幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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希ちゃんとおみくじ


ラッキーガール&アンラッキーボーイ

 これといって決定的な何かがあった、というわけではない。ほんの些細なことだった。

 朝食に出てきた魚の小骨が喉に刺さっただとか、朝のニュース番組の星座占いが最下位だったとか。外出したら狙い済ましたかのように、立て続けに赤信号に捕まったとか。そんな程度のこと。

 

 他人からしたら一笑されて終わりなんだろうけれど、当人からしたらそうもいかなくて。

 塵も積もればナンとやら。一つ二つだったら何とも思わなかったものが、三つ四つと重なっていくうちに、自分の中でどうにも処理できずに留まってしまっていた。

 

 

 少し長めの石段を前にして、俺は一度足を止める。強い意志があって来たわけじゃない。自然とここに足が向かっていた。

 とてつもなく長い、って程ではないのだけど、しんどいであろうことは容易に想像できた。というか、実際何度も登ってはいるので、そのこと自体、十分に身に染みて分かっている。

 別に、ここを通らなければ目的地に辿り着けないってわけでもないのだ。それでもここを行くのは、単に遠回りしたくないっていうのと、ある種の禊みたいなものだと勝手に捉えているせいなのかもしれない。

 

 だから、一段一段、その石の階段を踏みしめながら登っていく。

 しかし当然、半ばを過ぎたあたりで膝から力が抜けてくる。その場で、ずっと足元だけを捉えていたその視線を上げてみても、その景色は登り始める前とは大きく変わらず、未だにただ傾斜が見えるのみだった。

 それから更に歩を進め、なんとかそれを登りきった。膝に手を当てて呼吸を整えてから顔を上げると、そこには目的だった神社の姿がようやく目に飛び込んできた。

 

「……ふぅ」

 

 未だに落ち着かない呼吸をなんとか抑えながら、その敷地内に入っていく。しばらく歩くと、すぐに少し開けた場所へと出た。

 まず目に付くのは朱色の建物に青銅色の屋根をした社殿。そしてその向かいには、同じく色彩に富んだ随神門。そのいずれも初見ではなかったのだが、それでもやはり圧倒される。その存在感に。

 

 ただ、毎度新鮮な感動を得られる一方で、逆に何ともいえない異物感がそこにはあった。

 何しろ、そこからほんの少し歩いただけで、住宅や商業ビルなどの大きな建物が立ち並んでいるのだ。そんな街中にこんなに大きな神社がある。それはやはり、どこか周りと隔離されているような印象を受けた。

 しかし、それらができる以前からここに鎮座していた向こうからした、何をふざけたことを、といった感じなのだろうけれど。

 

 

 

 とりあえず運試しにおみくじでも引くか。そう思い立って、行き先を売り場の方へと定めて、身体をそちらに向ける。するとその途中に一人の女性が立っていた。

 

「コウちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、希ちゃん」

 

 向こうもこちらに気が付いたらしく、地面を竹箒で掃いていたその手を止めて、此方へと歩み寄ってきた。

 そんな彼女もまた、この神社内においてはどこか異物的な存在であった。

 

 上半身に小袖の白衣を、下半身には緋色の袴を。そんな、いわゆる巫女装束を身に纏った彼女はむしろ、神々しささえ感じさせるほどだった。

 それでも、彼女の関西風な独特のイントネーションのせいなのか、若干ながらこの場の雰囲気とマッチしていないような感じを彼女からは受けた。

 別に関西弁自体を否定する気は更々ないけれど、この東京の真ん中の、ましてや神社という厳かなイメージの場所においては、その異質さはやはり拭いきることはできなかった。

 ……まあ、そもそも彼女のそれは関西弁ですらないのだが。

 

「ん? どうかしたん?」

 

 こちらの内心を覗き見たかのようなタイミングで、希ちゃんは声を掛けてくる。そのせいか首を傾けながら微笑むその表情も、どこか別の意図がありそうな気がして変に恐怖心が煽られる。

