「始めようか」
なんだ、この人間。
先程まで子供だったが……あの笛を吹いた途端、青年ほどの歳になった。
それに、
「その剣は、なんだ?」
目の前の青年になった彼が持っている剣。
それには何か神の加護のような物が宿っている、まるで勇者の剣を彷彿とさせる。
そして先程の無邪気な瞳とは違う鋭く強い信念を持った瞳。
ハッキリ言って別人だ。
「わるいね、それには答えられない。早めに片付けて戻らなきゃいけないから」
そう言って、彼は剣を構える。
突然の事に驚いたとはいえ所詮は人間、構えも全く変わっておらず魔力も並み程度。
所詮は大きくなっただけの虚勢だ。
「仕方が無い。リーニエ、やりなさい」
とはいえ、こちらもすぐに止血をし、あの者達をどうにかしなければ、アウラ様の作戦に支障をきたす。
私がリーニエに指示を出すと、リーニエは戦闘を開始した。
「――っ」
――粉砕撃。
リーニエはアックスを人間に向かって振り下ろすが、寸前の所で人間は避けてしまう。
その瞬間、床は大きくひび割れ、バキッと騒音を立てて破壊される。
「――っ」
それにより床は無くなり、二人は下の階へと落ちる。
その間、リーニエは空中で斧を少年へ向けて振りかぶっていた。
「終わったか」
この時点で、私はリーニエの勝ちを確信した。
彼女は天性の記憶力を持ち、魔力を読み取りそれをトレースすることが出来る。
――そして、彼女は最強の戦士であるアイゼンを模倣している。
それ故、彼女に勝てる人間はアイゼン以上の実力を持っていなければならない。
予想通り、すぐに戦闘の音も無くなった。
「お疲れ様、リーニエ。戻ってきなさい」
私は止血を終え、彼女に上がってくるように指示をする。
しかし、その声に帰ってくるのは静寂だけ、リーニエの声は聞こえない。
私は破壊された床から彼女を見つけようとした。
「リーニエ、何をしている。早く私の元に……――っ!」
彼女の姿は、のぞき込んだ瞬間に目撃した。
しかし、リーニエは立ち上がっておらず、二階の床の破片と床に倒れ伏している。
「模倣、完璧に近かった。あの子は良い才能だね」
「っ!」
その声は後ろから聞こえてきた。
しかし、誰か新しい声では無く……あの青年の声だ。
「でも、ちょっと詰めが甘いかな」
後ろを振り向くと、そこにはあの青年がいた。
――なぜ?
いつの間にこの人間は私の背後に、いやここまで再度上ってきた。
そしてどうやってあの一瞬で、最強の戦士を模倣しているリーニエを倒せた。
「彼女の模倣は完璧すぎる。
「癖……だと?」
ふざけるな。
彼女がトレースしているのは散々魔族を苦しめてきた最強の戦士だぞ?
行動の癖を理解して、簡単に対処できる模倣では……
「相手の癖を見つけ、弱点を攻撃する。これは僕が強敵に対処する唯一の方法」
「ちっ」
私は手についていた血液を投げつけ、鋭くとがらせ人間に向けて飛ばす。
しかし、人間は軽々と避ける。
何度も何度も血液を操り、人間に向けるが当たる気配が無い。
(速い……っ!)
