凛ちゃんかわいいよ凛ちゃん。
人間には三大欲求というものがある。いや、それは人間に限った話ではなくて、生きている動物の本能として持っているものなのだろう。そう、人間として生きている以上、何もしていなくともお腹は減る。それが運動した後ともなると、その速度はさらに加速していく。
「ねぇねぇ、かよちん、真姫ちゃん。ラーメン食べに行かない?」
星空凛は本日も空腹だった。
放課後、μ'sのアイドルとしての練習を終えた後、凛は花陽と真姫を、その空腹を満たす旅へといざなっていた。それはもはや見慣れた光景へとなっていた。
「またぁ!? ここんとこ毎日じゃない」
元々彼女が大のラーメン好きだということは知っていたし、前々から今のような光景を目にする機会も度々あった。しかし、ここにきてその頻度が著しく高まっていた。それもほとんど毎日だ。真姫が驚くのも無理はない。
「えっと、今日はやめとこっかな。あんまり続けると太っちゃいそうだし。ゴメンね凛ちゃん」
「私もパス。いくらなんでも毎日じゃ飽きるわよ」
「ええ~。そんなぁ……」
凛はがっくりと肩を落とす。向こうを向いているので表情を窺い知ることは出来なかったが、彼女の周囲を漂う重苦しい雰囲気からその無念さが容易に想像できた。
「あっ、凛ちゃん……」
凛は俯いたまま振り返ると、トボトボと歩き出した。その足取りにはいつもの軽やかさは無く、そこからもまた彼女の失意の様が見て取れた。傍から見るとラーメンなんかでそんな大げさな、とも思わなくもないのだけれど、他人には分からない拘りが彼女にはあるのだろう。というか、そこまで食べたいのであれば一人で行けばいい話ではないのだろうか、とも思わなくはないが。
「……あっ!?」
目と目が合う。別にその瞬間に運命を感じたり、恋に落ちたりなんてことはなかった。ただ、この先に起こるであろう事の想像は容易に付いた。それから逃れるように視線を反らすと、今度は苦笑いを浮かべる花陽と目が合った。自分が悪いというわけでもないのに申し訳無さそうな顔をする花陽と、隣にいた真姫のご愁傷様、とでも言わんばかりの若干哀れみの混じった表情が、この語の展開から逃れられないということを暗示していた。
「ねぇねぇ、コウちゃん!」
名前を呼ばれて視線を戻す。すると、再び凛と目が合った。その瞳はキラキラと輝いて、何かを期待しているそんな表情だった。
「……何?」
「えっと、お、お腹空いてないかにゃ?」
「えっ!?」
彼女のことだ、てっきり直球で誘われるものだと思っていたのだが、実際は少し変化をつけてきた。まずそれに驚かされる。凛なりの駆け引きのつもりなのだろうか、探りを入れながら本題に入ろうとする、そんないつもと違った彼女が何だか妙に微笑ましかった。
「まぁ、運動した後だし、腹は減ってるかな」
「でしょでしょ! だったら何か食べていかない?」
「……いいけど、なんか食べたいもんでもあるのか?」
「えっとねぇ……ラーメンなんかどうかにゃ」
「ぷっ」
ついに堪え切れずに噴出してしまった。はなからそのつもりだったくせして、さも今思い浮かんだかのように言う凛が可笑しくて、そして可愛らしくて仕方がなかった。そんな腹を抱えて笑う俺を見て、凛はキョトンと不思議そうな表情を浮かべていた。
「ごめんごめん。いいよ。じゃあラーメン食いに行くか」
「ホント? やったー! ラーメンラーメン」
まさに歓喜といわんばかりに、凛ははしゃぎながら俺の周りをぐるぐると回りだす。ただ一緒にラーメンを食べに行くというだけなのにそこまで喜ばれると、不思議とこちらまで嬉しくなる。
そして、なんやかんやで断ったことを気に病んでいたのだろう、花陽と真姫もホッと胸を撫で下ろすような、そんな安堵の表情をしていた。