 もちろんそんなことは考えすぎで、ありもしないことなんだけれど。彼女ならば或いは、という神秘性が希ちゃんにはあった。

 

「えっ、いや別に」

「ホンマに~?」

 

 希ちゃんは口角を上げて、にやにやと笑いながら覗き込んでくる。そんな彼女を見ていると本当に心が読まれているのではなんて気にさせられる。

 

「ホントホント。ただ、急に来たのに俺のこと見つけても驚いたりとかしないんだなーって」

 

 半分はただの苦し紛れなんだけど、もう半分は本音。

 ふらっとここに訪れて、たまたま境内の掃除をしている希ちゃんを見つけただけだ。

 基本的に全て思いつきで行動していたので、当然約束だとかそんなものはしていない。それに、俺が練習など以外で頻繁にここに来ているなんて事実も存在しない。

 それなのに希ちゃんは俺の姿を見ても、驚きに近いような感情などは一切見せなかった。あたかもそれが事前に分かっていたかのように。

 

「あ、そういうことなんやね。ふふん。ウチは今日、コウちゃんが来ることがわかってたんよ」

 

 希ちゃんは小鼻をうごめかしながらそう言った。

 

「なにそれ? いつものスピリチュアル的な何か?」

「ん~まあ、せやね。……ほら、これ」

 

 希ちゃんは話しながら、自分の白衣の胸元を少しだけチラリとはだけさせる。そこには、いつも彼女の愛用しているタロットカードが収めてあった。

 何故こんな格好のときまでそんな物を持っているのだとか。しかも何故、胸元に忍ばせている必要があるのだとか。そもそも、巫女さんとタロットって微妙に取り合わせが悪い気がするだとか。

 言いたいことは山ほどあったのだけど、それ以上にカードの奥の肌色の部分に目を取られてしまって、どれも口にすることは出来なかった。

 

「……タロット占い?」

「うん。正確に言ったらちょっと違うんやけどね。このカードを引いた時はコウちゃんとお話しする機会が増えるー、みたいなんが自分の中では幾つかあるんよ」

 

 またまた、希ちゃんは得意げに語る。けれど、正直閉じられてしまった白衣の胸元が名残惜しくて、その内容の半分も頭に入ってこなかった。

 

「ってそうだ! タロットで思い出した。おみくじ引こうと思ってたんだ」

「おみくじ? ええけど、珍しいこともあるもんやね」

 

 それは確かに自分でもそう思う。

 元々、おみくじなんてものは足繁く神社に通う人でもない限り、そう年に何度も引くものじゃない。初詣の時の一回きりって人も多いだろう。だが俺の場合、最近ではそれすら遠ざかっていた。

 毎年必ず正月に訪れてはいるのだけど、当然人も多い。だから並んでまで、というのはどうにも億劫で仕方がなかった。

 そんなことを知っている希ちゃんにしてみれば、それも当然の反応なのだろう。

 

「って、ちょっとまって。何処行くのさ?」

 

 先導するように俺の前を歩き出した希ちゃん。その後ろを何も考えずに付いて行っていたのだが、明らかにおみくじだとかお守りが売っている場所からは遠ざかっていた。

 

「だいじょーぶ。ええから付いて来て」

 

 希ちゃんは巫女装束を着るときは必ずといっていい程、普段は二本に分けているおさげを一本にまとめている。そんな束ねられた長髪をユラユラと揺らしながら、希ちゃんは振り返ることも、足を止めることもせずに進んでいく。

 この神社においては、俺なんかよりも遥かに熟知している希ちゃんだ。彼女にそう言われてしまっては、俺も黙って付いていくしかなかった。

 

 

 

 

「これやっ!」

 

 バーンというオノマトペが見えてきそうなくらい、希ちゃんは大きく手を広げてその物体の存在をアピールする。

 希ちゃんに連れられてやってきたのは、この神社でもどちらかというと隅のほうのひっそりとした一角だった。時間にしてものの数分。しかし中央からは少し離れて、あまり人目に付かなさそうな所。そこにポツンと一台の機械らしきものが置かれていた。