どれだけ攻撃しても当たらずかすりもしない。
しかもほとんど身体は動かしておらず、盾と剣で簡単に弾いている。
(何故ここまで作業的に回避できる……っ! なんだこの者の戦闘技術は)
青年に姿を変えたとはいえ、明らかに戦闘の経験が違う。
まるで死んで骨になった後もずっと鍛錬を続けたのように戦い方を熟知している。
仕方が無い。
「ふ――っ」
私は空中を浮遊しながら、人差し指を上に向けて最大限の魔力を込め始める。
手数で当たらないのなら一撃で仕留めるしか無い、この建物ごと破壊してくれる。
私の人差し指の先には魔力の球体が螺旋を描き、巨大になり始める。
――その大きさは天井を破壊し、この建物を覆う程度の大きさになる。
「これなら回避できまい」
魔力による地響き、そして空気が重くなるのを感じながら私は言った。
所詮は剣術、間合いに入らなければ攻撃も出来なければ魔法への反撃手段も無く、こちらの攻撃は避けるしか無い。
つまり、回避不可能の魔法を一気にぶち込めば――殺せる。
「さようなら――人間」
人間を見下せるほど遥か上空まで上がった私は人差し指を振り下ろし、巨大な魔力弾を足下の人間、いや建物めがけて振り下ろした。
「やっと終わった」
その時、人間の持っていた盾が鏡のような物に変わっているように見えた。
「言い忘れてた、僕は道具を駆使するのも……得意なんだ」
そう認識できた瞬間が、私の最後の思考だった。
□ □ □
「……?」
妙だな、首切り役人達の魔力がいきなり消えた。
フェルン達が倒したのか? いや、いくら何でも速すぎる。
「どういうことかしら? フリーレン、あなたの仕業?」
「何が?」
「私の部下の気配が消えたわ。貴女が何かしたの?」
どうやら、目の前の魔族――アウラも詳細をわかっていないようだ。
私にそんなことを聞いてくる。
「さあね、私の弟子と仲間がやったんじゃ無いかな」
そう言って、私は適当に誤魔化す。
しかし、フェルン達の魔力は首切り役人とは別の場所にいた。
魔族の近くにいたのは、リンクの持つ不思議な魔力だけ。
「まぁ良いわ、所でフリーレン。何故こんな回りくどいことをするの」
屍になった不死の兵士を見ながら、アウラは言った。
「私の掛けた魔法が解除されてる、こんなことは初めてだわ」
目の前に大量にいる不死の軍勢は元人間だ。
見知った身体が何体かあったし、ヤツは永遠に服従させる天秤を持っているから。それでこれだけの数を集めたのだろう。
「これほど強力な解除魔法、魔力の消費も相当なはず。どうしてこんなに回りくどいことをするの? 前に戦ったときは派手に吹っ飛ばしていたじゃない」
アウラのその言葉に、私は目を細める。
やつの不死の軍勢は魔法の類いだから、解除すれば……動くことの無いただの死者へと戻る。
そして、それをすることに魔力消費量ほどのメリットは無い。
たしかに前までなら服従されたその者のことは一切考えず、身体ごと吹っ飛ばしていた。
しかし、
「後でヒンメルに怒られたんだよ」
そう、ヒンメルに怒られた。
だからもうしない、そんな事はやらないと決めた。
しかしアウラはその答えに納得していないようで、再度問いを投げかけてきた。
「なら、益々こんなことをする必要ないでしょう?」
「どうして?」
「ヒンメルはもういないじゃない」
その言葉で、なんとなく何かが切れた気がした。
自分でもよくわからない、ヒンメルがいないから言葉に縛られる必要性など無い、合理的に考えればその通りだろう。
「そうか、よかった」
「?」
「やっぱりお前達魔族は化け物だ。容赦なく殺せる」
しかし、その言葉は私には到底許せる言葉では無かった。
魔族らしく、言葉は人を騙す道具としか理解していない。ヒンメルの言葉の重みも心理も……何も理解できない。
そんな時、
「…………?」
私は軍勢の中に一体だけ、頭のある兵を見つけた。
いや、頭と言っても骸骨だ、骸骨が古びてひび割れた剣と盾、そして鎧を身に纏い、左の目のような球体が赤く光っているのが特徴的だ。
