風邪をひくと無性にワクワクするのは何故だろうか。子供の頃に風邪で学校を休んだ時なんかは、自分がえらく特別待遇を受けているような気がして嬉しくてたまらなかった記憶がある。他のみんなが授業を受けている最中に、自分はただ寝ているだけなのだ。しかも普段とは違って多少のわがままは許された。子供心にしてみれば、これがウキウキせずになんていられる筈はなかった。
とまあ、そんな事を言っていられたのも小学生か、せいぜい中学生までぐらいのことで。高校生ともなるとそういった感情もしだいに薄れてくる。もちろん学校で授業を受けなくていいという事に、未だいくらかばかりの喜びは覚えるのだが、如何せん退屈なのだ。そう、現在進行形で俺は暇を持て余していた。
「あーあ……」
昨日の昼過ぎ辺りからどうにも身体の調子がおかしくて、オヤッっと思っていたのだが、案の定、夜になってみたら熱が上がっていた。幸いなことにそれほど高熱というわけではなかったし。一晩ゆっくり休んで、今朝起きてからも大事をとって学校を休み、半日ベッドの上で過ごしたおかげでだいぶ回復してきた。そこで先程の話に戻るのだ。
「はぁ……」
口から零れるのはため息ばかり。何しろ退屈なのだ。昨晩からずっと寝ていたので眠気も無い。かといって、ここで起きて何か暇潰しの出来ることを始めることが、いかに愚かなことか位俺でも分かっている。子供じゃあるまいし、その程度の分別は付けられるつもりだ。まあ、同い年でもそういったことが出来ないやつが身近にいるわけなのだが……。
今一つ気になっているのはその穂乃果のことだった。風邪をひいた彼女の見舞いに行った訳なのだが、そのすぐ後にこうして自分が風邪を引いてしまった。因果関係ははっきりとは分かりはしないけれど、彼女のそれが俺に移ったという可能性も否定は出来ない。
もちろん、だからといって彼女を責めるつもりなんて毛頭ない。自分の注意不足を悔いることはあれども、彼女自身を恨む理由なんて一つも有りはしなかった。むしろ気がかりなのは、その事で彼女が不要な責任を感じてしまっていないかということ。もしそうだったとしたら実に申し訳のないことだ。とはいえ、今現在それを確認する方法は無い。こちらから電話なりメールなりで問うてみるのもおかしな話だ。
だから今はただ、ベッドの中で退屈と格闘していることしか出来ないのであった。
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勝負は一瞬だった。がっくりと肩を落としている少女がいる一方、私はただ握り固められた自分の拳を見つめていた。
八人でじゃんけんをして、アイコ無しの一回で決着が付く確率はどのくらいなのかしら。えっと……うん。何だかとても低い確率だということは分かる。別に正確な数値を出せないんじゃなくて、そう、計算がめんどくさいだけ、それだけよ。その辺のことはともかく、今日の私がとってもツイてるというのは事実のよう。まぁ、こんなところで運を使わないで、もっと他の時に発揮してくれとも思わなくもないのだけれど。
「はぁ、もう。しょうがないわね~」
「……あ、あの、私が変わりましょうか?」
あからさまにめんどくさいオーラを出しながらそんな事を言っていたら、おずおずと花陽がそう問いかけてきた。花陽の純粋な優しさなのか、それとも彼女なりに何か思惑があったのか。なんていうのは、ちょっと考えすぎかしら。それはともかく、彼女の提案を受け入れてしまっては話が振り出しに戻ってしまうということだけは私にも分かっている。
事の始まりは、今日ここに居るべき人間が一人居なかったことから始まった。まあ、単純に風邪で休んでるってだけの話なんだけどね。それで、最初に言い出したの誰だったかしら。想像は付いていたことだけど、その話を聞いてお見舞いに行くって言い出した子がいて。なら私も、いや私がなんて話しが膨らんで行った。その後、大人数で押しかけたら迷惑になるだとか、風邪がうつったら大変だとか、紆余曲折あった後に、最終的に八人でじゃんけんをしてその一人決めようという話になった。
ちなみに負けた人だと罰ゲームみたいだから、勝った人が行くことにしようってなったんだけど、そこで見事勝利したのがにこだったってわけ。
「ていうかにこちゃん。そんなにイヤなら初めから参加しなければよかったじゃないの」