 

「何だこれ? 獅子舞……おみくじロボット?」

 

 その機械に張られた紙にはそう書かれてあった。

 確かにその透明なガラスに囲まれたディスプレイの中には、獅子が一人軽快に、とまではいかないが陽気に舞い踊っていた。

 そして、その下部には大きくおみくじと書かれており、それがおみくじを引けるものであろうことまでは理解がいった。

 

「そうっ! お獅子さんがおみくじを引いて、それを運んできてくれるんよ」

 

 凄いやろ。そういいながら、希ちゃんは何故か自慢げにその豊満な胸を張った。

 正直、何が凄いのかは全く伝わらなかった。だが、まあ、物は試しだ。やってみなければその凄さとやらも分からないだろう。そう思い、ズボンのポケットから財布を取り出した。

 

「……ここでいいの?」

 

 お金を投入するところは一つしかないのだが、無性に不安になって希ちゃんに確認を取る。それに答えるように彼女は頷いた。そんな姿を見て初めて硬貨を投入していく。

 すると、まるで飲み物の自動販売機のそれのように、四つのボタンが点灯した。

 なるほど、この中から一つ選ぶのか。俺はそう察して、そのボタンを一つ押してみる。

 

「おっ!」

 

 今までひたすら舞い続けていただけの獅子が、その横にあった箱のような物へと顔を突っ込んでいく。そして一枚の紙を咥えて出てくると、それを獅子の足元にあった穴へと放り込んだ。

 

「なっ、すごいやろ!?」

 

 希ちゃんは先程よりもさらに大きく胸を張る。どうや、と言わんばかりに。

 確かに実際に見てみて、素直に凄いとは思った。しかし別に獅子舞である必要も無いのではないか、なんて思うのは野暮なんだろうか。

 そんなことを考えながら、取り口にあったおみくじを拾い上げてそれを開いていく。

 

「おっ! 見して見して」

 

 希ちゃんはそう言いながら、俺の肩に手を置いて身を乗り差すようにしながらそれを覗き込む。そのせいで凶悪な何かが背中に当たっているような気がするが、何とか気が付いていないフリをして手中にあるものを広げていく。

 

「……げっ!?」

 

 末吉。目に飛び込んできたのはその文字だった。それを見て、俺は思わず声を上げてしまう。

 

「ええやん。別に凶とか大凶ってわけやないんやし」

 

 それを見た希ちゃんはそう口にする。

 むしろ、そっちの方がかえってすっきり出来た気がする。それが末吉だと、どうにもつかえが取れないというか、もやもやが晴れないような気がしてならなかった。

 

「えぇ~。欲張りさんやなぁ」

 

 欲張りでも何でもいけれど、いい加減に離れて欲しい。

 この間もずっと、俺の手元を覗き込もうとした先程の体勢のままだった。つまりは存在感抜群のそれも、未だ俺の背中で自己主張を続けているわけで。

 意図的なのか無意識なのかは知らないが、正直このままでは色々と限界が近かった。

 

「……今度は希ちゃんがやってみてくれない? お金は出すからさ」

「ん? 別にええけど」

 

 希ちゃんは俺の言葉に不思議そうな顔をしながらも、素直に快諾してくれた。そんな彼女を見てから、再び財布を取り出してコインを投下する。そして先程のようにボタンが点灯したところで、希ちゃんに機械の正面のポジションを譲った。

 

「うーん……じゃあ、これにしようかな。ポチッ!」

 

 希ちゃんは自分の口で作った効果音と共にボタンを押す。すると、やはり同様に獅子はおみくじを運んできてくれる。そしてそれをまた、ふたりして覗き込んだ。

 

「あぁ……」

 

 驚きというよりは、やっぱりか、という心境だった。

 大吉。それがそこに書かれていた結果であった。

 

「相変わらずなんだね、希ちゃんは」

「ふふっ。そうやろ」

 

