そういうと、魔族の長らしき長い髪の人物が跪き、私と視線を合わせてきた。
「冷静で殺意のこもった、冷たい目だ」
「…………」
「私達を憎んでいるこの街の住人でさえ、私を見るときは怯えながらも人を見る目をしている。だが君のその目は、まるで猛獣でも見ているような目だ」
「――実際にそうでしょ? お前達魔族は人の声まねをするだけの、言葉の通じない猛獣だ」
男はその言葉に何も言わず。
私は衛兵達に地下牢に入れられた。
□ □ □
「暇だなー」
木のベッドとも呼べない寝床がある牢に入れられて数時間、緊張感も無く私がそうポケーっとしていると、リンク達が面会に来た。
「フリーレン様」
「二、三年は反省しろってさ」
「思ったより短いね。後で魔導書の差し入れ持ってきて」
「――時間を潰すの本当に好きだね」
そうリンクに小言を言われて、フリーレンは苦笑する。
「で、魔族が和睦の使者ってどういう事なの?」
「買い出しついでに調べてきました。断頭台のアウラは知っていますよね」
私が和睦の詳細を訊くと、フェルンが細かく詳細を伝えてくれる。
――断頭台のアウラ。
魔王直下の大魔族七崩賢の一人だ。
「アウラは二十八年も前に力を取り戻しています。この街はその軍勢と長い間戦ってきたようですが。無用な殺し合いに疲弊したアウラ側が和睦の申し出をしてきたようです」
「それで使者を受け入れたのか。悪手だね。魔族との対話なんて無駄な行為だ」
フェルンから詳細を聞き終えると、私はそう断言する。
「無駄って事はねぇだろ。言葉があるんだ。話し合いで解決するならそれに超したことはねぇんじゃねぇか?」
「解決しないから無駄なんだよ」
シュタルクの言葉に、私は首を振った。
「魔族は人食いの化け物だ、そいつらが同じ言葉を使う理由を考えたことはある?」
「…………」
「奴らにとっての言葉は人類を欺く術だ。大魔法使いフランメは言葉を話す魔物を魔族と定義つけた。その祖先は人をおびき寄せる為に物陰から『たすけて』と言葉を発した魔物だよ」
「そっか」
その瞬間、リンクは冷たい目で……しかし笑いながら言葉を発した。 リンクのその冷たい目は、何処までも虚しく何処までも虚無で、心の底から見下している瞳だった。
「ねえ、フリーレン教えて。魔族との対話は無駄だと考え殺し、殺されるから殺し返す」
「…………」
「騙されて殺されるから悪、人を食い殺すから悪と。同じ事を人間も
やってるのに、人間が魔族を殺した事には目を向けず、『魔族は化け物だ』とは――」
一体、化け物はどっち?
少なくとも、僕にはどちらも同族に見えるよ。
□ □ □
「ふぅ」
私は三人を牢屋の中から見守った後、ぼーっと天井を眺めていた。
「同族に見える、か」
先程の彼の目を見ればわかる。
彼はどちらかというと『人類は悪』という思想を持っている。
勿論その理論を否定するつもりも無いし、否定できる材料も無い。
しかし、
「なに、あの目」
その瞳には明らかに人への憎悪が詰まりすぎていた。
彼はなにかを見てきたんだ。
私が魔族は化け物だと断言したことと同じように、彼の瞳には人間への殺意があるように感じた。
「どうやら君の友達は、随分と辛い人生を送ってきたみたいだね」
私は奇妙な仮面を見ながら、そう呟いた。
この仮面は封印はされているが邪悪だ、今にも世界を崩壊させ、創造することすら出来るであろう。
「でも大丈夫、君の友達はそれでも良い子だと私は思う」
しかし、その邪悪の底には……まるで反比例するかのように純粋な心が存在した。
□ □ □
ガノンドロフを魔王とし討伐したこの記憶。
僕は未だにあの戦い……いや、あの冒険が正しかったのかどうかわからない。
あの頃は無我夢中で、ゼルダ姫の為……知り合ったすべての人々の為に頑張るしか無かった。
しかし、元を辿ればガノンドロフの反乱はハイラル国が統一戦争と銘打って敵国……ガノンドロフのゲルド族も含めて弾圧して権利を迫害したのが原因だ。
「リンク様……リンク様……」
そもそも種族ハイリア人というのは、耳が長いから神の声が聞こえる。
そのような伝承があることから自分達を無意識に『神の声を聞こえる特別な存在』と誤認してしまっている。
「あの、リンク様……」
その結果――ガノンドロフという魔王が生まれ、ハイラルのために闇の悪行に手を染めてくれたシーカー族は切り捨て衰退した。
それらは到底許される事じゃ無い。
「りーんくーさまー」
自分は正しかったのか?
自分は本当に勇者だったのか?
もしも自分の存在が覚えられてて、実際は『ガノンドロフ』というハイラルの暴虐に立ち向かおうとした者を断罪した魔王なのではないか?
本当は――
「リンク様!」
フェルンに肩をつかまれ、僕ははっとする。
どうやら精神的に鬱状態になってしまっていたようだ。
「あ、うん。ごめんね」
「先程から様子がおかしいですよ? 熱でもあるんじゃ」
そう言って、フェルンは僕の額に自分の額を当てる。
流石にフェルンほど可愛らしい少女が至近距離に来たため、少し顔が赤くなる。
「すこし顔が赤いですし……」
「大丈夫だよ。少し考え事してただけだから」
そう言って、僕は優しい笑みを浮かべる。
先程はフリーレンに、まるで見下すように話してしまった。
「なぁ、リンクってお前の子供なのか?」
「シュタルク様、何を言っているのか理解に苦しみます」
「なんかなー、お前が良く母親に見える事があるよ」
「変な性癖ですね」
「性癖じゃねぇよ!」
最近可笑しい、自分の感情の変化に驚いている。
時の勇者にとって旅とは孤独な物、何を求めてるのか、何を願っているかもわからなく何も楽しくない。
そんな物のはずなのに、
――フリーレン達といると、何故か楽しいと感じられる。
そして――あれだけ人に見返りを求めないように、忘れられた勇者だとしても……皆が幸せならそれでいいと、皆が笑ってるなら自分は不幸で良いと、ずっとそう信じて生きていた自分が。
あろう事か、フリーレン相手に自分の負の感情を……勇者として押し殺しておくべきものを表に出してしまった。
(……これじゃだめだ)
コレでは駄目なんだ。
時の勇者として頑張った努力を認め……覚えていてほしいという欲望も、誰も自分を勇者として理解してくれず、誰か一人でも褒めてほしいと、勇者として頑張ったことを理解してほしいというこの願望も。
全部、押し込まなきゃ駄目だ。