「……一人だけ参加しなかったら、にこだけ冷たい子みたいになるじゃない」
真姫の追求にそんな風に答えはしたけれど、私だって別に嫌だというわけじゃない。ただ、ここで妙に乗り気な態度を見せるのは、にこ的には何か違うかなって思っただけ。
「やっぱり私が行く!」
今まで沈黙を続けていた穂乃果が、突然強い口調でそう言った。
「穂乃果。最初にあなたはダメだって決めたでしょ」
「でもぉ」
「絵里の言う通りです。それで、もしまたぶり返しでもしたらどうするのですか」
絵里と海未が諭すような口振りでそう言う。しかし穂乃果は納得いかない、そんな表情だった。元々、穂乃果は風邪から回復したばかりとあって、じゃんけんにすら参加させてもらえていなかった。
穂乃果だってふたりの言いたいことは分かっているんだと思う。ただ、素直に受け入れることが出来ないだけ。私にもその気持ちは分かる気がする。アイツが風邪を引いたのは穂乃果の見舞いに行った後だから。もし穂乃果の立場だったら、自分が風邪をうつしてしまったかも、そう思ってしまうのも仕方のないことなんじゃないかしら。
まったく。同級生の女の子にこんな心配かけさせてどうするのよ。
「私がちゃんと見てくるから、穂乃果は大人しく練習してなさい。それとその練習も体調見ながらやるのよ。あんたは病み上がりなんだから」
「……は~い」
穂乃果は不満げな態度をしながらも、どうにか納得する。私はそんな彼女を残して学校を後にした。
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退屈もピークに達しようかとしている、そんな午後のひととき。何をするでもなく、ベッドに横たわっているだけだった。テレビをつけているわけでも、何か音楽を流すわけでもなく部屋はただ静寂に包まれていた。そんな静けさの中、不意に玄関のチャイムが鳴ったような気がした。そして次の瞬間には何やら話し声が聞えてきて、さっきのそれが気のせいではなかったことを確信する。
この部屋からでは話の内容までは聞こえやしないけれど、恐らく母の知り合いか何かだろう。そう最初は思っていたのだが、しばらくするとその話し声も止み、今度は微かな足音が聞こえてきた。それは次第に大きく、つまりはこの部屋へと近づいてきていた。
それを聞いて、もしかして誰かしらが見舞いにでもきてくれたのかも、なんて考えが頭をよぎる。小学校の頃から今までほとんど病欠というものをしてこなかったので、もしそうだとしたら初めてのことだ。退屈をしていたということもあって、そんな淡い期待に少し心が躍った。
そして足音は俺の部屋の前で止まると、その扉の向こうにいるであろう人物がコンコンとノックの音を響かせた。
「はーい」
「入るわよ」
「ってなんだよ。どっかの美少女が見舞いに来てくれたのかと思ったのに……」
扉が開かれるとそこに立っていたのは自分の母親だった。こっちが勝手に期待を抱いていただけとはいえ、何というか肩透かしを受けたようなそんな気分だった。
「……美少女じゃなくて悪かったわね」
「えっ!?」
母親だけだと思っていたのだが、その後ろからひょこっと顔を出す小さな人影があった。
「にこちゃん!?」
「あーあ、酷いわよねぇ。せっかくにこちゃんがお見舞いに来てくれたっていうのに」
「いいんですよぉ。にこは航太君が元気でいたくれただけで安心しましたからぁ」
そんなわざとらしい会話を繰り広げるふたり。というか昔からの知り合いだからそりゃあ面識はあるのだけど、いつそんなに息が合うほど仲良くなったんだろうか。
「それじゃ、私は買い物に行ってくるから。よろしくね、にこちゃん」
「はいー。いってらっしゃいです」
普段、俺と話しているときには見せないような満面の笑顔でうちの母を見送るにこちゃん。そんな営業スマイルも、母さんが去ってしまうといつもの素の表情に戻っていた。
「まったく、あんまり心配かけるんじゃないわよ」
「面目ない」
「穂乃果なんて自分がうつしたんじゃないかー、なんてずっと気にしてたんだから」
「あー、やっぱり……」
想像していた通り、穂乃果には要らぬ心配をかけてしまったらしい。
「見舞いに行って、すぐその後に自分が見舞われる立場になってるんじゃ世話ないでしょ。本末転倒もいいところだわ」
「にこちゃん……」
「なによ?」
「本末転倒なんて言葉よく知ってたね」
「殴るわよアンタ!」