 希ちゃんは少し照れながらも、やはり得意げに微笑んだ。

 昔から彼女はこういったもので悪い結果を出したことが無かった。それは彼女自身が常々自慢げに語っていることであり、実際俺もそれを目の当たりにしてきた。

 

 だが、分かっていた事とはいえ、改めて感心した。

 そして、それは日々神社に奉公しているからなのか。それとも、そういった神秘的なことに対して本気で傾倒しているからなのか。はたまた、純粋に彼女の持って生まれた天運なのか。そんな風に、無駄だと分かりつつもその理由をまじめに考察している自分がいた。

 

「でもこれが、今日コウちゃんが来た理由と何か関係あるん?」

 

 出るはずの無い答えを探していた俺に、希ちゃんは疑問を投げかけてくる。そんな彼女に事の顛末を話すと、希ちゃんは肩透かしを食らったかのように気の抜けた表情で笑った。

 

「なんや、そんなことやったん?」

「そりゃあ、希ちゃんからしたら些細なことだろうけどさ」

 

 そう、最初から分かっていたこと。端から誰かに理解されようだとか、共感して欲しいだとかじゃなくて、自分の中でどう折り合いをつけるかってだけの話。でも、いざそういう対応をされるとちょっぴり寂しくて。

 

「希ちゃんみたいに運がいいってわけでもないし」

「ぷっ……ごめんごめん。別に邪険に扱ったわけやないんよ。だからあんまり拗ねんといて」

 

 そんなにぶうたれたような顔をしていただろうか。まるで幼い子供をあやすように希ちゃんは言った。

 

「でもなウチ、運の良し悪しってそんなに簡単で、一面的なものやないって思うん」

「……どういうこと」

「うーん、そうやなぁ……」

 

 少し難しそうな顔で、考える素振りをしてから希ちゃんは答えた。

 

「……コウちゃんは何か嫌いな食べ物ってあったけ?」

「えっ!? 食べ物で? ……ナスかな」

「ホンマに!? 何で!? ウチは大好きなんやけど」

 

 あの青臭い匂いと、食感がどうしても受け付けなかった。美味いナスを食べたことがない、ってだけかもしれないけれど。

 

「っていうか、関係ないでしょそれ!?」

「えぇ~。だって、もしウチらが結婚しても、ご飯にようナス出されへんやん」

「……いやいや、そういうのはいいから」

 

 ちぇっ、と唇を尖らせて、希ちゃんは面白くなさそうに拗ねたような仕草をみせる。

 彼女のペースに乗っかっていたら、いつまで経っても話が進みそうもない。

 

「ぶぅ。……でもそういうことなんやと思うん」

「……」

「もし一緒に食卓を囲んで、そこにナス料理が出たらウチにとってはラッキーやん?」

「俺はアンラッキーだけどな」

「うん。だからそういうこと。自分が不幸になっている分、誰かに良いことが起こってる。もちろんその逆も」

 

 希ちゃんの言うことは理解できるし、一理も二理もあると思う。ただ、そう簡単に済ますことが出来ないのは、俺が狭量なせいだろうか。

 

「そう考えると少しは楽にならん?」

「そうかなぁ」

「今日だって、コウちゃんは嫌なことがあってここに来たのかもしれないけど、そのおかげで、ウチは休日なのにこうしてコウちゃんと会ってお話しできてる。それに立場が入れ替わったら、今度は逆にコウちゃんにええ事が起きるかもしれないやん」

 

 希ちゃんニッコリと笑う。それは憑き物を落としてくれそうなほど、とても眩しかった。

 いや、それどころか、彼女と会った時点でとうに厄払いは済んでいたのかもしれない。

 彼女の笑顔を見て、憂鬱な気分などすっかりと晴れていることに気が付いた俺は、ふとそんな風に思ったのだった。




巫女服ののんたんって素敵だよねってお話。
見るたびにあの胸元に手を突っ込みたくなります。

少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
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