●
そんなことがあったのがつい先日のこと。人間、慣れっていうのは恐ろしいもので、毎日のようにしていることは当然だと思うようになっていくらしい。
「ねぇコウちゃん。ラーメン食べに行こう」
星空凛は今日も今日とて空腹であった。そしていつものように俺をラーメン屋へと誘う。
それも最初のうちは花陽や真姫に色よい返事を貰えなかった時だけだったのだが、最近ではそれを飛び越していの一番に俺を誘うようになった。
「今日もか? ここんとこ毎日行ってないか」
「えぇ~。ダメかにゃあ?」
凛は俺のあまり乗り気ではない発言を聞くと、しょんぼりと項垂れてしまう。怒られた子猫のように、頭の上にパタリと前に倒れる猫耳が見えた様な気がした。そんな仕草を見せられてしまうと、俺もどうにも弱ってしまう。そして次の瞬間には、ため息をつきつつも彼女の提案を呑んでしまうのだった。
「いや、俺は別いいけどさ」
「ホントに? よかったぁ、えへへ。よっし、今日も張り切ってラーメンたっべるにゃー」
一転、凛はハイテンションになって踊り出す。そんな俺と凛のやり取りを、真姫なんかはやれやれといった表情で見ていた。でも仕方がないだろう。あんなに残念そうな顔を見せられて拒むことなんて俺には出来やしないし、承諾したときのあの喜びようは見ているだけでも幸せになれる。だとしたら、必然的に選ぶ選択肢なんて一つに限られてくるわけで。
「ほらほらー、早く行こうよー。お店閉まっちゃうにゃー」
「あー、もう。そんなに引っ張るなって! そんなに早く閉まりゃしねえよ」
そんな俺の言葉などお構い無しに、凛はグイグイと俺の手を引いて進んでいく。一分一秒でも早くと言わんばかりに。
「そんなに急がなくたってラーメンは逃げないって」
「逃げなくても、凛たちが行くまでに伸びちゃうにゃー」
「注文来てから湯がくんだから伸びんわ! って、だから引っ張るなって」
何を言おうとスイッチの入ってしまった彼女を止める術は無く。乾いた笑いを浮かべる花陽と真姫に見送られながら、凛に腕を引っ張られて行ったのだった。
●
「いらっしゃい!」
入り口をくぐると威勢の良い掛け声が飛ぶ。四十代後半から五十代ぐらいだろうか。凛と一緒に何度か通う度にその店主と顔を合わせてきたが、変に気取ったところもなく、かといって気難しいガンコ親父といった感じでもなく、気さくな感じのラーメン屋のオヤジといった印象を受けた。
そんな店主に迎えられながら店内へと入っていく。凛はとんこつ醤油を、俺は味噌を。それぞれ押し慣れた券売機のボタンを押し、券を受け取ると席へとついた。そして、そこへ運ばれてきた水を一口飲むと、ようやく少し落ち着いた気がした。
「それにしても、本当ラーメンばっかりじゃないか、最近」
「ん~そうかにゃあ?」
凛は、はてなと首をかしげるが、間違いなく頻度は上がっている。ましてや、ラーメンを食べるのはいいとしても、行くのは決まってこの店なのだ。飽きないものなのかと不思議になってくる。
「えぇ~、コウちゃんはこのお店嫌い?」
「いや、俺は好きだけど。何て言うかその、毎回同じだと飽きないかなって」
店員に聞こえない程度に声のトーンを落として答える。凛に連れられて初めて知ったが、確かにここのラーメンは美味しいと思う。それは嘘偽りない本音だ。ただ、それが毎回ともなると、当然飽きというものが生まれてくるわけで。
「全然! 凛はここのラーメン大好きだから、いくら食べても飽きないにゃ」
「さいですか」
声を抑えていた俺などお構いなしに、凛は大きな声でそう宣言する。そんな彼女の言葉を聞いていた店主が、ニコニコといつにもない笑顔を浮かべていたのは幸いだったが。