何だろう。いつもしているような、こんなくだらないやり取りですら今はとても楽しくて仕方がなかった。退屈していたというのももちろんある。ただそれ以上に、いつも話をしている友人と今日は会えずにこうして会話をしていなかったということが、何となく俺の心を不安にさせていたのかもしれない。
「はぁ、まあいいわ。で、何かして欲しいことあるの?」
「え? いいの?」
「そりゃあ、一応はお見舞いに来たんだもの」
「ホントに?」
「あくまで出来る範囲でだけどね」
元々にこちゃんは面倒見はとてもいい方なので、別に不思議なことではないのだけど。いつもよりも数倍優しいにこちゃんは、やっぱりちょっと違和感があった。もちろん素直に感謝はしているけれど。
「そうだなぁ。ちょっとお腹空いたかな。それと喉も渇いたし」
「オーケー。それじゃ、台所借りるわよ」
にこちゃんはそう言って、部屋に入ってきたときから持っていたそのビニール袋を片手に台所へと向かっていった。
●
「はぁ~。ご馳走様でした」
「お粗末様」
出て行ってから大した時間もかからずににこちゃんは戻ってきた。その手にはお盆に載せられたりんごと桃。りんごはご丁寧にウサギ型に切られており、ガラスの透明な器には桃のシロップ付けが盛られていた。風邪を引いたときの定番の一つであろうそれに、不覚にも少し心が弾んでしまった。だってウチの親にそんな事をしてもらったことなど一度も無かったから。
「食べ終わったならベッド入りなさい」
「えぇ~。今までずっと寝てたんだけど」
「ダメよ。眠らなくてもいいから、布団に入って暖かくしてなさい。油断するとすぐぶり返すから」
「……ふふっ」
「何よ?」
「いや、何でもないよ」
俺が見舞いに行った時に言ったのと同じような台詞をにこちゃんは言う。そして俺もその時に見た穂乃果と同じようなごね方をしていた。こういう時みんな同じ行動を取るんだなと思うと妙におかしくなった。
「ねぇ、にこちゃん」
「ん?」
どうせなら最後まで穂乃果と同じような行動をしてみよう。ふとそんな気分になってベッドに滑り込んでから口を開いた。
「俺が眠るまで手を握ってくれない?」
「はぁあ!? 何言ってんのよアンタ」
そんなリアクションまで俺と一緒だった。というか、むしろそれが正常な反応だと自分でもそう思う。
「穂乃果の見舞いに行った時、その方がすぐ眠れるってアイツが言ってたから」
「……それで、してあげたわけ?」
「えっ? あぁ、まあ、うん。実際、すぐに眠っちゃったから、少しの間だけだったけど」
「……ふぅん」
何だろう、この地雷でも踏んだだような感じは。一瞬空気が凍ったようなそんな気がした。
「ま、まぁ、流石に手を握ってくれってのはじょう」
「はい」
「えっ!?」
冗談だけど。そう言おうとした俺の言葉を遮るように、にこちゃんは自分の手をスッと差し出してきた。
「……えっと?」
「ほら。さっさと手出しなさいよね」
俺はにこちゃんの行動に驚きを隠せずにいた。正直一蹴されると思っていたから。だから当然、にこちゃんが話しに乗ってきた時のことなんて全く想定していなかった。今更冗談だというのも何だか変な感じだし、かといってほかにとるべき行動もパッと思いつきはしなかった。
ならばいっそ、流れに乗ってしまおう。そんな考えが頭をよぎったその次の瞬間には、自然と布団の隙間から手を伸ばしていた。
きっと風邪のせいだ。上手く思考が働かないのも、頬に熱が集まって来ているような気がするのも全部。
「まったく、しょうがないわね……」
にこちゃんはぶつぶつとそう呟きながら、俺の手を自分の両手で包み込んだ。身体の大きさの通り、とても小さいにこちゃんのその手は、ひんやりとして少し冷たかった。
……穂乃果はこんな状況でよく眠れたな。
にこちゃんに手を握られてから、うるさいほどに自分の心臓が高鳴っていた。それこそ彼女に伝わらないか心配になるほどに。とてもじゃないが俺の場合、当分の間は眠れそうもなかった。
前話を書いてるときから、逆に見舞いが来るパターンも書こうと決めてたんですが、
自分だったら誰に看病されたいかと数時間考えても、結局どのキャラも捨てきれず。
じゃあいっそ、誰が一番上手く看病してくれそうかと考えてみた結果がこのお話。
多分今までで一番悩んだと思います。
だってラブライブのキャラみんな可愛いいんだもん。しょうがないね。