『…………』
「なにアンタ、こんな格好のやついたかしら?」
その骸骨はこちらに攻撃に来ることは無く、アウラの元に歩み出す。
そして、アウラがその骸骨に目を向けた次の瞬間、
――斬撃。
「――っ!」
突如、その骸骨は剣をアウラに向かって振り下ろした。
アウラは反射的に身体を反らし、その場にたたらを踏んだ。
「な、何を――」
『私はお前の流儀に合わせただけよ』
その言葉が響くと――不死の軍勢である兵士は次々に倒れ、魂が浄化されていく。
『お前達はこの街を欺き、攻め入ろうとした。私はそれを実演してみせたまでだ』
そしていつの間にか周りの景色は白い霧がかかったように見え辛くなり、謎の骸骨の後ろには大きな城が鎮座していた。
しかし、この魔力は――
「君は――」
『魔法使いフリーレン、貴様は黙ってみていれば良い。私は貴様に用はない』
私が言葉を紡ごうとすると、途中で骸骨の騎士に遮られる。
『私はこの兵士達の無念を晴らすために来たのだ』
「……無念? 笑わせるわね」
その言葉に、アウラはくすりとあざ笑う。
そして、持っていた天秤を突き出した。
「残念ね、その無念と……貴方は同じ存在になるのよ」
服従の天秤。
天秤に互いの魂を乗せ、より魔力の大きい方が相手を服従させる。
こんなリスクの高い魔法を扱えるのは、アウラの絶大な魔力があってこそだろう。
しかし、
「――っ! なに、この魔力量は……!!」
骸骨の魔力に意識を向けた途端、アウラの表情が変わる。
無理も無い、私は彼を視認してからわかっていたが、この骸骨の魔力にはそこが見えない。
まるで無限と思えるほどだ。
『私の魔力量が多いわけでは無い。良いバーを知っていて……良いミルクを知っているだけだ』
「ふざけた事を……!」
アウラはふざけた台詞に憤りを覚える。
そして、骸骨はアウラの手に持っていた天秤を盾で弾いた。
『魔力勝負という茶番が通用しないのは理解しただろう』
――私と戦え、引導を渡してやる。
アウラと骸骨の戦闘は、見るも無惨な物だった。
膨大な魔力を持っているとはいえアウラも魔法使いだ。
懐に入り込まれ兵士を失った今……近距離の兵士に遠距離の魔法使いが勝てる見込みなどあるはずが無い。
それが一対一だったら尚更だ。
「く……ぅ……」
そして、そんな状況では魔法使いは一秒も持たない。
アウラは得意の魔法をほとんど使えないまま負傷し、その場に跪く事になる。
「ふ、ふざけるな……私は五百年以上生きた大魔族だっ!」
『…………』
「そんな私が……負けるなどとっ!」
最後の負け惜しみか、それとも死ぬことを直視した現実逃避か。
どちらかはわからないが、アウラは口を震わせ、目には目前の化け物への恐怖と絶望が混ざり合った瞳。
魔族らしくも無く、涙まで流している。
『…………』
しかし、そんな事など知らんと言うように。
骸骨は剣を振り上げる、剣の動きに震えや動揺は一切見て取れず、殺すことをためらわない。
――私の殺意を否定できたこの子に、私の目の前でその殺意を肯定させるのは酷か。
私は、隅に落ちていた天秤を拾い、
「――殺すな」
『ッ!』
あの骸骨に指示をした。
骸骨の声に初めて動揺が混じる。
『なぜ……?』
「君は確かに無限と言えるほどの魔力の持ち主だ、しかしそれは『常識に当てはめた』状態の無限だ」
私はそう言って、今までコントロール……だまし抜いてきた魔力を出す。
これは魔族を欺くために師匠から教わった物だったが、こんなことに使うのは師匠も想定できなかっただろうね。
『常識、だと?』
「魔力に無限は存在しない。魔力はその者の力量に答えるように増量する、無限なんて存在しないんだ」
そう、無限というのは魔法には存在しない。
魔法とは人間には到底理解できない領域であり、完全に魔力を無限にすることなど不可能だ。
そして、彼がどれだけ魔法に関して熟知しているかは知らないが。
「私は、千年以上魔法と共に生きた魔法使いだ――」