「好きなのは分かったけど、どこがそんなに好きなんだ? 確かに俺も美味いとは思うけども」
「えっ、ん~?」
凛はうーんと首をかしげて、しばらく考え込んでから答えを出した。
「えっとね。なんて言うかここのラーメンは完成されてる感じがするにゃ」
「……ほう。言いますね、ラーメン評論家の星空さん」
「えへへ。他の人がどうか分からないけど、麺もスープも具も全部が凛の好み通りなんだ。だから凛にとってはすごく上手くまとまってて、どれも欠けちゃいけない感じ」
ここの店のラーメンについて熱く語る凛。そんな姿から、本当にそれが好きであることがよく伝わってきた。
「でね、何度か食べてるうちにそんなところが何だかμ'sっぽいなぁ、なんて思ったりして」
「まぁ言いたいことは大体分かったけど、自分たちをラーメンに例えるのはどうなのよ?」
「え~ダメかにゃあ。いいと思うんだけどなぁ。麺が穂乃果ちゃんでスープが絵里ちゃん。それからそれから……」
次々とメンバーをラーメンの中身に例えていく凛の話を聞いて、不意にスープの中を泳ぐメンバーを想像してしまった。ラーメン系アイドル……。まぁ流行らないだろうな。
「ちなみに俺は?」
「えっ? う~ん。コウちゃんは……どんぶり?」
「……は? どんぶり?」
「うん。どんぶり」
「もうちょっとマシな例えは無かったんですかね」
凛がここのラーメンをμ'sに例えた以上、その中の具材に例えてくれ、なんてことは言いやしないけれど。ただ、もう少し何か良い例えはなかったんだろうか。せめてラー油だとか胡椒だとかの調味料系にしてくれるとか。よりにもよってどんぶりって……。
「えー。どんぶりだって大切だよ?」
「いや、まあ。そうかもしれんけども、別にラーメンに必須ってわけでもないし」
「確かにカップ麺みたいに発泡スチロールや紙みたいな容器もあるし、家でインスタントを作って鍋からそのまま食べるなんてことも出来るにゃ」
「行儀悪いけどな」
「でも、やっぱり凛はどんぶりに入ったラーメンが一番好き。μ'sだってそうだよ。九人揃えば確かにそれはμ'sだけど、やっぱり後ろでコウちゃんが見ててくれなきゃダメなんだと思う」
何だろう。褒められているはずなのに、全くといっていい程そんな気がしないのは。
「……よく言うよ。俺なんかいなくても、自分らで全部解決できるくせして」
「そんなこと無いよぉ。少なくとも凛は、コウちゃんが居なくなったらすっごく寂しいもん」
「一緒にラーメン食いに行く相手が減っちゃうからだろ?」
「もうっ! コウちゃんはすぐそういうこと言うにゃ」
凛はぷくっと頬を膨らませて拗ねてしまう。しかしそれも一瞬のこと。ラーメンが運ばれてきた次の瞬間には、パッといつものような笑顔に戻っていた。
幸せそうにラーメンを啜る凛の姿は、さっきの彼女の発言に説得力を持たせるには十分だった。確かに、こうして店でどんぶりに入ったラーメンを、そして仲の良い人間と一緒に食べるのが一番美味しくて楽しいのかもしれない。
「ふぁにひてるにゃ? 麺が伸びひゃうにゃ」
「分かってるよ。つーか口に物入れて喋るなっていつも言ってるだろ」
実際、凛と一緒にこの店に足繁く通うことに喜びを覚えている自分がいた。何てことはない彼女との会話や食事ですら、いつも以上に楽しいものになっていた。
それでもやっぱり、どんぶりに例えられるのは如何なものか、そう思ったのだった。
凛ちゃんと一緒にラーメン食べたい。そんなお話。
美味しそうに、いっぱい食べる女の子っていいよね(限度はあるけど)
だから凛ちゃんと食事したら間違いなく楽しいと思う。
そんなこんなで、お誕生日おめでとう凛ちゃん